アイシ×おお振り×セカコイ【お題:セフィロト(生命の樹)10題+α】
【コクマの果実】
「なんかオシャレ~!カフェめしってヤツだね!」
千秋はワンプレートに綺麗に並べられた食事を見て、頬を緩ませる。
そしてすぐに箸を取ると「いただきます!」と手を合わせた。
吉野千秋は「エメラルド」という事務所で働いている。
仕事内容は「雑用なんでも引き受けます」だ。
本当に何でわざわざ金を払って頼むのかと思うような仕事が多い。
午前中は急にバイトがこられなくなったというパン屋で、臨時店員をした。
そして今はランチ兼休憩だ。
午後は大学の講義を代理出席することになっている。
金を払って大学に通って、また金を払って他人に出席させるなんて。
千秋には理解不能だ。
千秋は元々探偵志望で「らーぜ」の面接を受けた。
だが所長の蛭魔は千秋を一目見るなり「お前はエメラルドの方だな」と言われたのだ。
フィリップ・マーロウみたいになんて、現実離れした夢を見たつもりはない。
だけどそれなりに探偵業に憧れを抱いていた千秋にとって、期待外れだったことは間違いない。
千秋に一番多く回ってくるのは、独居老人宅の雑用だった。
切れた電球の交換とか、襖や障子の張替えとか、庭の草取りとか。
しかも半日もかからない仕事なのに、1日分の料金契約が多い。
理由は明快、客の本当の目的は話し相手になって欲しいのだ。
童顔で癒し系の千秋は、彼らにとっては孫のようにかわいいらしい。
「美味しい!」
千秋は料理を頬張りながら、笑顔になった。
事務所の1階のバーが昼にカフェになったのは、本当に喜ばしいことだ。
自炊が苦手で、千秋は食事のほとんどをコンビニの世話になっていたのだ。
カフェのご飯は優しい味で、千秋の好みに合っている。
しかも美人三姉妹は優しくて、千秋の仕事の愚痴も聞いてくれる。
「千秋さんはいつもいい食べっぷりですね。」
律が笑顔で、グラスに水を注ぎ足した。
口いっぱいにピラフを頬張った千秋は、頷くことで謝意を示す。
律は目だけで頷き返すと、そっと離れて行った。
食べているときにやたらと話しかけてこないことも、千秋にとってはありがたい。
*****
「ねぇねぇ、聞いた?また絵が盗まれた話!」
アッという間に食事を平らげた千秋は、律にそう聞いた。
三姉妹のカフェでの役割分担は、決まっている。
調理担当でカウンターの中にいるのが三女の廉で、ホール担当が長女の律だ。
次女の瀬那は、店の客の入りの状態に応じて、ホールとカウンターを移動する。
今は廉と一緒にカウンターに入り、オーダーされた料理を作っている。
必然的に話しかける相手は、律が一番多くなる。
「ええ。しかも前に盗まれた絵は戻ってきたそうですね。」
律は千秋の目の前に食後のコーヒーとケーキを置いた。
「らーぜ」と「エメラルド」の従業員には、こういうサービスをしてくれる。
もちろん蛭魔が提示した破格の賃貸契約の見返りだ。
怪盗アイシールドはまたしても盗みを働いた。
今度盗まれたのは「コクマの果実」という絵だった。
これもまた蛭魔の父親、蛭魔幽也の作品で、どこかの会社の社長宅に飾られていたものだ。
先日絵を盗まれた画廊で扱い、買い上げられた作品だった。
なくなった絵が飾ってあった場所には「アイシールド」の署名付きのカードが残されていた。
さらに不可解なことに、最初に盗まれた「ケテルの輝き」は画廊に戻ってきた。
ご丁寧に絵があった場所にかけられていたという。
そしてまた「アイシールド」のカードが添えられていた。
「一度盗んで返すって、何でなんだろうね。」
千秋は首を傾げながら、フォークで切ったケーキを口に放り込む。
もし仮に絵がいらないのなら、そのまま捨ててしまえばいい。
わざわざリスクを冒してまで返却するなんて、理由がわからない。
「きっとアイシールドには、絵を返す理由があるんでしょうね。」
律は千秋に微笑みかけた。
それはいつもの親しみやすく明るい笑顔ではなく、どこか謎めいている。
美貌の律がそんな表情をすると、迫力があった。
「えっと、その、律さん?」
「ケーキ、お替わりいかがです?サービスしますよ。」
「い、いただきます!」
一瞬千秋の心に浮かんだ違和感は、ケーキ1つで吹き飛んだ。
律はいつもの笑顔に戻って「これもサービスで」と空になったコーヒーを注ぎ足した。
*****
「そう言えば、蛭魔さんの部屋にもお父さんの絵があるんですよ。」
ケーキもすべて平らげた千秋は、ふと思い出したようにそう告げた。
律は小さく「え?」と声を上げて、千秋の方を見た。
「随分昔にお父さんに絵をプレゼントされたって言ってました。」
「へぇぇ。蛭魔さんの部屋に飾ってあるんですか?」
「ええ。俺も見たことあるし。」
「じゃあ、蛭魔さんの宝物ですね。」
「どうかな。蛭魔さんはそんな言い方、してなかったけど。」
千秋はおもむろに立ち上がった。
午後は大学の授業を受けなければならない。
なんでも出席さえすれば単位をくれる授業だという。
代返さえしてくれれば寝ててもいいと言われているが、さすがに寝るのは悪い気がする。
だけどこんなに満腹なのに、興味のない講義で眠らない自信がない。
「千秋さんは今日はお1人なんですか?」
「うん。優は猫捜しで、翔太君と水谷君と沖君と西広君はイベントのサクラ、雪名君は彼氏」
「カレシ?」
「女子大生が恋人と別れたいんで、嘘の彼氏の振りして相手の男を追っ払うんだって。」
「・・・なるほど。」
律は何かを考えている様子で頷いている。
きっと雪名の王子様のような風貌を頭に思い描いているのだろう。
あんな男が現れて、彼女に「この人が好き」などと言われたら、大抵の男は挫けてしまう。
「何か俺だけ、楽してるみたい。」
「そんなことありませんよ。千秋さんも頑張っているでしょう?」
千秋の愚痴に、律は真剣に答えてくれる。
カウンターの中で作業をしていた瀬那と廉も「うんうん」と頷いてくれる。
三姉妹に励まされるような気分で、千秋は「行ってきます!」と元気よくカフェを出た。
「でも、何だかちょっと微妙かも」
カフェを出て次の仕事場に向かう千秋は、小さくため息をついた。
実は蛭魔の指示で、三姉妹に「あること」を仕掛けたのだ。
蛭魔の意図はわからないが、励ましてくれたのに騙すような気がする。
実は彼女たちが「三姉妹」ではないことなど知らない千秋の心は揺れていた。
*****
「やっと終わったぜ。」
横澤隆史はウンザリしながら、自分の服装を見下ろしている。
派手な柄のアロハシャツ、しかも隣に立っている男とは色違いのお揃い。
2人とも髪をオールバックに撫でつけている。
どこからどう見ても、真っ当な堅気には見えないだろう。
「ご苦労さん。でも似合ってるぜ。」
蛭魔の軽口に、横澤は顔をしかめた。
だが隣の男、桐嶋禅は「俺は何を着ても似合うんだよ」と満更でもない表情だ。
事務所の4階、蛭魔たちの居住スペースは、実は裏稼業のオフィスでもあった。
その名はバーと同じ「デビルバッツ」。
「らーぜ」と「エメラルド」の一部のメンバーが籍を置いている。
今回の依頼主は、警視庁の組織犯罪対策部。
最近勢力を伸ばしてきた海外の組織が、国内で大量の麻薬を売買している。
その情報を手に入れてほしいという依頼だった。
今回の任務は桐嶋と横澤が担当した。
問題の組に入り込み、内部情報を警察にリークしたのだ。
そして今夜大捕物が行われ、組織の主要メンバーが全員逮捕された。
つまり任務は完了し、同時に桐嶋と横澤の長期潜入も終わったのだ。
「にしても、よく似合ってるなぁ。」
阿部が感心したように2人の扮装を眺めている。
高野もニヤニヤしながら、頷いている。
もう文句を言っても無駄かと、横澤はガックリと肩を落とした。
「それにしても世も末ですね。警察が裏組織に依頼とは。」
皮肉っぽく唇を歪めて笑ったのは、羽鳥芳雪。
蛭魔、阿部、高野、桐嶋、横澤、そしてこの羽鳥が「デビルバッツ」のメンバーだ。
「まぁそれで警察に恩も売れる。桐嶋も横澤もお疲れ。特別報酬だ。」
蛭魔は2人の前に分厚い封筒を滑らせた。
桐嶋と横澤は無言でそれを受け取る。
「らーぜ」と「エメラルド」は月々で決まった額が振り込まれる。
だが「デビルバッツ」は歩合制で、現物支給だ。
法に触れる部分が多いので、金の流れの証拠は残さない。
「ところで1階で美人三姉妹がカフェを始めたって?」
「大丈夫なのか?」
どこか面白がっている顔の桐嶋と、しかめっ面の横澤が蛭魔をじっと見ている。
ずっと潜入任務中だった彼らは、まだ三姉妹を見ていないのだ。
「とりあえず軽く餌は撒いたぜ。」
蛭魔は不敵な笑みで、2人の質問に答えた。
食いつけばよし、食いつかなければまた違う餌を撒くつもりだ。
*****
「お疲れ様~!」
律がグラスを掲げると、瀬那と律もそれに倣い、3つのグラスが重なった。
カフェの仕事は夕方5時で終わる。
その後3人で帰宅して、夕飯を食べるのが日課になっていた。
「やっぱり、労働、の後は、ビール、だ!」
廉は一気にグラスのビールを飲み干した。
すぐに新しい缶を取り、空になったグラスにビールを注ぐ。
「廉、あんまり飲むとお腹が出るよ~!」
「へ、へーき!」
「何、その根拠のない自信」
3人は笑いながら、食事を始める。
メニューはカフェの残り物だ。
店であったことを話しながら、賑やかな食事となる。
「千秋さんって、かわいいよね。」
「うん。あんな人が来てくれるなら、いろいろ頼みたくなるよ。」
「ホント、に!」
当たり障りのない会話を続けながら、3人はチラチラとある1点を見ている。
カフェを始めて数日後、部屋に仕掛けられた盗聴器を見つけたのだ。
巧妙に仕掛けられていたが、予想していたことだからすぐにわかった。
そのときに部屋をくまなく捜したが、カメラの類はなかった。
それ以来3人は、部屋の中では当たり障りのない姉妹の会話をしている。
「でも千秋さん、あんなに仕事の話をぶっちゃけちゃっていいのかな?」
律は盗聴器を見ながら、唇を緩ませた。
わかりやすいトラップだ。
盗聴器を仕掛けながら、蛭魔の部屋に父親の絵があることを千秋に言わせる。
そこで3人がどんな会話をするのか、聞こうとしているのだ。
「いつか見せてもらいたいね。蛭魔さんの部屋の絵。」
「そ、だね!お願い、して、みよ!」
瀬那と廉も普段は見せない挑発的な表情で、盗聴器を見ている。
蛭魔の部屋に絵があるとは、意外な情報だ。
その真偽を確かめたいが、迂闊なことはできない。
今は慎重に、計画を進めるべきだろう。
【続く】
「なんかオシャレ~!カフェめしってヤツだね!」
千秋はワンプレートに綺麗に並べられた食事を見て、頬を緩ませる。
そしてすぐに箸を取ると「いただきます!」と手を合わせた。
吉野千秋は「エメラルド」という事務所で働いている。
仕事内容は「雑用なんでも引き受けます」だ。
本当に何でわざわざ金を払って頼むのかと思うような仕事が多い。
午前中は急にバイトがこられなくなったというパン屋で、臨時店員をした。
そして今はランチ兼休憩だ。
午後は大学の講義を代理出席することになっている。
金を払って大学に通って、また金を払って他人に出席させるなんて。
千秋には理解不能だ。
千秋は元々探偵志望で「らーぜ」の面接を受けた。
だが所長の蛭魔は千秋を一目見るなり「お前はエメラルドの方だな」と言われたのだ。
フィリップ・マーロウみたいになんて、現実離れした夢を見たつもりはない。
だけどそれなりに探偵業に憧れを抱いていた千秋にとって、期待外れだったことは間違いない。
千秋に一番多く回ってくるのは、独居老人宅の雑用だった。
切れた電球の交換とか、襖や障子の張替えとか、庭の草取りとか。
しかも半日もかからない仕事なのに、1日分の料金契約が多い。
理由は明快、客の本当の目的は話し相手になって欲しいのだ。
童顔で癒し系の千秋は、彼らにとっては孫のようにかわいいらしい。
「美味しい!」
千秋は料理を頬張りながら、笑顔になった。
事務所の1階のバーが昼にカフェになったのは、本当に喜ばしいことだ。
自炊が苦手で、千秋は食事のほとんどをコンビニの世話になっていたのだ。
カフェのご飯は優しい味で、千秋の好みに合っている。
しかも美人三姉妹は優しくて、千秋の仕事の愚痴も聞いてくれる。
「千秋さんはいつもいい食べっぷりですね。」
律が笑顔で、グラスに水を注ぎ足した。
口いっぱいにピラフを頬張った千秋は、頷くことで謝意を示す。
律は目だけで頷き返すと、そっと離れて行った。
食べているときにやたらと話しかけてこないことも、千秋にとってはありがたい。
*****
「ねぇねぇ、聞いた?また絵が盗まれた話!」
アッという間に食事を平らげた千秋は、律にそう聞いた。
三姉妹のカフェでの役割分担は、決まっている。
調理担当でカウンターの中にいるのが三女の廉で、ホール担当が長女の律だ。
次女の瀬那は、店の客の入りの状態に応じて、ホールとカウンターを移動する。
今は廉と一緒にカウンターに入り、オーダーされた料理を作っている。
必然的に話しかける相手は、律が一番多くなる。
「ええ。しかも前に盗まれた絵は戻ってきたそうですね。」
律は千秋の目の前に食後のコーヒーとケーキを置いた。
「らーぜ」と「エメラルド」の従業員には、こういうサービスをしてくれる。
もちろん蛭魔が提示した破格の賃貸契約の見返りだ。
怪盗アイシールドはまたしても盗みを働いた。
今度盗まれたのは「コクマの果実」という絵だった。
これもまた蛭魔の父親、蛭魔幽也の作品で、どこかの会社の社長宅に飾られていたものだ。
先日絵を盗まれた画廊で扱い、買い上げられた作品だった。
なくなった絵が飾ってあった場所には「アイシールド」の署名付きのカードが残されていた。
さらに不可解なことに、最初に盗まれた「ケテルの輝き」は画廊に戻ってきた。
ご丁寧に絵があった場所にかけられていたという。
そしてまた「アイシールド」のカードが添えられていた。
「一度盗んで返すって、何でなんだろうね。」
千秋は首を傾げながら、フォークで切ったケーキを口に放り込む。
もし仮に絵がいらないのなら、そのまま捨ててしまえばいい。
わざわざリスクを冒してまで返却するなんて、理由がわからない。
「きっとアイシールドには、絵を返す理由があるんでしょうね。」
律は千秋に微笑みかけた。
それはいつもの親しみやすく明るい笑顔ではなく、どこか謎めいている。
美貌の律がそんな表情をすると、迫力があった。
「えっと、その、律さん?」
「ケーキ、お替わりいかがです?サービスしますよ。」
「い、いただきます!」
一瞬千秋の心に浮かんだ違和感は、ケーキ1つで吹き飛んだ。
律はいつもの笑顔に戻って「これもサービスで」と空になったコーヒーを注ぎ足した。
*****
「そう言えば、蛭魔さんの部屋にもお父さんの絵があるんですよ。」
ケーキもすべて平らげた千秋は、ふと思い出したようにそう告げた。
律は小さく「え?」と声を上げて、千秋の方を見た。
「随分昔にお父さんに絵をプレゼントされたって言ってました。」
「へぇぇ。蛭魔さんの部屋に飾ってあるんですか?」
「ええ。俺も見たことあるし。」
「じゃあ、蛭魔さんの宝物ですね。」
「どうかな。蛭魔さんはそんな言い方、してなかったけど。」
千秋はおもむろに立ち上がった。
午後は大学の授業を受けなければならない。
なんでも出席さえすれば単位をくれる授業だという。
代返さえしてくれれば寝ててもいいと言われているが、さすがに寝るのは悪い気がする。
だけどこんなに満腹なのに、興味のない講義で眠らない自信がない。
「千秋さんは今日はお1人なんですか?」
「うん。優は猫捜しで、翔太君と水谷君と沖君と西広君はイベントのサクラ、雪名君は彼氏」
「カレシ?」
「女子大生が恋人と別れたいんで、嘘の彼氏の振りして相手の男を追っ払うんだって。」
「・・・なるほど。」
律は何かを考えている様子で頷いている。
きっと雪名の王子様のような風貌を頭に思い描いているのだろう。
あんな男が現れて、彼女に「この人が好き」などと言われたら、大抵の男は挫けてしまう。
「何か俺だけ、楽してるみたい。」
「そんなことありませんよ。千秋さんも頑張っているでしょう?」
千秋の愚痴に、律は真剣に答えてくれる。
カウンターの中で作業をしていた瀬那と廉も「うんうん」と頷いてくれる。
三姉妹に励まされるような気分で、千秋は「行ってきます!」と元気よくカフェを出た。
「でも、何だかちょっと微妙かも」
カフェを出て次の仕事場に向かう千秋は、小さくため息をついた。
実は蛭魔の指示で、三姉妹に「あること」を仕掛けたのだ。
蛭魔の意図はわからないが、励ましてくれたのに騙すような気がする。
実は彼女たちが「三姉妹」ではないことなど知らない千秋の心は揺れていた。
*****
「やっと終わったぜ。」
横澤隆史はウンザリしながら、自分の服装を見下ろしている。
派手な柄のアロハシャツ、しかも隣に立っている男とは色違いのお揃い。
2人とも髪をオールバックに撫でつけている。
どこからどう見ても、真っ当な堅気には見えないだろう。
「ご苦労さん。でも似合ってるぜ。」
蛭魔の軽口に、横澤は顔をしかめた。
だが隣の男、桐嶋禅は「俺は何を着ても似合うんだよ」と満更でもない表情だ。
事務所の4階、蛭魔たちの居住スペースは、実は裏稼業のオフィスでもあった。
その名はバーと同じ「デビルバッツ」。
「らーぜ」と「エメラルド」の一部のメンバーが籍を置いている。
今回の依頼主は、警視庁の組織犯罪対策部。
最近勢力を伸ばしてきた海外の組織が、国内で大量の麻薬を売買している。
その情報を手に入れてほしいという依頼だった。
今回の任務は桐嶋と横澤が担当した。
問題の組に入り込み、内部情報を警察にリークしたのだ。
そして今夜大捕物が行われ、組織の主要メンバーが全員逮捕された。
つまり任務は完了し、同時に桐嶋と横澤の長期潜入も終わったのだ。
「にしても、よく似合ってるなぁ。」
阿部が感心したように2人の扮装を眺めている。
高野もニヤニヤしながら、頷いている。
もう文句を言っても無駄かと、横澤はガックリと肩を落とした。
「それにしても世も末ですね。警察が裏組織に依頼とは。」
皮肉っぽく唇を歪めて笑ったのは、羽鳥芳雪。
蛭魔、阿部、高野、桐嶋、横澤、そしてこの羽鳥が「デビルバッツ」のメンバーだ。
「まぁそれで警察に恩も売れる。桐嶋も横澤もお疲れ。特別報酬だ。」
蛭魔は2人の前に分厚い封筒を滑らせた。
桐嶋と横澤は無言でそれを受け取る。
「らーぜ」と「エメラルド」は月々で決まった額が振り込まれる。
だが「デビルバッツ」は歩合制で、現物支給だ。
法に触れる部分が多いので、金の流れの証拠は残さない。
「ところで1階で美人三姉妹がカフェを始めたって?」
「大丈夫なのか?」
どこか面白がっている顔の桐嶋と、しかめっ面の横澤が蛭魔をじっと見ている。
ずっと潜入任務中だった彼らは、まだ三姉妹を見ていないのだ。
「とりあえず軽く餌は撒いたぜ。」
蛭魔は不敵な笑みで、2人の質問に答えた。
食いつけばよし、食いつかなければまた違う餌を撒くつもりだ。
*****
「お疲れ様~!」
律がグラスを掲げると、瀬那と律もそれに倣い、3つのグラスが重なった。
カフェの仕事は夕方5時で終わる。
その後3人で帰宅して、夕飯を食べるのが日課になっていた。
「やっぱり、労働、の後は、ビール、だ!」
廉は一気にグラスのビールを飲み干した。
すぐに新しい缶を取り、空になったグラスにビールを注ぐ。
「廉、あんまり飲むとお腹が出るよ~!」
「へ、へーき!」
「何、その根拠のない自信」
3人は笑いながら、食事を始める。
メニューはカフェの残り物だ。
店であったことを話しながら、賑やかな食事となる。
「千秋さんって、かわいいよね。」
「うん。あんな人が来てくれるなら、いろいろ頼みたくなるよ。」
「ホント、に!」
当たり障りのない会話を続けながら、3人はチラチラとある1点を見ている。
カフェを始めて数日後、部屋に仕掛けられた盗聴器を見つけたのだ。
巧妙に仕掛けられていたが、予想していたことだからすぐにわかった。
そのときに部屋をくまなく捜したが、カメラの類はなかった。
それ以来3人は、部屋の中では当たり障りのない姉妹の会話をしている。
「でも千秋さん、あんなに仕事の話をぶっちゃけちゃっていいのかな?」
律は盗聴器を見ながら、唇を緩ませた。
わかりやすいトラップだ。
盗聴器を仕掛けながら、蛭魔の部屋に父親の絵があることを千秋に言わせる。
そこで3人がどんな会話をするのか、聞こうとしているのだ。
「いつか見せてもらいたいね。蛭魔さんの部屋の絵。」
「そ、だね!お願い、して、みよ!」
瀬那と廉も普段は見せない挑発的な表情で、盗聴器を見ている。
蛭魔の部屋に絵があるとは、意外な情報だ。
その真偽を確かめたいが、迂闊なことはできない。
今は慎重に、計画を進めるべきだろう。
【続く】