ヒルセナ5題3
セナが缶入りのスポーツドリンクを開けられずに、苦戦していた。
何度もカツンカツンと空振りしている。
佐竹と山岡は顔を見合わせてから、もう一度セナの手元を見た。
セナの指の爪は、深爪と言えるほど短かった。
リングに爪がかけられずに、何度もカツンカツンと空振りを繰り返しているのだ。
佐竹と山岡は、2年生になってアメフト部の助っ人の任を解かれた。
そして本来の所属であるバスケットボールに専念できることになった。
だが残念なことに、大会に出場したものの早い時点であっさりと敗退した。
アメフト部の助っ人と掛け持ちだった1年生の頃のこと。
周囲の者たちは「災難に巻き込まれた」ものだと思っているらしい。
だが佐竹も山岡もそんな風には思っていない。
佐竹も山岡もバスケットで全国制覇などと思ったことは一度もない。
口では「優勝」と言うが、そんなことは夢の夢だとわかっている。
だから本気で「クリスマスボウル」と叫んでいるアメフト部員たちの情熱は眩しかった。
アメフトはそれなりに楽しかったし、過酷なアメフト部の練習で体力もついた。
アメフトに慣れて当たりが強くなってしまい、ファールの数が増えたのはご愛嬌だ。
「お手伝いします!」
大会が終わった佐竹と山岡は、アメフト部を再び訪れ、2代目主将であるセナに練習への参加を申し出た。
アメフト部も新入部員が増えたし、今さら試合に出場などという気は毛頭ない。
でも1年間ヒル魔に鍛えられたレシーバーとしての腕前で、少しでも練習の役に立ちたいと思った。
それにアメフト部の練習は、自分たちの体力や精神力の鍛錬にもなる。
今泥門高校で一番人気のアメフト部に関われば、女子に人気が出るのではという下心も少々ある。
だが概ねは純粋なやる気と厚意だった。
最初は恐縮して「気持ちだけ貰っとく」と言ったセナも、佐竹と山岡の熱意に感謝し、折れた。
レシーバーが増えれば、練習のバリエーションが増やせるのは間違いないからだ。
「はい、これ」
休憩時間、座り込んでいた佐竹と山岡はセナに差し出されたスポーツドリンクを有難く受け取った。
珍しく缶入りのスポーツドリンクだ。
いつもはマネージャーが作ったボトル入りのものなのに。
「これ、ヒル魔さんたちからの差し入れなんだ」
怪訝そうな佐竹と山岡の表情を読んだセナが、そう言った。
確かに校庭の隅で、ヒル魔と栗田とムサシが3人並んで何やら話し込んでいる。
佐竹と山岡は「ふぅん」と言いながら、缶のリングを開けた。
ヒル魔の名を聞くと、未だに少し身構えてしまうことを少し悲しく思いながら。
ゴクゴクとドリンクを喉に流し込む佐竹と山岡だったが、その横を陣取り座ったセナは違った。
なかなかリングを引くことが出来ずに、苦戦している。
「セナ、すごく爪を短く切ってるな。」
「ホント。ほとんど深爪と変わんねぇよな。」
山岡の言葉を、佐竹が受ける。
セナが「エヘ」と曖昧に笑いながら、校庭の彼方を見た。
その視線の先にいるのは、ムサシや栗田と何かを話しているヒル魔だ。
佐竹と山岡は見た。
ヒル魔の方へと、わずかに首をねじったセナの襟元。
首の付け根のあたりに覗いた鬱血の後と歯形。
2人は驚いたように顔を見合わせた。
セナの首筋につけられているのは、明らかに情事の痕跡だ。
もう一度セナの首元を見て、そしてヒル魔を見る。
こちらの視線に気が付いたのだろう。
ヒル魔が校庭越しに佐竹と山岡の方を見て、ニヤリと笑った。
キスマーク、歯型、短い爪、ヒル魔。
まるで天啓のように、佐竹と山岡の脳裏に1つのストーリーが浮かぶ。
飛躍した推測ではあるが、ものすごく当たっているような気がした。
セナとヒル魔は、恋人同士がする身体に痕が残るようなその手のコトをしている。
そしてどちらも相手のことがとても好きで。
だからヒル魔は、セナの身体のすぐにはわからないが少し観察すればわかるような場所に印を刻む。
自分のものだ、だれも触るなと主張する所有の印だ。
だがセナの愛情表現は、真逆のものだ。
セナの爪は、単に切っただけではなく先端の表面を滑らかに磨いてある。
だから缶のリングに爪をかけられずに、滑ってしまうのだ。
日常生活に支障をきたしてまで、セナが極端に短く爪を切っている理由。
おそらくはヒル魔の身体、背中などに傷をつけたりしないようにだ。
恐ろしくも説得力のある想像に、佐竹も山岡もしばし絶句する。
「お手伝いします!」
どちらからともなく叫んだ佐竹と山岡は、セナの手からドリンクの缶を取った。
そしてプシュと音を立ててリングを倒すと、もう一度セナの手に戻す。
2人の剣幕に驚いたセナだったが、すぐに「ありがとう」と笑顔で礼を言った。
まぁいいか。セナは幸せそうだから。
その手伝いが少しでも出来ればそれでいい。
ヒル魔もセナを見習って、あの牙みたいな歯を削ったらいいのに。
キスマークはともかく歯形までついてるもんな。
声もなく目線だけで会話を交わした佐竹と山岡がもう一度、セナを見る。
セナは校庭越しにヒル魔と視線を合わせて、笑っていた。
【終】
何度もカツンカツンと空振りしている。
佐竹と山岡は顔を見合わせてから、もう一度セナの手元を見た。
セナの指の爪は、深爪と言えるほど短かった。
リングに爪がかけられずに、何度もカツンカツンと空振りを繰り返しているのだ。
佐竹と山岡は、2年生になってアメフト部の助っ人の任を解かれた。
そして本来の所属であるバスケットボールに専念できることになった。
だが残念なことに、大会に出場したものの早い時点であっさりと敗退した。
アメフト部の助っ人と掛け持ちだった1年生の頃のこと。
周囲の者たちは「災難に巻き込まれた」ものだと思っているらしい。
だが佐竹も山岡もそんな風には思っていない。
佐竹も山岡もバスケットで全国制覇などと思ったことは一度もない。
口では「優勝」と言うが、そんなことは夢の夢だとわかっている。
だから本気で「クリスマスボウル」と叫んでいるアメフト部員たちの情熱は眩しかった。
アメフトはそれなりに楽しかったし、過酷なアメフト部の練習で体力もついた。
アメフトに慣れて当たりが強くなってしまい、ファールの数が増えたのはご愛嬌だ。
「お手伝いします!」
大会が終わった佐竹と山岡は、アメフト部を再び訪れ、2代目主将であるセナに練習への参加を申し出た。
アメフト部も新入部員が増えたし、今さら試合に出場などという気は毛頭ない。
でも1年間ヒル魔に鍛えられたレシーバーとしての腕前で、少しでも練習の役に立ちたいと思った。
それにアメフト部の練習は、自分たちの体力や精神力の鍛錬にもなる。
今泥門高校で一番人気のアメフト部に関われば、女子に人気が出るのではという下心も少々ある。
だが概ねは純粋なやる気と厚意だった。
最初は恐縮して「気持ちだけ貰っとく」と言ったセナも、佐竹と山岡の熱意に感謝し、折れた。
レシーバーが増えれば、練習のバリエーションが増やせるのは間違いないからだ。
「はい、これ」
休憩時間、座り込んでいた佐竹と山岡はセナに差し出されたスポーツドリンクを有難く受け取った。
珍しく缶入りのスポーツドリンクだ。
いつもはマネージャーが作ったボトル入りのものなのに。
「これ、ヒル魔さんたちからの差し入れなんだ」
怪訝そうな佐竹と山岡の表情を読んだセナが、そう言った。
確かに校庭の隅で、ヒル魔と栗田とムサシが3人並んで何やら話し込んでいる。
佐竹と山岡は「ふぅん」と言いながら、缶のリングを開けた。
ヒル魔の名を聞くと、未だに少し身構えてしまうことを少し悲しく思いながら。
ゴクゴクとドリンクを喉に流し込む佐竹と山岡だったが、その横を陣取り座ったセナは違った。
なかなかリングを引くことが出来ずに、苦戦している。
「セナ、すごく爪を短く切ってるな。」
「ホント。ほとんど深爪と変わんねぇよな。」
山岡の言葉を、佐竹が受ける。
セナが「エヘ」と曖昧に笑いながら、校庭の彼方を見た。
その視線の先にいるのは、ムサシや栗田と何かを話しているヒル魔だ。
佐竹と山岡は見た。
ヒル魔の方へと、わずかに首をねじったセナの襟元。
首の付け根のあたりに覗いた鬱血の後と歯形。
2人は驚いたように顔を見合わせた。
セナの首筋につけられているのは、明らかに情事の痕跡だ。
もう一度セナの首元を見て、そしてヒル魔を見る。
こちらの視線に気が付いたのだろう。
ヒル魔が校庭越しに佐竹と山岡の方を見て、ニヤリと笑った。
キスマーク、歯型、短い爪、ヒル魔。
まるで天啓のように、佐竹と山岡の脳裏に1つのストーリーが浮かぶ。
飛躍した推測ではあるが、ものすごく当たっているような気がした。
セナとヒル魔は、恋人同士がする身体に痕が残るようなその手のコトをしている。
そしてどちらも相手のことがとても好きで。
だからヒル魔は、セナの身体のすぐにはわからないが少し観察すればわかるような場所に印を刻む。
自分のものだ、だれも触るなと主張する所有の印だ。
だがセナの愛情表現は、真逆のものだ。
セナの爪は、単に切っただけではなく先端の表面を滑らかに磨いてある。
だから缶のリングに爪をかけられずに、滑ってしまうのだ。
日常生活に支障をきたしてまで、セナが極端に短く爪を切っている理由。
おそらくはヒル魔の身体、背中などに傷をつけたりしないようにだ。
恐ろしくも説得力のある想像に、佐竹も山岡もしばし絶句する。
「お手伝いします!」
どちらからともなく叫んだ佐竹と山岡は、セナの手からドリンクの缶を取った。
そしてプシュと音を立ててリングを倒すと、もう一度セナの手に戻す。
2人の剣幕に驚いたセナだったが、すぐに「ありがとう」と笑顔で礼を言った。
まぁいいか。セナは幸せそうだから。
その手伝いが少しでも出来ればそれでいい。
ヒル魔もセナを見習って、あの牙みたいな歯を削ったらいいのに。
キスマークはともかく歯形までついてるもんな。
声もなく目線だけで会話を交わした佐竹と山岡がもう一度、セナを見る。
セナは校庭越しにヒル魔と視線を合わせて、笑っていた。
【終】
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