ヒルセナ5題2
栗田良寛は拾い上げた紙切れを見て、言葉を失った。
あの時の驚きが、まるで昨日のことのように思い出された。
そして身体が震えた。
クリスマスボウルに出場した後、俄かに栗田の身辺は忙しくなった。
いくつかの大学のアメフト部や社会人チームからのオファー。
それは栗田だけではなく、ヒル魔やムサシも同様だった。
ムサシは家業を継がなくてはならないからとそれらを全て断っていった。
家業を継ぐと言う点では栗田も同じだったが、経済的な問題はない。
親の意向としては卒業後にすぐ家に入るか、仏教系の大学に進むことだ。
だか大学やプロを経てからというのも頼めば無理な話ではないだろう。
栗田の願いはヒル魔、ムサシ、栗田とまた3人で同じチームに行くことだった。
それは大学でも社会人でも構わない。
そしてムサシはもうアメフトをしないというなら、後はヒル魔だった。
ヒル魔はというと、アメフト以外の進路はあり得ず、家の縛りもなにもない。
それに成績が優秀であるから、受験の心配などもない。
ヒル魔はその中で自分の選択肢を考えているようであった。
また一緒にやろうよ、と栗田はヒル魔に言った。
だがテメーの進路は自分で決めろとヒル魔に冷たく言い放たれた。
わかっている。高校へ進むときとは状況が違う。
あのときはただクリスマスボウルと言う夢に向かって進めばよかった。
それを実現させた今、次の進路は人生を左右する。
簡単にまた一緒にとはいえない。
栗田は昼休みの屋上にいた。
しおしおという表現がぴったりの浮かない表情だ
そろそろ本当に進路を決めなければいけない。
もうデビルバッツのメンバーでプレーが出来ない。
そう思うと「はぁぁ~」とため息が出た。
その瞬間、空から降ってきた1枚の紙切れ。
拾い上げたそれはアメフトのフォーメーション図だった。
それはまるでデジャヴだ。
中学生だったあの頃、やはり降ってきたフォーメーション図。
ヒル魔が書いたそれを拾い上げたところから、始まった。
デビルバッツも。クリスマスボウルも。栗田のアメフト全てが。
きっとヒル魔だ!
栗田は屋上から一段高い給水塔へのハシゴに手をかけた。
その身体からは想像もつかない機敏な動きでハシゴをよじ登る。
そして栗田が見たものは。
給水塔に寄りかかって、真剣な表情でフォーメーション図を描いているセナだった。
「何やってんの?」
「あ!こんにちは、栗田さん!」
セナは元気に栗田に挨拶を返して、笑った。
「ちょっと勉強です。アメフトの」
横にはアメフトの本が何冊も積み上げられている。
多分ヒル魔が貸したのだろう。
図を描くこともヒル魔が指示したに違いない。
こういうのはただ見るより書いた方が頭に入るし、イメージしやすい。
「今までこういうのヒル魔さんに任せっきりだったけど、もう頼れませんから」
セナは少し寂しそうに笑った。
「ほんとに栗田さんたちの穴埋めるの、すごく大変なんですから。」
そうだ。セナたちはまだ進路ではなく次の大会だ。うらやましい。
「卒業したら、もうセナくんとプレーすることないんだね。」
「アメフト、辞めちゃうんですか?」
それまでニコニコと笑っていたセナの表情が曇る。
「僕、時々思うんです。もう1年早く生まれてたらよかったって」
「え?」
うらやましい、と思った当のセナからの意外な言葉に栗田は驚いた。
「そうしたらもっと栗田さんたちとたくさん時間を共有できたのにって。」
「セナくん」
「ほんとは淋しい。栗田さんやムサシさんやヒル魔さんが泥門からいなくなるなんて」
少し俯いていたセナが顔を上げて栗田を見た。
それは今まで幾多の厳しい試合でセナが見せた自信に満ちた表情だ。
「だからアメフト頑張らないと」
「え?」
「アメフトを続けていれば。繋がっていられるような気がするんです。アメフトは僕たちの絆だから。」
変ですかね?とセナが照れくさそうに笑う。
「変じゃないよ。僕もそう思う。」
栗田は大きく頷いて、セナに笑い返した。
アメフトは僕たちの絆。
かつて絶望的に遠かったクリスマスボウルの夢を引き寄せた少年の言葉。
その祈りにも似たような言葉に栗田の心は決まる。
もう少しフィールドに立っていたい。
ひょっとしてセナやヒル魔とは逆サイドに立つことになるかもしれない。
それでも。フィールドにいれば繋がっていられるのだ。
何枚も描かれた図を栗田が1枚1枚手に取った。
今までに練習や試合で実際にやったものもある。
まだやったことのない未知のものもある。
ヒル魔やセナが考えたオリジナルのものもあるようだ。
セナはそれを丹念に書き込んでいる。
これからもまた厳しい試合もある。
セナは懸命にプレーのバリエーションを頭に入れているのだ。
かつてヒル魔がそうしたように、ここ一番で効果的な作戦を繰り出すために。
先輩として、セナに恥じない未来を選び取らなくてはいけない。
自分たちが作ったデビルバッツでさらに高みを目指す後輩たちのために。
栗田が父親にもう少しアメフトを続けたいと願い出たのは、その夜のことだった。
【終】
あの時の驚きが、まるで昨日のことのように思い出された。
そして身体が震えた。
クリスマスボウルに出場した後、俄かに栗田の身辺は忙しくなった。
いくつかの大学のアメフト部や社会人チームからのオファー。
それは栗田だけではなく、ヒル魔やムサシも同様だった。
ムサシは家業を継がなくてはならないからとそれらを全て断っていった。
家業を継ぐと言う点では栗田も同じだったが、経済的な問題はない。
親の意向としては卒業後にすぐ家に入るか、仏教系の大学に進むことだ。
だか大学やプロを経てからというのも頼めば無理な話ではないだろう。
栗田の願いはヒル魔、ムサシ、栗田とまた3人で同じチームに行くことだった。
それは大学でも社会人でも構わない。
そしてムサシはもうアメフトをしないというなら、後はヒル魔だった。
ヒル魔はというと、アメフト以外の進路はあり得ず、家の縛りもなにもない。
それに成績が優秀であるから、受験の心配などもない。
ヒル魔はその中で自分の選択肢を考えているようであった。
また一緒にやろうよ、と栗田はヒル魔に言った。
だがテメーの進路は自分で決めろとヒル魔に冷たく言い放たれた。
わかっている。高校へ進むときとは状況が違う。
あのときはただクリスマスボウルと言う夢に向かって進めばよかった。
それを実現させた今、次の進路は人生を左右する。
簡単にまた一緒にとはいえない。
栗田は昼休みの屋上にいた。
しおしおという表現がぴったりの浮かない表情だ
そろそろ本当に進路を決めなければいけない。
もうデビルバッツのメンバーでプレーが出来ない。
そう思うと「はぁぁ~」とため息が出た。
その瞬間、空から降ってきた1枚の紙切れ。
拾い上げたそれはアメフトのフォーメーション図だった。
それはまるでデジャヴだ。
中学生だったあの頃、やはり降ってきたフォーメーション図。
ヒル魔が書いたそれを拾い上げたところから、始まった。
デビルバッツも。クリスマスボウルも。栗田のアメフト全てが。
きっとヒル魔だ!
栗田は屋上から一段高い給水塔へのハシゴに手をかけた。
その身体からは想像もつかない機敏な動きでハシゴをよじ登る。
そして栗田が見たものは。
給水塔に寄りかかって、真剣な表情でフォーメーション図を描いているセナだった。
「何やってんの?」
「あ!こんにちは、栗田さん!」
セナは元気に栗田に挨拶を返して、笑った。
「ちょっと勉強です。アメフトの」
横にはアメフトの本が何冊も積み上げられている。
多分ヒル魔が貸したのだろう。
図を描くこともヒル魔が指示したに違いない。
こういうのはただ見るより書いた方が頭に入るし、イメージしやすい。
「今までこういうのヒル魔さんに任せっきりだったけど、もう頼れませんから」
セナは少し寂しそうに笑った。
「ほんとに栗田さんたちの穴埋めるの、すごく大変なんですから。」
そうだ。セナたちはまだ進路ではなく次の大会だ。うらやましい。
「卒業したら、もうセナくんとプレーすることないんだね。」
「アメフト、辞めちゃうんですか?」
それまでニコニコと笑っていたセナの表情が曇る。
「僕、時々思うんです。もう1年早く生まれてたらよかったって」
「え?」
うらやましい、と思った当のセナからの意外な言葉に栗田は驚いた。
「そうしたらもっと栗田さんたちとたくさん時間を共有できたのにって。」
「セナくん」
「ほんとは淋しい。栗田さんやムサシさんやヒル魔さんが泥門からいなくなるなんて」
少し俯いていたセナが顔を上げて栗田を見た。
それは今まで幾多の厳しい試合でセナが見せた自信に満ちた表情だ。
「だからアメフト頑張らないと」
「え?」
「アメフトを続けていれば。繋がっていられるような気がするんです。アメフトは僕たちの絆だから。」
変ですかね?とセナが照れくさそうに笑う。
「変じゃないよ。僕もそう思う。」
栗田は大きく頷いて、セナに笑い返した。
アメフトは僕たちの絆。
かつて絶望的に遠かったクリスマスボウルの夢を引き寄せた少年の言葉。
その祈りにも似たような言葉に栗田の心は決まる。
もう少しフィールドに立っていたい。
ひょっとしてセナやヒル魔とは逆サイドに立つことになるかもしれない。
それでも。フィールドにいれば繋がっていられるのだ。
何枚も描かれた図を栗田が1枚1枚手に取った。
今までに練習や試合で実際にやったものもある。
まだやったことのない未知のものもある。
ヒル魔やセナが考えたオリジナルのものもあるようだ。
セナはそれを丹念に書き込んでいる。
これからもまた厳しい試合もある。
セナは懸命にプレーのバリエーションを頭に入れているのだ。
かつてヒル魔がそうしたように、ここ一番で効果的な作戦を繰り出すために。
先輩として、セナに恥じない未来を選び取らなくてはいけない。
自分たちが作ったデビルバッツでさらに高みを目指す後輩たちのために。
栗田が父親にもう少しアメフトを続けたいと願い出たのは、その夜のことだった。
【終】