年下5題

合格者は、以上です。
20名の名前を読み上げた後、セナはそう締めくくった。
中坊は足元が崩れ落ちるような眩暈を感じながら、呆然と立ち尽くした。

中坊明が泥門高校へ進学して、すぐに訪ねた場所は言うまでもなくアメフト部だった。
泥門デビルバッツに名を連ね、憧れのセナと同じフィールドに立つ。
そのためにわざわざ東京にまでやって来た。

だがすぐに出鼻をくじかれることになった。
入学式前から、中坊はアメフト部の練習に参加したかった。
だが同じ事を考えた者は多かったらしい。
春休みのグラウンドには、入部希望の新入生が殺到した。
アメフトの専門設備など持たない泥門高校で、全員の受け入れは無理だ。
新主将のセナは、入学式が過ぎたら入部テストをするからそれまで待つようにと宣言した。
中坊はがっかりと肩を落として、帰宅した。
そしてジリジリと新学期が始めるのを待ったのだった。

入部テスト?合格できるかな。落とされたらどうしよう。
何となく顔見知りになった入部希望者たちが言う。
だが中坊には、そんな心配はまったくなかった。
何せセナたちと一緒に、世界大会まで出場したのだ。
そんなところでつまづく気などさらさらない。
目標はクリスマスボウル。それだけだ。


アメフトの経験は問いません。
この先どれだけ伸びるか、その可能性をテストします。
セナが入部希望の1年生たちを前にして、そう言った。
それならばチャンスがあるかも、と入部希望者たちの目が輝く。
何十人もいる入部希望者は、そのほとんどが運動部の出身なのはわかる。
だがタッチフットやフラッグフットの経験がは数名程度。
ちゃんとしたアメフトをやっていたのは、中坊だけだ。

テストの最中に中坊はセナに「これってテストになるんですか?」と聞いた。
セナとはすでに旧知の仲であることに、他の入部希望者は中坊に羨望の眼差しを向けてくるのが嬉しい。
だがセナは真剣な表情で「充分だよ」と答えた。

全日本の練習を経験した中坊にとって、テストはゆるいものだったのだ。
実戦形式のものではなく、体力テストがメインだ。
40ヤード走と、腹筋と背筋を数セット。
あとは約30メートル四方の枠の中、逃げ回るセナを追いかけるというものだった。
感覚はほとんど鬼ごっこだ。
制限時間は5分で、セナを捕まえなくてはならない。

中坊はライン志望であるし、セナの凄さは間近で見ている。
到底セナを捕まえられる自信はなかった。
案の定セナに触れることはできなかったが、仕方がないと思った。
結局入部希望者の誰も、セナに触れることはできなかったのだから。
40ヤード走と腹筋と背筋は、希望者の中ではかなり上位の数値だったことで満足していた。

何よりもデビルバッツのメンバーは、フィールド上での中坊のプレーをよく知っている。
落ちる要素など、何もない。
はっきり言って、楽勝だと思った。


そんな。中坊はうわ言のように呟いた。
読み上げられた合格者の中に、中坊の名はなかったのだ。
テストに合格した者の歓喜の声と、落ちた者の落胆の声。
それに混じって、中坊が落ちたことへの驚きの声も聞こえてくる。

1週間後に再テストをします。
不合格だったけど、どうしても入部したい人は頑張ってください。
中坊の心の内などおかまいなしに、セナは告げた。
そしてそのまま歩いていこうとしたセナの後ろ姿に、中坊は声をかけた。

何で俺がダメだったのか、教えてください。
セナはゆっくりと振り向いて、中坊を見た。
どこか悲しそうなセナの表情に、中坊はなんとも落ち着かない気持ちになる。

1週間あるよ。
何がダメだったのか、よく考えてみて。
セナはそれだけ言うと、中坊を置き去りにつかつかと立ち去っていってしまった。

不合格者たちが「再テスト、どうする?」と相談をしている。
だが中坊はその輪に加わることも、帰ることもできずに呆然としていた。
チャンスがあるなら、もう一度入部テストを受けたい。
だが何がダメなのかわからなければ、何度受けても合格できない気がする。
セナを追って東京まで来たのは、間違いだったのだろうか。


よぉ、不合格。
不意に背後から声をかけられて、中坊はハッと我に返った。
そこに立っていたのは、泥門デビルバッツの初代主将。
中坊に声をかけたのは、マシンガンを肩に担いだヒル魔だった。

今年は地味な入部テストですよね。
去年は東京タワーを借り切ったって聞きましたけど。
中坊は半ば投げやりな気持ちで言った。
落とされてしまったテストに対する不満を込めたつもりだった。

新入生はまだまだ、カラダなんか未成熟だからな。
去年みたいな無茶する方が、本当はおかしいんだ。
ヒル魔が思いのほか穏やかな口調で言った。
挑発的な発言は、自分がプレーヤーであってこそのこと。
それ以外でのヒル魔は、冷静で理性的だ。
中坊はこの後事あるごとに、それを知ることになる。
だが今はまだもの静かなヒル魔に困惑するだけだった。

もしテメーが合格してたら、セナはきっと再テストなんて言わなかっただろうな。
ヒル魔のその言葉に、中坊は弾かれたように俯いていた顔を上げた。
どうして中坊が不合格なのか、ヒル魔にはわかっているようだ。

よく考えろ。セナが出した課題は何だったか。それに対してテメーはどうだったか。
ヒル魔はなおもそう続けると、中坊が口を開く前にさっさと背を向けてしまった。


1人グラウンドに残った中坊は、入部テストのことを思い起こしていた。
セナもヒル魔も「よく考えろ」と言った。
何か大事なことを見落としているのだ。

ヒル魔は言った。
セナが出した課題は何だったか。それに対して中坊はどうだったか。
課題は40ヤード走、腹筋、背筋、そして逃げ回るセナを追いかけること。
セナを捕まえられるのは無理だったが、その他は悪くなかったと思う。
そもそもテストを受けた1年生は誰もセナを捕まえていない。
ならばこれがマイナスポイントであったとは思えない。
つまりヒル魔が言うところの「セナが出した課題」を正しく捕らえていないと言うことだ。
ではセナは新入部員に、中坊に何を期待していたのだろう。

わからない。
1年生の中で誰よりも戦力になるのは自分だという自信はあるのに。
少なくても今の時点では、間違いなく。
そこまで考えて、中坊はハッとした。

テスト開始の時、セナは「アメフトの経験は問わない」と言った。
そして、この先どれだけ伸びるか、その可能性をテストするとも。
つまり現在の中坊と他の1年生の実力差は、関係ないということだ。


思い出した。
中学生で、しかもアメフトなど未経験なのに、全日本の選抜テストを受けたときのことを。
他の受験生とのレベルの違いや、スキルのなさなど関係なかった。
とにかくただただ気持ちでぶつかったあの瞬間、大和たちに潜在能力を見出してもらえた。
だが入部テストのとき、必死に相手に向かうあのときの気持ちを忘れていた。
セナを捕まえるなど無理だと決め付け、他の1年生との実力差を過信していた。
そこをセナに見抜かれたのだ。

やはりセナ先輩はすごい。
中坊は身震いするような高揚感に、知らない間に笑みを浮かべていた。
かなりの人数の入部希望者全員と相対したセナ。
いくら厳しい練習で日々鍛えられた身体を持ってしても、きつかったはずだ。
それなのに顔色を変えず、息1つ乱さず、中坊の慢心さえ見て取った。
それが中坊をアメフトへと導いた「アイシールド21」だ。
セナを慕ってわざわざ東京へ、泥門高校へと来たのは、やはり間違いではなかった。

もう一度、やる。
中坊は大きく息をつくと、両の拳を握り締めた。
ヒル魔の言葉を信じるならば、再テストはわざわざ中坊のために設定されたもの。
だとしたら、中坊は今度こそ期待に答えなくてはいけない。
全力でぶつかり、この先も力を無限に伸ばしていくのだという決意を示す。
あの小さな未成熟なカラダで、入部希望者全員と向き合ったセナの心意気に答えるのだ。

後日、再テストに見事合格を果たした中坊は、事あるごとにこの時の話をした。
尊敬する先輩の熱意を語り継ぎ、部員たちの慢心を戒め、更なる高みを目指すために。
あえて自分の恥となるエピソードを、隠すことなく語る3代目主将は皆に信頼されることになった。

【続く】
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