年下5題

ヒル魔さん、これ、もらってくれませんか?
セナは小さな紙袋を差し出した。
ヒル魔が無言で紙袋を受け取り、ガサガサと音を立てながら中に入っている物を取り出す。
出てきたのは、赤いユニフォームと黒いリストバンドだった。

ペンダントの代わりなんですが。
物問いた気なヒル魔の視線に、セナが照れたようにそう答える。
ヒル魔はユニフォームに視線を戻すと、かざす様に両手でそれを広げた。
21番のユニフォームは縫って繕うことも出来ないほど、派手に破れていた。

ヒル魔には、それが何だかわかっただろう。
昨年の秋の関東大会の準決勝、王城と試合したときのものだ。
進と1対1で対決したあのラスト1秒の攻防で、破られ、千切られたユニフォームとリストバンド。

先日ヒル魔のマンションにセナが訪れたとき、ヒル魔はセナにペンダントを返した。
それはセナがヒル魔にバレンタインデーに贈った石のペンダントだ。
その後クリスマスボウルは無事終わった年末のある日、再び訪れたヒル魔のマンションで。
セナはヒル魔にペンダントの代わりとして、破れたユニフォームとリストバンドを持ってきたのだ。


俺はいい。これはチューボーにくれてやれ。
ヒル魔がそう言って笑う。いつもの不敵な笑顔だ。
セナはそれを聞いて、ハァァとため息をついた。

確かに破れたユニフォームなんて、普通欲しくないだろう。
いくら恋人同士だからって、これを喜んでくれるなんて思い上がっていたかもしれない。
そう考えて、セナは少しヘコみ、そしてまた考える。
なんでここで中坊が出てくるのか、と。

勘違いすんな。欲しくないわけじゃねぇ。
まるでセナの心を読んだかのように、ヒル魔が言う。
ならば、どうして。
今度はセナが物問いた気な目で、無言でヒル魔に問いかける。

チューボーはテメーに憧れて、わざわざ泥門まで来たんだ。
記念品の1つぐらい、やってもいいだろう?
ヒル魔はそう言うと手を伸ばして、セナの髪をくしゃくしゃとかき回した。


俺は別に欲しい物がある。
はぐらかされたような気がしたのだろう。
どこか不満げなセナに、ヒル魔がさらに言う。
セナは不思議そうな表情で「何ですか?」と聞いてきた。

アイシールドをくれよ。
笑って冗談めかしているが、ヒル魔の顔は真剣だった。
セナは慌てて「え、でも、だって」と言葉に詰まる。
アメフト部に入部したとき、ヒル魔から与えられたアイシールド。
高校での活動は終わっても、セナはまだまだアメフトを続けるつもりだ。
そしてフィールドではアイシールドと共に、戦うつもりだったのだ。
大抵の物なら、ヒル魔が欲しいのならあげてもいい。
でもこれだけは困る。

今じゃねぇよ。テメーがいつかアメフトプレーヤーじゃなくなるとき、だ。
そう言って、ヒル魔がまた不敵に笑う。
大学、プロ、もしかしたらNFL。
そんな夢の彼方で、ヒル魔はセナのアイシールドが欲しいと言っているのだ。

それはアメフト選手じゃなくなった未来でも、僕を愛してくれるってことですか?
セナはヒル魔の目を真っ直ぐに見つめて、そう言った。
ヒル魔が不敵な笑顔のまま「まぁな」と答える。
そして長い腕を回して、セナをそっと抱き締めた。
期せずして告げられた想いの深さに、セナはうっとりと酔いしれた。


でもなんでチューボーくんなんですか?
しばらくヒル魔の温もりに身体を預けていたセナが、ふと我に返った。
ヒル魔は自分を見上げるセナの髪をなでながら、身体ごと抱き寄せた。
セナがせっかく腕の中にいるのに、他の男の名前を言うのが気に入らなかったのだ。

ヒル魔が中坊にユニフォームを譲るのは、ヒル魔なりの感謝だった。
中坊がセナに恋していることには、気がついている。
恋心を隠して、フィールドでセナを守ってくれる中坊への敬意だ。

だが当のセナは、全然中坊の気持ちに気がついていない。
だから中坊が恋敵であることを、ヒル魔はセナには言いたくないのだ。
ヒル魔がいないクリスマスボウルで、セナを支え続けた頼もしいラインマン、中坊。
変にセナが意識して、余計な火種になっても面倒だ。

ヒル魔がセナを抱き締める手に力を込めた
とりあえずセナが何も聞く気がなくなるまで、手を緩める気はない。
こうやってセナが他の者を見ないように、何気にヒル魔は一生懸命だったりする。

セナがそのことに気付くのと、ヒル魔の手にアイシールドが渡るのと、どちらが先か。
さすがのヒル魔にも、その答えはわからない。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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