アイシ×おお振り×セカコイ【お題:セフィロト(生命の樹)10題+α】
【ビナーを求め】
「世界一キミに恋をし~てる~♪ 一秒ごともっと好きになる~♪」
律は軽快に歌を口ずさみながら、アクセルを踏み込んだ。
今日は1人だけで「あるミッション」をこなさなければならない。
そのプレッシャーと、解放感で律のテンションは妙な具合に上がっていた。
今日の律はいつもとは違う変装をして、トラックを走らせていた。
日本人なら誰でも見たことがある日本最大手の運輸会社の制服に身を包んでいる。
細身の身体を隠すために、制服の下は筋肉質に見えるようなボディスーツ。
頭は黒髪を短く刈り上げたスタイルのカツラで覆っている。
上げ底のワークブーツで、身長を誤魔化すことも忘れていない。
これだけでカフェのしっかり者の長女、律とはまるで別人だ。
ごく普通の細マッチョなイケメンになっている。
「ハッピーエンドには~♪まだ遠い~♪」
律の歌は止まらない。
ここ数日はいつも盗聴器を警戒して、部屋でも気が抜けなかった。
それに女装は常に立ち居振る舞いに最新の注意が必要だ。
一挙手一投足さえも、気が抜けない。
だからいくら変装でも男でいられるだけで、すごく楽なのだ。
やっぱりあの部屋に仕掛けられた盗聴器は何とかしなくてはいけない。
律はそれを痛感していた。
だってその反動で、これだけハイテンションになっているのだから。
そしてそれは今、瀬那が別のミッションとして、対応しているはずだ。
「叶えたいよ~♪ふたりだ~けの~♪スト~リ~♪続いていく♪」
ちょうど歌い終えたところで、目的地についた。
律はトラックを停車させると、ハンドブレーキを引く。
車も制服同様、大手運送会社のものに見えるように偽装している。
トラックを降りて荷台を開けると、荷物を取り出した。
運送会社を装ってこれを届けるのが、今日の律のミッションだ。
*****
「今日は姉貴は休みか?」
カフェのカウンター席でコーヒーを飲んでいた蛭魔は、瀬那に声をかける。
瀬那はニッコリと微笑みながら「ええ」と答えた。
カフェのホールは、普段は三姉妹の長女、律が切り盛りしている。
だが今日は次女瀬那が仕切っていた。
それだけで店内の雰囲気が微妙に変わるから、不思議なものだ。
蛭魔は、実はこの次女が一番気に入っている。
カフェでの三姉妹の様子を見ていて、性格の違いなども見てきた。
長女の律は冷静で、客とのコミュニケーション能力に長けている。
三女の廉はほとんど前に出ず、そこが何かミステリアスな雰囲気だ。
そして次女の瀬那は、3人の中では一番柔軟性があるように見える。
おそらく場の空気を読むのが上手いのだろう。
普段はホールとカウンター、常に両方の状況を見ながら、より手が足りない方へ動く。
的確に対応し、律が不在ならこうして代わりに切り盛りすることができるのだ。
「姉貴はデートか?」
「あらら。気になります?蛭魔さんも律っちゃんファンですか?」
「違ぇーよ。」
「よかった。私も蛭魔さんを『お義兄さん』って呼ぶのは、ちょっと」
瀬那が軽やかな笑い声を立てたので、蛭魔も思わず苦笑した。
何人かいる客たちも、そのやりとりを聞いて笑っている。
驚いたことにカフェには、すでに常連が付き始めていた。
客の目当てはもちろん三姉妹で「律派」「瀬那派」「廉派」でグループができ始めている。
「ねぇ瀬那ちゃん、お店が終わったらデートしない?」
「ごめんなさ~い、うちは恋愛禁止なんです。」
「うわ、何かAKBみたいだね。」
「そのうち総選挙でもしましょうか?ベスト3には入れるかな?」
「3人しかいないじゃん。」
瀬那は客たちとのやり取りも軽快にこなしている。
だが蛭魔はかすかに苛立ちを感じた。
瀬那が男に取り囲まれて、チヤホヤされているだけで何とも不愉快なのだ。
だがもちろんそれを顔に出すことはしない。
少々苦い気分なのは、多分濃いコーヒーのせいだ。
*****
「またお父様の絵が盗まれたそうですね。」
「ああ。」
「また難しい名前でしたよね?」
「ビナーを求め。相変わらずわからない名前だろ。」
夕方になって、そろそろカフェからバーの時間に変わる頃。
他の客がいなくなったのを見計らったように、瀬那は口を開いた。
蛭魔は興味なさそうにそう答えながら、瀬那の表情を観察していた。
またしても蛭魔幽也の絵は盗まれていた。
最初に盗まれた画廊から買われた絵で、都心のベンチャー企業のロビーに飾られていた。
それが今朝鮮やかに消え去っていたのだという。
そして例によって怪盗アイシールドのカードが残されていた。
「お父様はこの件、何ておっしゃってるんです?」
「さぁな。今どこにいるのかさえわからねーから。」
「え?それはご心配ですね。」
「別に。もう10年以上会ってねぇよ。電話で話したのは3年、いや4年前か?」
「全然どこにいるかわからないんですか?」
「多分日本にはいない。世界を放浪して絵を描いてるから。アイシールドのことも知らねーかも。」
瀬那は驚いたようで、目を丸くしている。
これだけの騒ぎになっている渦中の男が、それを知らないとは間抜けすぎる。
そんなことを考えているのだろう。
蛭魔はそんな瀬那の表情を見ながら、コーヒーを飲み干した。
律と瀬那と廉が怪盗アイシールドであることを、蛭魔は確信していた。
その狙いは絵そのものではなく、蛭魔幽也なのだろう。
だからこうして探りを入れてくる。
無邪気な振りをしながら、情報を得ようとしているのだ。
ではそろそろ、その見返りをいただく番だ。
「なぁ俺も話したんだから、そっちも教えろよ。」
「何です?」
蛭魔はこの頭脳戦を、密かに楽しんでいた。
特にこの瀬那と駆け引きをするのは、実に面白い。
*****
「アイシールドは2枚目の絵を盗んだとき、1枚目の絵を返した。」
「そうでしたね。」
「じゃあ3枚目の絵を盗んだ今、2枚目の絵を返すと思うか?」
なるほど、情報には情報で返せということか。
瀬那は口元に笑みを浮かべながら、蛭魔を見た。
「アイシールドはどうして絵を返すんだと思いますか?」
瀬那は逆に質問を返した。
蛭魔は瀬那と視線を合わせたまま、しばらく考える。
わざわざ盗んだ絵を返す。
そこには必ず理由があるはずだ。
「蛭魔幽也を馬鹿にしてるんじゃねーのか?お前の絵なんか価値がねぇって。」
「当たらずといえども遠からず、って感じじゃないですかね。」
瀬那は空になった蛭魔のカップを指して「もう1杯?」と聞く。
蛭魔は首を振ると、わずかに身を乗り出してきた。
「馬鹿になんかしてない。きっと絵そのものには興味がないだけなんですよ。」
瀬那は慎重に言葉を選びながら、そう告げた。
何気に、蛭魔との会話は面白い。
武器ではなく、言葉で斬り合う感じがたまらない。
「きっと2枚目の絵って、もう戻ってるんじゃないかな?」
瀬那は微笑しながら、テーブルの上に小さな金属片を置いた。
手のひらにのるほどの小さな機械-盗聴器だ。
「これ、私たちの部屋に仕掛けられてたんです。この犯人捜しを依頼したいんですけど。」
「・・・心当たりは?」
「きっと律っちゃんのストーカーです。姉は美人ですから。」
「依頼はらーぜに?」
「そうですね。別にデビルバッツでもかまいませんけど。お願いしますね。」
瀬那はきっぱりと言い切ると、踵を返した。
今日の情報はこれまで。
でもちょっとサービスをしすぎたかもしれない。
*****
「2枚目の絵、ついさっき持ち主に戻ったそうだ。」
店に入って来た阿部がそう告げた。
憮然とした表情は、誰が見ても明らかに不機嫌そうだ。
午後5時、カフェの閉店時刻であり、バーの開店時刻。
阿部の後ろからは高野と羽鳥、そして桐嶋と横澤が入ってくる。
裏組織「デビルバッツ」のメンバーたちは、そのままバーのスタッフも兼任しているのだ。
瀬那と廉は彼らに「お疲れ様です」と頭を下げると、店を出て帰って行った。
「絵が戻った?」
「宅配便で持ち主に送られてきたそうだ。」
蛭魔の問いに答えたのは、高野だ。
盗聴器は店にも仕掛けられており、彼らはそれで蛭魔と瀬那の会話を聞いていた。
2枚目の絵はもう戻っているという瀬那の言葉通りであることに「やられた感」が強い。
「正確には宅配便を装った男、だそうだ。宅配業者はそんな荷物を預かってないとさ」
高野が冷やかに説明を続ける。
蛭魔は「律か」と呟いた。
戻ったのがついさっきなら、その配達員に化けたのは姿を見せなかった律しかいない。
「やっぱりバレてたんだな。」
羽鳥は瀬那がテーブルに置いていった盗聴器を忌々しげに睨み付けた。
三姉妹の部屋に盗聴器を仕掛けたのは、もちろん彼らだ。
だが本当に当たり障りのない会話しか拾えず、イライラしていた。
バレていたというのは、単に盗聴器だけの話ではない。
犯人捜しの依頼の時に「デビルバッツ」の名を出したのだ。
このバーと同じ名を冠した裏組織の名を、どうして知っているのか。
それに盗聴器を仕掛けた犯人のことなど見抜いているに決まっている。
なのにわざわざここに持ってきて「犯人を捜して」などと言う。
それは間違いなく、彼らへの挑発だ。
「そろそろこちらも本気で仕掛けるか」
蛭魔は口元に不敵な笑みを浮かべた。
いつまでもやられっぱなしなのは、性に合わない。
この「デビルバッツ」に喧嘩を売るなら、それ相応の報いを受けてもらう。
蛭魔は一瞬だけ脳裏に浮かんだ瀬那の笑顔を、首を振ってかき消した。
興味深い相手ではあるが、敵であるなら容赦なく潰さなければならない。
【続く】
「世界一キミに恋をし~てる~♪ 一秒ごともっと好きになる~♪」
律は軽快に歌を口ずさみながら、アクセルを踏み込んだ。
今日は1人だけで「あるミッション」をこなさなければならない。
そのプレッシャーと、解放感で律のテンションは妙な具合に上がっていた。
今日の律はいつもとは違う変装をして、トラックを走らせていた。
日本人なら誰でも見たことがある日本最大手の運輸会社の制服に身を包んでいる。
細身の身体を隠すために、制服の下は筋肉質に見えるようなボディスーツ。
頭は黒髪を短く刈り上げたスタイルのカツラで覆っている。
上げ底のワークブーツで、身長を誤魔化すことも忘れていない。
これだけでカフェのしっかり者の長女、律とはまるで別人だ。
ごく普通の細マッチョなイケメンになっている。
「ハッピーエンドには~♪まだ遠い~♪」
律の歌は止まらない。
ここ数日はいつも盗聴器を警戒して、部屋でも気が抜けなかった。
それに女装は常に立ち居振る舞いに最新の注意が必要だ。
一挙手一投足さえも、気が抜けない。
だからいくら変装でも男でいられるだけで、すごく楽なのだ。
やっぱりあの部屋に仕掛けられた盗聴器は何とかしなくてはいけない。
律はそれを痛感していた。
だってその反動で、これだけハイテンションになっているのだから。
そしてそれは今、瀬那が別のミッションとして、対応しているはずだ。
「叶えたいよ~♪ふたりだ~けの~♪スト~リ~♪続いていく♪」
ちょうど歌い終えたところで、目的地についた。
律はトラックを停車させると、ハンドブレーキを引く。
車も制服同様、大手運送会社のものに見えるように偽装している。
トラックを降りて荷台を開けると、荷物を取り出した。
運送会社を装ってこれを届けるのが、今日の律のミッションだ。
*****
「今日は姉貴は休みか?」
カフェのカウンター席でコーヒーを飲んでいた蛭魔は、瀬那に声をかける。
瀬那はニッコリと微笑みながら「ええ」と答えた。
カフェのホールは、普段は三姉妹の長女、律が切り盛りしている。
だが今日は次女瀬那が仕切っていた。
それだけで店内の雰囲気が微妙に変わるから、不思議なものだ。
蛭魔は、実はこの次女が一番気に入っている。
カフェでの三姉妹の様子を見ていて、性格の違いなども見てきた。
長女の律は冷静で、客とのコミュニケーション能力に長けている。
三女の廉はほとんど前に出ず、そこが何かミステリアスな雰囲気だ。
そして次女の瀬那は、3人の中では一番柔軟性があるように見える。
おそらく場の空気を読むのが上手いのだろう。
普段はホールとカウンター、常に両方の状況を見ながら、より手が足りない方へ動く。
的確に対応し、律が不在ならこうして代わりに切り盛りすることができるのだ。
「姉貴はデートか?」
「あらら。気になります?蛭魔さんも律っちゃんファンですか?」
「違ぇーよ。」
「よかった。私も蛭魔さんを『お義兄さん』って呼ぶのは、ちょっと」
瀬那が軽やかな笑い声を立てたので、蛭魔も思わず苦笑した。
何人かいる客たちも、そのやりとりを聞いて笑っている。
驚いたことにカフェには、すでに常連が付き始めていた。
客の目当てはもちろん三姉妹で「律派」「瀬那派」「廉派」でグループができ始めている。
「ねぇ瀬那ちゃん、お店が終わったらデートしない?」
「ごめんなさ~い、うちは恋愛禁止なんです。」
「うわ、何かAKBみたいだね。」
「そのうち総選挙でもしましょうか?ベスト3には入れるかな?」
「3人しかいないじゃん。」
瀬那は客たちとのやり取りも軽快にこなしている。
だが蛭魔はかすかに苛立ちを感じた。
瀬那が男に取り囲まれて、チヤホヤされているだけで何とも不愉快なのだ。
だがもちろんそれを顔に出すことはしない。
少々苦い気分なのは、多分濃いコーヒーのせいだ。
*****
「またお父様の絵が盗まれたそうですね。」
「ああ。」
「また難しい名前でしたよね?」
「ビナーを求め。相変わらずわからない名前だろ。」
夕方になって、そろそろカフェからバーの時間に変わる頃。
他の客がいなくなったのを見計らったように、瀬那は口を開いた。
蛭魔は興味なさそうにそう答えながら、瀬那の表情を観察していた。
またしても蛭魔幽也の絵は盗まれていた。
最初に盗まれた画廊から買われた絵で、都心のベンチャー企業のロビーに飾られていた。
それが今朝鮮やかに消え去っていたのだという。
そして例によって怪盗アイシールドのカードが残されていた。
「お父様はこの件、何ておっしゃってるんです?」
「さぁな。今どこにいるのかさえわからねーから。」
「え?それはご心配ですね。」
「別に。もう10年以上会ってねぇよ。電話で話したのは3年、いや4年前か?」
「全然どこにいるかわからないんですか?」
「多分日本にはいない。世界を放浪して絵を描いてるから。アイシールドのことも知らねーかも。」
瀬那は驚いたようで、目を丸くしている。
これだけの騒ぎになっている渦中の男が、それを知らないとは間抜けすぎる。
そんなことを考えているのだろう。
蛭魔はそんな瀬那の表情を見ながら、コーヒーを飲み干した。
律と瀬那と廉が怪盗アイシールドであることを、蛭魔は確信していた。
その狙いは絵そのものではなく、蛭魔幽也なのだろう。
だからこうして探りを入れてくる。
無邪気な振りをしながら、情報を得ようとしているのだ。
ではそろそろ、その見返りをいただく番だ。
「なぁ俺も話したんだから、そっちも教えろよ。」
「何です?」
蛭魔はこの頭脳戦を、密かに楽しんでいた。
特にこの瀬那と駆け引きをするのは、実に面白い。
*****
「アイシールドは2枚目の絵を盗んだとき、1枚目の絵を返した。」
「そうでしたね。」
「じゃあ3枚目の絵を盗んだ今、2枚目の絵を返すと思うか?」
なるほど、情報には情報で返せということか。
瀬那は口元に笑みを浮かべながら、蛭魔を見た。
「アイシールドはどうして絵を返すんだと思いますか?」
瀬那は逆に質問を返した。
蛭魔は瀬那と視線を合わせたまま、しばらく考える。
わざわざ盗んだ絵を返す。
そこには必ず理由があるはずだ。
「蛭魔幽也を馬鹿にしてるんじゃねーのか?お前の絵なんか価値がねぇって。」
「当たらずといえども遠からず、って感じじゃないですかね。」
瀬那は空になった蛭魔のカップを指して「もう1杯?」と聞く。
蛭魔は首を振ると、わずかに身を乗り出してきた。
「馬鹿になんかしてない。きっと絵そのものには興味がないだけなんですよ。」
瀬那は慎重に言葉を選びながら、そう告げた。
何気に、蛭魔との会話は面白い。
武器ではなく、言葉で斬り合う感じがたまらない。
「きっと2枚目の絵って、もう戻ってるんじゃないかな?」
瀬那は微笑しながら、テーブルの上に小さな金属片を置いた。
手のひらにのるほどの小さな機械-盗聴器だ。
「これ、私たちの部屋に仕掛けられてたんです。この犯人捜しを依頼したいんですけど。」
「・・・心当たりは?」
「きっと律っちゃんのストーカーです。姉は美人ですから。」
「依頼はらーぜに?」
「そうですね。別にデビルバッツでもかまいませんけど。お願いしますね。」
瀬那はきっぱりと言い切ると、踵を返した。
今日の情報はこれまで。
でもちょっとサービスをしすぎたかもしれない。
*****
「2枚目の絵、ついさっき持ち主に戻ったそうだ。」
店に入って来た阿部がそう告げた。
憮然とした表情は、誰が見ても明らかに不機嫌そうだ。
午後5時、カフェの閉店時刻であり、バーの開店時刻。
阿部の後ろからは高野と羽鳥、そして桐嶋と横澤が入ってくる。
裏組織「デビルバッツ」のメンバーたちは、そのままバーのスタッフも兼任しているのだ。
瀬那と廉は彼らに「お疲れ様です」と頭を下げると、店を出て帰って行った。
「絵が戻った?」
「宅配便で持ち主に送られてきたそうだ。」
蛭魔の問いに答えたのは、高野だ。
盗聴器は店にも仕掛けられており、彼らはそれで蛭魔と瀬那の会話を聞いていた。
2枚目の絵はもう戻っているという瀬那の言葉通りであることに「やられた感」が強い。
「正確には宅配便を装った男、だそうだ。宅配業者はそんな荷物を預かってないとさ」
高野が冷やかに説明を続ける。
蛭魔は「律か」と呟いた。
戻ったのがついさっきなら、その配達員に化けたのは姿を見せなかった律しかいない。
「やっぱりバレてたんだな。」
羽鳥は瀬那がテーブルに置いていった盗聴器を忌々しげに睨み付けた。
三姉妹の部屋に盗聴器を仕掛けたのは、もちろん彼らだ。
だが本当に当たり障りのない会話しか拾えず、イライラしていた。
バレていたというのは、単に盗聴器だけの話ではない。
犯人捜しの依頼の時に「デビルバッツ」の名を出したのだ。
このバーと同じ名を冠した裏組織の名を、どうして知っているのか。
それに盗聴器を仕掛けた犯人のことなど見抜いているに決まっている。
なのにわざわざここに持ってきて「犯人を捜して」などと言う。
それは間違いなく、彼らへの挑発だ。
「そろそろこちらも本気で仕掛けるか」
蛭魔は口元に不敵な笑みを浮かべた。
いつまでもやられっぱなしなのは、性に合わない。
この「デビルバッツ」に喧嘩を売るなら、それ相応の報いを受けてもらう。
蛭魔は一瞬だけ脳裏に浮かんだ瀬那の笑顔を、首を振ってかき消した。
興味深い相手ではあるが、敵であるなら容赦なく潰さなければならない。
【続く】