アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】
【カイツールの夢】
「万を持してって感じだな。」
瀬那が楽しげにそう告げると、廉も笑顔で頷く。
だが律は「浮かれないようにしよう」と厳しい声で2人を制した。
3人だけで盗みに出るのは、久しぶりだ。
今日のターゲットは「カイツールの夢」という名の絵だ。
この絵も本来の所有者ではない人間の元にある。
これを盗んでフレームを掛け替え、本来の持ち主に戻すのだ。
運転席では瀬那がハンドルを握り、助手席には廉だ。
2人とも控えめだが笑顔を見せている。
元々この3人で始めた怪盗アイシールドなのだ。
それに律が隠していた自分の素性や立ち位置をすべて告白したこともある。
瀬那と廉は、吹っ切れたいい表情をしていた。
だけど律は少しも楽しい気分になれない。
表向きは快進撃と言えるだろう。
盗みは今のところすべて成功しているし、マスコミも派手に騒いでくれている。
残されている絵は、今回のターゲットを含めてあと5枚。
そして目指している「敵」が、迫っているのも感じている。
後はその「敵」を捕らえて、全てを問い質し、しかるべき制裁を加えるだけなのだが。
なぜこんなに不安なのだろう。
律は内心の動揺を、瀬那と廉に気付かせないだけで精一杯だった。
顔だけはかろうじて笑みを浮かべながら、懸命に気持ちを落ち着けようとしていた。
おそらく理由は黒子、そして赤司たちの存在だ。
想定していた戦いは、あくまで自分たちと「敵」との一騎打ちなのだ。
敵だか味方だかわからない勢力がからんでくるなんて、思っていなかった。
けどまぁ、何とかなるか。
律はチラリとバックミラーを覗くと、肩を竦めた。
瀬那と廉は気付いていないようだが、後ろからはしっかりと1台の車が追ってきている。
乗っているのは蛭魔と阿部と高野だ。
心強いってことは、もう信頼してるってことだよな。
律はそんなことを考えて、何とも気恥ずかしい気分になった。
決して「味方」とは思わないつもりだったけど、心のどこかではやっぱり頼もしいのだ。
「万を持してって感じだな。」
瀬那が楽しげにそう告げると、廉も笑顔で頷く。
だが律は「浮かれないようにしよう」と厳しい声で2人を制した。
*****
「え?何?」
バクバクと欠食児童のごとくスプーンを動かしていた千秋は、顔を上げる。
羽鳥は「いや、食ってからでいい」と諦めたようにため息をついた。
カフェの営業が終わり、バータイムに突入した「デビルバッツ」。
仕事を終えた律たちは、今回のターゲットである絵を盗みに出て行った。
そして蛭魔たちはこっそりとその後をついて行ってしまったのだ。
いよいよ本命の「敵」の姿が見え始めたことで、過保護になっているのだろう。
残された羽鳥、桐嶋、横澤は、彼らを待ちながら、別の仕事をすることにした。
客を装った「敵」は「エメラルド」に仕事を依頼をしていたということだ。
だから「エメラルド」の面々を呼び出し、その話を聞き出すことにしたのだ。
そこで夕食を奢るという名目で、千秋と柳瀬、木佐、雪名を呼び出した。
そして横澤と羽鳥が腕を振るうことになったのだ。
「横澤さんって本当に料理が上手いね。」
そう言いながら、横澤の作ったハンバーグを食べるのは柳瀬だった。
一応ここはカフェなので、ワンプレートにライスと目玉焼きと野菜を添えてロコモコ風にしている。
同じものを食べている雪名が「羽鳥さんのも美味しそうですよ」とフォローする。
羽鳥とはウマが合わない柳瀬は、わざわざ横澤だけを褒めているからだ。
「うん。羽鳥さんのもすごく美味しいよ!」
木佐も雪名のフォローに合わせるように、そう言った。
羽鳥が作ったのはオムライスで、これは木佐と千秋が食べている。
千秋は何も言わないが、黙々と動くスプーンが雄弁に美味だと語っている。
「で、何が聞きたいの?」
勘のいい柳瀬が、いち早く食事を食べ終わるなり、そう聞いた。
だがしっかりと顔は桐嶋に向けている。
あくまでも羽鳥のことは、無視するつもりのようだ。
「最近『エメラルド』に掃除を頼んでる福田って男のことを聞きたい。」
食事の支度では出番なしだった桐嶋が、前置きなしにそう切り出した。
すると柳瀬、木佐、雪名は顔を見合わせると、微妙な表情になった。
羽鳥はその様子に疑問を感じて「何だ?」と聞いた。
「気持ち悪い、よね」
そう即答したのは木佐だ。
雪名が「うん、得体がしれない感じ」とかぶせる。
柳瀬が「でも担当は千秋だけど」と言って、黙ってオムライスを頬張る男を見た。
やはり実際の担当であった千秋が、一番情報を持っているということだ。
「千秋、福田って客のことだけど。」
羽鳥はそう言って、千秋の顔を覗き込む。
だけど肝心の千秋は、何も聞いてなかったらしい。
「え?何?」
バクバクと欠食児童のごとくスプーンを動かしていた千秋は、顔を上げる。
羽鳥は「いや、食ってからでいい」と諦めたようにため息をついた。
*****
「お久しぶりです。」
黒子は丁寧に頭を下げる。
相手の男は「久しぶりだね、黒子君」と端整な美貌を綻ばせた。
律たちが「敵」と見なす男を、彼らは「福田」と仮称している。
その「福田」は、黒子が追い続ける男でもあった。
そして赤司たちもこの男を追っている。
黒子は律や蛭魔、そして赤司たちよりも先に男を押さえたいと思っている。
そのために、黒子はこの男を訪ねたのだ。
蛭魔や赤司たちを相手に、たった1人で戦うのは無謀だ。
「どうぞ、あがって。」
男は1人暮らしの部屋に、黒子を招き入れてくれた。
黒子は「ありがとうございます」と頭を下げると、部屋に上がった。
「適当に座って。ごめんね。バニラシェイクはないんだ。」
男は手慣れた様子で、黒子をもてなしてくれる。
こういう社交的なところは、黒子とは真逆だ。
黒子はソファに腰を下ろすと「おかないなく」と告げる。
男はそんな黒子に、スポーツドリンクのペットボトルを渡してくれた。
「ついに見つけました。」
「そうか。やったね。」
黒子の短い言葉に、男は淡々と答える。
この男も「福田」とは浅からぬ因縁があるのだ。
「力を貸してもらいたいんです。」
「赤司君より先に、押さえたいのかな。」
「それと『デビルバッツ』や『アイシールド』より先にです。」
黒子は男の顔を見た。
男はまるで駆け引きを楽しむように、黒子を見た。
そして「勝算はあるのかい?」と質問される。
「火神大我君が今『エメラルド』にいるの、知ってます?」
黒子は切り札になる人物の名を、サラリと告げた。
予想通り、男は「え?そうなの?」と驚いている。
黒子は澄ました顔で「それが勝算です」と答えた。
「さっさと行きましょう。今日『アイシールド』は盗みをやると思うので」
黒子は男の答えを待たずに、さっさと立ち上がる。
男は「ええ、今から!?」と驚いていたが、特に逆らうことなくついてきた。
*****
「すみません。本当に」
羽鳥はがっくりと肩を落とす。
桐嶋と横澤は「お前があやまることじゃないだろ」と苦笑しながら、慰めてくれた。
結局千秋たちに食事をさせたものの、たいしたことは聞き出せなかった。
まずわかったのは「福田」は「エメラルド」のメンバーたちには、不気味に思われていたことだ。
何かわからないけど、邪悪な感じがする。
そう言ったのは木佐で、雪名と柳瀬が同意した。
だが実際に相対していなかった彼らは、それ以上の情報はなかった。
では担当していた千秋はどう思っていたのか。
これが思いのほか鈍いというか、ズレているのだ。
「あの人、きっと寂しいんだよ」
バクバクとオムライスを食べながら、千秋はそう言った。
たいして汚れてもいない部屋を掃除するために、大金をはたく。
その行動を不気味と思わず、そんな風に解釈したらしい。
「『福田』が千秋を選んだのは、ある意味正しい人選でしたね。」
千秋たちが帰宅し、桐嶋、横澤、羽鳥だけになったバー「デビルバッツ」で、羽鳥はため息をつく。
「福田」に聞かれるままに、千秋はいろいろなことを喋っていた。
「らーぜ」や「エメラルド」の構成メンバーのこと、そしてカフェ「デビルバッツ」の三姉妹のことだ。
特に律たちの話については、かなり喋っていたようだ。
今はあのビルの4階に同居していることや、カフェでの仕事振り、そして勤務時間のローテーション。
思わず舌打ちしたくなるほど、千秋はこちらの手の内を話してしまっていた。
「あの人、三姉妹の誰かが好きなんだと思う。だけどホントは男って知らないよね、きっと。」
羽鳥はもう、ボケるのもいい加減にしろと怒鳴りたくなる。
だが千秋は涼しい顔で「オムライス、おかわり!」などと言う。
横澤も桐嶋ももう呆れるのを通り越して、心の底から笑っていた。
「黒子がこっちにつけば、もっと情報が集まるんだがな」
横澤が悔しそうに、吐き捨てた。
先日蛭魔が黒子に「立ち位置をはっきりさせろ」と迫った。
すると黒子は「味方じゃないです」と答えたのだ。
そしてそれ以上のことは、何も教えてくれなかった。
「すみません。本当に」
羽鳥はがっくりと肩を落とす。
桐嶋と横澤は「お前があやまることじゃないだろ」と苦笑しながら、慰めてくれた。
だから千秋は「らーぜ」には入れられないし「デビルバッツ」のことも話せない。
羽鳥は改めてそう思いながら、深い深いため息をついたのだった。
*****
「誰も動くなよ」
ついに現れた「福田」は車に乗り込もうとした廉の背後に立っていた。
そしてその後頭部にピッタリと拳銃を突き付けていた。
律たちは目的の絵を持ち出すことに成功していた。
瀬那が車に残り、実際に盗み出したのは律と廉だ。
後はフレームを掛け替えて、本来の持ち主に絵を戻せばいい。
そして車に乗り込もうとした瞬間、1人の男が駆け寄ってきたのだ。
その男に気付いた瞬間、もちろん蛭魔たちも動いていた。
すかさず車を降りて、律たちの車に駆け寄る。
だが男の動きの方が早かった。
「誰も動くなよ」
ついに現れた「福田」は車に乗り込もうとした廉の背後に立っていた。
そしてその後頭部にピッタリと拳銃を突き付けていた。
「お前たち3人に用がある。一緒に来てもらおうか」
ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた「福田」は、拳銃の先で廉を小突いた。
そして廉にそのまま車に乗るようにうながす。
律たちが乗ってきたその車ごと、立ち去るつもりのようだった。
「さっさと乗れよ!」
「福田」はそう叫ぶと、廉を車の後部座席へ突き飛ばした。
そして銃口を向けたまま、律にも「乗れ!」と命令しながら、目で助手席を示す。
律は忌々しそうに「福田」を見たが、何も言わずに助手席に乗り込んだ。
「待ちやがれ、この!」
蛭魔も銃を構えるが、照準を定める前に「福田」は車に乗り込んでしまう。
このままではまずい。
阿部が慌てて身を翻すと、自分たちが乗ってきた車に駆け寄った。
このまま律たちを人質にして逃走するであろう男を追跡するためだ。
だが阿部は車に戻る前に、足を止めた。
なぜなら気配もなく現れた新たな人物が、ドアを閉めようとした「福田」の背中に銃を突き付けたからだ。
その人物の顔を見た蛭魔たちは「あ!」と息を飲む。
何としても自分の立ち位置を明かさない男、黒子テツヤ。
「お久しぶりです。来ると思ってましたよ。」
「テメェ!黒子か!」
「灰崎君、銃をその場に置いて、降りて着て下さい。」
黒子が静かに、だが有無を言わさぬ口調で命令した。
「福田」こと灰崎はチッと1つ舌打ちをすると、銃を座席に置いたまま両手を上げ、車を降りる。
「氷室さん、お願いします!」
黒子が銃を構えたまま叫ぶと、黒子の背後からさらに現れた男が灰崎に歩み寄った。
だが次の瞬間、灰崎はポケットから別の銃を取り出し、氷室と呼ばれた男に向けた。
それを見て取った黒子と蛭魔たちが灰崎を撃とうと狙いを定める。
だが灰崎は「こりゃこっちの分が悪いな」と告げると、身をひるがえして走り出した。
車が入れない細い路地に駆け込む灰崎を、黒子と氷室は猛然と追いかけていく。
「やっぱり黒子を取り込むのが、早道か」
蛭魔がポツリとそう呟くと、阿部と高野が「だな」と頷く。
律、瀬那、廉は呆然としたまま、答えることもできずにいた。
【続く】
「万を持してって感じだな。」
瀬那が楽しげにそう告げると、廉も笑顔で頷く。
だが律は「浮かれないようにしよう」と厳しい声で2人を制した。
3人だけで盗みに出るのは、久しぶりだ。
今日のターゲットは「カイツールの夢」という名の絵だ。
この絵も本来の所有者ではない人間の元にある。
これを盗んでフレームを掛け替え、本来の持ち主に戻すのだ。
運転席では瀬那がハンドルを握り、助手席には廉だ。
2人とも控えめだが笑顔を見せている。
元々この3人で始めた怪盗アイシールドなのだ。
それに律が隠していた自分の素性や立ち位置をすべて告白したこともある。
瀬那と廉は、吹っ切れたいい表情をしていた。
だけど律は少しも楽しい気分になれない。
表向きは快進撃と言えるだろう。
盗みは今のところすべて成功しているし、マスコミも派手に騒いでくれている。
残されている絵は、今回のターゲットを含めてあと5枚。
そして目指している「敵」が、迫っているのも感じている。
後はその「敵」を捕らえて、全てを問い質し、しかるべき制裁を加えるだけなのだが。
なぜこんなに不安なのだろう。
律は内心の動揺を、瀬那と廉に気付かせないだけで精一杯だった。
顔だけはかろうじて笑みを浮かべながら、懸命に気持ちを落ち着けようとしていた。
おそらく理由は黒子、そして赤司たちの存在だ。
想定していた戦いは、あくまで自分たちと「敵」との一騎打ちなのだ。
敵だか味方だかわからない勢力がからんでくるなんて、思っていなかった。
けどまぁ、何とかなるか。
律はチラリとバックミラーを覗くと、肩を竦めた。
瀬那と廉は気付いていないようだが、後ろからはしっかりと1台の車が追ってきている。
乗っているのは蛭魔と阿部と高野だ。
心強いってことは、もう信頼してるってことだよな。
律はそんなことを考えて、何とも気恥ずかしい気分になった。
決して「味方」とは思わないつもりだったけど、心のどこかではやっぱり頼もしいのだ。
「万を持してって感じだな。」
瀬那が楽しげにそう告げると、廉も笑顔で頷く。
だが律は「浮かれないようにしよう」と厳しい声で2人を制した。
*****
「え?何?」
バクバクと欠食児童のごとくスプーンを動かしていた千秋は、顔を上げる。
羽鳥は「いや、食ってからでいい」と諦めたようにため息をついた。
カフェの営業が終わり、バータイムに突入した「デビルバッツ」。
仕事を終えた律たちは、今回のターゲットである絵を盗みに出て行った。
そして蛭魔たちはこっそりとその後をついて行ってしまったのだ。
いよいよ本命の「敵」の姿が見え始めたことで、過保護になっているのだろう。
残された羽鳥、桐嶋、横澤は、彼らを待ちながら、別の仕事をすることにした。
客を装った「敵」は「エメラルド」に仕事を依頼をしていたということだ。
だから「エメラルド」の面々を呼び出し、その話を聞き出すことにしたのだ。
そこで夕食を奢るという名目で、千秋と柳瀬、木佐、雪名を呼び出した。
そして横澤と羽鳥が腕を振るうことになったのだ。
「横澤さんって本当に料理が上手いね。」
そう言いながら、横澤の作ったハンバーグを食べるのは柳瀬だった。
一応ここはカフェなので、ワンプレートにライスと目玉焼きと野菜を添えてロコモコ風にしている。
同じものを食べている雪名が「羽鳥さんのも美味しそうですよ」とフォローする。
羽鳥とはウマが合わない柳瀬は、わざわざ横澤だけを褒めているからだ。
「うん。羽鳥さんのもすごく美味しいよ!」
木佐も雪名のフォローに合わせるように、そう言った。
羽鳥が作ったのはオムライスで、これは木佐と千秋が食べている。
千秋は何も言わないが、黙々と動くスプーンが雄弁に美味だと語っている。
「で、何が聞きたいの?」
勘のいい柳瀬が、いち早く食事を食べ終わるなり、そう聞いた。
だがしっかりと顔は桐嶋に向けている。
あくまでも羽鳥のことは、無視するつもりのようだ。
「最近『エメラルド』に掃除を頼んでる福田って男のことを聞きたい。」
食事の支度では出番なしだった桐嶋が、前置きなしにそう切り出した。
すると柳瀬、木佐、雪名は顔を見合わせると、微妙な表情になった。
羽鳥はその様子に疑問を感じて「何だ?」と聞いた。
「気持ち悪い、よね」
そう即答したのは木佐だ。
雪名が「うん、得体がしれない感じ」とかぶせる。
柳瀬が「でも担当は千秋だけど」と言って、黙ってオムライスを頬張る男を見た。
やはり実際の担当であった千秋が、一番情報を持っているということだ。
「千秋、福田って客のことだけど。」
羽鳥はそう言って、千秋の顔を覗き込む。
だけど肝心の千秋は、何も聞いてなかったらしい。
「え?何?」
バクバクと欠食児童のごとくスプーンを動かしていた千秋は、顔を上げる。
羽鳥は「いや、食ってからでいい」と諦めたようにため息をついた。
*****
「お久しぶりです。」
黒子は丁寧に頭を下げる。
相手の男は「久しぶりだね、黒子君」と端整な美貌を綻ばせた。
律たちが「敵」と見なす男を、彼らは「福田」と仮称している。
その「福田」は、黒子が追い続ける男でもあった。
そして赤司たちもこの男を追っている。
黒子は律や蛭魔、そして赤司たちよりも先に男を押さえたいと思っている。
そのために、黒子はこの男を訪ねたのだ。
蛭魔や赤司たちを相手に、たった1人で戦うのは無謀だ。
「どうぞ、あがって。」
男は1人暮らしの部屋に、黒子を招き入れてくれた。
黒子は「ありがとうございます」と頭を下げると、部屋に上がった。
「適当に座って。ごめんね。バニラシェイクはないんだ。」
男は手慣れた様子で、黒子をもてなしてくれる。
こういう社交的なところは、黒子とは真逆だ。
黒子はソファに腰を下ろすと「おかないなく」と告げる。
男はそんな黒子に、スポーツドリンクのペットボトルを渡してくれた。
「ついに見つけました。」
「そうか。やったね。」
黒子の短い言葉に、男は淡々と答える。
この男も「福田」とは浅からぬ因縁があるのだ。
「力を貸してもらいたいんです。」
「赤司君より先に、押さえたいのかな。」
「それと『デビルバッツ』や『アイシールド』より先にです。」
黒子は男の顔を見た。
男はまるで駆け引きを楽しむように、黒子を見た。
そして「勝算はあるのかい?」と質問される。
「火神大我君が今『エメラルド』にいるの、知ってます?」
黒子は切り札になる人物の名を、サラリと告げた。
予想通り、男は「え?そうなの?」と驚いている。
黒子は澄ました顔で「それが勝算です」と答えた。
「さっさと行きましょう。今日『アイシールド』は盗みをやると思うので」
黒子は男の答えを待たずに、さっさと立ち上がる。
男は「ええ、今から!?」と驚いていたが、特に逆らうことなくついてきた。
*****
「すみません。本当に」
羽鳥はがっくりと肩を落とす。
桐嶋と横澤は「お前があやまることじゃないだろ」と苦笑しながら、慰めてくれた。
結局千秋たちに食事をさせたものの、たいしたことは聞き出せなかった。
まずわかったのは「福田」は「エメラルド」のメンバーたちには、不気味に思われていたことだ。
何かわからないけど、邪悪な感じがする。
そう言ったのは木佐で、雪名と柳瀬が同意した。
だが実際に相対していなかった彼らは、それ以上の情報はなかった。
では担当していた千秋はどう思っていたのか。
これが思いのほか鈍いというか、ズレているのだ。
「あの人、きっと寂しいんだよ」
バクバクとオムライスを食べながら、千秋はそう言った。
たいして汚れてもいない部屋を掃除するために、大金をはたく。
その行動を不気味と思わず、そんな風に解釈したらしい。
「『福田』が千秋を選んだのは、ある意味正しい人選でしたね。」
千秋たちが帰宅し、桐嶋、横澤、羽鳥だけになったバー「デビルバッツ」で、羽鳥はため息をつく。
「福田」に聞かれるままに、千秋はいろいろなことを喋っていた。
「らーぜ」や「エメラルド」の構成メンバーのこと、そしてカフェ「デビルバッツ」の三姉妹のことだ。
特に律たちの話については、かなり喋っていたようだ。
今はあのビルの4階に同居していることや、カフェでの仕事振り、そして勤務時間のローテーション。
思わず舌打ちしたくなるほど、千秋はこちらの手の内を話してしまっていた。
「あの人、三姉妹の誰かが好きなんだと思う。だけどホントは男って知らないよね、きっと。」
羽鳥はもう、ボケるのもいい加減にしろと怒鳴りたくなる。
だが千秋は涼しい顔で「オムライス、おかわり!」などと言う。
横澤も桐嶋ももう呆れるのを通り越して、心の底から笑っていた。
「黒子がこっちにつけば、もっと情報が集まるんだがな」
横澤が悔しそうに、吐き捨てた。
先日蛭魔が黒子に「立ち位置をはっきりさせろ」と迫った。
すると黒子は「味方じゃないです」と答えたのだ。
そしてそれ以上のことは、何も教えてくれなかった。
「すみません。本当に」
羽鳥はがっくりと肩を落とす。
桐嶋と横澤は「お前があやまることじゃないだろ」と苦笑しながら、慰めてくれた。
だから千秋は「らーぜ」には入れられないし「デビルバッツ」のことも話せない。
羽鳥は改めてそう思いながら、深い深いため息をついたのだった。
*****
「誰も動くなよ」
ついに現れた「福田」は車に乗り込もうとした廉の背後に立っていた。
そしてその後頭部にピッタリと拳銃を突き付けていた。
律たちは目的の絵を持ち出すことに成功していた。
瀬那が車に残り、実際に盗み出したのは律と廉だ。
後はフレームを掛け替えて、本来の持ち主に絵を戻せばいい。
そして車に乗り込もうとした瞬間、1人の男が駆け寄ってきたのだ。
その男に気付いた瞬間、もちろん蛭魔たちも動いていた。
すかさず車を降りて、律たちの車に駆け寄る。
だが男の動きの方が早かった。
「誰も動くなよ」
ついに現れた「福田」は車に乗り込もうとした廉の背後に立っていた。
そしてその後頭部にピッタリと拳銃を突き付けていた。
「お前たち3人に用がある。一緒に来てもらおうか」
ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた「福田」は、拳銃の先で廉を小突いた。
そして廉にそのまま車に乗るようにうながす。
律たちが乗ってきたその車ごと、立ち去るつもりのようだった。
「さっさと乗れよ!」
「福田」はそう叫ぶと、廉を車の後部座席へ突き飛ばした。
そして銃口を向けたまま、律にも「乗れ!」と命令しながら、目で助手席を示す。
律は忌々しそうに「福田」を見たが、何も言わずに助手席に乗り込んだ。
「待ちやがれ、この!」
蛭魔も銃を構えるが、照準を定める前に「福田」は車に乗り込んでしまう。
このままではまずい。
阿部が慌てて身を翻すと、自分たちが乗ってきた車に駆け寄った。
このまま律たちを人質にして逃走するであろう男を追跡するためだ。
だが阿部は車に戻る前に、足を止めた。
なぜなら気配もなく現れた新たな人物が、ドアを閉めようとした「福田」の背中に銃を突き付けたからだ。
その人物の顔を見た蛭魔たちは「あ!」と息を飲む。
何としても自分の立ち位置を明かさない男、黒子テツヤ。
「お久しぶりです。来ると思ってましたよ。」
「テメェ!黒子か!」
「灰崎君、銃をその場に置いて、降りて着て下さい。」
黒子が静かに、だが有無を言わさぬ口調で命令した。
「福田」こと灰崎はチッと1つ舌打ちをすると、銃を座席に置いたまま両手を上げ、車を降りる。
「氷室さん、お願いします!」
黒子が銃を構えたまま叫ぶと、黒子の背後からさらに現れた男が灰崎に歩み寄った。
だが次の瞬間、灰崎はポケットから別の銃を取り出し、氷室と呼ばれた男に向けた。
それを見て取った黒子と蛭魔たちが灰崎を撃とうと狙いを定める。
だが灰崎は「こりゃこっちの分が悪いな」と告げると、身をひるがえして走り出した。
車が入れない細い路地に駆け込む灰崎を、黒子と氷室は猛然と追いかけていく。
「やっぱり黒子を取り込むのが、早道か」
蛭魔がポツリとそう呟くと、阿部と高野が「だな」と頷く。
律、瀬那、廉は呆然としたまま、答えることもできずにいた。
【続く】