ヒルセナ5題2
泥門デビルバッツのホームページ。
トップの画面の左下にボールを蹴るムサシの写真が飾られている。
それはクリスマスボウルのラスト、逆転のキックを決めたときのものだ。
さほど大きくはないが、なかなか目立つ。
キックをしようと構えているムサシのその写真はアイコンになっている。
クリックすると、画面の中でムサシが迫力あるキックを決める。
そして優勝を決めた歓声とともに「武蔵工務店」情報が表示されるのだ。
工務店の今まで請け負った工事の実績。デビルバッツの部室ももちろんある。
そして工務店のメンバーの紹介。工事依頼の場合の連絡先。
もちろんムサシ本人がそんな細工をするわけがなく、やったのはヒル魔だ。
ムサシがそのことを知ったのは、工務店に仕事が殺到したからだった。
サイトを見たんですが、と前置きをされて、家の新築からリフォーム、修理。
かなりの件数の依頼が殺到した。今までの受注件数を考えたらありえない数だ。
別に断わる理由もなく、仕事は請け負う。
あまりの数に追いつかず、仕事はかなり先まで予約でいっぱいになった。
これでは現在の従業員数では仕事は到底こなせない。
しかし折りしもこの不況下。
ついには優秀であるのに失業の憂き目を見ている職人を雇用するまでになった。
つまり「クリスマスボウル効果」で武蔵工務店は思わぬ商売繁盛となったのだ。
家業を継がなければならない。だからアメフトは高校で終り。
そんなことを公言して、幾多のオファーを断わろうとしていた矢先。
武蔵厳の新たな葛藤が始まることになった。
「アメフト、続けてもいいんだぞ」
部を引退して、また日課となった見舞い。病床の父親がムサシに言う。
身体はすっかり痩せて小さくなったが、口調は元気な頃と変わらない。
ぶっきら棒で無愛想。でもさりげない優しさがこもっている。
「仕事も人も増えた。おまえなしでも工務店はなんとかやっていける。」
以前はアメフトなど所詮遊びだろうと、苦い顔をしていた父親なのに。
ムサシはそんな父親を見て、にわかに不安になる。
もしかして病気のせいで弱気になっているのではなかろうか。
だが聞いたところで父親はそんなことを認めるなどないだろう。
先日、進路を迷うムサシにある1つの社会人チームからの誘いがあった。
不動産で有名な大手の会社が持つアメフトのプロチーム。実力レベルも高い。
親会社は住宅の建設、販売も行っており、条件の1つに武蔵工務店へ業務依頼も提示してきた。
アメフトを続けられて、収入も得られて、工務店にも安定した仕事を確保できる。
なんともおいしい話だった。
もちろん職人気質の父親は、そんなことでアメフトを続けると言ったら反対するだろう。
だからこの件も、他の多数の勧誘の話も、一切父親にはしないようにしている。
ムサシと同じく家業との両立で悩んでいた栗田もアメフトを続けるらしい。
とりあえず身体が続くうちはアメフトをやって、引退したらお寺に入るよ。
栗田はすっきりとした顔で笑っていた。
ムサシも多少不安は残るものの、とにかく親や工務店のメンバーは理解してくれている。
金銭的なことやその他諸々の問題もどうにかクリアできそうだ。
それでもムサシはアメフトを続けることに、なにか抵抗を感じていた。
その正体が自分でもわからず、モヤモヤした気分を持て余している。
「ん?こりゃ何だ?」
ムサシは父のベットの横の台の上に置かれた本のようなものを手に取った。
この前来たときにはこんなものはなかったはずだ。
「ああ、おまえの後輩のあのちっこい子が持ってきたんだ。」
後輩のあのちっこい子。セナのことだ。
父はセナのことを言うときにはまるで孫がかわいい祖父のような態度になる。
ムサシは苦笑しながらそれを手に取った。
それはアルバムだった。
写真屋で現像を頼むと付いてくるような薄いものではない。
重くて厚みのあるそれを開くと、さながらムサシの写真集のようだった。
アメフト部に復帰したばかりの東京都大会あたりのもの。
関東大会のもの。そしてクリスマスボウルのもの。
驚いたことにプレー中ではないものも多くあった。
ベンチに座って、フィールドに何かを叫んでいたり、ドリンクを飲んでいたり。
さらには練習中や復帰前の大工姿のものもある。
こんなもの、いつ誰が撮ったのだ?とムサシは首を傾げた。
「アメフトしてるオメーも大工姿のオメーも大好きだってよ」
「ああ?」
「あの子がそう言ってたよ。」
久しぶりに見る父の屈託のない笑顔は、小さな子供の頃に見たそれに似ている。
そんな父の顔を見て、ムサシはまた苦笑する。
アメフトしてるオメーも大工姿のオメーも大好きだってよ。
父親からセナの言葉を聞いたムサシは抱えていたモヤモヤの正体を理解した。
ようやくわかった。自分の本心。
父の為とか家の為とか、なんだかんだ言いながら、結局は工務店の仕事が好きなのだ。
そしてまたアメフトも。どっちも好きでどっちもやりたい。
だからどちらを取るべきかと迷った。
どちらかを捨てなくてはならないのが、寂しかったのだ。
でもセナの言葉を借りるなら。
アメフトをしている自分も大工の自分もどちらもムサシだ。
それならば両方を取ってやろうか。
工務店をでかくして、アメフトチームを持つ。
栗田は大学でアメフトをやる。同じ道を選ぶメンバーも多いはずだ。
ならこちらは社会人リーグを立ち上がれるチームを、作るのだ。
ライスボウルで再会なんて、自分にしては洒落てるだろう。
まずは工務店のメンバーでチームを作ってみよう。
幸いなことに身体自慢、体力自慢は多い。
誰が、どのポジションに向いているか。
考えるだけで、意外と楽しい。
でもその前にまず勧誘の話をすべて断らなくてはならない。
おいしい条件もあって惜しい気もするが。
アルバムをパラパラとめくりながら、考えていたムサシはふと気がついた。
この中の写真は単にデビルバッツの資料用の写真だけではない。
プレーの確認や偵察目的ではない写真が多い。
わざわざ試合中にスタンドから撮られた寛いだ表情のムサシとか。
そもそも大工姿の写真があることが不自然だ。
つまりセナはわざわざ父の見舞いのために、かき集めたのだ。
部で所有している以外にもムサシらしい表情のものを、捜した。
アメフト部以外の生徒や、他校などにもきっと声をかけたのだろう。
そうでなければありえないほど、写真のバリエーションは多い。
たかがうちの親父の見舞いの為だけに走り回ったのか。
セナのさりげない優しさが、ムサシの心を温かく満たす。
おいしい条件が惜しいだと?
1枚1枚、ムサシらしい写真を一生懸命集めてくれたセナ。
父の見舞いの品にそこまでしてくれた後輩の前で骨惜しみなどできるものか。
部活にかなりの時間を避ける学生とは違う。
それは苦難の道だし、決して万全ではないけれど。
今まではヒル魔の作った道を歩いてきた。
今度は自分で道を作ってやる。
「どうした?厳」
ふと見ると、父が怪訝そうにムサシの顔を見ていた。
どうやら自分の考えに没頭しすぎて、黙り込んでしまったようだ。
「俺のことは心配ねぇ。それより身体を早く治せ」
ムサシは父に笑いかけた。
幾多のピンチで部員たちが励まされた頼もしい笑顔だ。
【終】
トップの画面の左下にボールを蹴るムサシの写真が飾られている。
それはクリスマスボウルのラスト、逆転のキックを決めたときのものだ。
さほど大きくはないが、なかなか目立つ。
キックをしようと構えているムサシのその写真はアイコンになっている。
クリックすると、画面の中でムサシが迫力あるキックを決める。
そして優勝を決めた歓声とともに「武蔵工務店」情報が表示されるのだ。
工務店の今まで請け負った工事の実績。デビルバッツの部室ももちろんある。
そして工務店のメンバーの紹介。工事依頼の場合の連絡先。
もちろんムサシ本人がそんな細工をするわけがなく、やったのはヒル魔だ。
ムサシがそのことを知ったのは、工務店に仕事が殺到したからだった。
サイトを見たんですが、と前置きをされて、家の新築からリフォーム、修理。
かなりの件数の依頼が殺到した。今までの受注件数を考えたらありえない数だ。
別に断わる理由もなく、仕事は請け負う。
あまりの数に追いつかず、仕事はかなり先まで予約でいっぱいになった。
これでは現在の従業員数では仕事は到底こなせない。
しかし折りしもこの不況下。
ついには優秀であるのに失業の憂き目を見ている職人を雇用するまでになった。
つまり「クリスマスボウル効果」で武蔵工務店は思わぬ商売繁盛となったのだ。
家業を継がなければならない。だからアメフトは高校で終り。
そんなことを公言して、幾多のオファーを断わろうとしていた矢先。
武蔵厳の新たな葛藤が始まることになった。
「アメフト、続けてもいいんだぞ」
部を引退して、また日課となった見舞い。病床の父親がムサシに言う。
身体はすっかり痩せて小さくなったが、口調は元気な頃と変わらない。
ぶっきら棒で無愛想。でもさりげない優しさがこもっている。
「仕事も人も増えた。おまえなしでも工務店はなんとかやっていける。」
以前はアメフトなど所詮遊びだろうと、苦い顔をしていた父親なのに。
ムサシはそんな父親を見て、にわかに不安になる。
もしかして病気のせいで弱気になっているのではなかろうか。
だが聞いたところで父親はそんなことを認めるなどないだろう。
先日、進路を迷うムサシにある1つの社会人チームからの誘いがあった。
不動産で有名な大手の会社が持つアメフトのプロチーム。実力レベルも高い。
親会社は住宅の建設、販売も行っており、条件の1つに武蔵工務店へ業務依頼も提示してきた。
アメフトを続けられて、収入も得られて、工務店にも安定した仕事を確保できる。
なんともおいしい話だった。
もちろん職人気質の父親は、そんなことでアメフトを続けると言ったら反対するだろう。
だからこの件も、他の多数の勧誘の話も、一切父親にはしないようにしている。
ムサシと同じく家業との両立で悩んでいた栗田もアメフトを続けるらしい。
とりあえず身体が続くうちはアメフトをやって、引退したらお寺に入るよ。
栗田はすっきりとした顔で笑っていた。
ムサシも多少不安は残るものの、とにかく親や工務店のメンバーは理解してくれている。
金銭的なことやその他諸々の問題もどうにかクリアできそうだ。
それでもムサシはアメフトを続けることに、なにか抵抗を感じていた。
その正体が自分でもわからず、モヤモヤした気分を持て余している。
「ん?こりゃ何だ?」
ムサシは父のベットの横の台の上に置かれた本のようなものを手に取った。
この前来たときにはこんなものはなかったはずだ。
「ああ、おまえの後輩のあのちっこい子が持ってきたんだ。」
後輩のあのちっこい子。セナのことだ。
父はセナのことを言うときにはまるで孫がかわいい祖父のような態度になる。
ムサシは苦笑しながらそれを手に取った。
それはアルバムだった。
写真屋で現像を頼むと付いてくるような薄いものではない。
重くて厚みのあるそれを開くと、さながらムサシの写真集のようだった。
アメフト部に復帰したばかりの東京都大会あたりのもの。
関東大会のもの。そしてクリスマスボウルのもの。
驚いたことにプレー中ではないものも多くあった。
ベンチに座って、フィールドに何かを叫んでいたり、ドリンクを飲んでいたり。
さらには練習中や復帰前の大工姿のものもある。
こんなもの、いつ誰が撮ったのだ?とムサシは首を傾げた。
「アメフトしてるオメーも大工姿のオメーも大好きだってよ」
「ああ?」
「あの子がそう言ってたよ。」
久しぶりに見る父の屈託のない笑顔は、小さな子供の頃に見たそれに似ている。
そんな父の顔を見て、ムサシはまた苦笑する。
アメフトしてるオメーも大工姿のオメーも大好きだってよ。
父親からセナの言葉を聞いたムサシは抱えていたモヤモヤの正体を理解した。
ようやくわかった。自分の本心。
父の為とか家の為とか、なんだかんだ言いながら、結局は工務店の仕事が好きなのだ。
そしてまたアメフトも。どっちも好きでどっちもやりたい。
だからどちらを取るべきかと迷った。
どちらかを捨てなくてはならないのが、寂しかったのだ。
でもセナの言葉を借りるなら。
アメフトをしている自分も大工の自分もどちらもムサシだ。
それならば両方を取ってやろうか。
工務店をでかくして、アメフトチームを持つ。
栗田は大学でアメフトをやる。同じ道を選ぶメンバーも多いはずだ。
ならこちらは社会人リーグを立ち上がれるチームを、作るのだ。
ライスボウルで再会なんて、自分にしては洒落てるだろう。
まずは工務店のメンバーでチームを作ってみよう。
幸いなことに身体自慢、体力自慢は多い。
誰が、どのポジションに向いているか。
考えるだけで、意外と楽しい。
でもその前にまず勧誘の話をすべて断らなくてはならない。
おいしい条件もあって惜しい気もするが。
アルバムをパラパラとめくりながら、考えていたムサシはふと気がついた。
この中の写真は単にデビルバッツの資料用の写真だけではない。
プレーの確認や偵察目的ではない写真が多い。
わざわざ試合中にスタンドから撮られた寛いだ表情のムサシとか。
そもそも大工姿の写真があることが不自然だ。
つまりセナはわざわざ父の見舞いのために、かき集めたのだ。
部で所有している以外にもムサシらしい表情のものを、捜した。
アメフト部以外の生徒や、他校などにもきっと声をかけたのだろう。
そうでなければありえないほど、写真のバリエーションは多い。
たかがうちの親父の見舞いの為だけに走り回ったのか。
セナのさりげない優しさが、ムサシの心を温かく満たす。
おいしい条件が惜しいだと?
1枚1枚、ムサシらしい写真を一生懸命集めてくれたセナ。
父の見舞いの品にそこまでしてくれた後輩の前で骨惜しみなどできるものか。
部活にかなりの時間を避ける学生とは違う。
それは苦難の道だし、決して万全ではないけれど。
今まではヒル魔の作った道を歩いてきた。
今度は自分で道を作ってやる。
「どうした?厳」
ふと見ると、父が怪訝そうにムサシの顔を見ていた。
どうやら自分の考えに没頭しすぎて、黙り込んでしまったようだ。
「俺のことは心配ねぇ。それより身体を早く治せ」
ムサシは父に笑いかけた。
幾多のピンチで部員たちが励まされた頼もしい笑顔だ。
【終】