ヒルセナ5題2

姉崎まもりは久しぶりに懐かしい母校の校庭に立った。
春休みの学校は閑散としていた。
部活動の生徒が校庭で練習をしているが、人数は少ない。
3年生はすでに卒業しているし、新1年生はまだいない。
各部の人数がそもそも通常より少ない時期なのだ。
まもりは勝手知ったる校舎の中を歩き、かつて学んだ教室へ向かう。

まもりは先日大学を卒業したばかりだった。
子供の頃からの夢、教師になること。
まもりは見事にその夢をかなえた。
この春から母校である泥門高校に教師として赴任する。

今日はまだ正式な出勤ではない。
挨拶と下見、新学期の準備。
そして思い出の教室へ行って、決意を新たにするため。

まもりはゆっくりと誰もいない教室の扉を開けた。
かつて自分が泥門生だったときに学んだ教室。
そしてまもりは窓際の後ろの席に座った。
かつて好きだったあの男が座っていた席。

まもりは校庭を見下ろしながら、思い出していた。
教師になると漠然とした夢が、母校で教鞭を取るいうはっきりとしたものに変わった。
そんな決意のきっかけになったあの日のことを。



数年前、まだ高校生だったあの日。
自分の教室の扉を開けたまもりは、一瞬驚き、そして微笑んだ。
放課後の教室にいたのはヒル魔。他には誰もいない。
相変わらずヒル魔はカチャカチャとパソコンに何かを打ち込んでいる。
すっかりお馴染みの光景だ。

「ヒル魔くん」
まもりの呼びかけに、ヒル魔はパソコンから目も上げずに「あ?」と応じる。
「まだ帰ってなかったのかよ、糞マネ」
「今まで進路相談だったの。」
ヒル魔は相変わらずまもりを「糞マネ」と呼ぶ。
部活はとっくに引退しているのに、とまもりは苦笑した。

まもりの子供の頃からの夢は教師になることであり、それは今も変わらない。
そのためにはまず大学への進学だった。
成績も優秀であるまもりにとって、それは何の問題もない。

まもりはデビルバッツのメンバーであっても、実際のプレーヤーではない。
つまりアメフトで進路が左右されることはない。
ある意味では、一番堅実で迷いのない道を進んでいるといえる。
でも少しだけ。心の片隅で淋しいと感じている。

まもりは目の前にいるヒル魔のことは好きだった。
ヒル魔は多分まもりの想いにも気がついているだろう。
最初で最後。今2人になった偶然にまもりはそれを言うことにした。


「私、アメフト部のマネージャーやっていて本当に楽しかった。知らない世界が見えたわ。」
まもりの真剣な様子を見て、ヒル魔はパソコンを叩く手を止めた。
「ヒル魔くんのおかげで、ね。」
ヒル魔が何も答えないのを見て、まもりはさらに続ける。
「ヒル魔くんはどこかのアメフト部がある大学に進むなら」
遠くを見るような目をしていたまもりが問いかけるようにヒル魔を見た。
「私はまたそこでマネージャーをやりたい、なんて思っているの。」
遠まわしな告白にヒル魔は一瞬目を瞠る。

「おかしい?私最初はヒル魔くんって怖い人だと思ってた。絶対セナには近づけさせないって」
「そうだったな。」
ヒル魔はくつくつと笑った。
デビルバッツの中でアイシールド21がセナだと最後まで知らなかったのはまもりだった。

「でも今は違う。ヒル魔くんのアメフトに対する熱意も、本当は優しいんだってこともわかる。」
まもりは言葉を切った。ヒル魔を見るまもりの瞳がわずかに潤む。
「だからこの先も一緒に夢を見られたらって思ったの。」
「悪いな。」
ヒル魔はいつになく優しい口調でまもりの言葉をさえぎった。
そしてノートパソコンをパタンと閉じると、それを小脇に抱えて教室を出て行った。


わかっていたことだ。
ヒル魔の想い人がまもりではないことなど。
受け入れてもらえるなどとは思っていなかった。
ただまもりにとってのけじめだったのだ。

ヒル魔に見出された光速の足を持つ少年。
少年はヒル魔とともに、幾多の試合を戦った。
ヒル魔からボールを受け取り、見守られて、フィールドを走った。
彼とともに進めるのは、あの少年だけなのだ。

不意に目頭が熱くなり、視界が歪んだ。
涙がまもりの頬を伝う。
涙で曇った視線の先。校庭で練習中のアメフト部の後輩たちが見えた。
小さい頃からよく知っているあの少年の姿もある。
まもりは慌てて、手で流れた涙を拭った。

ヒル魔やセナがいたから、デビルバッツのメンバーに加わった。
でもそれだけではない。むしろそれは単なるきっかけだ。
クリスマスボウルの夢を追いかけた日々。
それはまもりにとって、とても楽しく充実した日々だった。

泥門高校の教師になろう。
そして彼らの意志を継ぐ赤い悪魔たちを見守ろう。
だって大好きなのだから。アメフトが。泥門デビルバッツが。
ヒル魔やセナたちとは形は違うが、繋がっていたいのだ。


おーい、まも姐ちゃんかい?
校庭を見下ろしながら、思い出に浸っていたまもりは我に返った。
そして校庭から手を振っている人物を見て、驚く。溝六だ。
懐かしさに顔を綻ばせたまもりは、そちらに行きますと叫んだ。

あとで職員室に行ったら頼んでみよう。
アメフト部の顧問になりたいんですけど、と。
教室を出て、廊下を歩きながら、まもりは思う。

皆から慕われるいい教師になる。
新生デビルバッツでまたクリスマスボウルに行く。
ああ、なんて幸せなんだろう。
ステキな夢が2つもあるのだ。
あの時に流れたナミダから、ここまで来た。

私は新しい夢の入口に立ったわ。
ヒル魔くん、セナ、あなたたちはどう?
大好きだった2人に、まもりは心の中で呼びかけた。

【終】
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