夏鈴5題
瀧兄妹、夏彦と鈴音はじっと黙ってカジノテーブルに座っていた。
並んで座る二人の前には雪光が、真剣な表情で携帯電話の画面を見ている。
カジノテーブルと携帯電話というアイテムがなければ。
まるで職員室に呼び出された生徒2人が、緊張しながら教師の発言を待っているという風情だ。
「セナ・コバヤカワ?」
携帯の画面をスクロールさせながら、雪光がポツリと呟いた。
そして驚いたように目を見張りながら、さらに画面をスクロールさせていく。
クリスマスボウル優勝を決めた後、瀧夏彦は1本のメールを送っていた。
単身アメリカに渡って受けたプロテスト。
夏彦にとってはデビルバッツと出会い、そのままデスマーチに参加するきっかけになった。
あの時の試験官に宛てたものだ。
とはいえ夏彦が送ったというと、少し語弊がある。
英語どころか日本語さえも少々不自由なところがある夏彦だ。
言いたいことをまとめて英文にする。
あの時の試験官の名前とメールアドレスを調べる。
そのほとんどをデビルバッツで1の秀才である雪光に頼んだ。
夏彦は送信ボタンを押しただけ。
そして今返ってきた返信をまた雪光に読んでもらっている。
クリスマスボウルの優勝報告と、もっと実力をつけて卒業後にまたテストを受けに行くという決意表明。
夏彦が送ったメールはそんな内容だった。
それに対して返ってきたメールは、夏のテストを担当したあの優しい試験官からだった。
優勝への祝福と、実力をつけた夏彦とまた逢う日を楽しみにしていると書かれている。
そして最後に、あのとき合格したセナ・コバヤカワがそのままいなくなって残念だ。
彼もまたテストを受けてくれると嬉しいと書かれていた。
「セナくんもプロテスト、受けてたんだ」
メールを訳し終わった雪光が微笑しながら付け加える。
鈴音はそっと横に座る兄の顔を盗み見た。
その夏彦の表情に、鈴音は悪い予感を募らせる。
真剣で、どこか不敵に見える笑顔。
この顔には見覚えがあった。
約半年ほど前のあの暑い日、夏彦はやはりこんな顔をしていた。
そしていきなりプロテストを受けるために渡米してしまったのだ。
鈴音の脳裏に苦い記憶がよみがえった。
慣れない土地で、通じない言葉で、必死に兄を捜したあの日々。
プロテストを受けようが、渡米しようが、止めるつもりなどない。
ただ行き先や場所を言わずにいきなりいなくなるのが困るのだ。
思いついたらさっさと実行する短絡的な兄の思考パターンだ。
勝手に行くな、と念を押そうと鈴音が口を開いた瞬間。
勢いよく部室の扉が、開いた。
「なぁ、全日本のトライアウトの話!聞いたか?」
部室に飛び込んできたのは、十文字と黒木と戸叶。
いわゆる3兄弟だった。
次男こと黒木が興奮した様子で、叫ぶ。
「トライアウト?」
期せずして声を揃えて、夏彦と鈴音が聞き返す。
「全日本の追加メンバーの選抜テストだってよ」
「俺たちにもまだチャンスがあるんだぜ。だから練習」
十文字と戸叶もまた興奮気味だった。
「テメーも受けるだろ?」
十文字に問われて、夏彦はいつもの表情に戻った。
「当然だよ。僕なら合格間違いなしさ」
相変わらず根拠のない発言の後、アハ~ハ~♪と笑いながら3兄弟に続いてロッカーへ向かう。
Y字バランスで回転しながら着替え始めた兄を見て、鈴音はホッと安堵のため息をついた。
勝手な兄貴。こちらの気持ちも知らないで。
夏彦たちが練習に出て行って、取り残された部室で、鈴音は思う。
全日本メンバー。世界大会。さっさとまた新しい夢を見つけてしまった。
いつも心配して気を揉む鈴音のことなどお構いなしだ。
でもできれば、頑張る姿を近くで見ていたい。
この様子ならもうしばらくはデビルバッツに留まってくれるだろう。
鈴音ちゃんも大変だね。
事の成り行きを見守っていた雪光が、同情するような口調で言う。
鈴音はその雪光と顔を見合わせて、苦笑した。
【終】
並んで座る二人の前には雪光が、真剣な表情で携帯電話の画面を見ている。
カジノテーブルと携帯電話というアイテムがなければ。
まるで職員室に呼び出された生徒2人が、緊張しながら教師の発言を待っているという風情だ。
「セナ・コバヤカワ?」
携帯の画面をスクロールさせながら、雪光がポツリと呟いた。
そして驚いたように目を見張りながら、さらに画面をスクロールさせていく。
クリスマスボウル優勝を決めた後、瀧夏彦は1本のメールを送っていた。
単身アメリカに渡って受けたプロテスト。
夏彦にとってはデビルバッツと出会い、そのままデスマーチに参加するきっかけになった。
あの時の試験官に宛てたものだ。
とはいえ夏彦が送ったというと、少し語弊がある。
英語どころか日本語さえも少々不自由なところがある夏彦だ。
言いたいことをまとめて英文にする。
あの時の試験官の名前とメールアドレスを調べる。
そのほとんどをデビルバッツで1の秀才である雪光に頼んだ。
夏彦は送信ボタンを押しただけ。
そして今返ってきた返信をまた雪光に読んでもらっている。
クリスマスボウルの優勝報告と、もっと実力をつけて卒業後にまたテストを受けに行くという決意表明。
夏彦が送ったメールはそんな内容だった。
それに対して返ってきたメールは、夏のテストを担当したあの優しい試験官からだった。
優勝への祝福と、実力をつけた夏彦とまた逢う日を楽しみにしていると書かれている。
そして最後に、あのとき合格したセナ・コバヤカワがそのままいなくなって残念だ。
彼もまたテストを受けてくれると嬉しいと書かれていた。
「セナくんもプロテスト、受けてたんだ」
メールを訳し終わった雪光が微笑しながら付け加える。
鈴音はそっと横に座る兄の顔を盗み見た。
その夏彦の表情に、鈴音は悪い予感を募らせる。
真剣で、どこか不敵に見える笑顔。
この顔には見覚えがあった。
約半年ほど前のあの暑い日、夏彦はやはりこんな顔をしていた。
そしていきなりプロテストを受けるために渡米してしまったのだ。
鈴音の脳裏に苦い記憶がよみがえった。
慣れない土地で、通じない言葉で、必死に兄を捜したあの日々。
プロテストを受けようが、渡米しようが、止めるつもりなどない。
ただ行き先や場所を言わずにいきなりいなくなるのが困るのだ。
思いついたらさっさと実行する短絡的な兄の思考パターンだ。
勝手に行くな、と念を押そうと鈴音が口を開いた瞬間。
勢いよく部室の扉が、開いた。
「なぁ、全日本のトライアウトの話!聞いたか?」
部室に飛び込んできたのは、十文字と黒木と戸叶。
いわゆる3兄弟だった。
次男こと黒木が興奮した様子で、叫ぶ。
「トライアウト?」
期せずして声を揃えて、夏彦と鈴音が聞き返す。
「全日本の追加メンバーの選抜テストだってよ」
「俺たちにもまだチャンスがあるんだぜ。だから練習」
十文字と戸叶もまた興奮気味だった。
「テメーも受けるだろ?」
十文字に問われて、夏彦はいつもの表情に戻った。
「当然だよ。僕なら合格間違いなしさ」
相変わらず根拠のない発言の後、アハ~ハ~♪と笑いながら3兄弟に続いてロッカーへ向かう。
Y字バランスで回転しながら着替え始めた兄を見て、鈴音はホッと安堵のため息をついた。
勝手な兄貴。こちらの気持ちも知らないで。
夏彦たちが練習に出て行って、取り残された部室で、鈴音は思う。
全日本メンバー。世界大会。さっさとまた新しい夢を見つけてしまった。
いつも心配して気を揉む鈴音のことなどお構いなしだ。
でもできれば、頑張る姿を近くで見ていたい。
この様子ならもうしばらくはデビルバッツに留まってくれるだろう。
鈴音ちゃんも大変だね。
事の成り行きを見守っていた雪光が、同情するような口調で言う。
鈴音はその雪光と顔を見合わせて、苦笑した。
【終】
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