アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【アディシュスの絵画】

ったく、俺としたことが。
律はガックリと肩を落として、ため息をついた。

本当は昨晩、律は手持ちのカードを晒す予定だったのだ。
蛭魔幽也の絵にはどんな秘密があるのか、律たちが追う「敵」とは誰なのか。
だが高野が作るカクテルを飲むうちに、そのまま眠りに堕ちてしまった。
無事に盗みを終えた瀬那と廉が戻って来た時には、爆睡していたのだ。

翌朝、目が覚めた時には、ひどい頭痛と吐き気に悩まされることになった。
いわゆる二日酔い、だがこんなにひどいのは今までになかった。
幸い吐くことはなく済んだが、胃腸が弱っているのは明白だ。
食べ物をほとんど受けつけず、ベットから起き上がれない。
まったく情けない醜態をさらしたものだ。
律は体調と共に気分までズブズブと落ち込むことになった。

「今まで張りつめてたから、疲れが出たんじゃねーの?」
落ち込む律とは対照的に、ウキウキと楽しそうなのは高野だった。
寝ている律の頭に濡らしたタオルを当ててくれたり、冷たい水やジュースを持ってきてくれる。
こんな風に世話を焼かれた経験のない律は、混乱するばかりだ。
そもそもこのベットからして、高野の部屋の高野のベット。
清潔にしてあるが、高野のにおいがする。
そのことが律をますます気恥ずかしい気分にさせるのだ。

「疲れ?俺が?」
納得のいかない律は、思わず尖った声でそう言った。
高野や蛭魔は決して味方ではないし、瀬那や廉は守ってやらなければいけない相手だ。
この状況下で弱っている場合ではないのに。

「誰だって完全無欠じゃないんだ。今は休んどけよ。」
「あんた、嬉しそうだな」
「そりゃそうだ。惚れた相手の無防備な姿なんて、萌えるだろ?」
「何、言って」
「いいから。あ、次の仕事も瀬那と廉が2人で行くそうだ。安心して待ってろってさ」

その言葉に、律は「はぁ?」と声を上げた。
次のターゲットは「アディシュスの絵画」という絵で、またしても盗難にあった絵だ。
これを盗んで、フレームを変えた上で、元の持ち主に返すのがミッションだ。
今度こそ自分が行くつもりだった律だったが、この体調では無理だ。
ったく、俺としたことが。
律はガックリと肩を落として、ため息をついた。

「何が『アディシュスの絵画』だよ。絵に『絵画』なんてタイトルつけるか?普通」
せめてもの意趣返しに、絵のタイトルに文句をつけてやる。
高野が「まったくだな」と同意して笑うのさえ、忌々しかった。

*****

驚きの事実ではあったが、何となく予想はしていた。
蛭魔にとっては、呆然としている瀬那の方が心配だった。

深夜のカフェ・デビルバッツ。
今夜はバータイムの方は臨時休業だ。
蛭魔たちデビルバッツの面々、そして瀬那と廉はテーブル席に座っていた。
無造作に座っているようで、蛭魔はちゃっかりと瀬那の隣の席をキープしている。
そして阿部もしっかりと廉の隣に腰を下ろしていた。

今夜の語り部である律は、カウンター席の中央にいた。
席を回してカウンターを背に、つまりテーブル席の方に向かって座っている。
手に持っているのは、昨夜盗んだ「アディシュスの絵画」のフレームだった。
2回連続で瀬那と廉が2人、無事にミッションを完了したのだった。

「話すのが遅くなって、申し訳ない」
まず律は神妙な表情で頭を下げた。
そう、元々この集まりは数日前に予定されていたものだ。
だが律が体調を崩してしまったために、この夜になったのだ。
すると高野が「二日酔い」と茶化し、律が「うるさい!」と怒鳴って高野を睨んだ。

なんだか猫が毛を逆立てて、怒ってるみたいだな。
蛭魔は律を見ながら、苦笑した。
時には蛭魔さえ出し抜くほどの策士で、今まで決して弱みなど見せなかった律。
だからごく普通の青年っぽい振る舞いを見ると、何だかホッとする。
高野もそんな律が見たいから、世話も焼くし茶化すのだろう。

「で、このフレームだけど。」
律はコホンと気を取り直すように咳払いをして、フレームを掲げてそう告げた。
全員が律の手元のフレームを注目する。
それは絵がない状態では、4本の細長い木製の棒だ。
絵を真ん中に嵌め込み、組み立てることで初めて絵のフレームになる。

「このフレーム、4本とも中は空洞になっているんだ。」
律はそう言って、1本のフレームの内側が見えるようにかざして見せる。
細長い筒状の木片は、確かにトンネルのように穴が開いている。
フレームは割と幅が広いので、向こう側が見渡るほどの大きなものだった。

「この中に違法なブツを入れて、運搬に使われていたらしい。」
「え!?」
「つまり絵はカモフラージュでフレームが本命。密輸とかの犯罪に使われてたんだよ。」

律の言葉に、瀬那が「そうだったのか」と呟いた。
ふと見ると、廉も驚きに目を見開いたまま、じっと動かずにいる。
このフレームの秘密は、瀬那と廉も今初めて聞かされたようだ。
彼らにとっては、廉の父親が作ったフレームを取り戻すという正義の行動だったのだ。
だが本当は、犯罪の証拠品を集めていたということになる。

驚きの事実ではあったが、何となく予想はしていた。
蛭魔にとっては、呆然としている瀬那の方が心配だった。

*****

「しっかりしろ、廉」
阿部は俯いて唇を噛みしめている廉の耳元でそっと囁いた。

「このフレームに入れて運搬されたのは主に薬物。その出どころは小日向組だ。」
律は淡々と話を続ける。
小日向組は、律の父親がナンバーツーを勤める反社会的組織だ。
だけど律はまるで他人事のように、冷淡な表情だった。

「俺の父は薬物を扱うことに反対だった。組を徐々にまともな会社組織にシフトさせるべきと言ってた。」
「でも実際はそうなってないだろう?小日向組はクスリでかなりシノいでる。」
阿部は律の説明に、異論を唱えた。
小日向組はシノギのためなら手段を選ばない、エゲツない手法で勢力を広める組織だ。

「そう。父の意向に背いて、薬を売買するヤツらがいたんだ。」
律は不愉快そうに顔を歪めながら、さらに話し続けた。
廉の父親の反対をよそに、瀬那や廉たちの親を巻き込んだ密売ルートが出来上がっていた。
蛭魔幽也の絵、廉の父親が作るフレーム、そして律の父親の組織が用意した薬物。
それを扱った画商は、瀬那の父親が勤める商社の下請け会社の所属。
瀬那の父は失踪時、外商部に勤務しており、売買に関わっていたと思われる。

「誰がどこまで真相を知ってたのかはわからない。アンタの親父さん以外はね。」
律は苦笑しながら、蛭魔を見た。
絵を用意した蛭魔幽也、フレームを作った三橋玲一、絵の売買に関わった小早川秀馬。
蛭魔幽也に関しては、この密売ルートが出来上がる前に死んでいることがわかっている。
では瀬那の父親は。そして廉の父親は。この件をどこまで知っていたのだろう。

「しっかりしろ、廉」
阿部は俯いて唇を噛みしめている廉の耳元でそっと囁いた。
父親が作っていたフレームが、犯罪に使われていた。
それを今知らされ、ショックを受けているのだろう。

「だいじょぶ、だ」
廉はしっかりとそう答えて、顔を上げた。
そしてしっかりと律の顔を見据えている。
阿部は廉の心中を不安に思いながら、律の話に耳を傾けた。

*****

「青臭いだろ、俺も」
自嘲気味に笑う律は、痛々しくも美しかった。

「廉や瀬那のお父さんがどう関わっているのかわからない。だけど主犯は別に必ずいるんだ。」
それが律の捜す「敵」だった。
この密売の全貌を明らかにすること、それが律の当面の目標なのだ。

「でもそれはお前の立場からしたら、ヤバいことだろう?」
高野はそう聞いた。
この件で利益を得たのは小日向組、律や律の父親が所属する組織なのだ。
主犯を追及するのは、その意向に反することになる。

「うん、すごくヤバいよ。アパート襲撃は多分、組の仕業だと思う。」
律の答えに、全員がハッとした表情になる。
少し前まで、律と瀬那と廉はこの近くのボロアパートに住んでいた。
だがそこは得体のしれない敵に襲撃されたのだ。
それを口実に、高野たちは3人を半ば強引にここに住まわせている。

「そうまでして、何で主犯を捜すんだ?」
「俺、小日向組の1人娘と子供の頃に婚約させられたんだ。将来は組を継げってね。」
婚約という言葉に、高野の顔が引きつった。
だが律は頓着することなく、話し続ける。

薬など一般の人間に迷惑をかけるものはやめて、会社組織に移行する。
そういう父のポリシーは、律のポリシーでもあった。
だけどこの絵を使った密売を、現在の組長である小日向はよしとしたのだ。
あくまで淡々と、律はそのことを語り続けた。

「この件がうやむやなまま組は継ぎたくない。父にもそう言った。」
「それで親父さんは何て?」
「父は迷った末にナンバーツーのポジションを守る方を選んだ。割り切れって言われたよ。」
そのとき、律は出奔を決意したのだった。
たとえ反社会的組織でも、1本筋を通していたい。
そんな律の願いは、甘い感傷だと一蹴された。

「でも俺の人生って組のせいで結構な犠牲を払わされてるんだ。納得なんかできない。」
そう告げた律の目は、どこか寂しそうだった。
高野はそのとき、律の身上調査の結果を思い出す。
学校には本名ではなく偽名で通い、学校行事にもほとんど参加していなかった。
卒業アルバムに写真さえ残っていなかったのだ。
そんな生活を強いられたのも組を継ぐため。
その組が不本意なシノギに手を伸ばしているのは、律にとって納得できないことなのだ。

「青臭いだろ、俺も」
自嘲気味に笑う律は、痛々しくも美しかった。
高野は食い入るように、じっと律の顔に見入っていた。

*****

「彼は関係ないですよ。」
不意に気配もなく現れた人物に、全員が「うわぁ!」と叫んでいた。

「で?『敵』ってのに、少しは見当はついてるのか?」
真っ先に口を開いたのは蛭魔だった。
律の告白にも、そのことで少なからず考え込んでしまった瀬那と廉のことにも触れない。
軽々しく慰めなど言わないのが、蛭魔、そしてデビルバッツの流儀。
本当に助けが必要な時にだけ、そっと手を差し伸べるのだ。
そして今はまだ、そのときではないと思っているのだろう。

「残念ながら本命の見当はまだつかない。だけど警察関係者が噛んでることはわかったよ。」
「赤司、か」
蛭魔の言葉に律が頷く。
先日、律に接触してきた男、赤司征十郎。
警視庁勤務のキャリアで、怪盗アイシールドの正体に辿り着いた男だ。

「そもそも絵を使った密輸だって、やり方はかなり杜撰なんだ。それがうまくいってたってことは」
「警察内部に、協力者がいるってことか。」
「そう。赤司はそいつを見つけ出したいから、アイシールドの件は目を瞑るってことらしい。」
「とりあえず俺たちの近くにいて、一番怪しい警察関係者って言ったら」

蛭魔はここで言葉を切って、全員の顔を見回した。
デビルバッツの面々は、全員が同じ人物の名前を頭に思い浮かべている。
裏稼業を生業とする彼らは、普通の人間と警察関係者を見分ける嗅覚のようなものを持っている。
そんな蛭魔たちの心を見透かすように、律が「火神?」と言った。

最近「エメラルド」に加わったばかりの火神大我。
彼が元刑事であることは、単純明快、わかりやす過ぎるくらいだ。
もしも彼が赤司の命令を受けて、ここにまぎれこんだとしたら。
だが、だとすると疑問も残るのだ。
火神は良くも悪くもはっきりとしたオーラを持っている。
つまりあまりにもわかりやす過ぎるのだ。

「じゃあ黒子って可能性、ないか?」
ここで口を開いたのは、阿部だった。
火神と同時期に入った黒子テツヤは、逆にオーラがなさ過ぎる男だった。
潜入調査だったら、これほど適任な男はいない。
でもこんなに気配のない警察官というのも、また違和感があり過ぎるのだ。
もしかして「敵」の一味か、小日向組の関係者とも疑えるが、それも何だかしっくりこない。
つまり黒子に関しては、まったく読めないのだ。

「やっぱり火神の方が怪しい、かなぁ」
高野が納得のいかない口調でそう言うと、微妙な沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、思いもよらないことが起きた。

「彼は関係ないですよ。」
不意に気配もなく現れた人物に、全員が「うわぁ!」と叫んでいた。
上階の「らーぜ」や「エメラルド」の事務所につながる階段。
そこから姿を現したのは、つい今話題に上がった男、黒子テツヤその人だったのだ。

「お話し中、すみません。」
黒子は申し訳なさそうにそう告げると、礼儀正しく頭を下げる。
だが全員が心の中で「何でお前がここにいる!?」と絶叫したい気分だった。

【続く】
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