ヒルセナ5題2

空港ロビーは行き交う人々で慌しい雰囲気だった。
目当ての少年は、一緒に渡米するチームメイトや見送る人々に囲まれていた。
ひっきりなしに誰かに捕まえられている様子で、とても話す雰囲気ではない。
まぁ姿を見られたのだからいいか。
その輪の外側から少し寂しく感じていたその時。
少年は大きく手を振りながら、小走りでこちらへやって来た。

「雪さん!来てくれたんですね」
少年-小早川セナは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「でも何かお邪魔みたいだけどね。」
「そんなことないです!凄く嬉しい。ありがとうございます」
だが時間はあまりなかった。
セナ、置いてくぞ!と誰かの声がする。もう彼らは行かなくてはならない。
「頑張ってきますから」
セナが雪光に右手を差し出した。雪光がそれに答えて手を握り返す。
つかの間の、でも心のこもった握手を交わした。
そしてセナは搭乗口へと消えていった。

雪光はじっとセナを見送っていた。
その小さな背中が見えなくなるまで。


雪光学はゆっくりと目を醒ました。
枕もとの目覚まし時計はいつもの時間を差している。
ベットの上で大きく一つ伸びをすると、雪光は身体を起こした。
そしていい夢だったなぁ、とひとりごちる。

今日は大学受験の合格発表の日だった。
やれるだけのことはやった。後は結果を見るだけ。
そんな朝に見た夢は約1年前のあの日の夢だった。

全日本代表として、渡米するメンバーたちを雪光は空港まで見送りに行った。
セナもヒル魔も栗田もムサシも、代表メンバー入りしていた。
十文字たちはトライアウトを受けて、また別便で渡米するらしい。
マネージャーのまもりやチアの鈴音まで同行する。
雪光だけがここで道を分かつことになった。

クリスマスボウルに出場して、タッチダウンも決めた。
それだけでも雪光にとってはすごいことだった。
それなのにここで自分だけ道を外れることがこんなにも寂しいなんて。

空港に見送りに行くかどうか、迷った。
行けば寂しさが強くなって、よけいつらいかもしれない。
だがセナの笑顔を見て、そんな気持ちは吹き飛んだ。
セナは見送りに来た雪光にとても喜び、感謝してくれた。
雪光を今も仲間と思ってくれているのだ。

これが最後の別れじゃない。またどこかで必ず出会う。
そう思いながら、搭乗口に消えていくセナの背中を見つめていた。


雪光は合格発表を見に行くために電車に揺られていた。
シートに座り、車内の様子をぼんやりと眺めている。
ふと前の座席に座る一組の親子が目に留まった。
母親に抱きかかえられている赤いTシャツの小さな子供。
雪光はその小さな背中を、夢に現れた少年と重ね合わせていた。

思い返せば、いつもセナくんの背中を見つめていたなぁ。
雪光は少年と出会ってからの高校生活に思いを馳せる。
最初はアメフト部の試合を観戦したときだった。
これが光速の走。エンドゾーンに向かって見る間に小さくなっていく21番。
アイシールド21の走りに憧れ、心奪われた。
運動経験もなく、しかも2年生なのに、入部テストを受けに行った。
どうせつまらないものと思っていた高校生活をガラリと変えたあの背中。

その次の強烈な思い出はデスマーチだ。
もう走れない。置いていかれると思ったとき、担いでくれた。
小さな背中はとても暖かかった。
1人で走れるからと告げたとき、心配そうに遠ざかっていったあの背中。
なかなかポジションを貰えず、悔しかった日々の支えになった。

最後に空港で見た別れの背中を支えに1人で違う道を進んできた。
そして今日、その結果が出る。


合格者の受験番号が書かれている掲示板の前まで来た。
雪光は大きく息を吸い込んで、受験票でもう一度自分の番号を確認する。

いい大学へ進むことは母親の願いであり、自分の決めた道ではなかった。
後悔はしていない。これもまた1つの目標であり夢だった。
でも合格した後、自分はどこへ行くのか。
正直なところ、それはまだ漠然としている。

またあの少年とどこかで出逢うことが次の目標だと言ったら。
母は怒るだろうか。それとも嘆くだろうか。
フィールドで共に戦った仲間たちは、笑うだろうか。
そんなことを思いながら、雪光はゆっくりと番号を目で追いかける。


あった。雪光は小さな声で呟いた。
掲示板の中に見つけた自分の受験番号。
やった。合格したんだ。
雪光は小さく拳を握り、喜びを噛みしめた。

ふと辺りを見回すと、すでにサークルの勧誘をする在校生の姿が見える。
そうだ。アメフト部を見に行ってみよう。
それでまたデビルバッツのメンバーと出逢えるかは知らない。
そもそも大学で自分が通用するかどうかすらわからない。
でも試合に出してもらえない苦しみなど。
1人違う道を来た寂しさに比べたら、何ということもない。

その前に、合格を知らせなくては。
母に。そしてあの小さな少年に。
彼はきっとまた自分のことのように喜んでくれるだろう。
雪光は携帯電話の「小早川瀬那」の表示を見ながら、満足げに微笑んだ。

【終】
1/5ページ