アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【アクゼリュスな微笑み】

不思議なお客さんだな。
千秋はいつもそう思いながら、青年と食事をしていた。

千秋は仕事で、とあるマンションに来ていた。
内容は部屋の清掃をして欲しいという、至ってシンプルなものだ。
最初の依頼は、約1ヶ月ほど前。
それ以降は、週に2回ペースで頼まれている。
そして2回目以降は、最初に担当した千秋を名指しで依頼してくれる。

だけど千秋は何だか腑に落ちなかった。
そこは若い男性の1人住まいの、ごくありふれたワンルームマンションだったからだ。
しかも最初の依頼の時さえ、部屋は綺麗な状態だった。
つまりわざわざ金を払って、清掃を頼むような部屋ではないのだ。

仕事は1日分の料金で契約をしている。
だがそんな部屋なので、だいたい午前中にはきれいになってしまう。
すると依頼人の青年は、千秋を昼食に誘うのだ。
メニューはいつも電話で頼むデリバリーで、ピザとか弁当などだ。

「こんなにしていただいては申し訳ないです。」
最初、千秋は恐縮して、食事を辞退した。
こんな楽な仕事で、食事まで振る舞われては申し訳ない。
料金も半日分にして、そのまま帰ろうとしたのだ。
だが依頼人の青年は「そんなこと言わないでくれよ」と縋るような声を出す。
そんな風に言われてしまうと、人がいい千秋はもうことわれないのだ。

「便利屋の『エメラルド』って、千秋君の他にどんな人が働いてるの?」
「同じビルに入ってる『らーぜ』って同じ経営者なんだよね?」
「1階のカフェにいる美人さんたち、姉妹なんだって?」
どうやら話し好きらしい青年は、もっぱら千秋の職場のことを話題にした。
千秋が青年の問いに答えているうちに、食事は終わる。
そして1日分の料金を半ば押し付けるように渡され、事務所に戻るのだ。

不思議なお客さんだな。
千秋はいつもそう思いながら、青年と食事をしていた。
最初は寂しがりで、誰かと食事をしたいのかと思った。
だけど千秋の仕事の話題が多いので、もしかして千秋のように探偵志望なのかと思う。
いやもしかしたらあのカフェの三姉妹の誰かと付き合いたいのかなという気もする。
とにかく清掃ではなく、千秋に質問をすることが目的なのだろう。

カフェの三姉妹は実は男なんだって、バラしたらまずいのかな。
千秋は今日もそんなことを考えながら、1日分の日当をもらって事務所に戻った。

*****

「俺、これがバレたらクビなんだが」
武蔵は苦い表情で眉を寄せながら、文句を言った。

蛭魔はバータイムになった「デビルバッツ」で1人の男と向かい合っていた。
その男の名は武蔵厳。
つい最近まで怪盗アイシールド事件を担当していた刑事である。
そして蛭魔たちを犯人ではないかと疑っていた男だった。

蛭魔は武蔵のことを、正義感を持ったいい刑事だと考えている。
あの時点で、怪盗アイシールドの正体に一番近づいたのはこの男だったのだから。
おそらくは蛭魔たちが持つカタギではない雰囲気を感じ取ったのだろう。
だがあのときはまだ怪盗アイシールドは、律、瀬那、廉の3人だけだった。
そこは今1つ、詰めが甘いと言わざるを得ない。

だがアイシールド事件は、もう赤司たちの手に移っている。
そのことで武蔵が随分不満を貯めているらしい。
それを利用すれば、味方につけられるかもしれない。
だから蛭魔は武蔵を呼び出したのだ。

「何か飲むか?」
蛭魔は武蔵に声をかけながら、カウンターの中にいる高野を見た。
仕事中だとことわるかと思ったら、武蔵は「ビール」と答えた。
どうやら少しは腹を割ってくれるつもりのようだ。
高野は黙って頷くと、カウンターから出てくる。
そして慣れた動作で、蛭魔と武蔵の前に冷えた缶のビールとグラスを置いた。

「資料は役に立ったようだな。」
蛭魔はそう告げると、ビールを満たしたグラスを掲げた。
武蔵は顔をしかめながら、グラスを使わず缶のままでビールを煽る。
実は武蔵が捜査に当たっていた詐欺事件で、蛭魔は警察より先に証拠を入手していた。
それを武蔵に渡して、取引を申し出たのだ。
武蔵は迷ったようだがその申し出を受け、難航していた詐欺事件は解決した。

「俺、これがバレたらクビなんだが」
武蔵は苦い表情で眉を寄せながら、文句を言った。
そしてA4サイズの封筒を、蛭魔の前に置いた。
蛭魔は「バレねーよ」と答えながら、封筒の中の書類を確認した。

「解決したら、全部話せよ。」
武蔵はそう告げると、缶の中身を一気に飲み干した。
そして「ビール代も込みだからな」と言い捨てて、立ち上がる。
解決とはもちろん、アイシールド事件の全容のことだ。
武蔵もこの件が単純な絵画の盗難や、巷を騒がすのが狙いの愉快犯とは思っていない。
無深い闇があり、それを蛭魔たちが追っていることを察しているのだろう。
そして警察では手を出せないことも理解して、蛭魔に託してくれたのだ。

この男もいつか「デビルバッツ」に引き入れてぇな。
蛭魔は店を出ていく男の後姿を見送りながら、そう思った。

*****

まったく掴めないよな。
律はファインダー越しに、かわいいウエイトレス姿の黒子を見ながらこっそりとため息をついた。

「お待たせしました。ランチプレートです。」
テツナこと黒子が、オーダーの品物を客のテーブルに運んでいる。
態度は丁寧だが、表情にも口調にも感情が見えない。
接客としてそれでいいのかと思わないでもないが、これが意外と人気があるのだ。
この「ツン」とした感じがいい、いつか「デレ」の部分を見たい。
そんな声を聞くたびに、まったく客のニーズとは不可解だと思ってしまう。

数日前の夜、律は「デビルバッツ」のメンバーと瀬那、廉に自分の立場を打ち明けた。
だがその最中、いきなり黒子がその場に現れたのだ。
そして火神を疑う雰囲気の中で「彼は関係ないですよ」と告げた。
帰ったんじゃないのか?
なぜいきなりそんなところから現れたのか?
誰もがそう思い、絶句していると「お話し中、すみません」と頭を下げた。
そしてそのまま「お疲れ様です」と挨拶して、店を出て行ってしまったのだ。

何らかの説明をしてくれると思っていた一同は「ハァァ!?」と声を上げた。
慌てて追いかけるべく、何人かが店を飛び出すと、もう黒子の姿は消えていた。
そして翌日以降も、黒子は何事もなかったように仕事をしている。
突然現れて消えるこの青年は、いろいろな人間を見てきた蛭魔たちにとっても謎のようだ。

蛭魔たちは、火神と黒子についても調べている。
その結果、変わった名字の2人は本名を名乗っていることがわかった。
提出された履歴書に書かれている名前や連絡先、実家の住所や出身校もみんな本物だった。
唯一2人が偽っていたのは、職歴だ。
火神はただ「公務員」とだけ書いており、黒子は「フリーターだったので」と未記載だ。
蛭魔たちは、この部分について秘かに調べているらしい。

「テツナちゃん、一緒に写真撮って!」
客の1人が黒子に声をかけると、黒子が「私でよければ」と答えている。
相変わらず言葉は丁寧だが、無表情だ。
でも客は「やった」と喜び、律に「シャッター、押してください」とカメラを差し出す。
少しだけでも笑ってあげればいいのに。
律としてはそう思うのだが、黒子の表情は少しも変わらなかった。

まったく掴めないよな。
律はファインダー越しに、かわいいウエイトレス姿の黒子を見ながらこっそりとため息をついた。

*****

「黒子のこと、聞いたか?」
ワゴン車の助手席でようやく少し落ち着いた桐嶋が、運転する横澤に声をかけた。
横澤は「蛭魔が武蔵から聞き出した話だな」と応じた。

深夜、横澤と桐嶋は車で移動をしていた。
今日の2人は、久しぶりに怪盗アイシールドとして動いていた。
ターゲットは「アクゼリュスな微笑み」という絵。
とある会社社長が財産隠しのために購入して、隠していると判明したのだ。
例によって盗み出して、フレームをつけ替える。
そして会社社長名義で税務署に送りつけてやるのだ。

今回この2人であるのは、気まぐれな桐嶋が「そろそろ俺、やりたい」と言い出したせいだ。
何しろ遊び好きで、悪戯好きな男なのだ。
そしていつも割を食わされるのは、横澤だった。
いいかげん自分が「デビルバッツ」の最年長で、子持ちであることを自覚してほしいものだと思う。

「やったな、次元大介!」
無事に仕事を終えた後、上機嫌な桐嶋に、横澤はウンザリしていた。
気分はすっかり「ルパン三世」なのだろうが、横澤としては疲れるばかりだ。
彼の娘、日和のためにも、横澤はいざという時には桐嶋の盾になるつもりでいる。
それなのに当の桐嶋ときたら、少しも緊張感がないのだ。

「黒子のこと、聞いたか?」
ワゴン車の助手席でようやく少し落ち着いた桐嶋が、運転する横澤に声をかけた。
横澤は「蛭魔が武蔵から聞き出した話だな」と応じた。

最近「らーぜ」と「エメラルド」に加入した黒子と火神。
2人とも絶対に平和な一般市民ではないと考えた蛭魔は、最近妙に親しくなった武蔵刑事に依頼した。
そして警察のデータベースに、2人の情報があるかどうか確認を頼んだのだ。
結果は大当たり、火神も黒子も退職した元警察官だったのだ。
しかも黒子が所属していた所轄署には、同時期に警察大学校を出たばかりの赤司が赴任していた。
つまり黒子と赤司は顔見知りである可能性もあるのだ。

「黒子は赤司の手先ってことか?」
横澤がそう呟きながら、バックミラーを見た。
そして桐嶋に「気付いてるか?」と聞く。
桐嶋は「もちろんだ」と答えると、シートを倒して後部座席へと移動した。

横澤たちの車をずっと尾行している車があったのだ。
桐嶋はデジタルカメラを取り出すと、電源を入れて後続車にレンズを向けた。
フラッシュを使わなくても、暗闇で撮影ができるタイプのカメラだ。
とりあえず相手の目的がわからないうちは、こちらの動きもバレない方がいい。

*****

「この男、確か」
羽鳥はその写真を見て驚き、目を見開いた。

深夜のカフェ「デビルバッツ」は張りつめた雰囲気に包まれていた。
桐嶋と横澤が絵を盗みに行ったきり、なかなか戻らなかったからだ。
何かあったのかと「デビルバッツ」の面々と、律、瀬那、廉はジリジリ焦りながら待ち続けた。
そして完全に夜が明けてから戻って来た2人に、皆がそっと胸をなで下ろした。

「ずっと尾行されてたんだ。巻くのに時間がかかった。」
横澤は疲れた表情で、そう言った。
桐嶋がデジタルカメラを蛭魔に渡すと、蛭魔は手際よくカメラをパソコンに接続する。
すぐに撮影された画像がパソコン画面に表示された。
小さいが高性能のカメラは、尾行者の顔をはっきりと捉えていた。

「この男、確か」
羽鳥はその写真を見て驚き、目を見開いた。
全員が一斉に羽鳥を見る。
羽鳥はしばらく無言で確認するように。しばらく画面を凝視する。
そして「間違いない」と頷いた。

「最近『エメラルド』に何度か部屋の清掃を依頼してきた男です。」
羽鳥はキッパリとそう答えた。
その男が、千秋がここ最近、名指しで清掃の依頼を受けている客だった。
あの鈍感な千秋にして「何が目的なんだろう」と首をかしげていた。
千秋のことが気になる羽鳥は、その客の顔と住所だけはチェックしていた。

「名前は確か福田とか名乗っていたようですが、本名かどうか」
「とりあえず吉野が出勤したら、確認してみるか」
羽鳥の言葉に、蛭魔がそう応じる。
すると入口のドア付近から「おはようございます」と声を掛けられた。
全員が思わず「おわぁ!」と声を上げる。
またしても気配なく現れたのは、やはり黒子テツヤ。

「この人『エメラルド』の依頼人なんですね。住所を教えてください。」
黒子は蛭魔の前に立つと、パソコン画面を指さしながら、当たり前のようにそう言った。
蛭魔はニヤリと笑うと「タダじゃ無理だな」と答えた。

「そろそろテメーの立ち位置をはっきりさせやがれ」
蛭魔は黒子にそう告げた。
黒子は相変わらず感情が読めない無表情のまま、じっと考えていた。

【続く】
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