アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】
【シェリダーの抱擁】
僕と同じくらい頭がいいかもしれない。
赤司は顔がニヤけてしまうのを、止められなかった。
赤司征十郎は、警視庁のキャリア組の中でも、逸材とされている。
祖父は警視総監を勤め、数年前に退官した。
父親は現在、刑事部長だが、将来は間違いなく警視総監になるだろうと言われている。
そして赤司本人は祖父と父を上回るほど、頭が切れるというのが周囲の評価だった。
その赤司が現在捜査しているのは、巷を騒がす怪盗アイシールド事件だった。
マスコミが現代のキャッツアイだ、ルパン三世だと騒いだ、連続絵画盗難事件。
当初、警察の威信にかけてと、大人数の捜査本部が立てられた。
だが怪盗アイシールドは盗んだ絵を返却し、挙句には絵を持ち去らずメッセージだけ残した。
これではおそらく大した罪には問えない。
警察は方針を大きく変更し、捜査本部を一度解体し、メンバーを一新した。
そして新しく捜査本部長に就任したのが、赤司だった。
とはいえその他のメンバーは4人だけ、合計5名の少人数の精鋭チームだ。
「何で、俺が外されるんだ!」
顔を合わせるたびに文句を言うのは、当初から怪盗アイシールドの捜査をしていた武蔵刑事だ。
彼は本当に優秀な刑事であると、赤司は思う。
怪盗アイシールドを追って、あのデビルバッツにまでたどり着いたのだから。
申し訳ないが、彼をこのまま関わらせるわけにはいかない。
表向きは怪盗アイシールドの逮捕だが、目的は別にあるからだ。
怪盗アイシールドの正体はわかっている。
彼らではなく、彼らが「敵」としている人物を見つけ、捕える。
それが赤司たちに課せられた密命だった。
「なぁ、赤司。顔がニヤけてるぞ。」
捜査本部の専用デスクで考えを巡らせている赤司に、そう声をかけたのはチームメンバーの青峰だ。
同じく黄瀬が「確かにニヤけてるっス」と言い、緑間が「上機嫌だな」と付け加える。
紫原はバリバリと菓子を食べながら「どうでもいいけど」と素っ気ない。
そう赤司は嬉しいのだ。
この前接触した小野寺律、高野政宗。そしてまだ顔を合わせていない蛭魔妖一。
彼らのものの考え方や行動には、揺るぎない信念を感じる。
そのために手段を選ばないところなどは、大いに共感できるのだ。
僕と同じくらい頭がいいかもしれない。
赤司は顔がニヤけてしまうのを、止められなかった。
*****
「何で俺とお前なんだよ!」
「知りませんよ」
思いっきり凄味をきかせて文句を言っても、影の薄い青年はまったく動じない。
それもまた火神をイライラさせるには、十分だった。
便利屋「エメラルド」に舞い込んだ、至急の依頼。
それはバスケットボールの試合の助っ人だった。
地域のバスケサークルが試合当日になって、メンバーが足りなくなった。
だから今日1日、2人ほど試合要員を貸してほしい。
そんな依頼だった。
こんな依頼は案外多いのだ。
学生時代にスポーツをしており、卒業後は趣味として続ける。
そんなメンバーで構成されたサークルでは、試合当日仕事だとか体調不良で人数が欠けたりする。
一番多いのは野球の助っ人で、次はサッカー、たまにバレーボール。
経験者がいればいいのだが、いない場合はなかなか面倒なことになる。
「俺、高校のときバスケ部だったんすけど」
では誰を出すかと迷っていた時、手を上げたのは新人の火神だった。
思わず「なるほど」と言ったのは柳瀬で、全員が同意して頷く。
190センチ超の長身と、鍛えられた筋肉のついた身体。
バスケ選手のものかと思えば、納得がいく。
「僕も高校のときバスケ部でした。」
不意に背後から声を掛けられ、一同は「うわあ!」と声を上げる。
気配もなく「エメラルド」のオフィスに現れたのは「らーぜ」の新人、黒子だ。
木佐が驚きでバクバクする胸を押さえながら「いつからいるの?」と聞く。
無表情な黒子は「ついさっきです」と答えた。
「経験者2人か。ちょうどいい!」
「じゃあ火神君と黒子君、今から行ってくれる?地図渡すから!」
経験者の数がちょうど助っ人の依頼人数と一致したことで、すんなりと決定したのだが。
最初に手を上げた当の火神は、不満そうに眉を寄せている。
身長差およそ30センチ、少しも運動などできそうもない細い身体。
とうていバスケができそうな身体には見えない。
そもそも火神は黒子が気に入らないのだ。
ここに就職したのは、ほぼ数日違い、ほぼ同期と言っていいだろう。
だが火神が便利屋「エメラルド」で雑用みたいな仕事なのに、黒子はいきなり「らーぜ」入り。
そして先輩調査員たちも舌を巻くほどの活躍だと聞く。
こんなに影が薄い青年のどこが、自分より優れているというのだろう。
しかもそいつと一緒にバスケの試合だなんて、面白くないにも程がある。
「何で俺とお前なんだよ!」
「知りませんよ」
思いっきり凄味をきかせて文句を言っても、影の薄い青年はまったく動じない。
それもまた火神をイライラさせるには、十分だった。
*****
またしても期待外れ。
律がため息をついた途端、飛んできたのは平手打ちだった。
未だに消息がわからない絵の所在を教えてくれた謎の人物。
律はその正体がわからないままに、その男と取引をした。
だがただで言いなりになるつもりはない。
というより、蛭魔たちが動くことはわかっていたのだ。
律が単独で動いている間に、調べ上げてくれるだろう。
そしてそれは予想通りになった。
「あいつは『敵』じゃなかったんだ。」
カフェ「デビルバッツ」に戻った律はため息をついた。
ちょうどカフェは閉店して、バータイムに変わる時間だ。
律はデビルバッツの面々と瀬那、廉と共に、赤司征十郎の素性を聞かされていた。
絵を盗むことで、律たちは「敵」と遭遇するのを待っている。
だが今回現れた男、赤司征十郎はそうではなかった。
彼はある犯罪者を追う刑事であり、それは律たちの「敵」でもある。
だから律たちを利用することを考えたのだ。
「あ~あ。何か力が抜けちゃったよ。」
律はその言葉通り、ソファに身体を投げ出して脱力していた。
早く「敵」を倒したいのに、なかなかその尻尾が掴めない。
またしても期待外れ。
律がため息をついた途端、飛んできたのは平手打ちだった。
「いい、加減に、しろ、よ!」
ブルブルと身体を声を震わせているのは、廉だった。
一瞬何が起きたかわからなかった律は、痛みに我に返る。
廉の右手が頬に炸裂したのだ。
さすが元高校球児、ビンタはハンパない。
「自分、ばっかり!どうして、いつも!」
「律、自分がどうなっても僕らを守るなんて思われても、迷惑だよ。」
逆上する廉の肩をそっと叩き、瀬那が前に進み出た。
律は頬を押さえたまま、呆然と廉と瀬那を見た。
「僕と廉の戦いでもあるんだ。勝手に出て行って、僕らを蚊帳の外に置くな。」
「瀬那」
「いつまでも僕たちを庇護する対象なんて思わないでくれ。」
「そ、そう、だよ!」
「・・・悪かった。」
そう、瀬那と廉は怒っていたのだ。
律がいつも真っ先に危険に身を晒し、2人を守ろうとすることに。
嬉しくないといえば嘘になるが、瀬那と廉にもプライドがある。
失ったものを取り戻すために、自分の力で戦いたいのだ。
「今日の盗みは僕と廉で行くから。蛭魔さんもいいですね?」
「はぁぁ!?」
声をあげた律と蛭魔の声が重なったが、瀬那はさらに「いいですよね?」と念を押す。
そして廉がダメ押しとばかりに「2人で、行く!」と叫んだ。
「それから帰ったら、まだ隠してることを全部喋ってもらうからね!」
瀬那は最後にそう宣言すると「行こう!」と廉の腕を引いて、カフェを出て行った。
残された律は、デビルバッツの面々の視線を受けて、たじろいだ。
彼らの目は一様に「俺たちも聞かせてもらう」と言っている。
「まぁそろそろ潮時かもね」
律は肩を竦めて、そう言った。
いつかは話そうと思っていたけど、いいタイミングなのかもしれない。
*****
火神は拍子抜けするほど、嘘が付けない人間らしい。
だが切れ者ではあるだろうし、気は抜けない。
バスケの試合の助っ人。
この仕事は「らーぜ」ではなく「エメラルド」の仕事だ。
助っ人を誰にするかと相談していた時、たまたま「エメラルド」の部屋を通りかかったのだ。
黒子は思わず「僕も高校のときバスケ部でした」と言ってしまった。
もちろんそれは嘘ではない。
だけど言わなくてもいいことだったと思う。
バスケ経験者はいなくても「らーぜ」も「エメラルド」も運動神経がいいのが揃っている。
黒子がいなくたって、全然困らないだろう。
だけど黒子は手を上げていた。
それはただの感傷だとわかっている。
バスケをして、あの頃の自分をちょっとだけ懐かしむという安っぽい感傷。
それでも何もかも忘れてバスケに没頭するのは、楽しかった。
学生時代にバスケ部員だったという社会人チームの緩さもちょうどいい。
久し振りに気が張らない仕事を、黒子は大いに楽しんだ。
「火神君は本当に大人げないですね。」
仕事を終えて、事務所に戻る道すがら、黒子は並んで歩く火神にそう言った。
火神ときたら、試合が始まるとすっかり火がついてしまったらしい。
何度も派手なダンクシュートを決めて、敵だけでなく味方の度肝も抜いていた。
自分のチームならそれでいいだろう。
だけど今回はあくまでも助っ人なのだ。
選手以上に目立っても、その試合を荒らすだけだと思う。
「うるせーな。つい夢中になっちまったんだ。」
火神は憮然とした表情で、そう答えた。
さすがに火神も自分が目立ち過ぎたことを反省しているらしい。
それでも試合は僅差で助っ人に入ったチームが勝ったから、まぁよしと言えるだろう。
「ところで火神君。君は赤司征十郎っていう人を知ってますか?」
黒子はいい機会だと思い、そう聞いてみた。
だが火神は「誰だ、それ?」と聞き返してくる。
その様子から、嘘は感じられなかった。
「赤司君は僕の知り合いの警察官です。火神君は元々刑事さんでしょ?」
「な、おま、どうして!」
「日頃の言動を見ていればわかりますよ。多分とても優秀だったんじゃないですか」
「・・・そういうお前は何者なんだよ」
こんな時期にここに来た元刑事なんて、怪し過ぎると思って聞いたのだが。
火神は拍子抜けするほど、嘘が付けない人間らしい。
だが切れ者ではあるだろうし、気は抜けない。
黒子は小さく笑って「秘密です」と答えた。
今はまだ動くときではない。
*****
「お前、からみ酒グチ派だな。」
高野が呆れながらそう言って、抱き上げて運んでくれたような気がする。
だがそれを考えると恥ずかしいし悔しいので、何も覚えていない振りをすることにした。
「待ってるって、落ち着かないな。」
律はバータイムの「デビルバッツ」のカウンターで、高野が作ったカクテルを飲んでいた。
他の面子は自分の居室におり、店にいるのは2人だけだ。
まさか気を回しているつもりかと、律は少々憂鬱な気分だった。
今頃、瀬那と廉は怪盗アイシールドとして、盗みに行っている。
今回のターゲットは「シェリダーの抱擁」。
やはり盗品なので、フレームを付け替えた後、正しい持ち主に返すのがミッションだ。
今まで瀬那と廉にまかせて、律が待機していた盗みだってある。
だがそれはいつも律が描いたシナリオによるものだった。
全くすべてを2人にまかせたことはなかったのだ。
「瀬那も廉も優秀だし、問題ねーだろ。」
高野はそう答えると、新しいカクテルを出してやる。
律は「わかってるんだけど」と言いながら、2杯目に手を伸ばした。
そしてふと思い出したように「ところでさぁ」と話題を変えた。
「最近『らーぜ』に来た新人の2人、どう思う?」
「新人?火神と黒子?」
「うん。何か怪しいと思わない?」
「どこがだよ。」
「赤司が俺に接触してきたのとほぼ同じタイミングに入ってきた。」
「偶然の可能性が高いと思うが」
「だといいけどな」
律はそう言って、2杯目のカクテルを飲み干した。
確かに実際にはっきりと目に見える根拠は、現れたタイミングだけだ。
だが律の勘は、あの2人が怪しいと訴えている。
火神が時々見せる凄味は、只者ではないと思うに充分だ。
そしてそれ以上に怖いのは、底が見えない黒子だった。
だけどそれはあくまでも律の主観であって、根拠はない。
「なぁ律。絵のフレームを全部回収して、敵を倒したら、お前はどうするんだ?」
そして5杯目のカクテルを飲み終えた律に、高野がそう聞いた。
律は「え?」と高野を見上げた瞬間、その顔がぐにゃりと歪んで見えた。
ここのところ1人で盗みをしていたので、張り詰めていた。
気が緩んだところにカクテル5杯は、思いもよらず効いたらしい。
そもそもそんなに強くないのに、口当たりに騙されて飲んでしまった。
「律?もしかして酔ったのか?」
高野の声が遠くに聞こえる。
律は「うるさい。酔ってない!」と答えたが、何だか目を開けているのもつらくなってきた。
「律?部屋で横になったらどうだ?」
「酔ってないって言ってるだろ!」
律の記憶はそう答えたところで途切れている。
そしてしばらく高野相手に何か喋った気がするが、よく思い出せないのだ。
結局そのままカウンターに突っ伏して、眠ってしまった。
そして気が付いた時には、全て終わっていた。
瀬那と廉は無事に仕事を果たし、律は高野の部屋のベットで眠ってしまっていた。
「お前、からみ酒グチ派だな。」
高野が呆れながらそう言って、抱き上げて運んでくれたような気がする。
だがそれを考えると恥ずかしいし悔しいので、何も覚えていない振りをすることにした。
【続く】
僕と同じくらい頭がいいかもしれない。
赤司は顔がニヤけてしまうのを、止められなかった。
赤司征十郎は、警視庁のキャリア組の中でも、逸材とされている。
祖父は警視総監を勤め、数年前に退官した。
父親は現在、刑事部長だが、将来は間違いなく警視総監になるだろうと言われている。
そして赤司本人は祖父と父を上回るほど、頭が切れるというのが周囲の評価だった。
その赤司が現在捜査しているのは、巷を騒がす怪盗アイシールド事件だった。
マスコミが現代のキャッツアイだ、ルパン三世だと騒いだ、連続絵画盗難事件。
当初、警察の威信にかけてと、大人数の捜査本部が立てられた。
だが怪盗アイシールドは盗んだ絵を返却し、挙句には絵を持ち去らずメッセージだけ残した。
これではおそらく大した罪には問えない。
警察は方針を大きく変更し、捜査本部を一度解体し、メンバーを一新した。
そして新しく捜査本部長に就任したのが、赤司だった。
とはいえその他のメンバーは4人だけ、合計5名の少人数の精鋭チームだ。
「何で、俺が外されるんだ!」
顔を合わせるたびに文句を言うのは、当初から怪盗アイシールドの捜査をしていた武蔵刑事だ。
彼は本当に優秀な刑事であると、赤司は思う。
怪盗アイシールドを追って、あのデビルバッツにまでたどり着いたのだから。
申し訳ないが、彼をこのまま関わらせるわけにはいかない。
表向きは怪盗アイシールドの逮捕だが、目的は別にあるからだ。
怪盗アイシールドの正体はわかっている。
彼らではなく、彼らが「敵」としている人物を見つけ、捕える。
それが赤司たちに課せられた密命だった。
「なぁ、赤司。顔がニヤけてるぞ。」
捜査本部の専用デスクで考えを巡らせている赤司に、そう声をかけたのはチームメンバーの青峰だ。
同じく黄瀬が「確かにニヤけてるっス」と言い、緑間が「上機嫌だな」と付け加える。
紫原はバリバリと菓子を食べながら「どうでもいいけど」と素っ気ない。
そう赤司は嬉しいのだ。
この前接触した小野寺律、高野政宗。そしてまだ顔を合わせていない蛭魔妖一。
彼らのものの考え方や行動には、揺るぎない信念を感じる。
そのために手段を選ばないところなどは、大いに共感できるのだ。
僕と同じくらい頭がいいかもしれない。
赤司は顔がニヤけてしまうのを、止められなかった。
*****
「何で俺とお前なんだよ!」
「知りませんよ」
思いっきり凄味をきかせて文句を言っても、影の薄い青年はまったく動じない。
それもまた火神をイライラさせるには、十分だった。
便利屋「エメラルド」に舞い込んだ、至急の依頼。
それはバスケットボールの試合の助っ人だった。
地域のバスケサークルが試合当日になって、メンバーが足りなくなった。
だから今日1日、2人ほど試合要員を貸してほしい。
そんな依頼だった。
こんな依頼は案外多いのだ。
学生時代にスポーツをしており、卒業後は趣味として続ける。
そんなメンバーで構成されたサークルでは、試合当日仕事だとか体調不良で人数が欠けたりする。
一番多いのは野球の助っ人で、次はサッカー、たまにバレーボール。
経験者がいればいいのだが、いない場合はなかなか面倒なことになる。
「俺、高校のときバスケ部だったんすけど」
では誰を出すかと迷っていた時、手を上げたのは新人の火神だった。
思わず「なるほど」と言ったのは柳瀬で、全員が同意して頷く。
190センチ超の長身と、鍛えられた筋肉のついた身体。
バスケ選手のものかと思えば、納得がいく。
「僕も高校のときバスケ部でした。」
不意に背後から声を掛けられ、一同は「うわあ!」と声を上げる。
気配もなく「エメラルド」のオフィスに現れたのは「らーぜ」の新人、黒子だ。
木佐が驚きでバクバクする胸を押さえながら「いつからいるの?」と聞く。
無表情な黒子は「ついさっきです」と答えた。
「経験者2人か。ちょうどいい!」
「じゃあ火神君と黒子君、今から行ってくれる?地図渡すから!」
経験者の数がちょうど助っ人の依頼人数と一致したことで、すんなりと決定したのだが。
最初に手を上げた当の火神は、不満そうに眉を寄せている。
身長差およそ30センチ、少しも運動などできそうもない細い身体。
とうていバスケができそうな身体には見えない。
そもそも火神は黒子が気に入らないのだ。
ここに就職したのは、ほぼ数日違い、ほぼ同期と言っていいだろう。
だが火神が便利屋「エメラルド」で雑用みたいな仕事なのに、黒子はいきなり「らーぜ」入り。
そして先輩調査員たちも舌を巻くほどの活躍だと聞く。
こんなに影が薄い青年のどこが、自分より優れているというのだろう。
しかもそいつと一緒にバスケの試合だなんて、面白くないにも程がある。
「何で俺とお前なんだよ!」
「知りませんよ」
思いっきり凄味をきかせて文句を言っても、影の薄い青年はまったく動じない。
それもまた火神をイライラさせるには、十分だった。
*****
またしても期待外れ。
律がため息をついた途端、飛んできたのは平手打ちだった。
未だに消息がわからない絵の所在を教えてくれた謎の人物。
律はその正体がわからないままに、その男と取引をした。
だがただで言いなりになるつもりはない。
というより、蛭魔たちが動くことはわかっていたのだ。
律が単独で動いている間に、調べ上げてくれるだろう。
そしてそれは予想通りになった。
「あいつは『敵』じゃなかったんだ。」
カフェ「デビルバッツ」に戻った律はため息をついた。
ちょうどカフェは閉店して、バータイムに変わる時間だ。
律はデビルバッツの面々と瀬那、廉と共に、赤司征十郎の素性を聞かされていた。
絵を盗むことで、律たちは「敵」と遭遇するのを待っている。
だが今回現れた男、赤司征十郎はそうではなかった。
彼はある犯罪者を追う刑事であり、それは律たちの「敵」でもある。
だから律たちを利用することを考えたのだ。
「あ~あ。何か力が抜けちゃったよ。」
律はその言葉通り、ソファに身体を投げ出して脱力していた。
早く「敵」を倒したいのに、なかなかその尻尾が掴めない。
またしても期待外れ。
律がため息をついた途端、飛んできたのは平手打ちだった。
「いい、加減に、しろ、よ!」
ブルブルと身体を声を震わせているのは、廉だった。
一瞬何が起きたかわからなかった律は、痛みに我に返る。
廉の右手が頬に炸裂したのだ。
さすが元高校球児、ビンタはハンパない。
「自分、ばっかり!どうして、いつも!」
「律、自分がどうなっても僕らを守るなんて思われても、迷惑だよ。」
逆上する廉の肩をそっと叩き、瀬那が前に進み出た。
律は頬を押さえたまま、呆然と廉と瀬那を見た。
「僕と廉の戦いでもあるんだ。勝手に出て行って、僕らを蚊帳の外に置くな。」
「瀬那」
「いつまでも僕たちを庇護する対象なんて思わないでくれ。」
「そ、そう、だよ!」
「・・・悪かった。」
そう、瀬那と廉は怒っていたのだ。
律がいつも真っ先に危険に身を晒し、2人を守ろうとすることに。
嬉しくないといえば嘘になるが、瀬那と廉にもプライドがある。
失ったものを取り戻すために、自分の力で戦いたいのだ。
「今日の盗みは僕と廉で行くから。蛭魔さんもいいですね?」
「はぁぁ!?」
声をあげた律と蛭魔の声が重なったが、瀬那はさらに「いいですよね?」と念を押す。
そして廉がダメ押しとばかりに「2人で、行く!」と叫んだ。
「それから帰ったら、まだ隠してることを全部喋ってもらうからね!」
瀬那は最後にそう宣言すると「行こう!」と廉の腕を引いて、カフェを出て行った。
残された律は、デビルバッツの面々の視線を受けて、たじろいだ。
彼らの目は一様に「俺たちも聞かせてもらう」と言っている。
「まぁそろそろ潮時かもね」
律は肩を竦めて、そう言った。
いつかは話そうと思っていたけど、いいタイミングなのかもしれない。
*****
火神は拍子抜けするほど、嘘が付けない人間らしい。
だが切れ者ではあるだろうし、気は抜けない。
バスケの試合の助っ人。
この仕事は「らーぜ」ではなく「エメラルド」の仕事だ。
助っ人を誰にするかと相談していた時、たまたま「エメラルド」の部屋を通りかかったのだ。
黒子は思わず「僕も高校のときバスケ部でした」と言ってしまった。
もちろんそれは嘘ではない。
だけど言わなくてもいいことだったと思う。
バスケ経験者はいなくても「らーぜ」も「エメラルド」も運動神経がいいのが揃っている。
黒子がいなくたって、全然困らないだろう。
だけど黒子は手を上げていた。
それはただの感傷だとわかっている。
バスケをして、あの頃の自分をちょっとだけ懐かしむという安っぽい感傷。
それでも何もかも忘れてバスケに没頭するのは、楽しかった。
学生時代にバスケ部員だったという社会人チームの緩さもちょうどいい。
久し振りに気が張らない仕事を、黒子は大いに楽しんだ。
「火神君は本当に大人げないですね。」
仕事を終えて、事務所に戻る道すがら、黒子は並んで歩く火神にそう言った。
火神ときたら、試合が始まるとすっかり火がついてしまったらしい。
何度も派手なダンクシュートを決めて、敵だけでなく味方の度肝も抜いていた。
自分のチームならそれでいいだろう。
だけど今回はあくまでも助っ人なのだ。
選手以上に目立っても、その試合を荒らすだけだと思う。
「うるせーな。つい夢中になっちまったんだ。」
火神は憮然とした表情で、そう答えた。
さすがに火神も自分が目立ち過ぎたことを反省しているらしい。
それでも試合は僅差で助っ人に入ったチームが勝ったから、まぁよしと言えるだろう。
「ところで火神君。君は赤司征十郎っていう人を知ってますか?」
黒子はいい機会だと思い、そう聞いてみた。
だが火神は「誰だ、それ?」と聞き返してくる。
その様子から、嘘は感じられなかった。
「赤司君は僕の知り合いの警察官です。火神君は元々刑事さんでしょ?」
「な、おま、どうして!」
「日頃の言動を見ていればわかりますよ。多分とても優秀だったんじゃないですか」
「・・・そういうお前は何者なんだよ」
こんな時期にここに来た元刑事なんて、怪し過ぎると思って聞いたのだが。
火神は拍子抜けするほど、嘘が付けない人間らしい。
だが切れ者ではあるだろうし、気は抜けない。
黒子は小さく笑って「秘密です」と答えた。
今はまだ動くときではない。
*****
「お前、からみ酒グチ派だな。」
高野が呆れながらそう言って、抱き上げて運んでくれたような気がする。
だがそれを考えると恥ずかしいし悔しいので、何も覚えていない振りをすることにした。
「待ってるって、落ち着かないな。」
律はバータイムの「デビルバッツ」のカウンターで、高野が作ったカクテルを飲んでいた。
他の面子は自分の居室におり、店にいるのは2人だけだ。
まさか気を回しているつもりかと、律は少々憂鬱な気分だった。
今頃、瀬那と廉は怪盗アイシールドとして、盗みに行っている。
今回のターゲットは「シェリダーの抱擁」。
やはり盗品なので、フレームを付け替えた後、正しい持ち主に返すのがミッションだ。
今まで瀬那と廉にまかせて、律が待機していた盗みだってある。
だがそれはいつも律が描いたシナリオによるものだった。
全くすべてを2人にまかせたことはなかったのだ。
「瀬那も廉も優秀だし、問題ねーだろ。」
高野はそう答えると、新しいカクテルを出してやる。
律は「わかってるんだけど」と言いながら、2杯目に手を伸ばした。
そしてふと思い出したように「ところでさぁ」と話題を変えた。
「最近『らーぜ』に来た新人の2人、どう思う?」
「新人?火神と黒子?」
「うん。何か怪しいと思わない?」
「どこがだよ。」
「赤司が俺に接触してきたのとほぼ同じタイミングに入ってきた。」
「偶然の可能性が高いと思うが」
「だといいけどな」
律はそう言って、2杯目のカクテルを飲み干した。
確かに実際にはっきりと目に見える根拠は、現れたタイミングだけだ。
だが律の勘は、あの2人が怪しいと訴えている。
火神が時々見せる凄味は、只者ではないと思うに充分だ。
そしてそれ以上に怖いのは、底が見えない黒子だった。
だけどそれはあくまでも律の主観であって、根拠はない。
「なぁ律。絵のフレームを全部回収して、敵を倒したら、お前はどうするんだ?」
そして5杯目のカクテルを飲み終えた律に、高野がそう聞いた。
律は「え?」と高野を見上げた瞬間、その顔がぐにゃりと歪んで見えた。
ここのところ1人で盗みをしていたので、張り詰めていた。
気が緩んだところにカクテル5杯は、思いもよらず効いたらしい。
そもそもそんなに強くないのに、口当たりに騙されて飲んでしまった。
「律?もしかして酔ったのか?」
高野の声が遠くに聞こえる。
律は「うるさい。酔ってない!」と答えたが、何だか目を開けているのもつらくなってきた。
「律?部屋で横になったらどうだ?」
「酔ってないって言ってるだろ!」
律の記憶はそう答えたところで途切れている。
そしてしばらく高野相手に何か喋った気がするが、よく思い出せないのだ。
結局そのままカウンターに突っ伏して、眠ってしまった。
そして気が付いた時には、全て終わっていた。
瀬那と廉は無事に仕事を果たし、律は高野の部屋のベットで眠ってしまっていた。
「お前、からみ酒グチ派だな。」
高野が呆れながらそう言って、抱き上げて運んでくれたような気がする。
だがそれを考えると恥ずかしいし悔しいので、何も覚えていない振りをすることにした。
【続く】