ヒルセナ5題2

携帯電話がメールの着信を告げた。
自宅のリビングで寛いでいたヒル魔が、携帯を取り上げ、画面を見る。
それは高校、大学とヒル魔を支え続けた有能なマネージャー、姉崎まもりからだった。
受信したメールを読んだヒル魔は、苦笑した。

ヒル魔くんはどこかのアメフト部がある大学に進むなら。
私はまたそこでマネージャーをやりたい、なんて思っているの。
それは数年前、まだヒル魔もまもりも高校生だったころの出来事だった。
たまたま偶然2人きりになった教室で、ヒル魔はまもりから告白された。

悪いな、ヒル魔はまもりの言葉をさえぎった。
まもりは有能なマネージャーで、デビルバッツのクリスマスボウル行きにかなり貢献した。
同じ道に進めるのは悪いことではない。むしろありがたい。
だが、その時点でヒル魔は自分の進路を決められなかった。
それにまもりの言葉は、単なるマネージャーということではないだろう。
男と女の関係と言う意味が込められているくらいわかった。
その気もないのにこれ以上喋らせるべきではない。
ヒル魔は何も言わずにその場を立ち去った。


クリスマスボウルが終わった後。ヒル魔は部を引退した。
同学年のチームメイトたちが次々と将来を決めていく中、ヒル魔はなかなか動かなかった。
ヒル魔の大前提はやはりアメフトで、将来的には最高峰であるNFLへ行くつもりだ。
問題はその過程だった。大学でプレーするべきか、社会人か。それとも一気にアメリカか。
以前はクリスマスボウル後はアメリカの大学に進学して、そこからNFLを狙おうと思っていた。
だがその選択肢は消した。それは小早川セナの存在があったからだ。

高速のランニングバック。黄金の足。デビルヒーロー、アイシールド21。
仰々しい称号を付けられたセナ。
小さな細い身体で誰よりも努力し、それでも懸命にヒル魔についてきた。
与えた課題を苦しみながらもこなし、ヒル魔の望む通りに成長していったのだ。
そしてついにヒル魔たちの積年の夢、クリスマスボウルをその手に引き寄せた。
ただの俊足のRBというだけでなく、プレーヤーとして。そして人間として。
ヒル魔はセナに魅了されたのだ。

ヒル魔は、どこまでもセナと一緒に行こうと思っていた。
次のステージでも自分がボールを渡すRBはセナだけだ。
引退した後はずっと2人で進む未来を考えた。
2代目主将として頑張るセナの成長を見ながら、ふさわしい道を模索した。
結局ヒル魔は、アメフトの名門である大学に進学を決めた。
セナの学力では通常の入試は難しい。
だが推薦入試なら、引退後に必死に勉強させれば何とかなるだろう。

だがここで思わぬ展開が訪れた。
セナにノートルダムからアメフト招待留学のオファーが来たのだった。
クリフォードからの招待で、半年間の短期留学だという。
いい話だった。本場で揉まれればアメフトの実力も格段に上がるだろう。
だがヒル魔の進んだ大学は、推薦でも簡単な入試がある。
今でさえその合格ラインも厳しいのに、勉強はおろか入試日の帰国すらままならない。
つまりこの話を受けてしまえば、大学の4年間は同じサイドに立つことがなくなるのだ。


セナのことをよろしくね。大事にしないと許さないから。
先程のまもりからのメールにはただそれだけが書かれていた。
なんだかんだで「過保護なまもり姉ちゃん」は健在だ。

考えてみれば皮肉なものだ。
結局告白を断ったまもりと同じ大学に進み、セナとは逆サイドに立つことになった。
アメリカには行きたい、ヒル魔と同じ大学に進みたいと悩むセナは結局渡米した。
ヒル魔は密かに裏工作もいろいろと考えていた。
黒い手帳を駆使して、無理矢理セナをヒル魔と同じ大学に入れてしまおうか。
それともいっそヒル魔が大学を中退して、同じ大学で同級生になってしまおうか。
だが結局セナは自力で入れる大学に入学した。
ことアメフトに関しては、ルールを守るのがヒル魔の流儀なのだ。

ヒル魔さんが浮気しないかって心配でしたよ。
数日前に大学を卒業したばかりのセナはヒル魔に文句を言った。
まもりと一緒の4年間はセナにとってはかなり不安だったらしい。
ヒル魔にしてみれば、セナが鈴音と一緒の4年間を過ごす方が余程心配だった。
そもそも別の大学に進んだことだって、セナの学力がネックになったからだ。
挙句にはヒル魔さんを倒すっていうのもありかな、などと言い出したくせに。
文句を言いたいのはこちらだと思ったが、不敵に笑うだけに留めた。
自分ばかりが振り回されているようで癪だからだ。

それでも期せずして逆サイドでプレーすることは無駄ではなかった。
高校時代はセナの力を伸ばそうとして、その長所ばかりを重視していた。
だが敵となれば、欠点を探そうと懸命になる。
プレーヤーとしてのセナを違う角度から見ることが出来た。
それはセナも同じだったようで、時にヒル魔の思いもよらないような指摘をしたりする。
これも運命だったのかもしれないと思い、すぐに「らしくない」と打ち消した。
全てが必然だ。セナと出会ったことも、一緒にプレーしたことも、敵になったことも。


玄関のドアチャイムが鳴った。
モニターで確認すると、案の定。ヒル魔の待ち人であるセナが顔を覗かせている。
ヒル魔は嬉しいのを押し隠して、さっさと入って来いと無愛想に言った。

こんにちは、ヒル魔さん。
部屋に入ってきたセナは、二コリと笑いながらヒル魔に挨拶する。
顔つきや身体は高校時代に比べてかなり大人っぽくなった。
だがこの笑顔は変わらない。皆を、そしてヒル魔を魅了する極上の笑みだ。

こんにちは、じゃねぇよ。
ヒル魔はからかうように笑った。
そうですね。じゃあただいま、ですか。
セナが照れくさそうに笑い返してくる。

今日からセナはヒル魔の部屋の住人になる。
大学卒業とともに家を出て、ヒル魔と一緒に暮らすのだ。
別に大学時代から同居してもよかったのだ。
だが違うチームで敵同士のうちは、別々に住むべきだろう。
どちらが言うでもなくそういうことになった。
ヒル魔のマンションにセナはすでに頻繁に泊まりに来ており、置いてある私物も多い。
それでも一緒に暮らさないことは2人なりのけじめだった。

これからは毎日同じ部屋に帰る。
帰り道、途中で別れることもない。
じゃあまた、と部屋から送り出すこともない。
ようやく完全にセナを自分のものにしたのだと実感できる。
待たされた4年間の想いを込めて、ヒル魔はセナを見つめた。

不束者ですが、よろしくお願いします。
セナは視線を絡ませながら、艶っぽい微笑を浮かべている。
まるで嫁をもらったようではないか、とヒル魔は苦笑した。
2人の新しいクォーターがまた始まろうとしている。

【終】
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