ヒルセナ5題4
「テメーがうちのチームに入る手続き、するからな」
ベットに横たわっていたセナはぼんやりとその言葉を聞いた。
今までうとうととまどろんでいたので、その意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
「え?うちのって!でもっアメリカに。あ!そうだ、飛行機!」
一気に覚醒したセナは、慌てて身体を起こそうとして痛みに顔を顰めた。
「そのザマで、何言ってやがる」
ヒル魔はセナの支離滅裂な言葉を一刀両断で切り捨てた。
確かにセナはボロボロだった。
昨晩ヒル魔に抱かれた後、ヒル魔に恨みを持つ3人組の男たちに拉致された。
手酷く殴られ、蹴られて、上着を剥ぎ取られた。
まさに身体を奪われそうになったその瞬間、ヒル魔に救出されたのだ。
だがその後、ヒル魔の部屋に連れ込まれたセナはさらに抱かれた。
さすがに怪我人であるから、優しくは扱われた。
だが丹念に執拗に愛撫された。
暴かれて、乱されたセナは快感の中で気を失うように眠りについたのだ。
「可愛い顔が台無しだな。」
すでに起きて、何のことはない顔でパソコンを操作していたヒル魔が、セナの横たわるベットに腰掛けた。
そして長い指を、そっとセナの頬に這わせる。
殴られたせいで腫れて熱を持った頬は、ひどく熱い。
今でさえかなり酷いが、時間と共にもっと悲惨な様子になるだろう。
渡米どころか、とても人前に出られる状態ではない。
「とりあえず今はもうすこし寝ておけ」
ダメを押すようにヒル魔がそう言うと、何か言いかけたセナが諦めたように目を閉じた。
セナは疲れていたのだろう。
ヒル魔が見守る中で、すぐに穏やかな寝息が響き始めた。
ヒル魔はベットに腰掛けたまま、眠るセナの髪に触れた。
一見したところ癖が強くて固そうなセナの髪は、触れてみると柔らかくて心地よい。
セナが起きないのをいいことに、セナの髪に顔を寄せたヒル魔は、顔を顰めた。
昨日セナが連れ込まれた古い倉庫の埃っぽい匂いがする。
セナを連れ帰った後、散々抱いて入浴の暇さえ与えなかったのだとヒル魔は苦笑した。
ここ1週間程、ヒル魔は常に誰かに尾行されていると感じていた。
失笑するほど下手な尾行で、間抜けな追跡者の顔はすぐにわかった。
高校時代にケチなネタで脅した3人組だ。
怖くなどないが、ピタリと尾行されるのは鬱陶しい。
さてどうやって追い払うか、そしてこの先ヒル魔を襲う気など失せさせる効果的な手は。
そんなことを思案している矢先だった。
セナの乗ったと思われる飛行機の事故。
ヒル魔は動揺し、そのままセナのアパートへ向かった。
そのときには3人組のことなど、頭から消し飛んできた。
だがセナの無事を確認して、セナのアパートを出たとき。
ヒル魔はようやくここ最近張り付いていた尾行者の気配がなくなっていることに気が付いた。
まさかセナを。
不安は予感に変わり、それは的中した。
引き返したセナのアパートは、ドアが開いていた。
そして土足の足跡が室内に残されており、ダンボール箱の上にあったアイシールドが床に転がっていた。
セナの姿はどこにもない。
アイシールドを拾い上げたヒル魔はこみ上げてくるどす黒い慟哭を抑えることができなかった。
動悸が激しく、目の奥がチカチカと痛い。
それは穏便な手段で撃退するつもりだった3人組への憎悪へと変わった。
不意にセナが「うん」と小さく声を上げた。
起こしてしまったかと思ったが、そうではないようでセナは寝返りを打つと、また寝息を立て始めた。
寝返りの拍子に、掛けている毛布がはだけた。
情事のまま、未だに一糸纏わぬ姿のセナの肌が覗く。
白い肌に浮かぶ痣や傷が痛々しい。
ヒル魔は唇を噛みしめて、昨晩の失態を悔いた。
あの3人組が溜まり場にしている場所は、頭に入っている。
その中でも、セナをさらって連れ込むとしたら。
人目につかず、多少の大声や物音を立てても大丈夫で、車が乗り入れられる場所。
すぐにあの古い倉庫のことが、思い浮かんだ。
ヒル魔はすぐにその場所へと、急行した。
そして縛られて痛めつけられたセナと、セナを組み敷く3人組を発見したのだった。
もう絶対に離さない。ずっと二人で。
たとえセナ本人がそれを望まなくても。
昨晩ヒル魔は意識なく横たわるセナを抱き上げて、心に誓った。
セナをこんな目に合わせたくないからこそ、今まで遠ざけていた。
だがそもそも無理だったのだ。
こんなにも愛おしいセナを、心から閉め出して生きることなどできない。
挙句にふとした心の緩みから、こうして隙を付かれて、傷つけられた。
もう二度とこんなことがあってはならない。
だから常に傍にいる。
ずっと二人で、生きていく。
ヒル魔は昏々と眠るセナを見つめながら、再び心に誓った。
セナが目を覚ましたとき、全てはヒル魔によって片付けられていた。
アメリカ行きのチケットも、渡米後の予定も、全てキャンセルされていた。
セナのアパートに残されていた荷物は、すべてヒル魔の部屋に運び入れられていた。
そして新しく用意されていたのは「武蔵工バベルズ」の21番のユニフォーム。
それを見せられたセナは、あまりの展開の速さにもう言葉も出ない。
このために何人の人間が、今日の予定を潰されて呼び出されたのだろう。
そう考えてセナは大きくため息をついた。
「あの3人はもう二度と俺やテメーの前には現れない。」
そう言われて、セナはハッとした。
そうだ。あの3人組はどうなったのだろう。
「恨みも気力も、根こそぎ奪い取ってやったからな。」
そう言って笑ったヒル魔の顔は凄絶だった。
あまりの恐ろしさに、セナはゾクリと身体を震わせた。
「僕は、ヒル魔さんと一緒にいていいんですか?」
未だベットから起き上がれないセナが、呟くようにそう言った。
色々なことがありすぎて、もう言葉では今の気持ちを言い尽くせない。
ただ最後に残った願いはたった一つ。
ずっと二人でいたいと思う。
「一緒にいろ。死ぬまで。」
ヒル魔がセナにきっぱりとそう告げた。
そしてヒル魔が身体を折り曲げるようにして、顔を寄せる。
セナとヒル魔はゆっくりと唇を重ねた。
「あ、アイシールド」
長いキスの後、セナは運び込まれたダンボールの上にちょこんと置かれたアイシールドに目を留めた。
ヒル魔もまたセナの隣に身体を横たえながら、セナの視線の先にあるものを見る。
「あれを忘れたおかげで、飛行機に乗らずにすんだんです。」
大事なものなのについうっかりと、セナが照れくさそうに笑う。
ヒル魔は驚きで目を見開いた。
アイシールド。ヒル魔が初めてセナに与えたもの。
最後の未練を捨てるつもりで置いていったものだと思っていた。
だがそれは違っていた。
セナはヒル魔との思い出を大事にしていたのだ。
そしてそれがセナの命を救ったのだ。
「でもアメリカで挑戦したかった。ちょっとだけ悔しいです。」
セナが残念そうに言う。
「実力をつけたら、二人でアメリカに行くんだ。」
ヒル魔は力強く、そう言った。
かつて「絶対クリスマスボウル」と言い続けた同じ口調で。
「一緒に行くんだ。二人で。」
「そうですね。」
そしてヒル魔とセナは顔を見合わせて笑った。
一緒の部屋。一緒のベット。一緒のチーム。そしていつか一緒にアメリカへ。
ずっと二人で。
ヒル魔とセナはまたしっかりと抱き合った。
生涯でただ1人の恋人を、より近くに感じるために。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
ベットに横たわっていたセナはぼんやりとその言葉を聞いた。
今までうとうととまどろんでいたので、その意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
「え?うちのって!でもっアメリカに。あ!そうだ、飛行機!」
一気に覚醒したセナは、慌てて身体を起こそうとして痛みに顔を顰めた。
「そのザマで、何言ってやがる」
ヒル魔はセナの支離滅裂な言葉を一刀両断で切り捨てた。
確かにセナはボロボロだった。
昨晩ヒル魔に抱かれた後、ヒル魔に恨みを持つ3人組の男たちに拉致された。
手酷く殴られ、蹴られて、上着を剥ぎ取られた。
まさに身体を奪われそうになったその瞬間、ヒル魔に救出されたのだ。
だがその後、ヒル魔の部屋に連れ込まれたセナはさらに抱かれた。
さすがに怪我人であるから、優しくは扱われた。
だが丹念に執拗に愛撫された。
暴かれて、乱されたセナは快感の中で気を失うように眠りについたのだ。
「可愛い顔が台無しだな。」
すでに起きて、何のことはない顔でパソコンを操作していたヒル魔が、セナの横たわるベットに腰掛けた。
そして長い指を、そっとセナの頬に這わせる。
殴られたせいで腫れて熱を持った頬は、ひどく熱い。
今でさえかなり酷いが、時間と共にもっと悲惨な様子になるだろう。
渡米どころか、とても人前に出られる状態ではない。
「とりあえず今はもうすこし寝ておけ」
ダメを押すようにヒル魔がそう言うと、何か言いかけたセナが諦めたように目を閉じた。
セナは疲れていたのだろう。
ヒル魔が見守る中で、すぐに穏やかな寝息が響き始めた。
ヒル魔はベットに腰掛けたまま、眠るセナの髪に触れた。
一見したところ癖が強くて固そうなセナの髪は、触れてみると柔らかくて心地よい。
セナが起きないのをいいことに、セナの髪に顔を寄せたヒル魔は、顔を顰めた。
昨日セナが連れ込まれた古い倉庫の埃っぽい匂いがする。
セナを連れ帰った後、散々抱いて入浴の暇さえ与えなかったのだとヒル魔は苦笑した。
ここ1週間程、ヒル魔は常に誰かに尾行されていると感じていた。
失笑するほど下手な尾行で、間抜けな追跡者の顔はすぐにわかった。
高校時代にケチなネタで脅した3人組だ。
怖くなどないが、ピタリと尾行されるのは鬱陶しい。
さてどうやって追い払うか、そしてこの先ヒル魔を襲う気など失せさせる効果的な手は。
そんなことを思案している矢先だった。
セナの乗ったと思われる飛行機の事故。
ヒル魔は動揺し、そのままセナのアパートへ向かった。
そのときには3人組のことなど、頭から消し飛んできた。
だがセナの無事を確認して、セナのアパートを出たとき。
ヒル魔はようやくここ最近張り付いていた尾行者の気配がなくなっていることに気が付いた。
まさかセナを。
不安は予感に変わり、それは的中した。
引き返したセナのアパートは、ドアが開いていた。
そして土足の足跡が室内に残されており、ダンボール箱の上にあったアイシールドが床に転がっていた。
セナの姿はどこにもない。
アイシールドを拾い上げたヒル魔はこみ上げてくるどす黒い慟哭を抑えることができなかった。
動悸が激しく、目の奥がチカチカと痛い。
それは穏便な手段で撃退するつもりだった3人組への憎悪へと変わった。
不意にセナが「うん」と小さく声を上げた。
起こしてしまったかと思ったが、そうではないようでセナは寝返りを打つと、また寝息を立て始めた。
寝返りの拍子に、掛けている毛布がはだけた。
情事のまま、未だに一糸纏わぬ姿のセナの肌が覗く。
白い肌に浮かぶ痣や傷が痛々しい。
ヒル魔は唇を噛みしめて、昨晩の失態を悔いた。
あの3人組が溜まり場にしている場所は、頭に入っている。
その中でも、セナをさらって連れ込むとしたら。
人目につかず、多少の大声や物音を立てても大丈夫で、車が乗り入れられる場所。
すぐにあの古い倉庫のことが、思い浮かんだ。
ヒル魔はすぐにその場所へと、急行した。
そして縛られて痛めつけられたセナと、セナを組み敷く3人組を発見したのだった。
もう絶対に離さない。ずっと二人で。
たとえセナ本人がそれを望まなくても。
昨晩ヒル魔は意識なく横たわるセナを抱き上げて、心に誓った。
セナをこんな目に合わせたくないからこそ、今まで遠ざけていた。
だがそもそも無理だったのだ。
こんなにも愛おしいセナを、心から閉め出して生きることなどできない。
挙句にふとした心の緩みから、こうして隙を付かれて、傷つけられた。
もう二度とこんなことがあってはならない。
だから常に傍にいる。
ずっと二人で、生きていく。
ヒル魔は昏々と眠るセナを見つめながら、再び心に誓った。
セナが目を覚ましたとき、全てはヒル魔によって片付けられていた。
アメリカ行きのチケットも、渡米後の予定も、全てキャンセルされていた。
セナのアパートに残されていた荷物は、すべてヒル魔の部屋に運び入れられていた。
そして新しく用意されていたのは「武蔵工バベルズ」の21番のユニフォーム。
それを見せられたセナは、あまりの展開の速さにもう言葉も出ない。
このために何人の人間が、今日の予定を潰されて呼び出されたのだろう。
そう考えてセナは大きくため息をついた。
「あの3人はもう二度と俺やテメーの前には現れない。」
そう言われて、セナはハッとした。
そうだ。あの3人組はどうなったのだろう。
「恨みも気力も、根こそぎ奪い取ってやったからな。」
そう言って笑ったヒル魔の顔は凄絶だった。
あまりの恐ろしさに、セナはゾクリと身体を震わせた。
「僕は、ヒル魔さんと一緒にいていいんですか?」
未だベットから起き上がれないセナが、呟くようにそう言った。
色々なことがありすぎて、もう言葉では今の気持ちを言い尽くせない。
ただ最後に残った願いはたった一つ。
ずっと二人でいたいと思う。
「一緒にいろ。死ぬまで。」
ヒル魔がセナにきっぱりとそう告げた。
そしてヒル魔が身体を折り曲げるようにして、顔を寄せる。
セナとヒル魔はゆっくりと唇を重ねた。
「あ、アイシールド」
長いキスの後、セナは運び込まれたダンボールの上にちょこんと置かれたアイシールドに目を留めた。
ヒル魔もまたセナの隣に身体を横たえながら、セナの視線の先にあるものを見る。
「あれを忘れたおかげで、飛行機に乗らずにすんだんです。」
大事なものなのについうっかりと、セナが照れくさそうに笑う。
ヒル魔は驚きで目を見開いた。
アイシールド。ヒル魔が初めてセナに与えたもの。
最後の未練を捨てるつもりで置いていったものだと思っていた。
だがそれは違っていた。
セナはヒル魔との思い出を大事にしていたのだ。
そしてそれがセナの命を救ったのだ。
「でもアメリカで挑戦したかった。ちょっとだけ悔しいです。」
セナが残念そうに言う。
「実力をつけたら、二人でアメリカに行くんだ。」
ヒル魔は力強く、そう言った。
かつて「絶対クリスマスボウル」と言い続けた同じ口調で。
「一緒に行くんだ。二人で。」
「そうですね。」
そしてヒル魔とセナは顔を見合わせて笑った。
一緒の部屋。一緒のベット。一緒のチーム。そしていつか一緒にアメリカへ。
ずっと二人で。
ヒル魔とセナはまたしっかりと抱き合った。
生涯でただ1人の恋人を、より近くに感じるために。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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