赤羽隼人5題
どうして?どうして!また。
着信拒否にした筈の赤羽からのメールだ。
そしてこの後は。どうせまた壊れた笑い声の電話が来る。
セナは携帯の電源を切った。家の電話は線を抜きっぱなしだ。
早く。早く寝てしまおう。
セナは恐怖で荒くなる呼吸をゆっくりと整えた。
すると、玄関のチャイムが鳴った。
セナはビクリと身体を震わせた。
だけど。何の関係もない来客かもしれない。
ひょっとしたら送ってきてくれたヒル魔が心配で引き返してきたのかもしれない。
セナは魚眼レンズで玄関の内側から外を見て、息を飲んだ。
覆面のようなものを被った男が立っている。
口元がニヤリと笑った。そして何度もチャイムを鳴らす。
どうやら戸の内側のセナの気配を察したようだ。
セナはドアにもたれかかり、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
そして自分で自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震え続けた。
セナがストーカーに狙われていることは全部員の知るところとなった。
ヒル魔は当初、あまり事を大きくしない方がいいと思っていたようだ。
だがムサシの件もあり、もう隠せないと判断した。
ヒル魔の通達を受け、部員たちはセナの周辺に注意を配ることを暗黙の了解とした。
「またメールと電話が来たのか?」
ムサシの事故の翌日の部室。
昨日よりもさらにやつれた様子のセナに、ヒル魔が顔を顰めながら聞いてきた。
「昨日心配であれから電話したんだぞ」
「またメールが来たんで、電源切っちゃったんです。」
ヒル魔の言葉にセナが力なく答える。
「赤羽さんからの電話とメールは拒否設定にしてるのに、どうしてなんでしょう」
ヒル魔はセナを落ち着かせるように肩をポンポンと叩いた。
「もう1回、テメーの携帯、貸してみろ」
ヒル魔がまたセナの携帯を受け取り、メールを確認し、着信の拒否設定もチェックする。
そして携帯をセナに返しながら「赤羽の筈がねぇんだよな」とため息まじりに言う。
赤羽本人はすでに死んでいて、しかも着信拒否にしてもかかってくる電話とメール。
着信拒否はセナの知らない間に解除されているのだ。
ヒル魔を持ってしてもなかなか難問のようだ。
セナは他の部員たちと共にランニングに出た。
お馴染みの黒美嵯川沿いのコースだ。
学校にいるときにはまだ考えないでいられるストーカーの存在。
でも帰宅後に忘れることは無理だった。
夜の闇はセナの不安な心に静かに浸透し、苛む。
身体を酷使して疲れ果てて、倒れるように何も考えず眠ればいい。
そんな思いで出てきたのだった。
皆がセナのことを心配している。
まもりやモン太らはしばらく自分の家に来ないかとまで言ってくれた。
だがセナはそれをすべて辞退した。
ムサシのこともある。巻き込んで誰かを怪我されるのはもう嫌だ。
セナは心の中で皆の顔を思い浮かべて感謝しつつ、セナは疾走した。
かなり走ったところで足を止めて、呼吸を整える。
適度な身体の疲労。これなら今日は眠れるだろう。
「あれ?」
セナは辺りを見回して焦る。他の部員たちの姿が見えない。
考え事をしながら走ったためにペースなど考えなかった。
まずい、今一人になるのは怖い!
セナは慌てて引き返すために、身体の向きを反転させようとした。
その瞬間だった。
セナは背後に忍び寄っていた人影に布のようなもので目と口をふさがれた。
襲われるまで気がつかなかったセナは、声を上げる暇すらなかった。
後ろから羽交い絞めにされ、そのまま川の方へ引きずられていく。
暴れようともがいたが、相手は楽々とセナを押さえ込んだ。
まさか、ストーカーが?
恐怖でガタガタと震えるセナを相手は容赦なく押さえ込んだ。
不意にセナを捕らえていた人物が急にセナを突き飛ばして、走り去っていく。
地面に転がされたセナは意識はあったが、しばらくは起き上がれなかった。
「小早川!」と遠くから呼ばれてセナははっとした。
「大丈夫か?」
目を塞いでいた布が取り去られた。
セナの視界に入ったのは王城の進清十郎だった。
セナは自力で口に詰め込まれた布を取り「大丈夫です」と答えた。
進が安堵のため息をつきながら、セナを抱き起こした。
セナは自分の着ているトレーニングウェアを見下ろして顔を顰めた。
襟が強い力で引っ張られたようで伸びてしまっている。
そのせいで細い首と鎖骨がむき出しになっていた。
「どうした。何があった。」
「ランニングしてたら、いきなり襲いかかってこられて。」
セナは身体を小刻みに震わせていた。恐怖で表情も固く強張っている。
進は思わず腕に抱えていたセナを、胸の中にさらに深く抱き寄せた。
子供をあやすようにポンポンとセナの背中を叩いた。
「すみません、迷惑かけてしまって!」
我に返ったセナは慌てて進から身体を離した。
いくら何でも甘えすぎだ。関係ない、ましてや他校の進に。
「気にするな。」
だが進は、まったく動じることもなかった。
いつもの落ち着いた口調で答え、セナをゆっくりと立たせる。
「泥門まで送る。」
セナは進の目に浮かんだ微かな狼狽に気がつかなかった。
助けてもらったのに、突き飛ばすように身体を離してしまった。
その無礼を進が気にしてない様子に安堵していた。
「セナ!無事だったの!」
校門前で進と別れ、部室に戻ったセナを迎えたのはまもり一人だった。
「皆は?」
「心配してセナを捜しに行ったのよ!」
まもりは部員たちにセナの無事を知らせようと携帯を取り出した。
「犯人は、金髪のように見えた。」
別れ際に進はそう言った。
犯人は覆面とダブダブの服で顔と体格を隠していたらしい。
だが金髪がはみ出していたように見えたのだという。
金髪。真っ先に思いつくのはヒル魔だった。
誰よりも心配してくれているヒル魔が犯人など。ありえない。
まさか進の自作自演?そう思ってその考えも打ち消す。
機械オンチの進は携帯電話を使えないと聞いたことがある。
それに先程襲われたとき、セナは何かコロンのような香りを嗅いだ。
その香りにセナは覚えがあったのだ。部員の誰かだ。誰のだったか?
コロンをつけている部員は何人もいる。
現にセナ自身も柑橘系のデオドラントを使っているのだ。
まさかと思う。大事な仲間がストーカーだなんて。
思い違いかもしれない。たまたま同じコロンだというだけかもしれない。
「大変よ、セナ!」
考えにふけっていたセナは、あちこちに電話をかけていたまもりの声で我に返った。
「え?」
セナは慌ててまもりを見た。
「王城の近くで事故があって、進さんが怪我をしたらしいわ。」
まもりの言葉にセナは驚きのあまり言葉を失った。
「詳しいことを確認してくるわ」
まもりがセナの肩を叩いて部室を出て行った。
その途端、セナの携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
メールの発信者は、やはり赤羽隼人だ。
進がセナを助けたときに、セナに感じた感情。
それは犯人がセナに感じるものと同じだった。
セナはそのことには気がつけなかったが、このメールの意図は理解した。
進の事故は警告だ。誰かに助けを求めてはいけないという警告。
「抱きしめても…いいかい?僕の愛する人」
どうして。誰が。ムサシや進まで巻きこんで。
セナは激しい眩暈を感じてその場に倒れ、意識を失った。
【続く】
着信拒否にした筈の赤羽からのメールだ。
そしてこの後は。どうせまた壊れた笑い声の電話が来る。
セナは携帯の電源を切った。家の電話は線を抜きっぱなしだ。
早く。早く寝てしまおう。
セナは恐怖で荒くなる呼吸をゆっくりと整えた。
すると、玄関のチャイムが鳴った。
セナはビクリと身体を震わせた。
だけど。何の関係もない来客かもしれない。
ひょっとしたら送ってきてくれたヒル魔が心配で引き返してきたのかもしれない。
セナは魚眼レンズで玄関の内側から外を見て、息を飲んだ。
覆面のようなものを被った男が立っている。
口元がニヤリと笑った。そして何度もチャイムを鳴らす。
どうやら戸の内側のセナの気配を察したようだ。
セナはドアにもたれかかり、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
そして自分で自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震え続けた。
セナがストーカーに狙われていることは全部員の知るところとなった。
ヒル魔は当初、あまり事を大きくしない方がいいと思っていたようだ。
だがムサシの件もあり、もう隠せないと判断した。
ヒル魔の通達を受け、部員たちはセナの周辺に注意を配ることを暗黙の了解とした。
「またメールと電話が来たのか?」
ムサシの事故の翌日の部室。
昨日よりもさらにやつれた様子のセナに、ヒル魔が顔を顰めながら聞いてきた。
「昨日心配であれから電話したんだぞ」
「またメールが来たんで、電源切っちゃったんです。」
ヒル魔の言葉にセナが力なく答える。
「赤羽さんからの電話とメールは拒否設定にしてるのに、どうしてなんでしょう」
ヒル魔はセナを落ち着かせるように肩をポンポンと叩いた。
「もう1回、テメーの携帯、貸してみろ」
ヒル魔がまたセナの携帯を受け取り、メールを確認し、着信の拒否設定もチェックする。
そして携帯をセナに返しながら「赤羽の筈がねぇんだよな」とため息まじりに言う。
赤羽本人はすでに死んでいて、しかも着信拒否にしてもかかってくる電話とメール。
着信拒否はセナの知らない間に解除されているのだ。
ヒル魔を持ってしてもなかなか難問のようだ。
セナは他の部員たちと共にランニングに出た。
お馴染みの黒美嵯川沿いのコースだ。
学校にいるときにはまだ考えないでいられるストーカーの存在。
でも帰宅後に忘れることは無理だった。
夜の闇はセナの不安な心に静かに浸透し、苛む。
身体を酷使して疲れ果てて、倒れるように何も考えず眠ればいい。
そんな思いで出てきたのだった。
皆がセナのことを心配している。
まもりやモン太らはしばらく自分の家に来ないかとまで言ってくれた。
だがセナはそれをすべて辞退した。
ムサシのこともある。巻き込んで誰かを怪我されるのはもう嫌だ。
セナは心の中で皆の顔を思い浮かべて感謝しつつ、セナは疾走した。
かなり走ったところで足を止めて、呼吸を整える。
適度な身体の疲労。これなら今日は眠れるだろう。
「あれ?」
セナは辺りを見回して焦る。他の部員たちの姿が見えない。
考え事をしながら走ったためにペースなど考えなかった。
まずい、今一人になるのは怖い!
セナは慌てて引き返すために、身体の向きを反転させようとした。
その瞬間だった。
セナは背後に忍び寄っていた人影に布のようなもので目と口をふさがれた。
襲われるまで気がつかなかったセナは、声を上げる暇すらなかった。
後ろから羽交い絞めにされ、そのまま川の方へ引きずられていく。
暴れようともがいたが、相手は楽々とセナを押さえ込んだ。
まさか、ストーカーが?
恐怖でガタガタと震えるセナを相手は容赦なく押さえ込んだ。
不意にセナを捕らえていた人物が急にセナを突き飛ばして、走り去っていく。
地面に転がされたセナは意識はあったが、しばらくは起き上がれなかった。
「小早川!」と遠くから呼ばれてセナははっとした。
「大丈夫か?」
目を塞いでいた布が取り去られた。
セナの視界に入ったのは王城の進清十郎だった。
セナは自力で口に詰め込まれた布を取り「大丈夫です」と答えた。
進が安堵のため息をつきながら、セナを抱き起こした。
セナは自分の着ているトレーニングウェアを見下ろして顔を顰めた。
襟が強い力で引っ張られたようで伸びてしまっている。
そのせいで細い首と鎖骨がむき出しになっていた。
「どうした。何があった。」
「ランニングしてたら、いきなり襲いかかってこられて。」
セナは身体を小刻みに震わせていた。恐怖で表情も固く強張っている。
進は思わず腕に抱えていたセナを、胸の中にさらに深く抱き寄せた。
子供をあやすようにポンポンとセナの背中を叩いた。
「すみません、迷惑かけてしまって!」
我に返ったセナは慌てて進から身体を離した。
いくら何でも甘えすぎだ。関係ない、ましてや他校の進に。
「気にするな。」
だが進は、まったく動じることもなかった。
いつもの落ち着いた口調で答え、セナをゆっくりと立たせる。
「泥門まで送る。」
セナは進の目に浮かんだ微かな狼狽に気がつかなかった。
助けてもらったのに、突き飛ばすように身体を離してしまった。
その無礼を進が気にしてない様子に安堵していた。
「セナ!無事だったの!」
校門前で進と別れ、部室に戻ったセナを迎えたのはまもり一人だった。
「皆は?」
「心配してセナを捜しに行ったのよ!」
まもりは部員たちにセナの無事を知らせようと携帯を取り出した。
「犯人は、金髪のように見えた。」
別れ際に進はそう言った。
犯人は覆面とダブダブの服で顔と体格を隠していたらしい。
だが金髪がはみ出していたように見えたのだという。
金髪。真っ先に思いつくのはヒル魔だった。
誰よりも心配してくれているヒル魔が犯人など。ありえない。
まさか進の自作自演?そう思ってその考えも打ち消す。
機械オンチの進は携帯電話を使えないと聞いたことがある。
それに先程襲われたとき、セナは何かコロンのような香りを嗅いだ。
その香りにセナは覚えがあったのだ。部員の誰かだ。誰のだったか?
コロンをつけている部員は何人もいる。
現にセナ自身も柑橘系のデオドラントを使っているのだ。
まさかと思う。大事な仲間がストーカーだなんて。
思い違いかもしれない。たまたま同じコロンだというだけかもしれない。
「大変よ、セナ!」
考えにふけっていたセナは、あちこちに電話をかけていたまもりの声で我に返った。
「え?」
セナは慌ててまもりを見た。
「王城の近くで事故があって、進さんが怪我をしたらしいわ。」
まもりの言葉にセナは驚きのあまり言葉を失った。
「詳しいことを確認してくるわ」
まもりがセナの肩を叩いて部室を出て行った。
その途端、セナの携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
メールの発信者は、やはり赤羽隼人だ。
進がセナを助けたときに、セナに感じた感情。
それは犯人がセナに感じるものと同じだった。
セナはそのことには気がつけなかったが、このメールの意図は理解した。
進の事故は警告だ。誰かに助けを求めてはいけないという警告。
「抱きしめても…いいかい?僕の愛する人」
どうして。誰が。ムサシや進まで巻きこんで。
セナは激しい眩暈を感じてその場に倒れ、意識を失った。
【続く】