高桜5題

「それじゃ、ライスボウル勝利を祝して!」
「乾杯~!」
祝勝会会場に集う面々が、掛け声と共にグラスを掲げる。
ガチャガチャとグラスがぶつかり、次に全員の喉がゴクゴクと鳴った。

ヒル魔が最京大学を中退して、渡米してから1年が経った。
すぐにNFLのチームに入ることはは叶わなかったが、アメフトの名門大学に転入している。
今やアメリカではすっかり有名人だ。

日本に残ったセナは、炎馬大学でアメフトを続けていた。
ライスボウルを目指して、日々努力することは変わらない。
ジャリプロで仕事をしながら、その報酬をアメフト部の活動資金にすることも変わらなかった。
ただ1つ変わったことは、鈴音との関係だった。

セナは鈴音と距離を置いた。
特別避けるようなことはなく、親しい友人として接している。
だが恋人に見えるような言動は一切なくなった。
腕を組んで歩いたり、2人だけで話し込んだりしない。
鈴音と別れたのかと聞かれれば「最初から付き合ってないよ」と答えた。

一時期まもりの妊娠説まで飛び交ったヒル魔とまもりの噂は、ヒル魔の渡米と共に自然消滅した。
そしてセナと鈴音の噂ももはや消えかかっている。
こうして長く続いた不本意な2組のカモフラージュ恋愛は終わったのだった。

大学2年になったセナは、ひたすらアメフトに励んだ。
そしてチームはライスボウルを制し、セナはMVPを獲得した。


「セナ、おめでとう!」
祝勝会は居酒屋の個室で行なわれていた。
本日のMVPのセナはお座敷型の個室の上座、いわゆるお誕生日席と言われる席にチョコンと座っている。
その横には入れ替わり立ち替わりに誰かが座り、セナに今日の試合の賛辞や今まで苦労話などをする。
そして会も中盤を過ぎた頃、セナの横に座ったのは鈴音だった。

「あ、ありがと、鈴音」
答えるセナの口調は、少し呂律が怪しい。
ほんの2週間ほど前に20日の誕生日を迎えたばかりのセナは、チビチビと甘いカクテルを舐めていた。
酒はあまり強くないのだから、勧められてもガブガブ飲むな。
どうしても飲まなきゃいけない場面では、カクテルでも舐めていろ。
遠く離れても、ヒル魔にはメールや電話で常にそう言われ続けている。

「すごいよね。優勝だけじゃなくてMVPまで獲っちゃうなんて。」
「今までみんなで頑張ってきたから優勝できて嬉しい。でもMVPはただのラッキーだよ。」
「相変わらず謙虚だなぁ」
「でも本当のことだから」

セナと鈴音が顔を見合わせて笑う。
鈴音もアルコールがかなり入っており、いつもよりかなり大きな声で話している。
だがここにいるメンバーはほぼ全員が酔っており、個室内はかなり騒がしい。
だから2人の会話が特に聞き耳を立てられるような様子はなかった。

「セナも行くつもりなんでしょう?アメリカに」
それでも鈴音は辺りを見回すと、声を落としながらそう聞いた。
ヒル魔が渡米したことで、まもりの恋愛は終わりを告げた。
だがずっと一緒にいるせいで、セナと鈴音の関係は中途半端なままだ。
少なくても鈴音はそう思っている。
だからこのライスボウルを制したこの転機の日に、決着をつけるつもりだった。


「うん。僕も早くアメリカでプレーしたいから。雲水さんと栗田さんにはもう話してあるんだ。」
「クリタン悲しんだでしょ?」
「一緒にできないのは残念だって言ってくれた。」
「モンモンや陸もそう言うんじゃない?」
「まぁ受け入れてくれるチームが見つからなければ、話にならないんだけどね。」

セナは相変わらず謙虚に微笑する。
その笑顔に、鈴音は思わず見蕩れてしまった。
受け入れ先の心配などをしているが、セナは渡米する気まんまんだ。
高みを目指して決意を固めたセナは綺麗だと、鈴音は改めてそう思う。

「私も一緒に行っちゃダメかな?アメリカ」
「え?」
セナは一瞬、口に運ぼうとしていたグラスを宙で止めた。
次の瞬間、誤魔化すように苦笑すると、首を振る。
だが鈴音は静かに真っ直ぐに、セナを見た。
ドキドキする。
だけどここでちゃんと決着をつけなければ、前に進めない。

「私、まだセナのことを諦めきれないの。」
「鈴音」
「嘘でもセナと恋人でいられるの嬉しかったの。だってセナのことが好。。。」
「知ってた。」
セナが鈴音の言葉を遮った。
そして真面目な表情で鈴音を見つめ返す。

「僕もヒル魔さんも知ってた。鈴音の気持ちも、まもり姉ちゃんの気持ちも。」
「やっぱりバレてたんだね。」
「僕たちは鈴音とまもり姉ちゃんを利用して、自分たちの恋愛を隠した。」
「それは私たちも承知の上で」
「でもね、それだけじゃないんだ。僕もヒル魔さんも心変わりしたいと思ったんだ。」
「え?」
意外なセナの言葉に、今度は鈴音のグラスが止まった。


「ヒル魔さんと話したんだ。これを機会にちゃんと女の子の恋人を持った方がいいかもしれないって。」
「それって。。。」
「ヒル魔さんはまもり姉ちゃん、僕は鈴音。好きになろうって努力した。そうできれば幸せだと思ったから」
「そう、だったんだ。。。」

セナの告白は思いのほか残酷なものだった。
ヒル魔とセナにとって、単なるカモフラージュ恋愛ではなかった。
男同士の恋愛の将来の苦難を考慮し、別の道を模索するいわば実験的な試みだったのだ。

だが同時にどこかなるほとど思う部分もあった。
セナが噂の矛先をそらすためだけに、鈴音やまもりを利用することにどこか違和感を感じていたからだ。
優しくて真っ直ぐなセナのキャラに合わない。
それがヒル魔の幸せを考えたものだとしたら、すっきりと納得する。
ヒル魔がまもりと幸せになれれば身を引く覚悟で、その上鈴音と幸せになれればさらにいい。
セナはそう思っていたし、おそらくはヒル魔もそういう気持ちだったのだろう。

「でも僕もヒル魔さんも、いくら頑張っても他の人に恋なんかできなかった。」
「セナ。。。」
「だから元に戻る。ライスボウルも優勝したし堂々とヒル魔さんの隣に行く。」
「そっか。。。」
「うん。だからゴメ。。。」
「あやまらないで!」

鈴音は急いでセナの言葉を遮った。
偽の恋人を演じることは、鈴音にだって下心があったのだ。
だからセナが詫びる必要などない。
ましてやセナは鈴音の告白に対して、正直に心のうちを話してくれたのだから。

「早く行けるといいね。妖ー兄のそばに」
「ありがとう。頑張るよ。」
鈴音がグラスを掲げると、セナが自分のグラスをカチリと合わせた。
その後、2人は話題を変えて、高校時代の思い出などで盛り上がった。


「で、セナくんもアメリカか」
「ええ」
王城高校アメフト部のロッカールーム。
今日も2人きりの練習を終えて、高見と桜庭は並んでスポーツドリンクを飲みながら談笑していた。

「ヒル魔と同じ大学に転入が決まったそうです。今準備で大忙しだそうですよ。」
「でもジャリプロの仕事は?ギャラは炎馬大学の資金になるんだったよな?」
「ライスボウルの優勝でセナくん関連の商品、かなり売れたそうですよ。充分じゃないですかね。」
「そりゃすごい。」
「うちの社長も狂喜乱舞です。それにアメリカで活躍すれば海外でも売れるって張り切ってますよ。」
「すごいな。ジャリプロの社長って。」
「でしょ?」

桜庭が困ったように眉を寄せると、高見も苦笑する。
だが内心は嬉しい気持ちだった。
セナもヒル魔もずっと好き合っているのはわかっていた。
いろいろな困難があって、別れたように見せたり、別の相手と付き合うようにふるまったり。
とにかく苦しんでいたであろうことに心を痛めていた。

だがついに元のヒル魔とセナになる。
フィールドでは同じエンドに立ち、ヒル魔からボールを受けてセナが走る。
そしてフィールドを離れれば、甘い恋人同士。
ようやく本来あるべき2人の姿に戻るのだ。

「あの2人のアメリカでの活躍が楽しみです。今からドキドキする。」
「そうだな。」
2人は静かに立ち上がり、どちらからともなく立ち上がった。
行き先は特に言わなくても決まっている。学生食堂だ。
彼らの高校時代からお馴染みの場所は、懐かしい高校時代のことを思い出させてくれる。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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