ヒルセナ10題

【勝利を目指す】

ありゃあ、完全にペース配分間違えやがったな。
ヒル魔はハァハァと大きく肩で息をするセナをスタンドから見守っていた。

クリスマスボウルが終わったセナはあちこちの運動部に借り出されている。
今日はラグビー部の助っ人だった。
アメフト部同様、東京都大会に出場したラグビー部だが、残念ながら早い時点で敗退している。
そして新チームの強化を狙いとした練習試合に、セナは出場していた。

デビルバッツのメンバーは総出で応援に来ていた。
鈴音などはこの寒いのに、露出が多いチアの衣装で声援を送っている。
何だか春の王城戦を思い出すね。
隣に座っていた栗田が、呟くように言った。
ヒル魔はセナから目を離さないままに栗田の言葉に頷いた。

相手チームは例えるならまさに王城のようなラグビーの強豪校だ。
普通に考えれば、泥門が勝てる相手ではない。
ましてやこれは練習試合だ。
勝ち負けよりも部員たちのレベルアップが目的のはず。
おそらく相手もそのつもりなのだろう。
泥門ごとき弱小高との練習試合に本気など出してないようだ。

だが、左ウィングから飛び出したセナが独走してトライを決めた。
まさにラッキーパンチ。その瞬間からゲームの雰囲気が変わった。
泥門ベンチは勝てるかもしれないと一気にテンションが上がり、相手校の顔色も変わった。
部員たちのレベルアップなどという考えはお互い吹き飛んだ。
泥門は徹底してボールをセナに集め始め、相手校は一気にセナをマークし始める。
まさに春の王城戦と同じ展開だった。


つらい。きつい。
セナは荒い呼吸を整えながら、ふらつく足に力を入れた。
アメフトとラグビーの違いって防具があるかどうかくらいしか知らなかった。
他の種目の助っ人よりは入りやすいと思っていたのに。

まずタックルを受けても、プレーが止まらない。
1プレイごとに集中して、そこで一気に全力を出し切ることが身体に染み付いているセナには慣れない感覚だ。
端的に言えば、アメフトは短距離走であり、ラグビーは長距離走のようなもの。
セナは明らかに短距離のペースで長距離を走ってしまっていた。

パスがないというのもきつい。ラグビーでは反則なのだ。
デビルバッツではセナがバテ気味になれば、ヒル魔はパスに作戦を切り換えて休ませてくれた。
だがラグビー部員たちはクリスマスボウルのヒーローを過大評価しているようで、どんどんセナにボウルを回す。

擦り傷もかなり増えた。
防具がないタックルはアメフトほど当たりは強くないが、表面に受ける傷は多い。
それに普段防具に守られている身体に生身で受けるタックルはセナを戸惑わせる。

身体はもう無理!と叫んでいる。
それでも。セナはちらりとスタンドを見た。
視線の先にいるのは悪魔のQBと巨体のラインマン。
脳裏に浮かぶのは春大会の王城戦だ。
まだ3人だけで正部員だけでは試合も儘ならなかったアメフト部。
天才ラインバッカーと勝負できたのは、助っ人たちのおかげだ。

だから逃げない。負けられない。
セナはまっすぐにゴールポストを見据えて、また走り出した。


試合は予想通り、泥門の大敗だった。
泥門の得点はセナの3トライだけ。相手はその数倍も点を取っている。
それでもそもそも泥門がかなう相手ではない。
相手の本気を引っ張り出して、点を取り、この点差ですんだのは奇跡だ。
試合後のフィールドでは。
泥門だけでなく相手校の選手たちまでがセナに握手を求めていた。
デビルバッツの面々は自分たちのエースの走りに心を熱くした。

あの春の試合のとき、私はアイシールドくんがセナだなんて思いもしなかった。
まもりがポツリと呟いた。
そうか、あのとき姉崎さんは知らなかったんだよね、と栗田が答える。
まもりもまたこの試合で春の王城戦を思い起こしていたようだ。

ヒル魔は相手校に挨拶をして、引き上げてくるセナを見ていた。
アメフトの試合では、セナの目はアイシールドの向こうにある。
だけどヘッドギアだけのラグビーで、初めてじっくりと見た。
勝利を目指すセナの、ひたむきで綺麗でまっすぐな目を。

アイシールドなんかつけさせたのは失敗だったか?
ヒル魔はそう考えてすぐに思い直した。
あんな目をそう簡単に他のヤツらに見せなくて正解だ。

セナがこちらに向かって手を振っている。
今日は勝利を目指す小さなヒーローを大いに労ってやろう。
ヒル魔はいつになく優しい目で、照れくさそうに笑うセナをずっと見守っていた。

【終】
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