アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:クリフォト(邪悪の樹)10題】

【バチカルの祈り】

「あの、お願いがあるんですけど。」
遠慮がちにそう切り出したのは、言わずと知れた瀬那だ。
蛭魔は「何だ?」と自然に答えながら、内心「かわいい」などと爛れたことを考えていた。

探偵事務所と便利屋、そして裏稼業の何でも屋を取り仕切る凄腕社長、蛭魔妖一。
彼は現在、謎の三姉妹の次女(?)小早川瀬那と絶賛、同棲中だ。
なぜ瀬那なのかと聞かれれば「瀬那だから」と答えるだろう。
実際に話をするのは、長女(?)の律の方が多いくらいだ。
三姉妹(?)のリーダーであり、秘かな計画を進めているのは律なのだから。
完全に味方とも敵ともわからない3人と交渉をするには、律とするのが手っ取り早い。

だが蛭魔は瀬那に惹かれた。
3人の中では一番謙虚というか、1歩引いている。
常に律を立てて、三女(?)で引っ込み思案の廉をフォローしている。
まさに見事な次女っぷりが可愛いと思ったのだ。
こんな形で恋をするとは、思いもしなかった。

だが蛭魔と瀬那が恋人同士かと問われれば、残念ながらそうではない。
三姉妹(?)が、今巷を賑わしている「怪盗アイシールド」であることは知っている。
そして本当は姉妹などではなく、その正体が男であるということも。
だけどその本心はわからない。
完全に心を許してくれていないのはわかるが、憎からず思ってくれているのか。
それともいつか、その牙をむき出しにして、蛭魔たちに襲い掛かってくるのか。

それでも同じ部屋に暮らしているのは、やはり好きだからだ。
探偵事務所や便利屋で働く者たちは、一緒に暮らす彼らを完全に恋人だと思っているだろう。
だが蛭魔は未だに、瀬那に指一本触れることすらできないでいる。
凄腕社長は、実は恋に関しては奥手なのだ。
まったくこんなことが部下たちに知れ渡ったら、威厳もへったくれもなくなるだろう。
当の瀬那は、蛭魔の気持ちを知ってか知らずか、まったく普通にしている。

「あの、お願いがあるんですけど。」
遠慮がちにそう切り出したのは、言わずと知れた瀬那だ。
蛭魔は「何だ?」と自然に答えながら、内心「かわいい」などと爛れたことを考えていた。

「カフェが最近忙しくて。『エメラルド』から助っ人を頼めないでしょうか?」
「助っ人?」
「はい。できれば翔太さんとか千秋さんとか。律が頼んでみてくれって。」
「なるほど」

律のヤツ、足元を見やがって。
蛭魔は周到なやり方に、もはや苦笑するしかなかった。
カフェ「デビルバッツ」は、律、瀬那、廉がかわいい女の子姿で切り盛りしている。
3人の愛らしさと、意外に安くて美味いメニューで、最近大繁盛なのだ。
当然従業員を増やしたいところだが、何せ3人の事情が特殊だ。
普通の求人より、事情がわかっている人間を使う方が問題がないと思ったのだろう。
瀬那からそれを頼めば、蛭魔が拒めないのも承知の上で。まったく悪質だ。

「わかった。2、3日のうちに何とかする。」
蛭魔はため息を飲み込んで、そう答えた。
結局瀬那のおねだりには弱いのだ。

*****

まるでトラだな。
高野は目の前の男を評して、そう思った。

人手不足なのは、カフェ「デビルバッツ」だけではない。
探偵事務所「らーぜ」も便利屋「エメラルド」も慢性的に人が足りない。
常に求人はしており、応募もそこそこある。
だけど残念ながら、適性がある人間はすごく少ないのが実情だ。
テレビなどでの勝手なイメージで、派手な職業と思うのだろう。
想像よりも地味できつい作業なのだと説明すると、帰ってしまう人間が半数以上。
そしてかろうじて入ってくれても、辞めていく人間もハンパなく多い。
それでもそれを乗り越えて残ったメンバーは、精鋭揃いだ。
こうして地味に仲間を増やしていくしかないと、リーダーの蛭魔も割り切っているようだ。

今日も1人、就職希望の青年が現れた。
面接するのは、蛭魔、阿部、高野。
必ずその3人ですることに決めている。
場所は、開店前か閉店後のカフェ「デビルバッツ」でするのが、定番になっている。
今日は閉店後、夜営業のバー「デビルバッツ」の準備中の店内で行なった。
青年と向かい合わせに蛭魔、そして蛭魔の両脇に阿部と高野。
女の子の姿の律が4人の前に、コーヒーを置いてくれた。

「火神大我だ、です。」
現れた青年は、そう名乗った。
慌てて付け加えた丁寧語は、どこかコミカルだ。
だがその容貌は相反して、ただならぬ迫力だった。
身長190センチを超える長身は、鍛え抜かれたであろう筋肉で武装している。
顔も野性味あふれており、気の弱い人間は見るだけでビビるだろう。

まるでトラだな。
高野は目の前の男を評して、そう思った。
見た目が怖いだけではなく、彼から放たれるオーラに威圧される。
本当に野獣のようなのだ。
履歴書にはありきたりな経歴しか書かれていないが、おそらくそれなりの修羅場を経験している。
それをはっきりと感じさせる存在感があった。

「しばらくは便利屋の方で働いてくれ。」
いくつかの会話を交わした後、蛭魔はそう告げた。
どうやら仮採用に決めたらしい。
だが蛭魔は迷っており、その気持ちが高野にはよくわかった。

この男はおそらく両刃の剣だ。
荒事などでは、大きな戦力になるだろう。
だけど調査活動には不向きであると言わざるを得ない。
こんな強烈なオーラを持つ男は、すぐに目につくし、人々の記憶に残る。
尾行したって、すぐに対象者に気付かれてしまうだろう。

高野はふと律の方へ視線を向けた。
現在同棲中の律は、友人以上恋人未満の微妙な関係だ。
おそらく蛭魔と瀬那、阿部と廉もそうだろう。
敵か味方かもはっきりしないまま惹かれ、同じ部屋に住んでいる。
その律は目を眇めながら、じっと火神を見ていた。

律の目に、かすかに敵意が見えた。
きっと律も火神の殺気のようなオーラを感じて、警戒しているのだろう。
敵か味方か、または関係のない第三者か。
律は誰に対してもそれを考え、見極めようとしているのだ。
常に警戒して、いざという時には自分が盾になって瀬那や廉を守るつもりだ。

そういうところが好きなんだよな。
高野は頬を緩めそうになるのを懸命にこらえた。
今はまだ仕事中、公私混同は厳禁だ。

*****

今度はまた薄いのが来やがったな。
阿部はまるで気配を感じない青年に、呆れるしかなかった。

火神という男が面接に来たのは、数日前のことだ。
取りあえずは仮採用、今は便利屋で働いている。
希望は探偵業だったので、やはり少し不満そうではあった。
だけど仕事は一生懸命やっていると聞いている。

そして今日も面接だ。
例によって、閉店後のカフェ「デビルバッツ」。
就職希望者の正面に蛭魔が座り、その両隣に高野と阿部。
律がコーヒーを出してくれるところまでは、なにも変わらない。
ただ1つ違うのは、面接に来た青年が数日前とは対照的な人物だったのだ。

「黒子テツヤです。」
物静かな印象の青年は、ポツリと抑揚のない声でそう告げた。
本当にコントのように、火神とは正反対だ。
小柄な身体、容姿はかわいく見えないこともないか、とにかく印象が薄い。
それに何を問いかけても、ほとんど表情が変わらないのだ。
もし彼が友人だったら「何か怒ってる?」と聞き返していたかもしれない。

今度はまた薄いのが来やがったな。
阿部はまるで気配を感じない青年に、呆れるしかなかった。
だがこれはこれで面白いと思う。
潜入調査や尾行、張り込みにはかなり有利だ。
もしかしたら、あの火神よりも使い道はあるかもしれない。

しばらくは便利屋で、と蛭魔がいつものセリフを言うかと思った。
実際に採用の決定権を持つ蛭魔も、この青年の面白さには気づいたはずだ。
だが蛭魔はじっと青年を見ながら、考え込んでいる。
青年は少しも動じることなく、じっと蛭魔の言葉を待っていた。

しばらくの沈黙の後、蛭魔はカウンターの内側で片づけをする瀬那を見た。
そして瀬那に何か目で合図を送り、頷いている。
当の瀬那は黒子という青年をチラリと見ながら、困ったような顔をしている。
蛭魔は黒子の方を向き直り、おもむろに口を開いた。

「お前、何でもできる?」
「・・・法に触れることはしかねますが。」
「そういうんじゃねーよ。多少恥ずかしいことでもできるか?」
「ヌードとかは自信がないです。」
「そういうんでもねぇ。はっきり言うと女装だ。」
「・・・喜んでとは言えませんが、やれと言われるなら」

蛭魔と黒子のやり取りで、ようやく蛭魔の意図がわかった。
頼まれていたカフェ「デビルバッツ」の助っ人の件だ。
カウンターの中の律と瀬那は、気の毒そうに黒子を見ている。
そしてキッチンの奥で洗い物をしていた廉は、このやりとりが聞こえなかったのだろう。
いつもの通り「ムッフ、フ~ン」と鼻歌まじりで、皿を洗っている。

お前のそういうマイペースなところが好きだよ。
阿部は楽しそうに皿を洗う廉を見ながら、苦笑した。
どこかズレているようで芯は強い、そのギャップに萌えるのだ。
いきなりで黒子には気の毒だが、これで廉たちの仕事が楽になるなら、まぁよしだ。

*****

「いらっしゃいませ」
抑揚のない声で出迎えられた客が「うぉぉ!」と声を上げた。
瀬那は完全に腰砕けになっている客に「いらっしゃいませ」と声をかけた。

黒子テツヤは採用早々、カフェ「デビルバッツ」の手伝いに回された。
もちろん固定ではなく、交代制だ。
便利屋「エメラルド」の木佐翔太と吉野千秋、そして黒子の3人が1週間交代でこなす。
そして黒子がその1番手という訳だ。

「ビックリしたなぁ。新しい子?」
常連客が、気さくに話しかけてくれる。
瀬那は「はい。かわいいでしょう?」とアピールした。
黒子はそんな紹介に特に照れる様子もなく、客の前に水のグラスを置いた。

黒子は見事に変身していた。
メイクをして、短いスカートからすんなりした足を惜しみなく晒している。
髪はウィッグを使わず、黒子自身の髪にふんわりとウェーブをかけた。
瀬那たちは、自分の髪色に合わせた付け毛のウィッグがあるが、もちろん黒子はそんなものを持っていない。
すっぽりと頭を覆うタイプのカツラも考えたが、元の髪色が綺麗なのでそれを活かすことにしたのだ。
かくして美少女黒子は完成した。

だが残念ながら、いくら美少女仕様になっても、影の薄さは変わらなかった。
だから入って来る客は一様に、黒子に声を掛けられて、悲鳴を上げるのだ。
でも律も瀬那も廉も、そういうのを面白がる性格なのだ。
別にこれで客足が減ったって構わない。
むしろ今が繁盛しすぎなくらいなのだ。

「私たちのイトコのテツナちゃん。よろしくね。」
「黒子テツナです。」
瀬那の紹介に、黒子が律儀に頭を下げる。
一応客たちには、黒子は従姉妹ということにした。
そしてさすがに「テツヤ」では具合が悪いので「テツナ」に変えた。

客の中には瀬那たちが女装していると見抜いている者もいるが、そうでない者がほとんどだ。
見抜いている者は設定を楽しむし、そうでない者は普通に信じる。
バレてもほんの笑い話、黒子のことだって設定が1つ増えただけだ。

「よろしく、テツナちゃん。あ、パスタランチとコーヒーね。」
常連客が明るくそう告げると、黒子が律儀に「かしこまりました」を頭を下げた。
そしてカウンターの中の律と廉にオーダーを伝えた。
黒子は礼儀正しいし、指示したことはきちんと守る。
だが不愛想極まりないほどの無表情だ。
それでも客たちには、不思議とウケていた。

でもテツヤ君は、何がしたくてここに来たんだろう。
瀬那はそれだけが疑問だった。
わざわざ探偵事務所の求人に応募してくるからには、やりたいことがあるのだと思う。
それなのにこんなところで女装なんかさせられて、どうして1つも文句を言わないのだろう。

*****

このままでいいのかなぁ。
カフェの仕事を終えた律は、誰もいない部屋で1人ため息をついていた。

カフェ「デビルバッツ」は今日も大繁盛。
アルバイト店員も増えて、ますます順調だ。
便利屋「エメラルド」からの助っ人、黒子も思った以上に働いてくれた。
あの無表情は客商売ではどうかと思ったりもしたが、心配無用だった。
何人かの客は「アヤナミレイみたい」と、盛り上がっていた。
律はよく知らないが、あんな感じの無表情なアニメの美少女キャラがいるらしい。

でもこれでは、カフェの方が本業になってしまう。
律たちがここにいるのは、蛭魔の父である蛭魔幽也の絵を盗むこと。
いやもっと正確にいうなら、蛭魔幽也の絵につけられているフレームを回収することだ。
まだフレームを回収していない絵はあるのに、それが進まない。
譲渡や盗難などで行方がわからない絵を、今はひたすら捜している最中なのだ。

絵を捜すのに、やはり一番力を発揮するのは蛭魔だった。
律にだってそれなりに人脈があるのだが、やはり蛭魔にはかなわない。
それもまた忌々しいことだった。
これは元々律の戦いであり、瀬那と廉が加わったのもほとんど偶然だったのだ。
それなのに、今度は蛭魔たちまで乱入してきてしまい、あまつさえ律より前に出てさえいる。
ここまで最初の予定と変わってしまうと、もうため息しか出ない。

カフェの営業が終わった後、律はカフェの4階、高野と暮らす部屋に1人でいる。
高野はカフェからバーへと変わった「デビルバッツ」にいる。
バーテンダーの真似事みたいなことをしていたり、蛭魔たちと仕事の話をしたりしているだろう。
こうして高野と暮らす部屋で1人でいるのも嫌だった。
何だかすごく寂しい気がするし、寂しいと思うことすら嫌だったのだ。
このままではどんどん弱くなっていく気がする。

そのとき、律のスマートフォンが着信音を響かせた。
物思いに沈んでいた律は、ハッと我に帰ると、スマホを手に取る。
非通知の着信を不審に思いながらも、律は「もしもし」と電話の向こうの相手に呼びかけた。

『小野寺律、だな』
久しく使っていなかった本名をフルネームで呼ばれて、律の緊張は高まった。
しかも機械で細工されたような、いかにも怪しい声だ。
「誰だ。まずは名乗れ」
律は威嚇するように低い声で聞き返したが、相手は動じることもなかった。

『こちらの要求を聞いてくれれば「バチカルの祈り」の在りかを教える。』
その言葉に律は「なんだと!?」と声を荒げた。
「バチカルの祈り」とは蛭魔幽也の絵で、さる資産家宅から盗難にあったものだ。
おそらく一番行方を捜すのが難しいとされる作品だった。

誰なんだ、いったい。
もしかしてこの電話の主こそ、律が捜す真の敵なのか。
そうだとすれば、どうしてわざわざ律に取引など持ち掛けてくるのか。
律は不気味な声と要求にイラつきながら、懸命に考えを巡らせた。
誰が相手だか知らないが、絶対に負けてなどいられない。

【続く】
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