アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【ツァーカブの本音】

「だからお前は甘いんだ。」
不意に現れた男が、背後から冷たい声を浴びせてきた。
振り返った黒子は、言葉と同じ冷やかな視線を受け止めた。

蛭魔や律たちの動きを追っていた黒子は、律と廉が絵を盗むのを確認した。
はっきり言ってそれだって犯罪だから、見逃すのは心苦しい。
だけど狙いは彼らじゃない。
彼らを狙って現れる灰崎を捕まえるのだ。
そのために灰崎と因縁のある氷室にまで頼んで、勝負に出た。

だが結果は失敗だった。
結局灰崎を見失った黒子は、路地裏でハァハァと弾む息を整えていた。
あの男は元々身体能力も高く、狡猾でもある。
蛭魔たち以外に自分を追跡する者が現れることを予想して、逃走ルートも考えていたのだろう。
その上、この状況下でのスリルを楽しんでいるのだ。
嫌いな拳銃を携帯してきたくらいでは、勝てない。

「だからお前は甘いんだ。」
不意に現れた男が、背後から冷たい声を浴びせてきた。
振り返った黒子は、言葉と同じ冷やかな視線を受け止めた。
そして「君も取り逃がしたんでしょう」と答える。
なぜなら少し離れた場所には、彼の信頼する4人の仲間が立っている。
その誰も灰崎を捕えておらず、不機嫌な顔をしていたからだ。

「あくまでも従わないということか」
「そちらこそ、警察官として恥ずかしくないんですか?赤司君」
今度は黒子が冷たい声と視線で、男に挑みかかる。
だがその時、バタバタと足音が響き、別の男たちが姿を現した。
蛭魔たちもまた「敵」を追跡してきたのだ。

「お前ら、やっぱり仲間だったんだな。」
蛭魔は赤司と黒子の顔を見比べながら、忌々し気に吐き捨てた。
だが黒子は「仲間じゃないです」と答えた。
そして赤司が「むしろ敵だ」と付け加える。
目指す方向は真逆になってしまったのに、こんなときだけ息が合うなんて皮肉なことだ。
今、赤司の口元に浮かんでいる苦笑は、同じことを考えているのだろう。
黒子はかつて仲間だった男たちを見ながら、秘かにため息をついた。

「話は黒子から聞くがいい」
赤司は蛭魔たちにに吐き捨てると、さっさと踵を返した。
そしてその4人の仲間たちが、影のように付き従っていく。
後に残ったのは付き合わされて散々な目に合った氷室と、黒子を睨みつけている蛭魔たちだ。

まったく面倒なことを押し付けるのも、変わってない。
黒子は心の中で文句を言いながら、蛭魔たちを見た。
そろそろ彼らとどう相対するのか、決めなければならない。

*****

「現れなかったな。」
蛭魔は淡々とした口調で、そう言った。
予想していたことだから、別にガッカリはしない。
だが拍子抜けしたことは事実だった。

初めて「敵」と遭遇し、その正体が灰崎と知った前回の盗み。
蛭魔はその翌日、次の盗みを実行に移していた。
今回のターゲットは「ツァーカブの本音」。
これも盗品で、本来の持ち主ではない者が所有している。
フレームを変えて、正しい持ち主に戻すのが、今回のミッションだ。

今回のメンバーは「デビルバッツ」を総動員した。
蛭魔と阿部と高野、そして羽鳥、桐嶋、横澤だ。
律、瀬那、廉は留守番だ。
前回、彼らは危うく灰崎に捕えられそうになった。
蛭魔たちはその瞬間、それこそ心臓が止まるほどの恐怖を感じだのだ。
その感情は、彼らの庇護欲に火を付けてしまった。

もちろん律たちが承知するはずがない。
だから蛭魔たちは荒っぽい手段に出た。
律たち3人をカフェ「デビルバッツ」の4階に閉じ込めたのだ。
こんなことを想定したわけではないが、4階に立ち入る扉は外からも鍵がかかるようになっている。
普段は内鍵しか使わないが、今回はこれが役に立った。

「現れなかったな。」
蛭魔は淡々とした口調で、そう言った。
予想していたことだから、別にガッカリはしない。
だが拍子抜けしたことは事実だった。

今回の盗みを急いだのは、灰崎という男に考える時間や準備期間を与えないためだ。
黒子の話によると、なかなか頭は切れるらしい。
それなら少しでもこちらに有利に展開させるのが、得策だ。
盗む日時と場所を選べるのが、こちらの最大の武器なのだから。

だが今日、灰崎は現れなかった。
赤司たちが少し離れたところから監視しているのがわかったが、それだけだ。
そして黒子たちも、今日は現れなかった。
もしかして今日、灰崎が現れないことを、黒子は読んでいたのかもしれない。

「律たち、怒り狂ってるだろ」
無事に盗みを終えた車中で、ため息をついたのは高野だった。
蛭魔と阿部も顔を見合わせて苦笑する。
桐嶋が冷やかすように「ご愁傷様」と茶化した。

残る絵はあと3枚。
それまでに決着をつけなければならない。

*****

「ふざけんなよ!ったく!」
律はもう何度目かわからない悪態をつくと、手近な壁を蹴飛ばした。
廉はそのたびにビクリと震え、瀬那は「やめてよ、もう!」と文句を言った。

蛭魔たちが盗みに出てしまった後、3人は部屋に取り残されていた。
本当にちょっとした油断だったのだ。
まさか今さら蛭魔たちに手荒な真似はされないと思っていたからだ。
それがいきなり襲われて、しかも手錠で拘束され、さらに長めの鎖で3人の手錠が結ばれている。
動きが制限されているうえに、外鍵までかかっているのだから、脱出はほぼ不可能だ。
まったく律にとっては、屈辱としかいいようのない事態だった。

「でも心配してくれてるんだよ。」
同じ目に合っている瀬那と廉は、悟りを開いたようにこの境遇を受け入れている。
いや心配されているのは、律にだってわかるのだ。
繋がれている手錠は布製で手が傷つかないようになっているし、水や食料も用意されている。
何よりも拘束するとき、蛭魔も阿部も高野も、ひどくつらそうな顔をしていた。
だけど納得がいかない律は、何度も悪態をつきながら、とりあえず暴れてみる。
そうすると鎖で結ばれた瀬那や廉の腕が引っ張られて「痛いって!」と文句を言われるのだ。
律1人なら部屋を壊してでも出ようとするが、これでは動きが制限されてしまう。

「昨日の黒子君の話、どう思った?」
ついに諦めた律は、瀬那と廉に話題を振った。
瀬那と廉は、ようやくおとなしくなった律にホッとしながら、顔を見合わせる。

「確かに警察官がからんでるって、考えるべきだったよね。」
瀬那は悔しそうにそう言った。
黒子の話によると、灰崎という男は元警察官だというのだ。
確かに薬物など違法なブツを絵のフレームに隠すなど、かなり雑な方法だ。
それが成功したのは取り締まる側、つまり警察が味方だったと考えるべきだった。

「俺、たちは、灰崎、つかまえたら、どうしたら、いい、んだ?」
廉は困ったようにそう告げた。
これまた黒子の話によると、赤司たちは秘密裏に灰崎を抹殺するように命令を受けているという。
今は免職になった灰崎だが、罪を犯したのは警察官であった頃の話だ。
これが発覚すれば、警察の取っては大スキャンダルになる。
その前に殺して、闇に葬り去れということだ。
そして黒子は、それを阻止し、あくまで生かしたまま灰崎の逮捕を目指している。

「だから赤司君たちに情報をもらって盗みを働くキミたちは、敵ですよ。」
黒子はきっぱりとそう言った。
その表情を思い出すたびに、律は黒子との距離の取り方がわからなくなる。
律だって、灰崎はきちんと逮捕されて、きちんと罪状を明らかにしてほしいと思う。
何より瀬那や廉の父親のことを明らかにしてほしい。
だがその正義にしたがうなら、律たちも蛭魔たちも犯罪者だ。
灰崎を逮捕した後、黒子は律たちも逮捕するのだろうか。

「そもそも黒子君って、警察辞めてるんだよな」
律はポツリとそう呟いた。
蛭魔が武蔵に調べさせたデータによれば、黒子はあくまで「元警察官」だ。
いったい今、黒子は何のために、灰崎たちを追っているのだろう。

*****

「火神君は『らーぜ』に移りたいんですよね?」
黒子の言葉に挑発的なニュアンスを感じた火神は、不機嫌に眉を寄せた。

仕事が終わった後、火神は職場近くの「MAJIバーガー」にいた。
黒子に誘われたからだ。
話があるので、どこかに寄らないかと言われたのだ。
そこで火神が選んだのが、このファーストフードのチェーン店だ。
話をするなら、もっと落ち着いた店の方がいいのではないかという気もした。
だけど黒子は異議を唱えることもなく、すんなりとついてきた。

「お前、夕食なのに、それだけでいいのか?」
窓際のテーブル席で向かい合った時、思わず火神はそう聞いてしまった。
ハンバーガーをトレイに山盛りにしている自分とは対照的に、カップ1つだけだからだ。
黒子はいつもの無表情のまま「バニラシェイクが大好きなんです」と告げた。

正直なところ、火神は黒子のことがあまり好きではなかった。
火神は探偵になりたくて「らーぜ」の門を叩いたのだ。
だが実際に配属されたのは、便利屋。
しかも同時期に入って、どう見ても自分より弱そうな青年が探偵業をしている。
だから黒子のことを忌々しいと思っていたのだ。
そんな火神の気持ちを逆なでするように、黒子は上品にシェイクをすすった後、口を開く。

「火神君は『らーぜ』に移りたいんですよね?」
黒子の言葉に挑発的なニュアンスを感じた火神は、不機嫌に眉を寄せた。
そして「別に」と首を振る。
だが黒子は「バレバレですよ」と受け流してしまう。

「ところで火神君って元警察官ですよね。それで組対の氷室さんの後輩。」
黒子は唐突に話題を変えた。
火神は「お前、何で!」と声を上げる。
ちなみに「組対」とは、警視庁組織犯罪対策部のことだ。

「火神君、今巷で騒がれている怪盗アイシールド、知ってます?」
「・・・なぁ、なんでそんなにコロコロ話題が変わるんだよ!?」
「氷室さんの因縁の相手を倒せて、火神君が『らーぜ』に移れる話があるんですよ。」
「はぁ!?意味がわかんねぇ!」
「ついでに僕の希望もかなうんです。話だけでも聞いてくれませんか?」

黒子の言葉に、火神は考える。
だけどまずは、話を聞いてみるのがよさそうな気がする。
そもそも頭はあまりよくないのだ。
話を聞きもしないで、何がいいか悪いかなんて考えられない。

「あ?」
何気なく窓の外に目を向けた火神は、思わず声を上げた。
店の前の交差点で、信号待ちのワゴン車が止まっているのが見えた。
その運転席でハンドルを握っているのは、羽鳥だったのだ。
そしてワゴン車には他にも何人かの人が乗っている。
もしかしてこれから「らーぜ」の仕事なのか。

「今夜は多分、灰崎君は現れないと思いますけど」
黒子はポツリとそう呟いた。
だがそれは火神は聞き取れなかった。
そして火神は身を乗り出して「話を聞く」と告げた。

*****

「ど、どうも」
千秋は自分の声が震えるのを、抑えることができなかった。

蛭魔や律たちが奮闘する中、千秋はいつも通りだった。
いや、何か慌ただしい雰囲気であることは感じている。
そしてこの前は、それを裏付けるような出来事が起きた。
最近千秋を指名して、掃除を依頼してくる客の「福田」。
彼の名前は実は「灰崎」で、どうやら羽鳥たちと敵対関係にあるらしい。

「今後、その客の依頼は受けるなよ」
蛭魔がそう言っただけで、千秋には誰も何も説明してくれなかった。
だけどさすがに鈍い千秋にもわかっていた。
あの「福田」こと「灰崎」は「らーぜ」とカフェの三姉妹のことを探るのが目的だった。
千秋はあの男の誘導するままに、彼らのことをかなり喋ってしまったのだ。

しかも腹立たしいことに、あの男はおそらく千秋が一番喋りそうだと踏んだのだ。
だからこそ、千秋ばかりを指名した。
口車に乗せられて、まんまと喋らされたのが悔しくてたまらない。
しかも仲間のことを売ったみたいで、後ろめたさも残るのだ。

そんな鬱々とした気分を抱えながら、仕事をする。
今日は木佐と一緒に、コンビニの店員をした。
ギリギリの人数でやっているので、急にアルバイトが休むと依頼が来る。
おかげですっかりコンビニの仕事にも慣れている。
木佐と2人、交代で休憩を取りながら、昼から深夜帯までの長時間勤務だった。
そして朝勤の人間に引き継いで、コンビニを出た。

「何か人に喜ばれると、ホッとするよ。」
千秋は足がフラつきそうになるのをこらえながら、笑顔になる。
長時間仕事をしたことで、店長が何度も「助かったよ」と頭を下げてくれたからだ。
木佐は「そうだね」と笑う。
あの「灰崎」の件で千秋が落ち込んでことに気づいているが、知らない振りをしてくれる。

「早く帰って、寝たい」
「ホントに徹夜仕事は、もうキツイよね」
千秋と木佐はそう言いながら、駅へと向かう。
さすがに今日は事務所には戻らずに、家に直帰だ。

だが駅に着く前に、2人の隣に1台の黒いワゴン車が止まった。
そして中から見覚えのない男が2人、飛び出してくる。
何だと思う暇もなかった。
千秋と木佐はあっという間に羽交い絞めにされ、車の中に引きずり込まれてしまう。
口を塞がれたので声も上げられず、人通りもないので助けも呼べない。
まったく手際のいい犯行だった。

「千秋ちゃん、久しぶり」
車の中で待機していたもう1人の男がそう告げた。
こちらは見覚えのある、いや恨みと共にしっかり記憶に刻み込まれた男。
「福田」と名乗り、千秋から情報を引き出した「灰崎」だ。

まだ俺を利用するつもりか!?
千秋はそう叫ぼうとしたが、口を塞がれてしまい、それもかなわない。
次の瞬間、頭に血が上り、渾身の力で暴れようとした。
木佐も同様に、必死に逃げようとしている。
だが荒事に慣れているらしい男たちはあっさりとそれを封じて、千秋と木佐を縛り上げてしまった。

そしてワゴン車は急発進する。
このまま連れ去られたら終わりだと、千秋は焦った。
だがなすすべもなく、車は無慈悲にスピードを上げていった。

【続く】
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