年下5題
最近、中坊は時折戸惑うことがある。
悩むとか困るとか、そんな大それたことではない。
そもそも何が問題なのか、よくわからないのだ。
泥門デビルバッツは、秋大会を勝ち進んでいる。
時に快勝し、時に強豪相手に苦戦しながらの辛勝。
厳しい練習に耐え、掴み取った勝利の味は格別だ。
そんな充実した日々が、慌しく過ぎていく。
中坊が戸惑わせるのは、そんな時間の中のほんの一瞬のことだ。
ふと気がつくと、セナを目で追っている。
練習や試合で、集中しているときには忘れている。
だが試合の休憩時間や、試合が終わった後、または休み時間などに廊下ですれ違ったとき。
セナの笑顔や仕草に、思わず目を奪われてしまうのだ。
慌てて我に返ってセナから目を逸らすと、何故か妙に心臓がドキドキしている。
事あるごとにこんなにセナを見ていたら。
いつか誰かが気づくかもしれない。
そして変に思われてしまうかもしれない。
だが中坊は、セナから目を離すことができないでいた。
セナ先輩、いつも持ってるペンダントは何ですか?
泥門デビルバッツが関東大会を制して、2度目のクリスマスボウル出場を決めた数日後。
祝勝会の席で、1年生のRBがセナにそう聞いた。
いつもセナを見ている中坊も、それに気がついている。
多分1年生RBよりも先に、気がついていたと思う。
セナは試合前に必ずそのペンダントを首にかけている。
ペンダントのトップは、どう見ても普通に道路に落ちているような灰色の石だ。
試合前、セナは両手でその石を包んで、祈るように目を閉じる。
試合中は当然ペンダントを外すが、試合後にはまた首にかけて同じようにする。
試合後のそれは、勝利に感謝するように見える。
およそアクセサリーには見えない石のペンダントと、祈るようなセナの動作。
それはひどくアンバランスで、1年生たちは不思議に思っていた。
これは僕がデスマーチのときに蹴ってた石なんだ。
セナが照れくさそうに笑いながら、そう答える。
その笑顔に、中坊の胸の鼓動が跳ね上がった。
セナは可愛いし、笑顔は綺麗だと思う。
同じ男で、尊敬する先輩に対して、どうしてこんな気持ちになるのだろう?
ペンダントを見せてくださいと言われて、セナが1年生RBにそれを渡す。
それを見ながら、中坊はいつもの戸惑いを持て余していた。
クリスマスボウルで勝ったら、このペンダントをください!
セナから受けとったペンダントを手の上で転がしていた1年生RBが、不意に大声を出した。
そして深々とセナに頭を下げる。
セナは「え?」と小さく声を上げたまま、言葉を失っていた。
あまりにも予想外のことに、驚いたのだろう。
絶対に大事にします!
セナ先輩の思いをもらって、それを代々伝えていきたいんです!
1年生RBがさらに深く身体を折って、セナに嘆願する。
言葉を失ったのはセナだけじゃない。
他の部員たちもいつの間にか静まり返り、2人のRBを見ている。
もっと騒ごうぜ!せっかくの祝勝会なんだから!
大きな声で沈黙を破ったのは、モン太だった。
セナの1番の親友を自負する彼が、助け舟を出したのだ。
他の2年生たちが「そうだそうだ」と同調し、「楽しもう」と声を張り上げる。
そしてその場は何事もなかったように、楽しい宴に戻った。
だが中坊は、先程のセナの表情が忘れられないでいた。
中坊の記憶の中のセナはほとんど笑顔、そしてたまに試合中などの真剣な顔だ。
言うべき言葉が見つからないほど困った表情のセナなど、初めて見る。
それほどあのペンダントは大事なものなのだろう。
デスマーチの大事な記念、セナが頑張るチカラの原点。
そのときの中坊はそれ以上考えることはなかった。
そしてクリスマスボウルに向けての練習が始まった。
今まで対戦した好敵手たちに混じって、ヒル魔ら3年生も練習を手伝いに来る。
このチームの集大成、最後の大舞台。
さらに激しさを増した練習に、余念がない。
その日前衛の練習の相手をしたのは、ヒル魔と雪光だった。
ヒル魔が雪光へと投げるパスを、中坊らラインのメンバーが止めるというものだ。
ただしヒル魔はラインのメンバーの位置や動きを見て、その隙をつこうとする。
雪光は抜群の観察力と判断力で、ヒル魔のパスを瞬時に察知し、落下地点へと回り込む。
それを阻止するという実戦形式の練習だった。
その練習の合間のことだ。
中坊は部室で雪光と雑談を交わすうちに、ふとデスマーチの石の話を思い出した。
だから軽い気持ちで、セナのペンダントの話をしたのだった。
少し離れた場所で、ヒル魔がノートパソコンを操作している。
他の部員たちの雑談や、ヒル魔のキーボードを叩く音をBGMに、中坊が話す。
雪光はどこか昔を懐かしむような表情で、話を聞いていた。
懐かしいな、デスマーチの石かぁ。
チューボーくんもきっとセナくんの石蹴りを見たら、感動するよ。
石を蹴りながら進んでいるのに、普通の人がただ走るのより早いんだから。
そう言って、雪光が顔を綻ばせた。
そんなにすごかったんですか?
うん、途中で石が2つに割れて、そこからは2つ蹴りながら進んでたよ。
中坊の問いに、雪光が答えを返してくれる。
2つの石を蹴りながら、走るスピードで進む。
確かにそれは大変だろう。
そこまで考えて、中坊はあれ?と思った。
2つの石。元々1つだったのに2つに割れた石。
でもセナがペンダントにしている石は1つだ。
もう1つの石はどこにいったのだろう。
そう思った途端、中坊の脳裏に浮かんだのは何故かヒル魔だった。
ヒル魔とセナが2人で並んで立っている姿を想像してみる。
首には2人とも、あの石のペンダントをお揃いで首にかけている。
それは驚くほどしっくりと中坊の胸の中に落ちた。
もう1つの石はやはりペンダントになっていて、ヒル魔が持っている。
セナの頑張るチカラの根っこには、ヒル魔がいるのだ。
何の確証もないが、中坊にはそう思えた。
そうか、セナ先輩が好きなんだ。
中坊はようやく自分の戸惑う気持ちの正体を理解した。
セナが可愛いと思うのも、笑顔や仕草に目を奪われるのも。
デスマーチのもう1つの石の行方がこんなに気になるのも。
全てはセナが好きだからだ。
その時、部室のドアが開いてセナが入ってきた。
ちょうど後衛も休憩となったのだろう。
ヒル魔は長い足をカジノテーブルに乗せ上げて、手馴れた様子でパソコンのキーを叩いている。
セナはそのヒル魔の横の椅子に座ると、ヒル魔に何かを話しかけた。
ヒル魔がチラリとセナの方を見て何かを言うと、セナが笑った。
先程の雪光と中坊の話をヒル魔は聞いていただろうか。
もう1つの石を持っているんですかと聞いたら、ヒル魔は何と答えるだろうか。
そこまで考えた中坊は、首をブンブンと横に振った。
とにかく今はクリスマスボウルだ。
この好きの気持ちも、ヒル魔の気持ちも、今はまだ知らなくていい。
セナにとって泥門デビルバッツで最後になる試合。
その大舞台で、セナはまたフィールドにいる人々を魅了しながら走る。
それを守り抜くのが中坊の仕事だ。
今はただ頑張るだけだ、と中坊は改めて思う。
自分の頑張るチカラの原点は、きっとセナの笑顔だ。
【続く】
悩むとか困るとか、そんな大それたことではない。
そもそも何が問題なのか、よくわからないのだ。
泥門デビルバッツは、秋大会を勝ち進んでいる。
時に快勝し、時に強豪相手に苦戦しながらの辛勝。
厳しい練習に耐え、掴み取った勝利の味は格別だ。
そんな充実した日々が、慌しく過ぎていく。
中坊が戸惑わせるのは、そんな時間の中のほんの一瞬のことだ。
ふと気がつくと、セナを目で追っている。
練習や試合で、集中しているときには忘れている。
だが試合の休憩時間や、試合が終わった後、または休み時間などに廊下ですれ違ったとき。
セナの笑顔や仕草に、思わず目を奪われてしまうのだ。
慌てて我に返ってセナから目を逸らすと、何故か妙に心臓がドキドキしている。
事あるごとにこんなにセナを見ていたら。
いつか誰かが気づくかもしれない。
そして変に思われてしまうかもしれない。
だが中坊は、セナから目を離すことができないでいた。
セナ先輩、いつも持ってるペンダントは何ですか?
泥門デビルバッツが関東大会を制して、2度目のクリスマスボウル出場を決めた数日後。
祝勝会の席で、1年生のRBがセナにそう聞いた。
いつもセナを見ている中坊も、それに気がついている。
多分1年生RBよりも先に、気がついていたと思う。
セナは試合前に必ずそのペンダントを首にかけている。
ペンダントのトップは、どう見ても普通に道路に落ちているような灰色の石だ。
試合前、セナは両手でその石を包んで、祈るように目を閉じる。
試合中は当然ペンダントを外すが、試合後にはまた首にかけて同じようにする。
試合後のそれは、勝利に感謝するように見える。
およそアクセサリーには見えない石のペンダントと、祈るようなセナの動作。
それはひどくアンバランスで、1年生たちは不思議に思っていた。
これは僕がデスマーチのときに蹴ってた石なんだ。
セナが照れくさそうに笑いながら、そう答える。
その笑顔に、中坊の胸の鼓動が跳ね上がった。
セナは可愛いし、笑顔は綺麗だと思う。
同じ男で、尊敬する先輩に対して、どうしてこんな気持ちになるのだろう?
ペンダントを見せてくださいと言われて、セナが1年生RBにそれを渡す。
それを見ながら、中坊はいつもの戸惑いを持て余していた。
クリスマスボウルで勝ったら、このペンダントをください!
セナから受けとったペンダントを手の上で転がしていた1年生RBが、不意に大声を出した。
そして深々とセナに頭を下げる。
セナは「え?」と小さく声を上げたまま、言葉を失っていた。
あまりにも予想外のことに、驚いたのだろう。
絶対に大事にします!
セナ先輩の思いをもらって、それを代々伝えていきたいんです!
1年生RBがさらに深く身体を折って、セナに嘆願する。
言葉を失ったのはセナだけじゃない。
他の部員たちもいつの間にか静まり返り、2人のRBを見ている。
もっと騒ごうぜ!せっかくの祝勝会なんだから!
大きな声で沈黙を破ったのは、モン太だった。
セナの1番の親友を自負する彼が、助け舟を出したのだ。
他の2年生たちが「そうだそうだ」と同調し、「楽しもう」と声を張り上げる。
そしてその場は何事もなかったように、楽しい宴に戻った。
だが中坊は、先程のセナの表情が忘れられないでいた。
中坊の記憶の中のセナはほとんど笑顔、そしてたまに試合中などの真剣な顔だ。
言うべき言葉が見つからないほど困った表情のセナなど、初めて見る。
それほどあのペンダントは大事なものなのだろう。
デスマーチの大事な記念、セナが頑張るチカラの原点。
そのときの中坊はそれ以上考えることはなかった。
そしてクリスマスボウルに向けての練習が始まった。
今まで対戦した好敵手たちに混じって、ヒル魔ら3年生も練習を手伝いに来る。
このチームの集大成、最後の大舞台。
さらに激しさを増した練習に、余念がない。
その日前衛の練習の相手をしたのは、ヒル魔と雪光だった。
ヒル魔が雪光へと投げるパスを、中坊らラインのメンバーが止めるというものだ。
ただしヒル魔はラインのメンバーの位置や動きを見て、その隙をつこうとする。
雪光は抜群の観察力と判断力で、ヒル魔のパスを瞬時に察知し、落下地点へと回り込む。
それを阻止するという実戦形式の練習だった。
その練習の合間のことだ。
中坊は部室で雪光と雑談を交わすうちに、ふとデスマーチの石の話を思い出した。
だから軽い気持ちで、セナのペンダントの話をしたのだった。
少し離れた場所で、ヒル魔がノートパソコンを操作している。
他の部員たちの雑談や、ヒル魔のキーボードを叩く音をBGMに、中坊が話す。
雪光はどこか昔を懐かしむような表情で、話を聞いていた。
懐かしいな、デスマーチの石かぁ。
チューボーくんもきっとセナくんの石蹴りを見たら、感動するよ。
石を蹴りながら進んでいるのに、普通の人がただ走るのより早いんだから。
そう言って、雪光が顔を綻ばせた。
そんなにすごかったんですか?
うん、途中で石が2つに割れて、そこからは2つ蹴りながら進んでたよ。
中坊の問いに、雪光が答えを返してくれる。
2つの石を蹴りながら、走るスピードで進む。
確かにそれは大変だろう。
そこまで考えて、中坊はあれ?と思った。
2つの石。元々1つだったのに2つに割れた石。
でもセナがペンダントにしている石は1つだ。
もう1つの石はどこにいったのだろう。
そう思った途端、中坊の脳裏に浮かんだのは何故かヒル魔だった。
ヒル魔とセナが2人で並んで立っている姿を想像してみる。
首には2人とも、あの石のペンダントをお揃いで首にかけている。
それは驚くほどしっくりと中坊の胸の中に落ちた。
もう1つの石はやはりペンダントになっていて、ヒル魔が持っている。
セナの頑張るチカラの根っこには、ヒル魔がいるのだ。
何の確証もないが、中坊にはそう思えた。
そうか、セナ先輩が好きなんだ。
中坊はようやく自分の戸惑う気持ちの正体を理解した。
セナが可愛いと思うのも、笑顔や仕草に目を奪われるのも。
デスマーチのもう1つの石の行方がこんなに気になるのも。
全てはセナが好きだからだ。
その時、部室のドアが開いてセナが入ってきた。
ちょうど後衛も休憩となったのだろう。
ヒル魔は長い足をカジノテーブルに乗せ上げて、手馴れた様子でパソコンのキーを叩いている。
セナはそのヒル魔の横の椅子に座ると、ヒル魔に何かを話しかけた。
ヒル魔がチラリとセナの方を見て何かを言うと、セナが笑った。
先程の雪光と中坊の話をヒル魔は聞いていただろうか。
もう1つの石を持っているんですかと聞いたら、ヒル魔は何と答えるだろうか。
そこまで考えた中坊は、首をブンブンと横に振った。
とにかく今はクリスマスボウルだ。
この好きの気持ちも、ヒル魔の気持ちも、今はまだ知らなくていい。
セナにとって泥門デビルバッツで最後になる試合。
その大舞台で、セナはまたフィールドにいる人々を魅了しながら走る。
それを守り抜くのが中坊の仕事だ。
今はただ頑張るだけだ、と中坊は改めて思う。
自分の頑張るチカラの原点は、きっとセナの笑顔だ。
【続く】