赤羽隼人5題

「セナ。。。」
「来ないで!」
十文字がセナに向かって一歩踏み出し、セナは後退りしてまた距離を取る。
「セナ、俺は。。。」
また一歩十文字が歩み寄る。セナはくるりと後ろを向き、一気に走り出した。

倉庫のような建物を飛び出して、道路へ出る。
方角など全然わからない。十文字が追いかけてきているのかどうかもわからない。
逃げなくちゃ、と走りだそうとしたものの、身体が言うことを聞かない。
セナは一連の出来事の連続ですっかり体調まで崩していた。

「!!」
少し走ったところで、足がもつれて、セナは勢いよく転倒した。
起き上がろうとして、足を挫いてしまったことに気が付いた。
足が痛くて、息が上がって、起き上がれない。
そこへ追いついてきた十文字の姿が見えた。どんどん近づいてくる。

「嫌だ、来ないで!十文字くん。。。!」
「セナ」
ついに十文字が動けないセナの前にやって来た。
倒れているセナの横にかがみ込んで手を伸ばし、セナの頬に触れる。
「十文字くん。。。」
「セナ!」
恐怖でガタガタ震えるセナの身体に十文字が両腕を回して、抱きしめようとした。


「テメーら、何してやがる!」
いつの間にかヒル魔が姿を現した。街灯の光に金色の髪が輝いている。
ヒル魔はセナの身体に回された十文字の腕を解いて、十文字を殴りつけた。
そして確認するように、セナを振り返る。
「セナ、無事か?」
「ヒル魔さん。。。」
セナはヒル魔の姿を見つけて安堵し、涙ぐんだ。

「俺は。。。」
十文字が何か言いかけたが、ヒル魔は最後まで言わせなかった。
再び十文字に向き直ると、凄まじいほどの殺気を放って、殴る。蹴る。
十文字がグッタリと動かなくなるまで、止むことはなかった。
セナはただ呆然とその光景を見ていた。

「今まで気がつかなかった。怖い思いさせて悪かった。」
ヒル魔がゆっくりとセナの方に歩み寄ってきた。
セナに手を貸し、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。
「疑ってごめんなさい!ヒル魔さん。。。」
セナがヒル魔の胸に縋りついて、泣き出した。
ヒル魔が右手でセナの髪を撫でながら、左腕でしっかりとセナを抱きしめた。

セナはヒル魔に背負われて、ヒル魔のマンションに戻ってきた。
そしてヒル魔はセナをベットに横たえた。そして傷めた足の手当てをしてくれる。
いつになくヒル魔は優しかった。弱っていたセナの心に暖かく染み入ってくる。
「すみません。迷惑かけて」
「気にすんな。もう遅い。今日は泊まってけ。」
「ありがとうございます。十文字くん大丈夫でしょうか」
そう言ったセナにヒル魔が「俺が何とかする」と笑った。


手当てを終えて、飲み物でも用意するとヒル魔がキッチンに消えた。
セナはそのままベットに腰掛けて、ヒル魔が戻ってくるのを待っていた。

するとセナの携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
メールの発信者は、赤羽隼人だ。

「他の男の名前を言う、その唇を…ふさいでしまおうか」

メールを読んだセナは息を飲み、驚愕に目を見開いた。
部屋に戻りセナの異変を見て取ったヒル魔がセナの横に座り、携帯を覗き込んだ。
そして文面を読むと、身体の向きを変えた。そしてセナを腕の中に引き込む。
「大丈夫だ。俺がいるから」
「ヒル魔さん。。。」
セナはヒル魔の胸に身体を預けた。腕を回してセナもヒル魔を抱きしめる。
悲しみでも恐怖でもない涙でセナの大きな瞳は濡れていた。


まったく今日は疲れる一日だったとヒル魔は声に出さずに振り返る。
自分の手足を使うケンカなど久しぶりだ。
部活中にすり換えた十文字の携帯を殴った時に元に戻す。
そのためにはある程度近づかなくてはいけない。
だから銃を使わずに、素手で殴る必要があったのだ。

あの部室を荒らした日。ヒル魔はわざと十文字が遅れてくるように手を回した。
そして十文字が荒らされた部室を発見する前、最後まで部室にいたのはヒル魔だ。
荒らした目的はセナを怖がらせるだけではない。セナの携帯だけでもない。
十文字のロッカーに置きっ放しのコロンをほんの少し。
十文字本人も気づかないほど少量、掠め取る目的もあったのだ。
誤算はあった。ムサシの事故と進に覆面からはみ出した金髪を見られたこと。
でもムサシの事故はいい方向に転んだし、十文字も金髪だった。逆に利用できた。

セナはなんて迂闊なのだろうと思う。ちょっと考えればわかることだ。
毎回メールを確認する振りでヒル魔がセナの携帯に何をしたのか。
着信拒否にしていた赤羽の番号を解除するタイミングがあったのは誰だったか。
生徒会室のところにタイミングよくロープを仕込むことが出来たのは誰だったか。
上手いタイミングでムサシを差し向けたのは誰だったか。
進を黙らせることが出来たのは誰だったか。十文字を陥れたのは誰だったか。
それらの全てが可能だったのは。本当のストーカーは誰なのか。


「セナ、好きだ」
ヒル魔は自分の腕の中にセナを包み込んで笑った。
もしこの時、セナがヒル魔の顔を見ていたら。
セナは今度こそ本当の恐怖で倒れてしまっただろう。
それは酷薄で凄絶。見ている者の心を凍りつかせる悪魔の微笑。
だが目を閉じて、ヒル魔に身体を預けていたセナには見えない。
「僕も好きです。。。」
セナはそのまま悪魔の胸に縋りついた。

それにしても何よりも大変だったのは赤羽っぽいメールの文面を作ることだ。
我ながら気持ちが悪い文章だった。
ヒル魔の思い出し笑いで、微かに揺れる胸。それが振動となりセナに伝わる。
その振動はセナの心の奥底で警告音に変わった。

本当のストーカーは誰?と心の中の冷静な部分が叫んでいる。
ちゃんと見ろ、ちゃんと考えろ、と。
だがセナは、それを無視して聞こえない振りをした。
もう怖い思いは嫌だ。もう疲れてしまった。
目の前のこの人が僕を守ってくれる。それでいいんだ、と。

「もう誰にも渡さねぇ。俺の傍にいて、俺だけを見てろ」
差し出された命令に深く頷いて。セナは悪魔に身も心も委ねた。

【終】お付き合いいただきありがとうございました。
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