筧水5題
「何だと?」
筧は携帯電話を握り締めながら、裏返った声を出した。
ヒル魔とセナの恋愛について、筧は水町とはまるで違う感想を持っていた。
水町は当然セナの視点で、健気にヒル魔を想い待ち続ける様子を見ている。
セナの大学での活躍も相まって、ドラマチックな遠距離恋愛だと思っているようだ。
だが筧には、とてもそんな風には見えなかった。
アメリカにいる筧は、当然ヒル魔の視点でこの恋を見ることになる。
だが当のヒル魔は色恋沙汰を表に現すような性格ではなかった。
何となくセナの話題になっても表情1つ変えることがない。
水町がたまに知らせるセナの様子と、ヒル魔の態度のギャップに戸惑っていた。
ひょっとしてヒル魔にとって、セナとの恋愛は遊びなのか。
もしくは恋愛しているというのは、セナの一方的な勘違いか。
そんなことを思ってしまうほど、ヒル魔は醒めているように見えた。
だから驚いたのだ。
つい先程スタジアムで顔を合わせたヒル魔は、ひどく慌てた様子だった。
こんなにもハイテンションのヒル魔を見るのは、初めてのことだ。
どうしたんだと問うた筧に「セナに会うから、一度帰国する。」と告げた。
どうやらパソコンで、何か不意な知らせを受けたらしい。
そしてその後の予定をすべてキャンセルして、ヒル魔は空港に向かったのだ。
何が何だかわからずキョトンとする筧に、日本の水町から電話が来た。
セナがヒル魔に会うために、こちらに向かっているという。
「え~~~~!?」
筧に電話をかけた水町は、それを聞いて驚きの叫びを上げた。
セナがヒル魔に会うために、学生寮を出た。
水町は寮の食堂でアメフト部の部員たちと朝食をとりながら、そのことを雲水や栗田に伝えた。
雲水たちも昨晩のスポーツニュースで、初めてヒル魔のアメリカでの活動を知ったらしい。
だからセナがいきなりアメリカへ行くと聞いても、咎めるようなことを言わなかった。
「いきなり訪ねて行って、ヒル魔が不在ということはないか?」
用心深い性格の雲水が、ポツリと言った。
そう言われて、水町はモン太や陸と顔を見合わせた。
確かにそうかもしれない。
だから筧に電話をかけたのだ。
筧はヒル魔のアメリカでの住居なども知っている。
さり気なく足止めでもしてもらえればと思ったのだ。だが。
『ヒル魔も今、セナくんに会うために日本に向かってる。』
電話口の筧は、水町の期待を裏切るようにそう答えた。
「それじゃ、すれ違いになっちゃうじゃん!」
テンションがすっかりハイになった水町が大声で叫び、電話口の筧も大声で応じている。
水町はもちろん筧の声まで、アメフト部員たちには会話は筒抜けだ。
『間に合うかどうか、ヒル魔に連絡を取ってみる!』
「わかった。こっちもセナに電話する。」
そう言って、水町と筧は電話を切った。
水町が通話を終える前から、モン太が携帯電話でセナを呼び出し、陸はメールを打ち始めている。
だがどちらも応答がない。
「どうしよう。このままじゃ......」
水町はなす術もなく、途方にくれた。
「結局心が呼び合うんだね。ヒル魔とセナくんは。」
栗田がしみじみとした口調で言い、雲水も諦めたような表情で頷いた。
水町はモン太や陸と顔を見合わせて、ため息とともに苦笑をもらした。
後はどうなるのか、ヒル魔とセナ次第だ。
ヒル魔は空港近くの安ホテルにチェックインした。
住まいの近くの空港から国内線で、国際線が発着する空港まで移動した。
だが日本に直行する便は、もうすべて終わってしまっていたのだ。
ヒル魔は計算高い人間であり、何か事を起こすときには常に先を読んで行動する。
だがそんなヒル魔でも、時に読み違えることもある。
今回、スポーツニュースでヒル魔の特集が出てしまったのもその1つだ。
いや取材を受けたのだから、テレビに出ることはわかっている。
問題はその日付だ。
本来、放送日は1週間先のはずだった。
テレビ局の都合で予定されていた話題がなくなり、次の週の予定のヒル魔の特集が繰り上がったのだ。
その前にアメリカのスポーツ雑誌に、ヒル魔の特集が出ることになっていた。
ヒル魔はその雑誌が発売されたら、それを持ってセナに会いに行くつもりでいた。
プレーヤーを辞めても、別の道でアメフトに関わり、上を目指していると胸を張って言える。
それなりの成功を手にして、初めてセナと向かい合えると思ったのだ。
だが放送日がずれたせいで、計算が狂った。
もしセナが放送を見たら、黙っていたヒル魔に不信感を募らせるかもしれない。。
そう思ったらいてもたってもいられず、飛び出していた。
セナに早く会いたい。
ヒル魔は今、切実にそう思っている。
何で黙っていたのだと怒るなら、土下座でも何でもしてやる。
もう別れると言われたら、脅迫でも泣き落としでも、手段は辞さない。
とにかくセナを捕まえなくては。
ヒル魔はジリジリと焦る気持ちを抑えながら、夜を過ごしていた。
「ハァァ、どうしよう。」
セナは腕時計をアメリカの時間に合わせながら、ため息をついた。
日本から飛行機でアメリカへ。
気持ちがハイになっていたせいか、勢いでここまで来た。
だがアメリカへの入国手続きを終えた途端、一気にテンションが萎んでしまった。
なぜならセナは、筋金入りの方向音痴なのだ。
以前留学したときには、クリフォードがすべて手配をしてくれた。
事前にチケットや事細かく書かれたメモをくれたから、それを道行く人に見せればよかった。
セナは一言も喋ることもなく、目的地に着くことができたのだ。
だが今セナが頼りにできるのは、ヒル魔の住所だけだ。
しかも語学ではなくアメフト留学だったセナの英語力は、実はほとんど上達していない。
ここから国内線に乗り換えなくてはいけない。
セナにも何とか、それはわかる。
つまり別の空港へ移動するのだが、その生き方がわからないのだ。
そもそも広くて、人が多くて、入り組んだこの国際空港の出口すらよくわからない。
何度か通行人を止めて、ヒル魔の住所を書きとめたメモを見せて、その行き方を聞いてみた。
だが適当にあしらわれたり、相手の言うことがさっぱり聞き取れなかったり。
セナは空港内で完全に行き場を失っていた。
この状況は、まるでヒル魔との恋愛のようだ。
最初は確かに心の中に、熱い想いがあったはずなのに。
でも今はもう出口が見えない。
ただただ心細くて、どうしていいかわからないのだ。
セナは小さく「しっかりしなきゃ」と呟いた。
だがここまで来たのだから。
決着をつけなくては、前に進めない。
空港のカウンターでヒル魔は、チェックインの手続きをしていた。
まだ少し時間がある。
コーヒーでも飲むことにしよう。
手続きを待ちながら、ヒル魔は空港の案内表示を捜した。
コーヒーショップの位置を確認しようとしたヒル魔は、ふと視線を止めた。
流れていく雑踏の中、明らかに違う動きをしている人物がいたのだ。
辺りをキョロキョロ見回しながら、通行人に声をかけている。
メモのような紙片を手にしているようだし、多分道を聞こうとしているのだろう。
ヒル魔からはその人物の顔は見えない。
わかるのは、その人物が小柄で細身でくせのある髪をしていることだけだ。
ヒル魔は小さく「セナ?」と声を上げた。
だがすぐに思い直して、首を振りながら苦笑した。
セナがこんなところにいるはずがないからだ。
おそらくはセナに会いたい気持ちが見せた幻だろう。
まったくハイテンションにも程がある。
ヒル魔はそう結論付けた。
「まったく俺もたいがいだな。」
「What?」
カウンターの中にいた空港職員の女性が、ヒル魔の日本語の呟きを拾って問いかけてきた。
ヒル魔は「No problem.」と答えると、搭乗券を受け取ってカウンターを離れた。
ヒル魔は空港内を足早に歩き、背後にいるセナから離れていく。
当の2人は、お互いの存在にまったく気付くことはなかった。
【続く】
筧は携帯電話を握り締めながら、裏返った声を出した。
ヒル魔とセナの恋愛について、筧は水町とはまるで違う感想を持っていた。
水町は当然セナの視点で、健気にヒル魔を想い待ち続ける様子を見ている。
セナの大学での活躍も相まって、ドラマチックな遠距離恋愛だと思っているようだ。
だが筧には、とてもそんな風には見えなかった。
アメリカにいる筧は、当然ヒル魔の視点でこの恋を見ることになる。
だが当のヒル魔は色恋沙汰を表に現すような性格ではなかった。
何となくセナの話題になっても表情1つ変えることがない。
水町がたまに知らせるセナの様子と、ヒル魔の態度のギャップに戸惑っていた。
ひょっとしてヒル魔にとって、セナとの恋愛は遊びなのか。
もしくは恋愛しているというのは、セナの一方的な勘違いか。
そんなことを思ってしまうほど、ヒル魔は醒めているように見えた。
だから驚いたのだ。
つい先程スタジアムで顔を合わせたヒル魔は、ひどく慌てた様子だった。
こんなにもハイテンションのヒル魔を見るのは、初めてのことだ。
どうしたんだと問うた筧に「セナに会うから、一度帰国する。」と告げた。
どうやらパソコンで、何か不意な知らせを受けたらしい。
そしてその後の予定をすべてキャンセルして、ヒル魔は空港に向かったのだ。
何が何だかわからずキョトンとする筧に、日本の水町から電話が来た。
セナがヒル魔に会うために、こちらに向かっているという。
「え~~~~!?」
筧に電話をかけた水町は、それを聞いて驚きの叫びを上げた。
セナがヒル魔に会うために、学生寮を出た。
水町は寮の食堂でアメフト部の部員たちと朝食をとりながら、そのことを雲水や栗田に伝えた。
雲水たちも昨晩のスポーツニュースで、初めてヒル魔のアメリカでの活動を知ったらしい。
だからセナがいきなりアメリカへ行くと聞いても、咎めるようなことを言わなかった。
「いきなり訪ねて行って、ヒル魔が不在ということはないか?」
用心深い性格の雲水が、ポツリと言った。
そう言われて、水町はモン太や陸と顔を見合わせた。
確かにそうかもしれない。
だから筧に電話をかけたのだ。
筧はヒル魔のアメリカでの住居なども知っている。
さり気なく足止めでもしてもらえればと思ったのだ。だが。
『ヒル魔も今、セナくんに会うために日本に向かってる。』
電話口の筧は、水町の期待を裏切るようにそう答えた。
「それじゃ、すれ違いになっちゃうじゃん!」
テンションがすっかりハイになった水町が大声で叫び、電話口の筧も大声で応じている。
水町はもちろん筧の声まで、アメフト部員たちには会話は筒抜けだ。
『間に合うかどうか、ヒル魔に連絡を取ってみる!』
「わかった。こっちもセナに電話する。」
そう言って、水町と筧は電話を切った。
水町が通話を終える前から、モン太が携帯電話でセナを呼び出し、陸はメールを打ち始めている。
だがどちらも応答がない。
「どうしよう。このままじゃ......」
水町はなす術もなく、途方にくれた。
「結局心が呼び合うんだね。ヒル魔とセナくんは。」
栗田がしみじみとした口調で言い、雲水も諦めたような表情で頷いた。
水町はモン太や陸と顔を見合わせて、ため息とともに苦笑をもらした。
後はどうなるのか、ヒル魔とセナ次第だ。
ヒル魔は空港近くの安ホテルにチェックインした。
住まいの近くの空港から国内線で、国際線が発着する空港まで移動した。
だが日本に直行する便は、もうすべて終わってしまっていたのだ。
ヒル魔は計算高い人間であり、何か事を起こすときには常に先を読んで行動する。
だがそんなヒル魔でも、時に読み違えることもある。
今回、スポーツニュースでヒル魔の特集が出てしまったのもその1つだ。
いや取材を受けたのだから、テレビに出ることはわかっている。
問題はその日付だ。
本来、放送日は1週間先のはずだった。
テレビ局の都合で予定されていた話題がなくなり、次の週の予定のヒル魔の特集が繰り上がったのだ。
その前にアメリカのスポーツ雑誌に、ヒル魔の特集が出ることになっていた。
ヒル魔はその雑誌が発売されたら、それを持ってセナに会いに行くつもりでいた。
プレーヤーを辞めても、別の道でアメフトに関わり、上を目指していると胸を張って言える。
それなりの成功を手にして、初めてセナと向かい合えると思ったのだ。
だが放送日がずれたせいで、計算が狂った。
もしセナが放送を見たら、黙っていたヒル魔に不信感を募らせるかもしれない。。
そう思ったらいてもたってもいられず、飛び出していた。
セナに早く会いたい。
ヒル魔は今、切実にそう思っている。
何で黙っていたのだと怒るなら、土下座でも何でもしてやる。
もう別れると言われたら、脅迫でも泣き落としでも、手段は辞さない。
とにかくセナを捕まえなくては。
ヒル魔はジリジリと焦る気持ちを抑えながら、夜を過ごしていた。
「ハァァ、どうしよう。」
セナは腕時計をアメリカの時間に合わせながら、ため息をついた。
日本から飛行機でアメリカへ。
気持ちがハイになっていたせいか、勢いでここまで来た。
だがアメリカへの入国手続きを終えた途端、一気にテンションが萎んでしまった。
なぜならセナは、筋金入りの方向音痴なのだ。
以前留学したときには、クリフォードがすべて手配をしてくれた。
事前にチケットや事細かく書かれたメモをくれたから、それを道行く人に見せればよかった。
セナは一言も喋ることもなく、目的地に着くことができたのだ。
だが今セナが頼りにできるのは、ヒル魔の住所だけだ。
しかも語学ではなくアメフト留学だったセナの英語力は、実はほとんど上達していない。
ここから国内線に乗り換えなくてはいけない。
セナにも何とか、それはわかる。
つまり別の空港へ移動するのだが、その生き方がわからないのだ。
そもそも広くて、人が多くて、入り組んだこの国際空港の出口すらよくわからない。
何度か通行人を止めて、ヒル魔の住所を書きとめたメモを見せて、その行き方を聞いてみた。
だが適当にあしらわれたり、相手の言うことがさっぱり聞き取れなかったり。
セナは空港内で完全に行き場を失っていた。
この状況は、まるでヒル魔との恋愛のようだ。
最初は確かに心の中に、熱い想いがあったはずなのに。
でも今はもう出口が見えない。
ただただ心細くて、どうしていいかわからないのだ。
セナは小さく「しっかりしなきゃ」と呟いた。
だがここまで来たのだから。
決着をつけなくては、前に進めない。
空港のカウンターでヒル魔は、チェックインの手続きをしていた。
まだ少し時間がある。
コーヒーでも飲むことにしよう。
手続きを待ちながら、ヒル魔は空港の案内表示を捜した。
コーヒーショップの位置を確認しようとしたヒル魔は、ふと視線を止めた。
流れていく雑踏の中、明らかに違う動きをしている人物がいたのだ。
辺りをキョロキョロ見回しながら、通行人に声をかけている。
メモのような紙片を手にしているようだし、多分道を聞こうとしているのだろう。
ヒル魔からはその人物の顔は見えない。
わかるのは、その人物が小柄で細身でくせのある髪をしていることだけだ。
ヒル魔は小さく「セナ?」と声を上げた。
だがすぐに思い直して、首を振りながら苦笑した。
セナがこんなところにいるはずがないからだ。
おそらくはセナに会いたい気持ちが見せた幻だろう。
まったくハイテンションにも程がある。
ヒル魔はそう結論付けた。
「まったく俺もたいがいだな。」
「What?」
カウンターの中にいた空港職員の女性が、ヒル魔の日本語の呟きを拾って問いかけてきた。
ヒル魔は「No problem.」と答えると、搭乗券を受け取ってカウンターを離れた。
ヒル魔は空港内を足早に歩き、背後にいるセナから離れていく。
当の2人は、お互いの存在にまったく気付くことはなかった。
【続く】