年下5題

余計なことを言わずに、試合の話だけすればいいのに。
セナがため息と共に、そう呟いた。
テレビの中では、お笑い芸人がゲラゲラと笑っている。
ヒル魔が「だからいつも言ってるだろ」と苦笑する。
セナはテレビの画面から目を離すことなく「そうですけど」と口を尖らせた。

セナは今、忙しい時間を過ごしている。
もうすぐ2度目のクリスマスボウル、それに向けて練習に明け暮れていた。
対して部を引退して、もう進む大学も決めたヒル魔はのんびりしている。
そして今日はセナの誕生日で、セナはヒル魔のマンションに来ていた。

セナとヒル魔はソファに並んで座り、録画していたテレビのNFL番組を見ている。
ヒル魔は1人であれば、その番組を見ることはない。
今年からメインキャスターが高校時代アメフト部だったというお笑い芸人に変わってしまったからだ。
さらに悪いことにアシスタントも、アメフトを知らないド素人の女子アナになった。
だからその番組を見ることをやめてしまったのだ。

お笑い芸人がメインになると、どうしても試合に関係ないボケやらツッコミが入る。
そしてど素人の女子アナが、よく言えば無邪気、悪く言えば間抜けな合いの手を入れる。
ゴールデンタイムに放送する、野球やサッカーなどメジャースポーツの番組ならまだしも。
ド深夜に放送するアメフト番組で、お笑いや女子アナの可愛さなど誰も期待しないと思うのだが。
だからヒル魔はもうその番組ではなく、インターネットやCS放送で試合を見る。
以前はアメフトに詳しい解説者とアナウンサーが担当していたいい番組だったのに、残念だ。

だがセナは「これはこれで面白いですよ」と笑って、いつもその番組を見ていた。
だからセナのために、好きでもない番組を録画していたのに。
当のセナは、どこか物憂げで集中していない様子だった。


せっかくの誕生日なのに、どうした?
ヒル魔は横に座るセナをチラリと見て、聞いた。
セナもまたヒル魔を見て「いえ、あの」と言葉を詰まらせる。
ヒル魔は黙って前を見ながら、次の言葉を待った。

ヒル魔から主将を引き継いだセナは、頼もしく成長した。
身体つきは相変わらず小さいが、それなりに身長も伸びて筋肉もついた。
表情も大人っぽくなったし、口調も落ち着いて、主将の貫禄も出てきた。

ヒル魔は引退した後、アメフト部に積極的に関わることはなかった。
これからはセナたちの色を出していかなくてはいけないからだ。
ヒル魔たちが1年間に成してきたことを、セナたちは見ていた。
何を引き継ぎ、どこを変えるのかを判断し、さらに進化させるのは後輩の義務だ。
言葉にしてそんなことを言ったことはないが、セナはちゃんと理解していたと思う。
考えて、悩んだ1年は、セナを精神的に大きく成長させたのだ。

だがそんなセナも、ヒル魔の部屋に来ると、妙に不安定になる。
主将としてのプレッシャーの反動なのだろう。
やたらと興奮して明るかったり、逆にひどく落ち込んでいたりすることもある。
その気持ちは、同じく主将を経験したヒル魔にもよくわかる。

助けてやりたいというのが、ヒル魔の嘘偽りない本音ではある。
だがそれはきっとセナが自力で越えなければならないことだ。
だからセナが部を引退するまでは、手を差し伸べるつもりはなかった。

今もさり気なく「どうした?」と聞いたけれど、それは形だけだった。
セナはきっと何も言わないだろう。
だからセナが「あの」と答えを返そうとしたとき、ヒル魔は少なからず驚いていた。
もちろんそれを表情にあらわすことはなかったが。


ペンダントをですね。
セナはそう言って、言葉を切った。

ペンダント。
細かい説明をしなくても何のことだかわかる。
ヒル魔とセナの間で、ペンダントと言えば1つしかない。
デスマーチでセナが蹴っていた石を磨いて、チェーンをつけたもの。
2つに割れた石は2つのペンダントとなり、1つはセナが、1つはヒル魔が持っている。
今年の初め、バレンタインデーのときにセナがヒル魔にプレゼントしたものだ。

ヒル魔もセナも、それを日常的に首にかけたりはしていない。
何せ普通のペンダントのトップよりも大きいし、形も変わりすぎている。
首にかけると、無駄に目立つのだ。
2人で身に着けていたら、噂になることは間違いないだろう。
別に2人の仲を隠すつもりもないが、不必要に見せびらかす必要もない。
あのデスマーチの大事な思い出を、安っぽい噂話のタネにしたくなかった。

大事な試合の前とかに握ってたんです。お守りみたいな感じで。
セナはまるで悪戯を親に白状する子供のように、バツの悪そうな様子で言う。
だがヒル魔は咎めることも、茶化すこともしない。
黙ってセナの話を聞いている。

そうしたら引退するとき、記念にもらえないかって頼まれちゃったんですよ。
セナはそう言って1年生RBの名前を挙げた。
なるほどそういうことか、とヒル魔が合点がいった。

大事な記念でありお守りである石を、セナは大きな試合の前には握り締めていた。
そしてそれを見ていた後輩はその石を欲しがった。
どちらの気持ちも理解できる。


ヒル魔は立ち上がると、無言で部屋を出て行った。
だがすぐに戻ってきて、またセナの隣に座る。
その手には、あのペンダントが握られていた。

こいつはテメーに返す。
テメーの石をランニングバックに渡すなら、これはクォーターバックに渡してやれ。
ヒル魔はそう言って、セナの手にペンダントを落とした。

でも、これは僕たちの大事な石です。
弾かれたようにヒル魔を見て、セナは言い淀んだ。
大事な石を手元に置きたい気持ちと、後輩に託したい気持ち。
その狭間で、セナは揺れているのだろう。

俺たちの思いがこもった石が代々受け継がれるっていうのも、おもしれーじゃねぇか。
ヒル魔は不敵な笑顔を浮かべて、セナを見た。
試合や練習の時にはよく見ていた、だが引退してから初めて見せるその表情にセナは見蕩れた。

それに石が手元になくても、俺たちの絆が消えるわけじゃねぇし。
不敵な表情に似合わず、ヒル魔の声は優しかった。
ヒル魔だって、内心はこのペンダントを手放すことは惜しい。
だがそれ以上に、ヒル魔の前でだけ無防備に迷いを見せるセナが愛おしいと思う。
気を許してくれているのだと思うと、柄にもなく嬉しかったりするのだ。
ヒル魔はセナの肩に腕を回し、自分の方へと引き寄せた。
セナはヒル魔の肩に頭を預けると、小さく「ありがとうございます」と笑った。

やっぱりこの番組、面白くねぇな。
ヒル魔はセナの髪をくしゃくしゃとかき回しながら、言った。
そうですか?これはこれで楽しいと思いますよ。
セナは掌の上のペンダントの石を慈しむように転がしながら、そう答えた。

【終】
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