ヒルセナ5題3

「お茶でも淹れるから。のんびりしてて」
そういうとセナは部屋から出て行く。
モン太は「わりぃな」と応じると、主がいなくなったセナの部屋でベットに腰掛けた。

クリスマスボウルが終わり、息つく暇もなく持ち上がった世界大会の話。
モン太はセナと共に、メンバーの選出に追われていた。
進、阿含、峨王を皮切りに、過去対戦したライバルたちと会い、代表チームへと誘う。
そんなことが日々の日課になっている。

そして今日、モン太はセナの部屋にいる。
学校が休みなので、まずはセナの家で待ち合わせをしたのだった。
取りこぼしてしまった面子がいないか相談し、必要とあらば一緒にその人物に会いに行くためだ。

階下で歩き回る足音が聞こえる。
セナが飲み物を用意してくれているのだろう。
何となく手持ち無沙汰になったモン太は窓際に立ち、外を眺めた。

窓からは隣の部屋に面したベランダが見える。
それを見て、モン太は一瞬驚き、すぐに笑顔になった。
洗濯をしたのだろう。
ベランダには何枚ものユニフォームが、ハンガーにかけられて、並べて干してあった。
サッカー、ラグビー、バレーボール、陸上、バスケット、そして野球。
すべてに「泥門」と書かれてはいるが、種目はバラバラだ。
これほど脈絡なくいろいろなユニフォームが並ぶ様子は、あまりにもアンバランスで逆に見事だ。


「お待たせ。コーヒーでいいよね?」
セナが2個のマグカップが乗ったお盆を手にして、戻ってきた。
モン太は笑顔で「サンキュ」と言いながら、カップを受け取る。

「ベランダに並ぶユニフォーム、あれはあちこちの運動部の助っ人のときの?」
「ああ、見たんだ」
モン太の問いかけに、セナが照れくさそうに笑う。
「借り物だろ?わざわざ持って帰って洗濯すんのか?」
「うん、他の部では役に立てなかったからね。せめて洗濯くらい自分で」
そう言って、セナはまた小さく笑った。

モン太が再びベランダに視線を移すと、外では小さな風が起こった。
一番手前のラグビー部のジャージが風で裏返る。
そこに現れた野球のユニフォームを見て、モン太の心が微かに軋んだ。
ほんの1年前には、これを着るものだと思っていた。
野球に全てを捧げたいとまで思っていた。
なのに今は違う種目で、やはりキャッチを極めたいと思っている。

「セナ、ありがとう、な」
モン太が考えるより先に、その言葉は自然にスルリと口から零れた。
野球のユニフォームを見ながら、ふと思い出したのだ。
野球部に入ることが出来なかったあの時、セナにアメフト部へ誘われなかったら。
今頃自分は何をしていたのだろうと思う。
他に熱中する何かを見つけられていただろうか?
いや何よりもセナという親友を得ることが出来なかったはずだ。


「僕は何もしてないよ。」
セナはモン太にそう答えて、照れくさそうに笑いかけた。
モン太が野球のユニフォームを見て、入部の頃のことを思い出したのはセナにもすぐわかった。
だが野球への郷愁ではなく、お礼を言ってくれたこと。
それが何よりもセナには嬉しかった。
セナにとっても、モン太は大事な大事な親友なのだ。
そしてそれとは別に、セナには思うことがあった。

「もし僕がモン太を見つけなくても、きっとヒル魔さんが放っておかなかったと思うよ。」
たまたまモン太に声をかけたのは、セナが先だったというだけだ。
ヒル魔なら早かれ遅かれ、モン太のあのキャッチの実力に気がついただろう。
確かにセナが声をかけなくても、モン太はデビルバッツに名を連ねていた可能性は高い。

その時、また小さな風が吹いた。
何とはなしにベランダに並ぶユニフォームを見ていた2人は、微笑する。
野球のユニフォームの1つ奥に干されていた2人には馴染みのアメフトのユニフォーム。
その袖が、風に揺られてフワリと野球のユニフォームにかかった。
まるで野球とアメフトが、がっちりと肩を組んだようだ。

「それでも俺は、セナに感謝してる。」
「僕も、モン太がアメフト部に入ってくれたことに感謝してるよ。」
モン太が何かを確信したような言葉に、セナもしっかりと答えた。
そしてセナとモン太は、もう一度顔を見合わせて笑う
2人の視線の先では、ベランダに並ぶユニフォームたちがじゃれ合うように風に揺れている。

【終】
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