夏鈴5題

お前はただのB級選手だ。
神様なんかついちゃいねぇ。

盤戸戦の時にムサシに言われた言葉は、夏彦の胸を射抜いた。
あの言葉が夏彦の転機となった。
それまではただ漠然と、誰よりも上に行こうと思っていた。
だがあれ以降は、ヒル魔とセナを目標として意識した。
チームプレーや自分の役割を真剣に考えるようになった。

そのムサシは、今テレビの中にいた。
新しい年が明けたばかりの今日は、アメフトプレーヤーにとって特別な日。
ライスボウル。学生代表と社会人代表の直接対決だ。
社会人代表、武蔵工バベルズの相手は、世間の予想を覆した。

学生代表の座はもう3年連続で、ヒル魔率いる最京大学のものだった。
ヒル魔や栗田が学生最後の年となる今年。
ついに悲願の学生ナンバーワンを勝ち取った炎馬大学が、ライスボウルへの出場を決めた。

渡米してアメリカですっかり生活の基盤を固めた夏彦だったが、この時期は必ず帰国する。
ライスボウルは、夏彦にとっても特別だった。
かつての仲間たちと道を分かち、異国で戦うことは自分で選んだ道であり、後悔などない。
だが年に一度、この試合を観戦することで、自分もつながっているのだと思える。
ずっと一緒なのだと、力をもらえる気がするのだ。


それなのに今年は。
夏彦は帰国したものの、実家のベットの中。
テレビ越しに試合を見ている。
あろうことか、風邪をこじらせてしまったのだ。
高熱を出してしまい、上体を起こすことすら大儀だ。
それでもスタジアムに行きたくて身支度をしようとした。
だが鈴音に「他の人の迷惑よ!」と一喝されて諦めた。
確かに周りも気を使うだろうし、誰かにうつしてしまったら申し訳ない。

本当に行かなくてよかったの?夏彦は鈴音に聞いた。
夏彦の様子を見て、あっさりとスタジアムでの応援を諦めた。
そして露出の多いチアの衣装に着替えて、夏彦の横たわるベットの横に陣取る。
あっけにとられる夏彦にはお構いなしだ。
試合開始とともに声を張り上げて、声援を送っている。

鈴音にとっても炎馬大学に入って初めてのライスボウルなのに。
夏彦はさすがに申し訳ない気持ちで、また鈴音に「ごめん」と詫びる。
だが鈴音は「いいって。みんなとはいつも一緒なんだから」と笑って答えた。


やがて試合が終わった。
テレビ中継はインタビューから得点シーンを集めた試合のハイライトに変わった。
そろそろ放送も終わるだろう。
そんな時、夏彦の携帯電話からメールの着信音が響いた。
熱でふらつきながら確認すると、2通のメールが受信されている。

『来年は絶対に見に来てね。お大事に。』
最初の送信者はセナだった。
試合が終わったばかりで、まだ着替えてもいないだろうに。
セナは夏彦のことを気にかけてくれていたのだ。

『バカのくせに、風邪ひくな』
次の送信者はヒル魔だ。
最後の年にライスボウルに出場できなかったヒル魔。
それでもムサシと栗田の試合を見に、スタジアムに行ったはずだ。

どこにいようとずっと一緒だよ、とメールを覗き込んだ鈴音が笑う。
離れていても仲間なのだという思いは決して夏彦だけのものではない。
スタジアムだろうが、自宅だろうが、日本だろうが、アメリカだろうが変わらない。
あの泥門デビルバッツでの絆は消えないし、心はずっと一緒だ。
2通のメールは、そう教えてくれている。

【終】
5/5ページ