ブラックセナ5題
「あ~降ってきちゃった。」
セナはついに降り出した雨に、校門の前で困惑の表情で声を上げた。
放課後の練習中。空に雨雲が広がり、一気に暗くなった。
雨が降るかもしれない。もうすぐ試合もある。
体調管理第一と考えたヒル魔の鶴の一声で練習は早めに終了した。
今日は折りたたみ傘を持ってきていたと思ったのに、鞄の中に傘はなかった。
では駅まで強行突破で走ろうかと思ったが、雨の勢いは強い。
セナは校内へと身を翻して走りだした。校庭を横切って部室に向かう。
部室には確かビニール傘が何本かあったはずだ。
部室の前まで戻ってきたセナは、部室の窓に人影が映っているのを見て安堵した。
もう全員が帰ってしまい、鍵が掛かっている可能性も高かったからだ。
誰かいるなら、鍵は開いているだろう。
人影は2人だった。
顔ははっきりとわからないが、1人は逆立てた髪と尖った耳につけられたピアス。
もう1人は体型から女性だ。髪型や身長から鈴音ではない。
ボソボソと話し声が漏れている。
何を話しているかはわからないが、一応ノックくらいはしようか。
セナがそう思って、ドアに手を翳して軽く拳を握った瞬間。
幼い頃からよく知っている女性の声が聞こえてきた。
「私、ヒル魔くんのことが好きなの。」
聞こえたのは案の定、まもりの声だった。
セナはそのままその場に立ちすくんだ。
傘だけ借りてさっさと帰りたいところだけれど、内容が内容だけに入りにくい。
するともう1人の影が動いた。
逆立てた髪の男の影が両手を広げて、女性-まもりの影を抱きしめたのだ。
窓越しの影にそれを見ながらセナは大きくため息をついた。
こんなのを見た後に部室に入っていけるほど、無粋じゃない。
今日は濡れて帰ろう。セナは部室に入ることなく、背を向けた。
「セナ」
そこには傘を差した鈴音が立っていた。
鈴音もセナの背後から、窓に映った影の様子を見ていたようだ。
勢いを増した雨のせいか、セナは真後ろにいた鈴音の気配にまったく気づかなかった。
「あれは、妖ー兄とまも姉?」
中の影に聞かれないようにか、鈴音は小さな声で言う。
「さあね」
セナは苦笑すると、肩を竦めた。
「セナ、傘がないなら駅まで入っていく?」
鈴音は自分の差している傘を少しだけ傾けて、笑った。
セナは笑って首を振った。
「これだけ濡れたら、もう関係ないから。」
セナはそのまま鈴音の横をすり抜けて、走り去っていく。
鈴音は一瞬だけ、窓の人影に目をやると顔を顰める。
そして校庭を走って横切っていくセナの後姿を見ていた。
セナは雨の中を走りながら考えていた。
ヒル魔とアメフト部、そしてアイシールド21こと自分、小早川セナのことを。
今までひ弱な容姿から散々パシリ扱いされてきたセナ。
長い間理不尽な扱いを受け続けて、心の中に怒りや不満が降り積もってしまった。
心のどこかが捻じ曲がってしまっている自覚は十分にある。
それでも必死に毎日無邪気な振りをして過ごしてきた。
自分の中の暗い衝動。表に出しても何の得もない。
十文字たち3兄弟に追いかけられて、駅まで逃げて電車に駆け込んだ。
その時聞こえた「跳べ!」という言葉。
声の方向を見上げると、ヒル魔は落下防止のフェンスに腰掛けてこちらを見ていた。
金髪が夕陽に映えたヒル魔は綺麗だった。でもそれだけだと思った。
だが翌日、ヒル魔は登校するセナを待ち受けていた。
いきなり部室に連れ込まれて、アメフト部に入れと言われた。
この男についての学校での評判はまもりから聞いている。
とりあえず従っておけば、少なくても彼の卒業までは安全だ。
ヒル魔のほとんど脅しのような誘いにセナの打算が重なった。
そして現在に至る。
誤算はあった。アメフトの練習のハードさだ。
パシリとアメフトを計りにかけて,未だにどちらが大変かわからない。
パシリの頃と身体に受ける負担はまったく変わらないのだった。
しかもその上好きになってしまった。ヒル魔を。
最近のセナはヒル魔に対する「好き」の正体をはっきりと自覚していた。
最初のうちはわからなかった、その想いの正体。
気がつくと、ヒル魔の動きを目で追っている。
他の誰かが親しげにヒル魔と話しているのを見ると、不愉快になる。
これは単に尊敬する先輩への気持ちか?いや違う。
簀巻きにされて、銃で脅されて、無理矢理ランニングバックにさせられた。
そんな相手をただ単純に尊敬できるほど、自分は素直な性格ではないと思う。
これは恋愛感情だ。しかも綺麗なものではない。
ヒル魔が欲しい。他の誰にも渡したくない。
他の誰かが親しげにしていようものなら、その相手を殺したいほど憎く思う。
ドス黒いオーラを纏った魔物が心に巣食っているようだ。
セナは普通は同性に向けるべきものではないその感情を持て余していた。
告白など出来ない。こんなに黒いエゴで汚れた想いなど。
知ればヒル魔はきっとセナを嫌悪し、遠ざけるだろう。
でもこれはチャンスだろうか?
土砂降りになった雨の中を駆け抜けながら、セナは思う。
抱き合っていた2人の影。彼らが誰なのかセナには一目瞭然だ。
だから。これがヒル魔との関係が変わるきっかけになるかもしれない。
こんな想いから逃れて自由になれるかもしれない。
ハッピーエンドになるか、デットエンドになるかはわからないけれど。
まもりの顔が心に浮かぶ。
まもりはセナの想いに気がついているかもしれないと思う。
まもり姉ちゃん、僕を素直で気弱で可愛い弟だと思っているんだろうか。
そして次に浮かぶのは鈴音の顔だ。
多分鈴音はセナのことが好きなのだと思う。
鈴音は、傘がない僕と一緒に帰ろうと思ったんだろうか。
自然とセナの表情に笑いがこみ上げてくる。
それはアメフト部のメンバーが見慣れた無邪気な笑みではない。
見る者がどこかうすら寒さを感じる酷薄な笑み。
まもりも、鈴音も、まもりと抱き合っていた彼も。
多分、皆が僕を騙したつもりになってる。
今まで「無邪気な可愛いセナ」の仮面に騙されてたくせに。
そう思うと、セナはおかしくてたまらない。
雨がますます強さを増して、セナの全身を叩きつける。
その中をセナは笑いながら、光速の足を駆使して走り抜けた。
【続く】
セナはついに降り出した雨に、校門の前で困惑の表情で声を上げた。
放課後の練習中。空に雨雲が広がり、一気に暗くなった。
雨が降るかもしれない。もうすぐ試合もある。
体調管理第一と考えたヒル魔の鶴の一声で練習は早めに終了した。
今日は折りたたみ傘を持ってきていたと思ったのに、鞄の中に傘はなかった。
では駅まで強行突破で走ろうかと思ったが、雨の勢いは強い。
セナは校内へと身を翻して走りだした。校庭を横切って部室に向かう。
部室には確かビニール傘が何本かあったはずだ。
部室の前まで戻ってきたセナは、部室の窓に人影が映っているのを見て安堵した。
もう全員が帰ってしまい、鍵が掛かっている可能性も高かったからだ。
誰かいるなら、鍵は開いているだろう。
人影は2人だった。
顔ははっきりとわからないが、1人は逆立てた髪と尖った耳につけられたピアス。
もう1人は体型から女性だ。髪型や身長から鈴音ではない。
ボソボソと話し声が漏れている。
何を話しているかはわからないが、一応ノックくらいはしようか。
セナがそう思って、ドアに手を翳して軽く拳を握った瞬間。
幼い頃からよく知っている女性の声が聞こえてきた。
「私、ヒル魔くんのことが好きなの。」
聞こえたのは案の定、まもりの声だった。
セナはそのままその場に立ちすくんだ。
傘だけ借りてさっさと帰りたいところだけれど、内容が内容だけに入りにくい。
するともう1人の影が動いた。
逆立てた髪の男の影が両手を広げて、女性-まもりの影を抱きしめたのだ。
窓越しの影にそれを見ながらセナは大きくため息をついた。
こんなのを見た後に部室に入っていけるほど、無粋じゃない。
今日は濡れて帰ろう。セナは部室に入ることなく、背を向けた。
「セナ」
そこには傘を差した鈴音が立っていた。
鈴音もセナの背後から、窓に映った影の様子を見ていたようだ。
勢いを増した雨のせいか、セナは真後ろにいた鈴音の気配にまったく気づかなかった。
「あれは、妖ー兄とまも姉?」
中の影に聞かれないようにか、鈴音は小さな声で言う。
「さあね」
セナは苦笑すると、肩を竦めた。
「セナ、傘がないなら駅まで入っていく?」
鈴音は自分の差している傘を少しだけ傾けて、笑った。
セナは笑って首を振った。
「これだけ濡れたら、もう関係ないから。」
セナはそのまま鈴音の横をすり抜けて、走り去っていく。
鈴音は一瞬だけ、窓の人影に目をやると顔を顰める。
そして校庭を走って横切っていくセナの後姿を見ていた。
セナは雨の中を走りながら考えていた。
ヒル魔とアメフト部、そしてアイシールド21こと自分、小早川セナのことを。
今までひ弱な容姿から散々パシリ扱いされてきたセナ。
長い間理不尽な扱いを受け続けて、心の中に怒りや不満が降り積もってしまった。
心のどこかが捻じ曲がってしまっている自覚は十分にある。
それでも必死に毎日無邪気な振りをして過ごしてきた。
自分の中の暗い衝動。表に出しても何の得もない。
十文字たち3兄弟に追いかけられて、駅まで逃げて電車に駆け込んだ。
その時聞こえた「跳べ!」という言葉。
声の方向を見上げると、ヒル魔は落下防止のフェンスに腰掛けてこちらを見ていた。
金髪が夕陽に映えたヒル魔は綺麗だった。でもそれだけだと思った。
だが翌日、ヒル魔は登校するセナを待ち受けていた。
いきなり部室に連れ込まれて、アメフト部に入れと言われた。
この男についての学校での評判はまもりから聞いている。
とりあえず従っておけば、少なくても彼の卒業までは安全だ。
ヒル魔のほとんど脅しのような誘いにセナの打算が重なった。
そして現在に至る。
誤算はあった。アメフトの練習のハードさだ。
パシリとアメフトを計りにかけて,未だにどちらが大変かわからない。
パシリの頃と身体に受ける負担はまったく変わらないのだった。
しかもその上好きになってしまった。ヒル魔を。
最近のセナはヒル魔に対する「好き」の正体をはっきりと自覚していた。
最初のうちはわからなかった、その想いの正体。
気がつくと、ヒル魔の動きを目で追っている。
他の誰かが親しげにヒル魔と話しているのを見ると、不愉快になる。
これは単に尊敬する先輩への気持ちか?いや違う。
簀巻きにされて、銃で脅されて、無理矢理ランニングバックにさせられた。
そんな相手をただ単純に尊敬できるほど、自分は素直な性格ではないと思う。
これは恋愛感情だ。しかも綺麗なものではない。
ヒル魔が欲しい。他の誰にも渡したくない。
他の誰かが親しげにしていようものなら、その相手を殺したいほど憎く思う。
ドス黒いオーラを纏った魔物が心に巣食っているようだ。
セナは普通は同性に向けるべきものではないその感情を持て余していた。
告白など出来ない。こんなに黒いエゴで汚れた想いなど。
知ればヒル魔はきっとセナを嫌悪し、遠ざけるだろう。
でもこれはチャンスだろうか?
土砂降りになった雨の中を駆け抜けながら、セナは思う。
抱き合っていた2人の影。彼らが誰なのかセナには一目瞭然だ。
だから。これがヒル魔との関係が変わるきっかけになるかもしれない。
こんな想いから逃れて自由になれるかもしれない。
ハッピーエンドになるか、デットエンドになるかはわからないけれど。
まもりの顔が心に浮かぶ。
まもりはセナの想いに気がついているかもしれないと思う。
まもり姉ちゃん、僕を素直で気弱で可愛い弟だと思っているんだろうか。
そして次に浮かぶのは鈴音の顔だ。
多分鈴音はセナのことが好きなのだと思う。
鈴音は、傘がない僕と一緒に帰ろうと思ったんだろうか。
自然とセナの表情に笑いがこみ上げてくる。
それはアメフト部のメンバーが見慣れた無邪気な笑みではない。
見る者がどこかうすら寒さを感じる酷薄な笑み。
まもりも、鈴音も、まもりと抱き合っていた彼も。
多分、皆が僕を騙したつもりになってる。
今まで「無邪気な可愛いセナ」の仮面に騙されてたくせに。
そう思うと、セナはおかしくてたまらない。
雨がますます強さを増して、セナの全身を叩きつける。
その中をセナは笑いながら、光速の足を駆使して走り抜けた。
【続く】
1/5ページ