ヒルセナ5題3
小結大吉は、背後からゆっくりとセナに近づいた。
セナはカジノテーブルに座って、何かをノートにカリカリと書いている。
そのセナの背後から「でしっ」と彼独特の声を掛けた。
セナはビクリと驚いて、慌ててノートを腕で覆いながら振り向く。
何書いてんの?
そんな問いかけを込めて、小結は小首を傾げた。
「小結くん!びっくりさせないでよ。」
小結の方を振り返ったセナが、少し怒ったように口を尖らせる。
すると小結もまた少し怒ったような顔になった。
見られちゃ困るもんなら、こんなところで書くなよ。
表情から察するにそんなところだろう。
確かに、部室でそういったものを書いているほうが悪いのかもしれない。
「ごめん、小結くん。書くのに夢中で気がつかなくて、驚いちゃったから」
セナはいつもの控えめな笑顔を見せて謝った。
もうじき新入部員を迎えるアメフト部、主将を襲名したセナは未だパワフル語は解さない。
だが小結の表情を読んで、言いたいことを理解することは出来るようになっていた。
で、何書いてんの?
小結は、セナの隣の椅子にどすんと腰をかけて、セナを見る。
申し訳なさそうなセナの表情を見て、小結も笑った。
師匠の栗田同様、小結も気のいい男なのだ。
セナはヒル魔から主将の座とともにもう1つ引き継いだものがある。
それは表紙に「脅迫手帳」と書かれた黒い冊子だった。
適度に使い古されたそれは、元々ヒル魔が使っていたものだろう。
どうやらアメフト部には役に立つ情報が書かれているようだ。
黒い手帳に名前を書かれた者たちは、ヒル魔の部活引退を大いに喜んだ。
なぜなら書かれた者たちを震撼させていたネタは、アメフト部のために使われていたからだ。
だからヒル魔が卒業するまでのんびりと過ごせるかも、などと楽観的に考えていた。
だがその手帳は2代目主将に引き継がれ、セナはそれをいつも携帯している。
セナがそれを開き、読んだり何かを書き込んでいる様子は、新たな脅威をもたらしていた。
そしてヒル魔自身は、外見はそっくりな新品の手帳を所持している。
主将が変わるたびに、この手帳は増殖するのか。
ごく一部の者のみではあるが、恐怖は絶望へと変化した。
当のセナはというと、戸惑いながらもこの状況を受け入れていた。
ヒル魔から渡された手帳には、実はアメフトのことしか書かれていない。
部員の試合毎の獲得ヤード数とか、他校の過去の試合の内容とか。
部に残されている記録に同様のものもある。
だがこの手帳はヒル魔の私見も書き添えられているから、実にありがたいものだった。
それにこの手帳には、それ以外の特典も実に多い。
例えば各部の主将が集まる会議などでこの手帳を出すと、練習場所の割り当てや部費が増えたりする。
申し訳ないと思いながら、セナはありがたくその恩恵を受けていた。
そしてセナもまた思いついたことをいろいろと書き足している。
受けた恩恵はそのまま後輩たちにも引き継ごうという意図のものだ。
だが文章力も観察力もヒル魔に劣るという自覚があるセナは、追記した内容を見られるのが少し恥ずかしい。
小結は内心、セナが引き継いだ黒い手帳を羨ましいと思っている。
手帳そのものではなく、尊敬する先輩から愛用品を貰うという行為が。
だから実は小結自身も、栗田に頼んだ事がある。
何か愛用している品物をもらえないかと。
だが栗田の場合、これという品物がないのだ。
溝六のデコトラが来る前に移動に利用していたリヤカー。
秋の大会初戦前日に、中に篭った跳び箱。
壊れたタックルマシン、等々。
栗田ならではの品物は、携帯するには不向きなデカブツばかりだった。
手袋や防具やスパイクなども提案されたが、サイズが合わない。
結局アメフトには関係ない制服のネクタイを譲り受けたが、アメフトにはまったく関係ない。
セナが脅迫手帳を持っているインパクトには程遠かった。
物ではなくて、肝心なのは心意気だとはわかっているが、やはり羨ましい。
「セナ、ちょっといいか?」
何か練習のことで話があるのか、十文字がセナを呼んだ。
セナは「なに?」と答えて立ち上がり、呼ばれた方へと向かう。
その様子を見ていた小結は、思わず笑った。
カジノテーブルの上には、黒い手帳が無造作に開きっぱなしで残されていたからだ。
無用心だ。見られるのが恥ずかしいなんて言っておいて。
小結は今は解す人がいないパワフル語でそう呟いて、中身を見ずにパタンと手帳を閉じた。
【終】
セナはカジノテーブルに座って、何かをノートにカリカリと書いている。
そのセナの背後から「でしっ」と彼独特の声を掛けた。
セナはビクリと驚いて、慌ててノートを腕で覆いながら振り向く。
何書いてんの?
そんな問いかけを込めて、小結は小首を傾げた。
「小結くん!びっくりさせないでよ。」
小結の方を振り返ったセナが、少し怒ったように口を尖らせる。
すると小結もまた少し怒ったような顔になった。
見られちゃ困るもんなら、こんなところで書くなよ。
表情から察するにそんなところだろう。
確かに、部室でそういったものを書いているほうが悪いのかもしれない。
「ごめん、小結くん。書くのに夢中で気がつかなくて、驚いちゃったから」
セナはいつもの控えめな笑顔を見せて謝った。
もうじき新入部員を迎えるアメフト部、主将を襲名したセナは未だパワフル語は解さない。
だが小結の表情を読んで、言いたいことを理解することは出来るようになっていた。
で、何書いてんの?
小結は、セナの隣の椅子にどすんと腰をかけて、セナを見る。
申し訳なさそうなセナの表情を見て、小結も笑った。
師匠の栗田同様、小結も気のいい男なのだ。
セナはヒル魔から主将の座とともにもう1つ引き継いだものがある。
それは表紙に「脅迫手帳」と書かれた黒い冊子だった。
適度に使い古されたそれは、元々ヒル魔が使っていたものだろう。
どうやらアメフト部には役に立つ情報が書かれているようだ。
黒い手帳に名前を書かれた者たちは、ヒル魔の部活引退を大いに喜んだ。
なぜなら書かれた者たちを震撼させていたネタは、アメフト部のために使われていたからだ。
だからヒル魔が卒業するまでのんびりと過ごせるかも、などと楽観的に考えていた。
だがその手帳は2代目主将に引き継がれ、セナはそれをいつも携帯している。
セナがそれを開き、読んだり何かを書き込んでいる様子は、新たな脅威をもたらしていた。
そしてヒル魔自身は、外見はそっくりな新品の手帳を所持している。
主将が変わるたびに、この手帳は増殖するのか。
ごく一部の者のみではあるが、恐怖は絶望へと変化した。
当のセナはというと、戸惑いながらもこの状況を受け入れていた。
ヒル魔から渡された手帳には、実はアメフトのことしか書かれていない。
部員の試合毎の獲得ヤード数とか、他校の過去の試合の内容とか。
部に残されている記録に同様のものもある。
だがこの手帳はヒル魔の私見も書き添えられているから、実にありがたいものだった。
それにこの手帳には、それ以外の特典も実に多い。
例えば各部の主将が集まる会議などでこの手帳を出すと、練習場所の割り当てや部費が増えたりする。
申し訳ないと思いながら、セナはありがたくその恩恵を受けていた。
そしてセナもまた思いついたことをいろいろと書き足している。
受けた恩恵はそのまま後輩たちにも引き継ごうという意図のものだ。
だが文章力も観察力もヒル魔に劣るという自覚があるセナは、追記した内容を見られるのが少し恥ずかしい。
小結は内心、セナが引き継いだ黒い手帳を羨ましいと思っている。
手帳そのものではなく、尊敬する先輩から愛用品を貰うという行為が。
だから実は小結自身も、栗田に頼んだ事がある。
何か愛用している品物をもらえないかと。
だが栗田の場合、これという品物がないのだ。
溝六のデコトラが来る前に移動に利用していたリヤカー。
秋の大会初戦前日に、中に篭った跳び箱。
壊れたタックルマシン、等々。
栗田ならではの品物は、携帯するには不向きなデカブツばかりだった。
手袋や防具やスパイクなども提案されたが、サイズが合わない。
結局アメフトには関係ない制服のネクタイを譲り受けたが、アメフトにはまったく関係ない。
セナが脅迫手帳を持っているインパクトには程遠かった。
物ではなくて、肝心なのは心意気だとはわかっているが、やはり羨ましい。
「セナ、ちょっといいか?」
何か練習のことで話があるのか、十文字がセナを呼んだ。
セナは「なに?」と答えて立ち上がり、呼ばれた方へと向かう。
その様子を見ていた小結は、思わず笑った。
カジノテーブルの上には、黒い手帳が無造作に開きっぱなしで残されていたからだ。
無用心だ。見られるのが恥ずかしいなんて言っておいて。
小結は今は解す人がいないパワフル語でそう呟いて、中身を見ずにパタンと手帳を閉じた。
【終】