アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【アイーアツブスな心象】

「これでもう余興は終わりですね。」
黒子が静かに告げる声が、車内に落ちた。

律、瀬那、廉は黒子の運転する車で夜の道を疾走していた。
今回のターゲットは「アイーアツブスな心象」という絵だ。
これは久し振りに正当な所有者が持っている絵だった。
だが所有者は大金持ちな上に、あまり絵の価値がわからずに適当に収集するタイプ。
つまり本人ですら、今話題の蛭魔幽也の絵を持っていることを自覚していなかったのだ。
絵は広大な絵の保管庫の中で、箱に入れられたまま放置されていた。

今回は律と瀬那が保管庫に侵入し、それを同じ敷地内の邸宅に運び入れた。
フレームを付け替えた後、玄関先の目立つ位置に飾る。
そして「絵は飾ってこそ楽しめますよ」と書いたメッセージカードを添えた。
本当に呆気ないほど簡単だった。

「なぁ灰崎ってどんなヤツなの?」
帰りの車の中で、助手席に陣取った律は黒子にそう聞いた。
後部座席の瀬那と廉も身を乗り出してくる。
黒子は無表情のまま、少しの間、考える。
そして慎重に言葉を選びながら、口を開いた。

「一言でいえば『邪悪』ですかね。それと享楽的です。」
「享楽的?」
「悪いことでも何でもやりたいことはやる。その結果どうなってもいいって考えてます。」
「どうなってもって」
「誰が傷ついてもいいし、極端な話、自分が死んでもいいって感じですね。」
「自分が死んでも、やりたいことはやるんだ。」
「警察官になったのも、悪いことがしやすいからだと平然と公言してました。」
「マジ?それ」

律は黒子の話を聞いて、ウンザリとため息をついた。
何となく灰崎という男の性格が、見えたような気がしたからだ。
律が本来所属している反社会的組織、いわゆる暴力団関係者には時々見かけるタイプなのだ。
金や色事などの下世話な欲望が人一倍あり、それを果たすためには手段を選ばない。
そのために組に入る者は少なくないが、警察に入ったのだとしたら筋金入りだ。
それでいて、過度な執着しないのだ。
分が悪くなればあっさりと手を引くし、そもそも信念など持ち合わせていない。
つまり追い詰めた時、どういう行動に出るのかわからないということだ。

「俺の嫌いなタイプだ、それ。」
律がため息をつくと、黒子は「好きなんて人、いませんよ」と答えた。
瀬那と廉が何とも言えない表情をしているのが、ルームミラーに映っている。
死さえ厭わない「敵」なんて、やりにくいに決まっている。

「でもまぁ明るい要素もあるよ?」
律は後部座席を振り返って、瀬那の顔を見る。
「行方不明になっている瀬那のご両親は、少なくても灰崎の元にはいないってことだ。」
律の言葉に、瀬那は「え?」と声を上げる。
すると黒子が「なるほど、そうですね」と答えた。

「瀬那のご両親の消息を把握してるなら、千秋さんたちをさらう必要はなかっただろ?」
「もし亡くなっているなら、生きている風に見せるのが楽ですが、それもしませんし」
律と黒子の説明に、ようやく瀬那は「そうか!」と叫んだ。
瀬那の両親を人質にしないのは、どこにいるのか、いつ現れるかわからないから。
つまり灰崎にも行方がわからないから、人質にしたくてもできないのだ。

「よかった、ね。瀬那」
廉が寂しそうに笑った。
瀬那と違って、廉の親は違法薬物所持で逮捕され、もう刑期を終えて出所している。
だがもう社会的には抹殺されも同様で、ひっそりと息を潜めて暮らしているのだ。
瀬那は喜んでしまった自分を恥じるように、黙り込んでしまう。

「これでもう余興は終わりですね。」
黒子が静かに告げる声が、車内に落ちた。
次の盗みはいよいよ最後、ついに「敵」と対決するのだ。
律は「わかってる」と答え、瀬那と廉も静かに頷いた。

*****

「本当に久しぶりだな、タイガ」
昔馴染みの美人刑事は、相変わらず爽やかな笑顔だった。

今回、火神は留守番だ。
火神としては、前回の盗みですっかり怪盗稼業が楽しくなったので、残念だ。
だが黒子に「君は切り札ですから」と釘を刺されてしまった。
火神が怪盗アイシールドに関わっていることは、黒子と律たち3人以外は知らないのだ。
蛭魔たちは無関係だと思っているし、赤司たちに至っては存在さえ把握していない。
だからこそ最後の盗みまで、温存させる作戦なのだという。

そしてこちらのチームにはもう1人、氷室辰也が加わっていた。
現職の刑事であり、今まで灰崎が関わったいくつかの事件にも関わった。
結局灰崎が刑事であったことで、未解決事件として封印されたことに憤っている。
何よりも報われない被害者の涙を見て、憤慨していた。
そんなとき、黒子に声を掛けられたのだ。
その黒子も、氷室と火神が知り合いであることには、驚いていたが。
そして留守番で久しぶりに1人でいる自宅に、氷室が訪ねてきたのだ。

「本当に久しぶりだな、タイガ」
昔馴染みの美人刑事は、相変わらず爽やかな笑顔だった。
手土産だと菓子折りを持参する如才なさも変わらない。
懐かしい友人の訪問を、火神は大いに歓迎した。

「気に入らない上司を、殴ったんだって?」
氷室は出されたコーヒーを優雅な仕草で飲みながら、苦笑する。
火神は「何で知ってんだよ」と、顔をしかめている。
そう、所轄署に勤務する火神が警察を辞めたのは、実に単純な理由。
気に入らない上司を殴ったのだ。
上にばかりおべっかを使って、部下には態度がデカい男だった。
何よりも被害者になってしまった一般市民に対しても横柄な態度だったのがムカついた。
それがある日爆発し、殴り倒してしまったのだ。
その結果、警察にはもういられなくなった。

「黒子君ともっと早くに知り合っていれば、2人とも辞めずにすんだかもしれないな。」
氷室は残念そうにそう言った。
火神は「なぁ黒子って何で警察辞めたんだ?」と聞き返す。
あの影が薄い青年が、実は切れ者であることにも気づいている。
なぜ警察を去ることになったのかが、気になった。

「特別な部署に配属されたからだそうだよ。」
「特別な部署?」
「犯罪を犯した警察官を殺すように命令されたそうだ。」
「・・・は!?」
あまりにも素っ気なく告げられた黒子の事情に、火神の声が裏返った。
犯罪を犯した警察官を殺す。
その命令を拒否して、黒子は警察を去ったのだ。

「ちなみにその対象が灰崎だ。黒子君は殺さずに逮捕させるために動いている。」
「でも殺すって命令は出てるんだよな。」
「だから戦うことになるのさ。そのための秘密兵器がタイガなんだよ」
「俺か。俺にできるのかな。」
火神は「はぁぁ」とため息をつくと、肩を落とした。
あの小さな身体は、何という過去を背負っているのだろう。

「実際やっかいだよ。今回人質を取られてるんだろう。」
「ああ。2人もな。」
「灰崎はきっと2人を別々の場所に監禁してるだろうな。お互いが逃げないように」
「そうなのか?」
「そう。そういう卑劣な悪知恵が働くんだよ。」
氷室が美貌に似合わない忌々しそうな表情で、吐き捨てた。
今まで灰崎の件で何度も悔しい思いをしてきた氷室ならではの分析だ。

「何としても灰崎を逮捕したいな、タイガ」
「したいな、じゃなくてするんだよ!」
火神は力強く叫ぶと、コーヒーポットを取り上げる。
そして空になった氷室のカップに、コーヒーを注ぎ足した。

*****

「いよいよ出番だな。」
赤司は4人の同士たちを見回しながら、おもむろに宣言した。

赤司たちの所属は、警務部監察官室ということになっている。
不祥事や服務規定違反を犯した警察官への捜査や取り調べなどを行う部署だ。
そのなかで「赤司班」は班長の赤司以下5名で構成されている。
そして日夜、監察業務を行なっていることになっている。
だが実際、赤司たちは監察官室から離れた場所に一室を与えられていた。
その仕事は、監察官室で特に凶悪とされた事件を犯した警察官を始末することだ。

今回の対象は、灰崎祥吾だ。
警察官としてもまぁまぁ優秀で、ノンキャリアでありながらすぐに刑事になった。
もしもその心根が真っ直ぐであったなら、それなりに出世もしただろう。
犯罪を犯してなければ、赤司も自分の班に欲しいと思ったかもしれない。

「それにしても」
赤司はそう呟くと、忌々し気に唇を噛んだ。
優秀な警察官であった灰崎は、犯罪を犯す時には途端に大雑把になった。
例えば初めて起こした事件は、新進気鋭の画家の絵のフレームに薬物を隠して売買するというもの。
発覚しそうになると、フレームを作った作家に罪を着せて、逃げおおせた。
そして証拠であるフレームは、未だに絵と一緒に巷に残っている。
世間体を気にする警察は、捜査などしないと高を括っているのかもしれない。

だから赤司は、怪盗アイシールドがフレームをすべて盗んでくれるのを待っていた。
警察官の犯罪の証拠を、すべて回収してくれるのはありがたい。
彼らにしてみればフレーム作家の名誉のための行動らしいが、利害は一致している。
だが怪盗アイシールドが、灰崎を逮捕させようとしていることだけは気に入らなかった。

そして先程、また怪盗アイシールドの犯行があったと報告された。
とある屋敷の保管庫にあった絵が、別棟の母屋に移された。
そして犯行声明がなされていたというものだ。
これでもう灰崎本人が持つ最後の絵だけだ。
あとは怪盗アイシールドが残り1つのフレームを回収した後、彼らより先に灰崎を消すだけだ。

警視庁内の赤司班の部屋には、例によって5人が顔を揃えている。
基本的には「違反警察官の抹殺」以外の仕事しかないので、全員好きなことをして過ごしている。
赤司と緑間はもっぱら将棋を指しており、紫原はお菓子を食べている。
青峰は黄瀬とつるんでフラフラと遊び回っていたり、好き勝手なことをしている。

「もしテツが邪魔をしたら、テツも消すのか?」
珍しく部屋にいる青峰が、お気に入りのアイドルの写真集をパラパラとめくりながらそう言った。
もちろん班長である赤司に向けての言葉だ。
だが当の赤司は専用の大きなデスクで書類を眺めていて、青峰を見ようとさえしない。
むしろ緑間、紫原、黄瀬がチラチラと赤司と青峰の様子をうかがっていた。

黒子テツヤだって、ついこの前まではこの部屋の住人だったのだ。
だけど灰崎の件が回ってきた途端、警察から去った。
そして今は敵対する関係にまでなってしまったのだ。

「赤司。聞いてんのかよ。」
「聞こえている。テツヤが邪魔をするなら、排除しなければならない。」
「・・・マジっすか!?黒子っち殺すなんて、嫌ですよ!」
横から黄瀬が口を挟んだが、赤司の表情は変わらない。
冷やかに「任務は絶対だ」と告げた。

「無論それは最後の手段だ。狙いはあくまで灰崎で、それ以外の者には極力何もしない方向だ。」
だが赤司がそう付け加えると、一瞬緊張が走った彼らの表情が緩んだ。
そう、ここからはハードな展開になる。
きちんと心を1つにしておかないと、少しの隙が命取りになる。

「いよいよ出番だな。」
赤司は4人の同士たちを見回しながら、おもむろに宣言した。
4人は静かに頷き、最悪の事態にだけはするまいと心に決めていた。

*****

「チクショウ、あの野郎!」
木佐は愛らしい顔に似合わない悪態を、何度となく繰り返していた。

「俺のミスだ。」
木佐はベットに横たわったまま、ポツリとそう呟いた。
この部屋に放り込まれてから、すでに何日か経過しているはずだ。
だがカバンも携帯電話も取り上げられてしまったし、この部屋には時計もない。
今が何日の何時なのか、もうわからなくなっていた。

何よりつらいのは、千秋と引き離されてしまったことだ。
時間の感覚もない状態で、1人で放置されるのはしんどい。
だがそれ以上に、千秋が無事であるかどうか気がかりでたまらなかった。
あの「福田」こと灰崎が、千秋に目をつけていたことはわかっていたはずなのだ。
もっと注意するべきだった。
みすみす誘拐されてしまうなんて、忌々しいし、悔しい。

ここはおそらく地方の別荘とかコテージとか、そんな感じの場所だ。
室内にバストイレがついているから、衛生状態は悪くない。
そして灰崎は一度だけ現れて「ここから勝手に出れば、千秋の命はない」と言い残していった。
だから鍵などついていないにもかかわらず、木佐はここから出られずにいる。
一見、誰も見張っていないように見えるが、監視されているかもしれない。
もしくはカメラなどが仕掛けられているかもしれない。
そして逃げる瞬間を捕えられて、千秋に身になにかあればと思うと、もう動けなかった。

「チクショウ、あの野郎!」
木佐は愛らしい顔に似合わない悪態を、何度となく繰り返していた。
こうして別々に監禁して、言葉1つで逃げられないようにする。
あまりにも巧妙だった。
縛られていても、鍵を掛けられても、逃げる意志さえあればチャンスはある。
その意志を折られてしまっては、もう脱出など不可能だ。

それにしてもつらいのは、空腹だ。
バスルームで何とか水を飲むことはできるが、食べ物がないのだ。
意識は朦朧としてきているし、このままではかなりヤバい。
だからひたすら部屋のベットに寝そべったまま、体力温存に努めている。

だからバンと大きな音がしたときも、木佐は反応できなかった。
ウトウトとまどろんでおり、夢と現実の境目がわかりにくくなっているのだ。
そして聞き慣れた声で「木佐さん!」と呼ばれても、反応ができずにいた。
力強い腕に抱き起こされて、ようやく「雪名?」とか細い声を上げたのだ。

「木佐さん、大丈夫ですか?どこか痛いとか苦しいとかないですか?」
雪名がオロオロした声を上げている。
ぼんやりと目を開けた木佐は、自分を見つめる雪名が本物か幻覚か判断がつかない。
だけどその背後に、蛭魔や阿部、高野たちの姿を見つけて「うわ!」と声を上げた。
さすがにこれだけのメンバーが揃って、幻覚はないだろう。

「千秋はどこだ!?」
切羽詰まった声に、木佐はそちらに視線を向ける。
血走った顔をしている羽鳥、そして柳瀬が見えた。
木佐は「わからない。多分灰崎と一緒にいる」と答えた。

「くそ!姑息な真似、しやがって!」
阿部がそう叫んで、拳でガンと壁を叩いたので、木佐の身体がビクンと揺れた。
雪名が宥めるように、弱った身体を抱きしめてくれる。
灰崎はいくつもアジトになりそうな場所を持っており、蛭魔たちはしらみつぶしに当たった。
そしてようやくここに辿り着いたのだ。
だが何とか木佐は発見したものの、千秋も、そして灰崎もここにはいない。

「俺がここから出たら、千秋ちゃんが」
木佐は力のない声で、そう言った。
だが蛭魔が力強い声で「それはねーよ」と遮る。
このコテージには見張りもいないし、カメラがないことは確認済だ。
灰崎は保険のために木佐をここに置いたのであり、何もなければ見捨てるつもりだったのだ。

「帰りましょう」
雪名は木佐の耳元でそう囁くと、慎重な手つきで抱き上げる。
木佐はそのまま雪名の腕に身体を預け、安らかな眠りに堕ちていった。

*****

「最後の絵を盗みに来たぜ!」
怪盗アイシールドの3人が、並んで男の前に立ちはだかった。
灰崎は「すげぇ、マジで怪盗じゃん」と驚きの声を上げた。

灰崎はただ待っていた。
彼にとっては、単に面白いゲームに過ぎない。
基本的には、遊ぶ金欲しさに手っ取り早く稼げることをするだけだ。
そのために法に触れることも、追いかけられることも、全てはスリルあふれるゲームだ。
それは今回も同じだった。
深く考えることは苦手なので、とにかく直感で動く。
それで邪魔者を排除したら、また遊ぶ金を儲けることをするだけだ。

今回もまた面白いゲームだった。
怪盗アイシールド、デビルバッツ、そして赤司たちが追いかけてくる。
その3つを何とか躱して、逃げ切るだけだ。
もし捕まるなら、一番いいのは赤司たちだ。
逃げられないのなら、すっぱりと殺してもらいたい。
最悪なのは、黒子と氷室に押さえられることだ。
逮捕されて、取り調べ、裁判なんて、考えただけで気が遠くなる。

カモフラージュ用のアジトはいくつも用意してある。
そのうちの1つに、木佐翔太を放置した。
あの男は言葉に縛られて、もう出ることはできないはずだ。
そして灰崎は悠々と、自宅マンションにいた。
かつて「福田」と名乗って、吉野千秋に掃除をさせていたあのマンションだ。
一番らしくない場所に隠れる。
それが今まで逃げまくった灰崎が経験で知っている、一番の方法だったのだ。
だがそこに踏み込んできたのは、あのカフェの「三姉妹」こと怪盗アイシールド。
そしてその後ろには、一番最悪だと思っていた黒子と氷室がいた。

「最後の絵を盗みに来たぜ!」
怪盗アイシールドの3人が、並んで男の前に立ちはだかった。
灰崎は「すげぇ、マジで怪盗じゃん」と驚きの声を上げた。
まるで漫画かアニメのように、黒いボディスーツという揃いのコスチュームだ。

「そこはレオタードじゃねぇの?」
灰崎は不満な声を上げながら、右手をゆっくりとスラックスの尻ポケットへと伸ばそうとする。
だが3人の後ろの氷室が「動くな!」と声を上げて、こちらに銃を向けていた。
動けば撃つということだろう。

「甘めーんだよ!」
灰崎はそう叫ぶと、敏捷に動いた。
一瞬で距離を詰めると、ますは廉、次は瀬那を拳で殴り付ける。
そして律に蹴りを飛ばして、氷室に突進する。
だがその瞬間、後頭部にゴリっと固い感触がして、ピタリと動きを止めた。
気配を殺していた黒子が、銃口を押し当てたのだ。

「わかってるぜ。お前は俺を殺せないだろう?」
「はい。でも肩とか足は撃てますから、ご心配なく。」
灰崎の憎まれ口にも、黒子は冷静だった。
確かに普通に考えれば、分が悪い。
背後から銃口を向けられれば、もうこちらに自由はないのだ。
だけど黒子の腕力のなさはわかっている。
プラマイゼロなら、迷わず勝負だ!

灰崎がクルリと身をひるがえした瞬間、ベランダの方からガラスの割れる音がした。
振り返る間もなく、もう1人の人物が現れて、灰崎の首に太い腕を回す。
そしてその男は「屋上からベランダ伝いに侵入なんて、こえーよ!」と文句を言う。
だが黒子は「ご苦労様です。火神君」と相変わらず感情のない表情で答えた。

「ったく、俺の悪い癖が出たってことか」
ついに負けを悟った灰崎が、ヘラリと笑った。
その視線の先は火神が侵入時に割った窓の外を見ている。
次の瞬間「まずい!」と叫んだ黒子が、窓と灰崎の間に身体を割り込ませた。
そして黒子は右肩を押さえながら、その場に崩れ落ちる。

「狙撃だ!伏せろ!」
叫んだのは律で、その声に火神が灰崎にのしかかるような勢いで床に伏せた。
律は瀬那と廉の肩を掴んで2人をその場に伏せさせ、氷室は身体を低くした状態で黒子ににじり寄った。

「黒子君、大丈夫か!?」
「この狙撃は多分、緑間君ですね。」
黒子はポツリとそう呟いた後「大丈夫じゃないです。すごく痛い」と答えた。

「くそ!俺はここだ。撃ちやがれ!」
我に返った灰崎は、必死に立ち上がろうとする。
灰崎の望みはここで逮捕されることではなく、撃ち殺されることなのだ。
だが火神はガッチリとその身体を押さえ込んで、銃の射線上に入れさせなかった。

「とりあえずヤツらが踏み込んでくる前に、助けを呼ぼう」
律は床に伏せたまま、そう言った。
すぐに狙撃される心配はなさそうだが、赤司たちがこっちに踏み込んで来たらまずい。
そして瀬那の方に向き直ると「蛭魔さん、呼んで」と言う。
瀬那はキョトンとして「何で、僕?」と聞き返したが、廉が「その、方が、早い!」と割り込んだ。
おそらく他の誰が連絡するより、瀬那がした方が蛭魔は張り切るはずだ。

「と、とこ、ろで、千秋、さん、たちは?」
廉がふと思い出したように、声を上げる。
ようやく観念した灰崎が、顎をしゃくるようにしてベットを示す。
そこでは何と、この騒ぎの中で千秋がすやすやと寝息を立てていたのだった。

【続く】
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