赤羽隼人5題
セナはしばらく画面を見て呆然とした。
死んだはずの赤羽隼人からのメール。
文面はどちらかと言えば褒め言葉なのに。
何だか、気持ちが悪い。
携帯電話を閉じた途端、また鳴りだした。
今度は通話の着信音だ。
発信者を確認してセナは一瞬ビクリと身体を震わせた。
やはり赤羽隼人だ。
でももしかして。
赤羽の携帯を持っている家族の人が間違ったメールを送信したのかもしれない。
そしてそれを謝罪する電話かもしれない。
だって赤羽が送ってくるはずなどないのだから。
そう思ったらそうに違いないという気持ちになった。
セナは少しほっとした気分で、電話を取った。
だが「もしもし?」という問いに返ってきた答えは。
奇妙に耳障りな「ヒャヒャヒャヒャ」という笑い声だった。
声を機械的に加工してある。玩具の笑い袋みたいな声だ。
セナは慌てて電話を切った。
気持ち悪い。怖い。心臓が感情に呼応してドキドキする。
その後携帯電話は何度も鳴り、その都度セナを嘲笑う人工的な声が聞こえた。
ついにセナは携帯電話の電源を切った。
息が苦しい。心臓の鼓動が痛いくらいだ。これは恐怖のせいなのか。
セナはいつのまにか肩でハァハァと荒い呼吸をしていた。
すると今度は家の電話が鳴り始める。
まさか。セナは恐る恐る受話器を取った。
もしもし、と応答する。
すると先程と同じ気味の悪い笑い声が耳に響いた。
セナは悲鳴をあげて受話器を放り出した。
「糞チビ、ちょっと来い!」
部室が荒らされた日から数日。
セナは毎日のように背後に尾行の気配を感じて、また怪しい電話に悩まされていた。
夜は緊張と恐怖でなかなか眠れず、慢性的に寝不足の状態だ。
部活の練習でも動きに精彩をかいている。顔色も悪く憔悴した表情。
そんなセナにヒル魔が気がつかないはずはない。
部活の途中だったが、ヒル魔はセナを部室に呼んだ。
部室は片付けられて、荒らされた痕跡など微塵もなくなっていた。
他の部員たちの練習の掛け声やまもりが使うホイッスルの音が遠くに聞こえる。
ヒル魔はカジノテーブル用の椅子の1つに腰掛け、セナにも座るように促した。
「何があった?」とヒル魔は静かに聞いてきた。
「怖くて眠れないんです。」
セナは尾行と赤羽からのメールと電話の話をした。
ヒル魔は黙ってセナの話を聞いている。
「死んだはずですよね。赤羽さんは。まさか赤羽さんの幽霊。。。」
「んなわけあるか。」
ヒル魔が吐き捨てるように言った。
「今日から赤羽さんからの電話とメールは拒否設定にしてるんですけど。」
「そのメール、見せてみろ」
セナはヒル魔に携帯電話を差し出す。
ヒル魔はセナの携帯を受け取り、メールを確認した。
そして携帯をセナに返しながら「赤羽らしいメールだな」と皮肉交じりに言う。
「今日は部活はいいから帰れ。」
「え?でも!」
ヒル魔の言葉にセナが躊躇う。次の試合も近い。休んでいる場合ではない。
「いいから休め」
ヒル魔が強い口調で言った。そしてクリップで留められた数枚の書類を取り出した。
「生徒会に提出しなきゃなんねぇアメフト部の資料だ。これ記入して持って行ってその足で帰れ。」
ヒル魔が優しい目でセナを見ていた。
自分の都合で練習を休むことに罪悪感を覚えるセナに、今日は主務として雑用だと理由付けをしてくれたのだ。
「わかりました」
ヒル魔の思わぬ優しさにセナは微笑した。
そしてヒル魔が練習に戻っていく後姿を見ながら、書類の記入を始めた。
生徒会室に書類を届けたセナは、校舎の中を歩いていた。
この時間帯の校舎は意外と人気がない。
帰る生徒はすでに帰宅しているし、部に所属している生徒は部活中だからだ。
そんな静かな廊下で、セナはまた背後に足音を聞いた。
まさか。こんな場所にまで。セナの表情が強張った。
だがセナが止まれば、足音も止む。
歩き出せば、またついて来る。
ここ数日セナを悩ませ続けるあの足音と同じリズムだ。
恐怖に駆られたセナは廊下を一気に駆け出した。
そして階段の最上段にロープが張られていることに気がついた。
床上10センチ程度。明らかに走ってくる人間を躓かせる目的だ。
そしてそのままの勢いで階段をそのまま下ろうとしていたセナは狼狽する。
慌てて足を止めようとするが、スピードが落としきれない。
そしてまんまと意図にはまり、ロープに足を取られた。
セナの身体が宙に浮き、落下していく。
怪我と痛みを覚悟し、セナはきつく目を閉じた。
だがセナの小柄な身体はガッシリとした腕に受け止められた。
「怪我はねぇか?」
セナが恐る恐る目を開ける。受け止めてくれたのはムサシだった。
ムサシはセナに無事を確認してきたが、セナはショックで言葉が出てこない。
ただただ全身を震わせながら、コクコクと首を何度も縦に振った。
するとムサシは安心したように、ゆっくりとセナの身体を支えて立たせた。
「ありがとうございます。でもどうしてムサシさんがここに?」
ようやく呼吸が整ったセナが聞いた。
「ヒル魔がセナを送ってけって。ホントは自分で送りたいんだろうがな。」
セナの問いにムサシが努めてさりげなく答える。
そしてくしゃりとセナの頭を撫でた。
司令塔であるヒル魔は簡単に練習を抜けられない。
だからその代わりにムサシを遣したのだ。
ヒル魔もムサシもセナの身を案じて、心配している。
セナは2人の優しさを感じて笑顔になった。
「家まで送る」
「そんな。悪いですよ。」
ムサシの言葉にセナは恐縮して辞退した。
「気にするな。それにこのまま帰したら心配で部活が手につかん。」
ムサシの言葉にセナは甘えることにした。
「久しぶりに笑えた気がします」
セナの言葉にムサシも笑う。
セナとムサシは並んで歩いていた。
がっしりとした体躯と高校生とは思えない風貌のムサシ。
事態は何も良くなっていないのだが、セナは妙な安心感を覚えていた。
「ムサシさん、それは」
何気なく視線を向けたセナは、ムサシの鞄についているマスコットを見つけた。
それは、この前なくなったセナの携帯ストラップだ。
一瞬でセナの表情が強張った。
ムサシはセナの異変に気がつかないのか、相変わらずの笑顔だ。
なくなった携帯のストラップを持っているムサシ。
そういえば部室が荒らされたあの日、ムサシは部活を休んでいた。
まさか、今までのことはムサシが。
さっきだって階段から落下する絶妙のタイミングで受け止めてくれた。
でももし、仕掛けたのがムサシ本人だったら!
にわかに心に湧いた疑念に焦ったセナは、急に駆け出した。
おい、セナ!とムサシの声が追いかけてくる。逃げなくては。
信号など目に入らず、通りを横切ろうとしたセナに車が突っ込んできた。
あ、と思う間もなかった。
危ねぇ!ムサシが叫び、とっさにセナと車の間に身を滑らせる。
急ブレーキの音と共に、ムサシがその場に倒れた。
そんな。セナがヘナヘナとその場に座り込んだ。
その時、セナの携帯電話が鳴り出した。通話の着信音だ。
震える手で携帯を取り出す。発信者は、赤羽隼人だ。
目の前には倒れているムサシ。
ということは、犯人はムサシではないのだ。
それに着信拒否にしているはずなのに、どうしてまた。
「もうやめてください!」
混乱したセナは、電話を取って叫んだ。
電話の向こうから聞こえる壊れた笑い声が、セナを凍りつかせた。
「疑ってしまってごめんなさい。こんな怪我まで。。。」
「いいから気にするな。大丈夫だ。」
しょんぼりと謝るセナに、病室でベットに横たわるムサシは笑った。
ムサシは結局救急車で病院に運ばれ、セナも同行した。
そこへヒル魔が駆けつけてきた。
幸いにもムサシは軽症だった。
念のため2日ほど検査入院と聞かされ、セナはホッとした。
携帯のストラップについての疑問に、ムサシは部室の前で拾ったのだと答えた。
部員の誰かのものだろう。
だから鞄につけていれば、そのうち持ち主が気づくだろうと思ったのだという。
拍子抜けするほど、あっけない理由だった。
セナは結局ヒル魔に送られて帰宅した。
ぼんやりと歩くセナに、ヒル魔はいつになく心配そうな視線を向けている。
「何かあったら夜中でもいいから連絡しろ」
ヒル魔はそう言って、セナの肩をポンポンと叩いた。
家の玄関先でヒル魔と別れた直後、セナの携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
メールの発信者は、赤羽隼人。
「愛してる、それだけじゃこの気持ちは伝えきれないよ」
どうして。どうして。誰が。
メールを読んだセナはついに声をあげて泣き出した。
【続く】
死んだはずの赤羽隼人からのメール。
文面はどちらかと言えば褒め言葉なのに。
何だか、気持ちが悪い。
携帯電話を閉じた途端、また鳴りだした。
今度は通話の着信音だ。
発信者を確認してセナは一瞬ビクリと身体を震わせた。
やはり赤羽隼人だ。
でももしかして。
赤羽の携帯を持っている家族の人が間違ったメールを送信したのかもしれない。
そしてそれを謝罪する電話かもしれない。
だって赤羽が送ってくるはずなどないのだから。
そう思ったらそうに違いないという気持ちになった。
セナは少しほっとした気分で、電話を取った。
だが「もしもし?」という問いに返ってきた答えは。
奇妙に耳障りな「ヒャヒャヒャヒャ」という笑い声だった。
声を機械的に加工してある。玩具の笑い袋みたいな声だ。
セナは慌てて電話を切った。
気持ち悪い。怖い。心臓が感情に呼応してドキドキする。
その後携帯電話は何度も鳴り、その都度セナを嘲笑う人工的な声が聞こえた。
ついにセナは携帯電話の電源を切った。
息が苦しい。心臓の鼓動が痛いくらいだ。これは恐怖のせいなのか。
セナはいつのまにか肩でハァハァと荒い呼吸をしていた。
すると今度は家の電話が鳴り始める。
まさか。セナは恐る恐る受話器を取った。
もしもし、と応答する。
すると先程と同じ気味の悪い笑い声が耳に響いた。
セナは悲鳴をあげて受話器を放り出した。
「糞チビ、ちょっと来い!」
部室が荒らされた日から数日。
セナは毎日のように背後に尾行の気配を感じて、また怪しい電話に悩まされていた。
夜は緊張と恐怖でなかなか眠れず、慢性的に寝不足の状態だ。
部活の練習でも動きに精彩をかいている。顔色も悪く憔悴した表情。
そんなセナにヒル魔が気がつかないはずはない。
部活の途中だったが、ヒル魔はセナを部室に呼んだ。
部室は片付けられて、荒らされた痕跡など微塵もなくなっていた。
他の部員たちの練習の掛け声やまもりが使うホイッスルの音が遠くに聞こえる。
ヒル魔はカジノテーブル用の椅子の1つに腰掛け、セナにも座るように促した。
「何があった?」とヒル魔は静かに聞いてきた。
「怖くて眠れないんです。」
セナは尾行と赤羽からのメールと電話の話をした。
ヒル魔は黙ってセナの話を聞いている。
「死んだはずですよね。赤羽さんは。まさか赤羽さんの幽霊。。。」
「んなわけあるか。」
ヒル魔が吐き捨てるように言った。
「今日から赤羽さんからの電話とメールは拒否設定にしてるんですけど。」
「そのメール、見せてみろ」
セナはヒル魔に携帯電話を差し出す。
ヒル魔はセナの携帯を受け取り、メールを確認した。
そして携帯をセナに返しながら「赤羽らしいメールだな」と皮肉交じりに言う。
「今日は部活はいいから帰れ。」
「え?でも!」
ヒル魔の言葉にセナが躊躇う。次の試合も近い。休んでいる場合ではない。
「いいから休め」
ヒル魔が強い口調で言った。そしてクリップで留められた数枚の書類を取り出した。
「生徒会に提出しなきゃなんねぇアメフト部の資料だ。これ記入して持って行ってその足で帰れ。」
ヒル魔が優しい目でセナを見ていた。
自分の都合で練習を休むことに罪悪感を覚えるセナに、今日は主務として雑用だと理由付けをしてくれたのだ。
「わかりました」
ヒル魔の思わぬ優しさにセナは微笑した。
そしてヒル魔が練習に戻っていく後姿を見ながら、書類の記入を始めた。
生徒会室に書類を届けたセナは、校舎の中を歩いていた。
この時間帯の校舎は意外と人気がない。
帰る生徒はすでに帰宅しているし、部に所属している生徒は部活中だからだ。
そんな静かな廊下で、セナはまた背後に足音を聞いた。
まさか。こんな場所にまで。セナの表情が強張った。
だがセナが止まれば、足音も止む。
歩き出せば、またついて来る。
ここ数日セナを悩ませ続けるあの足音と同じリズムだ。
恐怖に駆られたセナは廊下を一気に駆け出した。
そして階段の最上段にロープが張られていることに気がついた。
床上10センチ程度。明らかに走ってくる人間を躓かせる目的だ。
そしてそのままの勢いで階段をそのまま下ろうとしていたセナは狼狽する。
慌てて足を止めようとするが、スピードが落としきれない。
そしてまんまと意図にはまり、ロープに足を取られた。
セナの身体が宙に浮き、落下していく。
怪我と痛みを覚悟し、セナはきつく目を閉じた。
だがセナの小柄な身体はガッシリとした腕に受け止められた。
「怪我はねぇか?」
セナが恐る恐る目を開ける。受け止めてくれたのはムサシだった。
ムサシはセナに無事を確認してきたが、セナはショックで言葉が出てこない。
ただただ全身を震わせながら、コクコクと首を何度も縦に振った。
するとムサシは安心したように、ゆっくりとセナの身体を支えて立たせた。
「ありがとうございます。でもどうしてムサシさんがここに?」
ようやく呼吸が整ったセナが聞いた。
「ヒル魔がセナを送ってけって。ホントは自分で送りたいんだろうがな。」
セナの問いにムサシが努めてさりげなく答える。
そしてくしゃりとセナの頭を撫でた。
司令塔であるヒル魔は簡単に練習を抜けられない。
だからその代わりにムサシを遣したのだ。
ヒル魔もムサシもセナの身を案じて、心配している。
セナは2人の優しさを感じて笑顔になった。
「家まで送る」
「そんな。悪いですよ。」
ムサシの言葉にセナは恐縮して辞退した。
「気にするな。それにこのまま帰したら心配で部活が手につかん。」
ムサシの言葉にセナは甘えることにした。
「久しぶりに笑えた気がします」
セナの言葉にムサシも笑う。
セナとムサシは並んで歩いていた。
がっしりとした体躯と高校生とは思えない風貌のムサシ。
事態は何も良くなっていないのだが、セナは妙な安心感を覚えていた。
「ムサシさん、それは」
何気なく視線を向けたセナは、ムサシの鞄についているマスコットを見つけた。
それは、この前なくなったセナの携帯ストラップだ。
一瞬でセナの表情が強張った。
ムサシはセナの異変に気がつかないのか、相変わらずの笑顔だ。
なくなった携帯のストラップを持っているムサシ。
そういえば部室が荒らされたあの日、ムサシは部活を休んでいた。
まさか、今までのことはムサシが。
さっきだって階段から落下する絶妙のタイミングで受け止めてくれた。
でももし、仕掛けたのがムサシ本人だったら!
にわかに心に湧いた疑念に焦ったセナは、急に駆け出した。
おい、セナ!とムサシの声が追いかけてくる。逃げなくては。
信号など目に入らず、通りを横切ろうとしたセナに車が突っ込んできた。
あ、と思う間もなかった。
危ねぇ!ムサシが叫び、とっさにセナと車の間に身を滑らせる。
急ブレーキの音と共に、ムサシがその場に倒れた。
そんな。セナがヘナヘナとその場に座り込んだ。
その時、セナの携帯電話が鳴り出した。通話の着信音だ。
震える手で携帯を取り出す。発信者は、赤羽隼人だ。
目の前には倒れているムサシ。
ということは、犯人はムサシではないのだ。
それに着信拒否にしているはずなのに、どうしてまた。
「もうやめてください!」
混乱したセナは、電話を取って叫んだ。
電話の向こうから聞こえる壊れた笑い声が、セナを凍りつかせた。
「疑ってしまってごめんなさい。こんな怪我まで。。。」
「いいから気にするな。大丈夫だ。」
しょんぼりと謝るセナに、病室でベットに横たわるムサシは笑った。
ムサシは結局救急車で病院に運ばれ、セナも同行した。
そこへヒル魔が駆けつけてきた。
幸いにもムサシは軽症だった。
念のため2日ほど検査入院と聞かされ、セナはホッとした。
携帯のストラップについての疑問に、ムサシは部室の前で拾ったのだと答えた。
部員の誰かのものだろう。
だから鞄につけていれば、そのうち持ち主が気づくだろうと思ったのだという。
拍子抜けするほど、あっけない理由だった。
セナは結局ヒル魔に送られて帰宅した。
ぼんやりと歩くセナに、ヒル魔はいつになく心配そうな視線を向けている。
「何かあったら夜中でもいいから連絡しろ」
ヒル魔はそう言って、セナの肩をポンポンと叩いた。
家の玄関先でヒル魔と別れた直後、セナの携帯電話がメールの着信音を鳴らした。
メールの発信者は、赤羽隼人。
「愛してる、それだけじゃこの気持ちは伝えきれないよ」
どうして。どうして。誰が。
メールを読んだセナはついに声をあげて泣き出した。
【続く】