アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【ケムダーな戦い】

「なぁ、ホントにいいんだよな?」
火神は情けなさそうな表情で、黒子にそう聞いた。
身長190センチ超えの男が小柄な青年にお伺いを立てる様子は、どこかコミカルだった。

今回の怪盗アイシールドのターゲットは「ケムダーの戦い」という絵だ。
この行方を突き止めるのは、大変だった。
蛭魔幽也の絵は、ここ最近のアイシールド騒動で価格が高騰していたのだ。
1度盗まれて戻った絵は、オークションなどで高値で売買されていると聞く。

そしてまだ1度も盗まれた絵は、より奥深くに隠匿されることになった。
なぜなら残っている3枚の絵は、すべて「曰くつき」だからだ。
所得隠しのために購入された絵であったり、盗まれた絵であったり。
ここ最近、怪盗アイシールドはそれらの絵を白日の下に晒すような行為を繰り返していた。
今回のターゲットも、そんな後ろ暗い絵だ。
現在の所有者は悪事の発覚を恐れ、その絵を知人に預けて、隠されてしまった。

現在その絵がどこにあるかを、蛭魔や律、そして赤司より先に突き止めたのは黒子だった。 そして今、その絵は黒子の手にある。
黒子が立てた作戦の元に、実際に盗みを行なったのは火神だ。
今回、この2人は初めて、怪盗アイシールドを名乗ったのだ。

だがこのことを蛭魔や律、赤司たちには伝えていない。
赤司たちは灰崎の抹殺のみが目的なので、アイシールドや絵のことには関心がない。
そして蛭魔たちは今、動きが取れない状態だった。
吉野千秋と木佐翔太が、灰崎に拉致されたのだ。
黒子はその事実を蛭魔に聞かされ、協力を求められたが、ことわった。

「それにしても俺にはわかんねぇ。この絵、どこがいいんだ?」
絵を抱えて車に戻ってきた火神が、黒子に絵を渡しながら、首を傾げている。
その意見に、黒子はまったく同感だった。
抽象画というジャンルなのだろうが、何が書いてあるのかさっぱりわからない。
しかもそのタイトルも意味が分からず、不可解なだけだ。
おそらく今までの絵の所有者たちも、さほど価値がわかってはいなかったのだと思う。
だってフレームが交換されていても、それに気付いて声を上げる者がいないのだから。

「なぁ、ホントにいいんだよな?」
火神は情けなさそうな表情で、黒子にそう聞いた。
身長190センチ超えの男が小柄な青年にお伺いを立てる様子は、どこかコミカルだった。
だけど当の本人は至って真面目だ。 火神は正義感の強い男なので、どうしても罪悪感を覚えるようだ。
灰崎逮捕のために必要なことだと説明したのだが、どうにもしっくりこないらしい。
「いいんですよ。凶悪犯を捕まえるためにはどうしても必要なんです。」
「わかった。」
「まだ火神君は知らない顔をしていてください。僕1人が盗んだことにします。」
「それも了解だ。」

黒子が力強く念を押すと、火神はようやく納得した表情になる。
今回、灰崎に唯一認識されていないのが火神なのだ。
それもそのはず、まったく関係のない理由で警察を辞め、偶然「エメラルド」に入ったのだから。
だからこの男を秘密兵器にできると、黒子は考えたのだ。

「じゃあさっさと絵を戻しましょう。」
黒子はそう告げると、車のアクセルを踏み込んだ。
これで蛭魔たち、そして赤司たちがどう動くのか。
慎重に見極めなくてはならないだろう。

*****

「よく似合うぜ、テツ」
青い男がニヤニヤ笑いながら、短いスカートから覗く黒子の足をガン見している。
黄色い男は「それ、セクハラっすよ」とたしなめながら、やはり黒子の足に目が釘づけだった。

律たちは、黒子にまたカフェ「デビルバッツ」で、ウエイトレスを頼んでいる。
これは止むに止まれぬ事情によるものだ。
元々は「エメラルド」の木佐や千秋と交代でやっていた。
でもその2人は今、灰崎の手に堕ちてしまった。
他に女装で店に出られそうなメンバーといったら、黒子しかいなかったのだ。

そこまでしてカフェをやる理由があるのか?
そう問われれば、律は「ない」と答えるだろう。
元々蛭魔たちの懐に飛び込み、小馬鹿にするつもりの女装とカフェなのだ。
だけど今は意地もあった。
ついにその背中を捕えた敵、灰崎。
あの男のせいで店を辞めるのは、癪だった。

だが囚われている木佐と千秋のことを思うと、心が痛む。
彼らは「アイシールド」どころか「デビルバッツ」とも関係ない。
便利屋で働く、ごくごく真面目な一般市民。
律の生家の言葉を使うなら「カタギ」の人だ。
そんな彼らを巻き込んだのは、まぎれもなく律たちだと思う。
ともすればふさぎ込みそうな午後、ランチタイムを少し過ぎた店に、その4人は現れた。

何とも目立つ4人組だった。
身体が大きいだけでなく、1人1人が目立つのだ。
そしてその4人に、律は見覚えがあった。
確か赤司が付き従えている、色の名前を名字に持つ4人の刑事だ。
彼らは店に入って来るなり、女の子姿の黒子に向かってズンズンと突き進んだ。

「よく似合うぜ、テツ」
青い男がニヤニヤ笑いながら、短いスカートから覗く黒子の足をガン見している。
黄色い男は「それ、セクハラっすよ」とたしなめながら、やはり黒子の足に目が釘づけだった。
緑の男と紫の男は何も言わないが、黒子の女装姿にそれなりに驚いているようだ。

「冷やかしに来たなら帰ってください。お客様ならお席にどうぞ。」
対する黒子は、まったく冷静だ。
どうやら4人は客になるつもりらしい。
黒子は4人をテーブル席へと誘導すると、澄ました顔で「ご注文は」などと言っている。

「オムライス頼んだら、黒子っちがケチャップでハート書いてくれます?」
「書きません。でもオムライスはできます。」
「オレ、日替わりランチプレート。テツ、サービスで特盛りにしてくれ。」
「サービスしません。足りないなら2人前頼んでください。料金はちゃんといただきます。」
「黒ちん、オレはコーヒーだけでいいや」
「かまいませんが、持ち込んだお菓子を食べるなら止めて下さい。」
「俺は何もいらないのだよ」
「だったら帰ってください」

4人の男を軽くいなす様は、見事としか言いようがない。
事情を知らなければ、客とウエイトレスの楽しい光景と言えるだろう。
結局4人の男たちは大いに食べ、店としてもありがたい客だ。
だけど彼らの素性を考えると、決して笑えない。
律は笑顔で接客しながら、彼らの様子をチラチラと盗み見ていた。

「ありがとうございました。」
食事を終えて、立ち上がった4人に黒子が声をかける。
すると4人のうちの1人、セクハラな発言を繰り返していた青い男が、黒子の耳元で何か呟いた。
そして黒子も小声で、その男に何かを言う。
他の3人もそれを聞いて頷き、黒子は「それじゃまた」と頭を下げた。

その瞬間、律は確信した。
昨晩、怪盗アイシールドはまた絵を盗み、そのことで律たちも蛭魔たちも動揺していた。
それは誰が行なったのか、まったくわからなかったからだ。
灰崎がやったのか、赤司たちか、それとも黒子か。
だがやったのはおそらく黒子で、あの4人はそれを確認しに来たのだろう。

4人が会計を済ませて、店を出ていった。
それを確認した律は、そっと黒子に近づいた。
4人に囲まれていると小さく見える黒子だが、律とはさほど身長は変わらない。
黒子は近づいてくる律に気付いて「何か御用ですか?」と首を傾げた。

「昨日盗んだ絵のフレーム、こっちに渡してくれないか?」
律は声を潜めて、そう告げた。
黒子は相変わらずの無表情で律の目をジッと見る。
そして数秒の間の後「別にかまいませんけど」と答えた。

*****

「はぁ!?」
思わず大声を上げたのは、阿部だ。
蛭魔と高野は無言のまま、3人を睨みつけていた。

営業を終えたカフェ「デビルバッツ」。
このメンバーで集まるのは、もう何度目になるだろう。
律と瀬那と廉、そして蛭魔と阿部と高野、そして羽鳥だ。
普段なら桐嶋と横澤も同席しているが、今はいない。
木佐と千秋が拉致された後、2人は休みを取らせた。
なぜなら桐嶋にはまだ幼い娘の日和がいる。
日和が灰崎のターゲットになった場合に備え、蛭魔は2人にガードを命じていた。

「もう共闘は終わりです。」
おもむろに切り出したのは、瀬那だった。
いつもなら「三姉妹」の意見をまとめて、蛭魔に言うのは律の役目だ。
だが今回だけは瀬那と廉の口で言わなければならなかった。

「どういう意味だ?」
蛭魔がギロリと擬音が付きそうな勢いで、こちらを睨む。
それだけで殺されそうな視線に、瀬那は怯む。
だが懸命に目に力を込めて、平気な振りを装った。

「怪盗アイシールドは僕ら3人だけで続けると言ってるんです。」
「ここ、も、出て、いく!」
瀬那の言葉に、廉の叫ぶような声も重なる。
それが3人で相談した結論だった。

「何を言ってる。怪盗アイシールドが動けば、千秋たちが」
普段は冷静な羽鳥が珍しく激した声を上げた。
そう、それが千秋と木佐の身柄を押さえた灰崎の要求だった。
だけど彼らがあずかり知らないところで、絵はまた盗まれていた。

「まさかお前たちが、勝手にやったのか?」
羽鳥がふと思いついたようにそう告げると、瀬那を睨みつける。
それはまったくの誤解だったが、瀬那は何も答えなかった。
これから勝手にやるつもりなのだから、そう思われてもかまわない。

「お前らのせいで千秋と木佐がさらわれている。それを見捨てるのか?」
蛭魔が静かにそう告げる。
この男は怒っているときに限って、静かに喋るのだ。
だけど瀬那も引くつもりはなかった。

「見捨てます。僕と廉にとって何年間も捜し続けた親の仇なんだ。」
「あいつらは関係ないだろう!?」
瀬那の言葉に激昂した羽鳥が、横から口を挟む。
だが瀬那は考えを曲げるつもりはなかった。

「『エメラルド』で働いている時点で『デビルバッツ』とは関係あるだろ?」
瀬那をフォローするように、今度は律が割り込んできた。
「はぁ!?」
思わず大声を上げたのは、阿部だ。
蛭魔と高野は無言のまま、3人を睨みつけていた。

「律の言う通りだ。『デビルバッツ』以外は関係ないなんて、都合のいい言い訳だ。」
「瀬那、テメェ」
「だから千秋さんたちに同情しない。僕たちは勝手に進みます。」
「俺、たち、は、絶対、最後まで、盗む、から」
瀬那の言葉を引き取って、廉がきっぱりと宣言した。
そして律、瀬那、廉は顔を見合わせると、席を立った。

その夜のうちに「三姉妹」は、蛭魔たちの前から姿を消した。
そして翌日から、カフェ「デビルバッツ」は休業になった。

*****

「俺たちが甘かったってことだな。」
高野がタバコに火をつけると、煙と一緒に吐き捨てる。
すると普段はタバコを吸わない蛭魔と阿部が「1本くれ」と手を伸ばした。

律と瀬那と廉は、決別を告げて、出て行った。
つまり蛭魔たちにとっては、モロに失恋だ。
正直言って何もかも投げ出したいところだが、そうもいかない。
木佐と千秋は未だに捕まったままなのだ。

羽鳥と柳瀬、そして雪名の焦燥は痛々しかった。
想い人の安否がわからないのだ。
事情がわかっている羽鳥はまだいい。
だが何も知らせていない柳瀬と雪名のやつれ方はハンパなかった。
どうやら食事も睡眠もロクにとらず、捜し回っているらしい。
とにかく仕事など手につく状況ではなかった。

「俺たちが甘かったってことだな。」
高野がタバコに火をつけると、煙と一緒に吐き捨てる。
すると普段はタバコを吸わない蛭魔と阿部が「1本くれ」と手を伸ばした。
休業になったカフェ「デビルバッツ」は、3人の喫煙スペースになっていた。

「ヤツらの方が、肝が座ってたってことだろ」
阿部がそう言いながら、高野のライターをひったくるとタバコをくわえて、火をつけた。
そして火をつけたままのライターを蛭魔に差し出す。
蛭魔は黙って自分のくわえたタバコをその火に近づけて、思い切り吸い込んだ。

そう、律たちの方が覚悟を決めていたということだ。
彼らは決して、血も涙もないような性格ではない。
それどころか優しく情に厚いと思う。
そんな彼らが、目的のためなら千秋と木佐さえ犠牲にすると言ってのけたのだ。

それに律たちに痛いところを突かれた。
やれ「デビルバッツ」だ「らーぜ」だ「エメラルド」だと分けてみたところで、中身は1つ。
同じビルの中に事務所を構えていて、すべて蛭魔が所長。
この状況で「彼らは『デビルバッツ』でないから関係ない」なんて通らない。
中途半端に仕事をさせて、千秋たちに何も知らせなかったのは、間違いなく蛭魔のミスだ。

「何だ、この煙。燻製になるぞ」
上の階から降りてきて、顔を出した十文字が顔をしかめた。
窓を閉め切り、タバコを吸い続けた部屋はひどい状態になっていた。
そして続々と部屋に入ってきた「らーぜ」そして「エメラルド」の面々が、一様に顔をしかめる。

「空気を入れ替えます」
一番最後に部屋に入ってきた黒子が、窓を開ける。
そして全員が客席に腰を下ろした。

蛭魔たちは今、桐嶋と横澤を除いたらーぜ」と「エメラルド」のメンバー全員を集めていた。
彼らに全てを話して、理解を得るためだ。
話すということは、すなわち蛭魔たちが法に触れる行為をしているということを知られることだ。
もしかしたらここで離脱して、警察に駆け込む者もいるかもしれない。
それでもこれ以上、誰かが犠牲になるのだけはマシだ。
とにかく事態をしっかりと把握して、身を守って欲しい。
このメンバーを守るためなら、律たちとでも戦わなければならないのだ。
律たちが覚悟を決めたように、蛭魔たちも覚悟を決めた。

「大事な話だ。聞いてくれ。」
全員が席に座ったのを確認して、蛭魔は口を開いた。
そして全員の顔を見回して、ふと黒子と目が合った。
未だに敵か味方かわからないけれど「らーぜ」にいる限り、守るべき者の1人だ。

*****

「へぇ、蛭魔さん、全員に話したんだ。」
律が茶化すように、そう言った。
彼らと離れたことで、律は好戦的な気分になっていた。

律たちはとあるマンションの1室にいた。
ファミリー向けのかなり広いマンションで、部屋がいくつもある。
だがこの部屋の本来の住民は、ここでひとりで暮らしている。
その空いた部屋に、律と瀬那と廉は転がり込んでいた。

ちなみに今日は3人とも昼間からゴロゴロと怠惰な1日を送っていた。
こうして離れてみると、よくわかる。
昼はカフェで働き、夜は時折怪盗稼業。
意外と疲れがたまっていたのだ。
そこで2、3日は休養することにしたのだ。
しっかり食べて、よく寝て、ただただ休む。
何もしていないのに、何だか充実しているような気がするから不思議だ。

「僕たちがこんなトコにいるなんて、さすがの蛭魔さんたちも気づかないだろうね」
瀬那が床にゴロリと横になったまま、楽しそうに笑う。
ここはあのカフェ「デビルバッツ」から徒歩で10分ほどの距離にあるマンション。
こっそりと黒子と手を組んだ律たちは、これまたこっそりと黒子が味方につけた火神の部屋にいた。

「火神、君、お金持ち?」
テーブルで肉まんを頬張っていた廉が、火神に聞いた。
火神が「親の持ち物だよ。で親は海外赴任中」と答えた。
だがそれを差し引いても無駄に広いマンションだ。
律が皮肉っぽく「つまり親が金持ちなんだ」と言うと、火神が顔をしかめる。
だが特に否定もしなかった。

「今日、蛭魔さんが全員を集めて、全部話しました。」
黒子がおもむろにそう告げて、話題を変えた。
この部屋の住民ではないが、仕事の帰りに寄ったのだ。
来る途中に買ってきたらしいマジバのバニラシェイクを啜りながら、教えてくれた。

「へぇ、蛭魔さん、全員に話したんだ。」
律が茶化すように、そう言った。
彼らと離れたことで、律は好戦的な気分になっていた。
残された絵はあと2枚、どうしても気持ちは高揚する。

「次の絵は多分、普段通りに行けます。問題は最後の絵です。」
黒子はシェイクのストローから唇を離してそう告げると、また口を付ける。
火神が「お前、どんだけゆっくり飲むんだよ」とツッコんだ。
黒子は「味わってるんですよ。」と涼しい顔だ。

「最後の絵?」
「はい。最後の絵は今、灰崎君が持ってます。」
黒子はそう告げると、またシェイクを啜る。
だが律たちは唖然とし、火神は「はぁぁ?」と声を上げた。

「何だ、そりゃ!黒子!」
「火神君、声が大きくて、うるさいです。」
「何でそんな怖いことを、落ち着いて言うんだよ!」
「どんな風に言ったって、変わらないでしょう?」
「だからって!」
「灰崎君が絵を持ってるのは、僕のせいじゃないです。」

いつの間にか言い争いになった黒子と火神に、律たちは顔を見合わせた。
何だかこの2人、妙に合っている。
見た目も話し方も何もかも正反対なのに、しっくりとはまっているように見えるのだ。

「この2人が味方なら、何かうまくいきそうな気がするね。」
瀬那がまだ言い争っている黒子と火神を見ながら笑った。
律は「そうだね」と頷き、廉が「がんばる!」と拳を握りしめた。

【続く】
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