アイシ×おお振り×セカコイ【お題:セフィロト(生命の樹)10題+α】
【マルクトの眠り】
「お前、すげーな。」
鮮やかな律の手並みに、高野は感嘆する。
だが律は涼しい顔で「お世辞はいらない」と言い捨てた。
律たちの住処であるボロアパートは、数人の男たちに取り囲まれていた。
出入口は玄関と、反対側の窓しかない。
強行突破しかないと高野が身構えた瞬間。
律はいきなり隣の部屋との境の壁に、素早く蹴りを入れたのだ。
さらに2回ほど蹴って、長身の高野でも通り抜けられるほどの穴になった。
「ったく。俺1人なら1回の蹴りでよかったのに。」
律はブツブツと文句を言いながら、壁から隣の部屋に移動する。
手慣れた動作に驚きながら、高野はその後に続いた。
「隣が留守でよかったな。」
「留守じゃない。空き家だよ。そういう物件を選んだんだ。」
「って、襲撃を予想してたってのか?」
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろ」
律は窓を開けると、素早くそこから飛び降りた。
律たちの部屋の窓の前にいた3人の男が、隣室の窓から出て来た律に一瞬虚をつかれた。
高野はすかさず律の前に走り出ると、男たちに素早く拳と蹴りを繰り出した。
「なんで高野さんが格闘するんだ?」
「少しは俺もいいトコがないと、面白くない。」
高野はあっという間に3人の男を叩き伏せると、ニヤリと笑った。
とはいえ、この男たちも決して弱くはない。
隣の部屋から出てきたことと、本来あの部屋の住人でない男の存在に一瞬驚いた。
うまくその隙をついて、形勢逆転できただけだ。
「来いよ。」
高野は律の手を引いて、走り出した。
律は一瞬だけ嫌な顔をしたが、手を振り払うことはしなかった。
高野に手を引かれたまま、一緒に走り始める。
揺れる髪も横顔も本当に綺麗だと、こんな時なのに高野は律の横顔に見惚れてしまった。
*****
「襲撃!?」
思わず声を上げたのは蛭魔と阿部だ。
だが瀬那と廉は至って冷静だった。
高野と律は、蛭魔たちのところへ戻った。
まだ夕方でカフェはちょうど閉店するところだった。
そこへ今日は休みのはずだった律が、しかも男の姿で現れた。
だが瀬那も律も驚いた様子もなく「どうしたの?」と聞いた。
たまたまカフェにいた阿部はすぐに4階にいた蛭魔を呼んだ。
すぐに蛭魔と羽鳥が1階のカフェに降りて来る。
そして高野が「襲撃された」と告げると、さすがに表情が変わった。
「襲撃!?」
思わず声を上げたのは蛭魔と阿部だ。
だが瀬那と廉は至って冷静だった。
最初から危険は覚悟の上で始めたこと。
充分予想の範囲内だったのだろう。
「どうやらあんたたちは、本当に何も知らないんだな。」
蛭魔たちの反応をじっと観察していた律が、静かに口を開く。
今回の一連の事件の鍵は、蛭魔幽也の絵だ。
その息子が裏組織を率いているとなれば、彼らこそ「敵」ではないかと疑っていた。
だがやはり違うと確信を深めた。
この反応は本当に驚いているとしか思えないのだから。
「とりあえず、今晩やろう。」
律は決然とした表情で、そう言った。
襲撃と聞いても顔色を変えなかった瀬那と廉も、これにはさすがに「え?」と顔を見合わせた。
律は怪我を負っており、まだ完治していないのだ。
「襲撃なんてナメた真似されたんだ。黙ってられるか。」
律は口調こそ茶化しているが、目は怒っている。
負けん気の強さに火が付いたのだ。
その迫力に押されて、瀬那も廉も頷いた。
「俺たちの邪魔はしないって約束、覚えてるな」
律は蛭魔の方に向き直って、念を押す。
だが蛭魔は「その前に提案がある」と告げた。
*****
「もう1度、取引しないか?」
蛭魔は静かに切り出した。
律は探るように目を眇めながら「どんな?」と聞き返した。
カフェ「デビルバッツ」の営業時間は終わったが、今日はバーも休業だ。
また4階の蛭魔の部屋に、アイシールドの3人とデビルバッツの6人が顔を揃えていた。
蛭魔と律が向き合い、その他の面々は空いた椅子に座ったり、壁にもたれて立っていた。
「もう1度、取引しないか?」
「どんな?てか、俺たちそろそろ行かなきゃいけないんだけど。」
律たち怪盗アイシールドは今晩また絵を盗みに行くつもりなのだ。
彼らと話す時間も惜しいし、余計なことで神経を使いたくないというのが本音だ。
「今夜の盗みは、俺たちが行く。」
「はぁぁ?」
「今後の盗みに俺たちも加わると言ってるんだ。悪い話じゃねーだろ?」
「意味がわからない。」
確かに3人での盗みに、そろそろ限界を感じていたことはある。
蛭魔たちデビルバッツの手を借りられるなら、かなり楽になるのは間違いないが。
「その代わりの条件は?」
「お前たちが今まで得ている『敵』の情報を全部渡せ。」
「何で?」
「俺にとっても『敵』だからだ。」
蛭魔は真剣な表情で、律を見据えている。
この男も相当に負けん気が強い。
結局、蛭魔幽也の絵の周辺で起きる物騒な出来事に苛立ちを感じているのだろう。
謎を解き明かして、黒幕を暴きたいと言うところか。
「だけどあんたには『敵』でも他のメンバーにとっちゃ関係ないんじゃないのか。」
律は冷静に聞き返した。
蛭魔幽也の絵にまつわることは蛭魔の問題。
デビルバッツのメンバーにとってはどうでもいいことではないかと思う。
「別に。仕事ならやるさ。」
「蛭魔が依頼主ってだけだろ。」
蛭魔の隣に座っていた阿部と、壁に寄りかかって立っていた高野が言葉を添えた。
他のメンバーたちの顔を見たが、全員気持ちは同じらしい。
瀬那と廉は、律の判断に従うつもりのようだ。
ならば、賭けてみるか。
律は静かに「その取引に応じる」と答えた。
*****
「よし、行くぞ!」
桐嶋は黒ずくめに目出し帽の格好で、車から出た。
同じ格好の横澤が「まったく」と文句を言いながら、後に続いた。
今回のターゲットは、東京を少し離れて横浜だった。
結局蛭魔と律の取引は成立し、デビルバッツはアイシールドに加わった。
狙うのは、小さなギャラリー。
そこに蛭魔幽也の絵「マルクトの眠り」が展示されている。
「さすがにすごいセキュリティだな。」
ギャラリーの前に立った桐嶋は「ヒュ~」と口笛を吹いた。
入口には有名な警備会社のステッカーが貼られており、防犯カメラが何台も作動している。
蛭魔幽也の絵の他にも、有名画家の絵が何枚もあるせいだろう。
桐嶋と横澤はギャラリーの入口付近に身を潜めながら、静かに待っていた。
今頃、東京に残った蛭魔は目にも留まらぬ早業でパソコンのキーを叩いている。
そしてもう少しで、警備会社のセキュリティに侵入を果たしているはずだ。
桐嶋と横澤は、システムがダウンするのを待っているのだった。
今回デビルバッツのメンバーが絵を盗むと決めた時、桐嶋は自分が行くと志願した。
それはやはり娘を助けてもらったことに恩義を感じているからだ。
そして桐嶋が出ることになれば、いつも組んでいる横澤も然り。
有無を言わさず、いきなり怪盗アイシールドをさせられることになったのだった。
「けどワクワクしないか?俺ルパン三世とかキャッツアイとか、好きだったんだよな。」
「アンタ、楽しんでるな?」
「怪盗キッドってのもあったか?」
「アニメばっかしゃねーか!」
大の大人が全身黒ずくめの格好で、アニメの話をするのは何ともシュールだ。
だが横澤が忌々しいのは、桐嶋が完全にこの状況を楽しんでいるらしいことだ。
どうやらこれを志願したのは、恩義だけではない。
怪盗という滅多にない仕事を体験するのが目的だったようだ。
横澤が盛大にため息をつくと、まるでそれを見計らったようにセキュリティシステムが落ちた。
カメラや表示ランプが消え、低いうなりのように聞こえていた機械音も消える。
「じゃあ行くぞ、次元大介!」
「だからルパンじゃねーっての!」
桐嶋が勇んで建物の中に足を踏み出す。
横澤は顔をしかめながら、その後を追った。
*****
「成功したそうだ。」
蛭魔はスマートフォンの通話を切りながら、そう告げた。
律は「そりゃよかった」と皮肉っぽく応じた。
今回出たのは、桐嶋と横澤と羽鳥だ。
蛭魔がここにいながらセキュリティシステムを落とす。
そこで桐嶋と横澤が盗みに入る役。
羽鳥は車の運転役だ。
その羽鳥から連絡が入ったのだった。
彼らは横浜のギャラリーから、絵を盗むことに成功した。
と言っても、今回も持ち出したのはフレームだ。
そしてメッセージカードを残して、立ち去って来た。
いままでの怪盗アイシールドとまったく同じことだ。
「とりあえずお前ら、夜はどうするんだ。」
不意に口を開いたのは阿部だった。
瀬那と廉が「あ」と声を上げる。
山岸荘は壁をぶち抜いてしまったし、そもそも「敵」にバレている。
もう住める状態ではないだろう。
つまり律たちは、今晩のベットさえ困る状況だった。
「とりあえずホテルかな」
「もったいない。ここに住めばいいだろ?」
蛭魔の言葉に、律は「はぁぁ?」と声を荒げた。
1階は店舗で、2、3階は事務所。
この4階の4部屋は1つが共有スペースで、残りの3つは蛭魔、阿部、高野の部屋だ。
とても3人が泊まれる場所などないだろうに。
そもそも協定を結んだばかりなのに、ちょっと距離が近くなりすぎる。
「俺たちの部屋に泊めてやる。律は高野の部屋、廉は阿部の部屋、で、瀬那は俺の部屋。」
「本気で言ってるのか?」
律と瀬那と廉は、呆然と顔を見合わせた。
蛭魔も高野と阿部もニンマリと邪悪な笑みを見せている。
「すげー嫌な予感がする。」
律の言葉に、瀬那も廉もうんうんと頷く。
だが嫌な予感の中に少しだけ甘い疼きを感じるのは、否定できなかった。
【続く】
「お前、すげーな。」
鮮やかな律の手並みに、高野は感嘆する。
だが律は涼しい顔で「お世辞はいらない」と言い捨てた。
律たちの住処であるボロアパートは、数人の男たちに取り囲まれていた。
出入口は玄関と、反対側の窓しかない。
強行突破しかないと高野が身構えた瞬間。
律はいきなり隣の部屋との境の壁に、素早く蹴りを入れたのだ。
さらに2回ほど蹴って、長身の高野でも通り抜けられるほどの穴になった。
「ったく。俺1人なら1回の蹴りでよかったのに。」
律はブツブツと文句を言いながら、壁から隣の部屋に移動する。
手慣れた動作に驚きながら、高野はその後に続いた。
「隣が留守でよかったな。」
「留守じゃない。空き家だよ。そういう物件を選んだんだ。」
「って、襲撃を予想してたってのか?」
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろ」
律は窓を開けると、素早くそこから飛び降りた。
律たちの部屋の窓の前にいた3人の男が、隣室の窓から出て来た律に一瞬虚をつかれた。
高野はすかさず律の前に走り出ると、男たちに素早く拳と蹴りを繰り出した。
「なんで高野さんが格闘するんだ?」
「少しは俺もいいトコがないと、面白くない。」
高野はあっという間に3人の男を叩き伏せると、ニヤリと笑った。
とはいえ、この男たちも決して弱くはない。
隣の部屋から出てきたことと、本来あの部屋の住人でない男の存在に一瞬驚いた。
うまくその隙をついて、形勢逆転できただけだ。
「来いよ。」
高野は律の手を引いて、走り出した。
律は一瞬だけ嫌な顔をしたが、手を振り払うことはしなかった。
高野に手を引かれたまま、一緒に走り始める。
揺れる髪も横顔も本当に綺麗だと、こんな時なのに高野は律の横顔に見惚れてしまった。
*****
「襲撃!?」
思わず声を上げたのは蛭魔と阿部だ。
だが瀬那と廉は至って冷静だった。
高野と律は、蛭魔たちのところへ戻った。
まだ夕方でカフェはちょうど閉店するところだった。
そこへ今日は休みのはずだった律が、しかも男の姿で現れた。
だが瀬那も律も驚いた様子もなく「どうしたの?」と聞いた。
たまたまカフェにいた阿部はすぐに4階にいた蛭魔を呼んだ。
すぐに蛭魔と羽鳥が1階のカフェに降りて来る。
そして高野が「襲撃された」と告げると、さすがに表情が変わった。
「襲撃!?」
思わず声を上げたのは蛭魔と阿部だ。
だが瀬那と廉は至って冷静だった。
最初から危険は覚悟の上で始めたこと。
充分予想の範囲内だったのだろう。
「どうやらあんたたちは、本当に何も知らないんだな。」
蛭魔たちの反応をじっと観察していた律が、静かに口を開く。
今回の一連の事件の鍵は、蛭魔幽也の絵だ。
その息子が裏組織を率いているとなれば、彼らこそ「敵」ではないかと疑っていた。
だがやはり違うと確信を深めた。
この反応は本当に驚いているとしか思えないのだから。
「とりあえず、今晩やろう。」
律は決然とした表情で、そう言った。
襲撃と聞いても顔色を変えなかった瀬那と廉も、これにはさすがに「え?」と顔を見合わせた。
律は怪我を負っており、まだ完治していないのだ。
「襲撃なんてナメた真似されたんだ。黙ってられるか。」
律は口調こそ茶化しているが、目は怒っている。
負けん気の強さに火が付いたのだ。
その迫力に押されて、瀬那も廉も頷いた。
「俺たちの邪魔はしないって約束、覚えてるな」
律は蛭魔の方に向き直って、念を押す。
だが蛭魔は「その前に提案がある」と告げた。
*****
「もう1度、取引しないか?」
蛭魔は静かに切り出した。
律は探るように目を眇めながら「どんな?」と聞き返した。
カフェ「デビルバッツ」の営業時間は終わったが、今日はバーも休業だ。
また4階の蛭魔の部屋に、アイシールドの3人とデビルバッツの6人が顔を揃えていた。
蛭魔と律が向き合い、その他の面々は空いた椅子に座ったり、壁にもたれて立っていた。
「もう1度、取引しないか?」
「どんな?てか、俺たちそろそろ行かなきゃいけないんだけど。」
律たち怪盗アイシールドは今晩また絵を盗みに行くつもりなのだ。
彼らと話す時間も惜しいし、余計なことで神経を使いたくないというのが本音だ。
「今夜の盗みは、俺たちが行く。」
「はぁぁ?」
「今後の盗みに俺たちも加わると言ってるんだ。悪い話じゃねーだろ?」
「意味がわからない。」
確かに3人での盗みに、そろそろ限界を感じていたことはある。
蛭魔たちデビルバッツの手を借りられるなら、かなり楽になるのは間違いないが。
「その代わりの条件は?」
「お前たちが今まで得ている『敵』の情報を全部渡せ。」
「何で?」
「俺にとっても『敵』だからだ。」
蛭魔は真剣な表情で、律を見据えている。
この男も相当に負けん気が強い。
結局、蛭魔幽也の絵の周辺で起きる物騒な出来事に苛立ちを感じているのだろう。
謎を解き明かして、黒幕を暴きたいと言うところか。
「だけどあんたには『敵』でも他のメンバーにとっちゃ関係ないんじゃないのか。」
律は冷静に聞き返した。
蛭魔幽也の絵にまつわることは蛭魔の問題。
デビルバッツのメンバーにとってはどうでもいいことではないかと思う。
「別に。仕事ならやるさ。」
「蛭魔が依頼主ってだけだろ。」
蛭魔の隣に座っていた阿部と、壁に寄りかかって立っていた高野が言葉を添えた。
他のメンバーたちの顔を見たが、全員気持ちは同じらしい。
瀬那と廉は、律の判断に従うつもりのようだ。
ならば、賭けてみるか。
律は静かに「その取引に応じる」と答えた。
*****
「よし、行くぞ!」
桐嶋は黒ずくめに目出し帽の格好で、車から出た。
同じ格好の横澤が「まったく」と文句を言いながら、後に続いた。
今回のターゲットは、東京を少し離れて横浜だった。
結局蛭魔と律の取引は成立し、デビルバッツはアイシールドに加わった。
狙うのは、小さなギャラリー。
そこに蛭魔幽也の絵「マルクトの眠り」が展示されている。
「さすがにすごいセキュリティだな。」
ギャラリーの前に立った桐嶋は「ヒュ~」と口笛を吹いた。
入口には有名な警備会社のステッカーが貼られており、防犯カメラが何台も作動している。
蛭魔幽也の絵の他にも、有名画家の絵が何枚もあるせいだろう。
桐嶋と横澤はギャラリーの入口付近に身を潜めながら、静かに待っていた。
今頃、東京に残った蛭魔は目にも留まらぬ早業でパソコンのキーを叩いている。
そしてもう少しで、警備会社のセキュリティに侵入を果たしているはずだ。
桐嶋と横澤は、システムがダウンするのを待っているのだった。
今回デビルバッツのメンバーが絵を盗むと決めた時、桐嶋は自分が行くと志願した。
それはやはり娘を助けてもらったことに恩義を感じているからだ。
そして桐嶋が出ることになれば、いつも組んでいる横澤も然り。
有無を言わさず、いきなり怪盗アイシールドをさせられることになったのだった。
「けどワクワクしないか?俺ルパン三世とかキャッツアイとか、好きだったんだよな。」
「アンタ、楽しんでるな?」
「怪盗キッドってのもあったか?」
「アニメばっかしゃねーか!」
大の大人が全身黒ずくめの格好で、アニメの話をするのは何ともシュールだ。
だが横澤が忌々しいのは、桐嶋が完全にこの状況を楽しんでいるらしいことだ。
どうやらこれを志願したのは、恩義だけではない。
怪盗という滅多にない仕事を体験するのが目的だったようだ。
横澤が盛大にため息をつくと、まるでそれを見計らったようにセキュリティシステムが落ちた。
カメラや表示ランプが消え、低いうなりのように聞こえていた機械音も消える。
「じゃあ行くぞ、次元大介!」
「だからルパンじゃねーっての!」
桐嶋が勇んで建物の中に足を踏み出す。
横澤は顔をしかめながら、その後を追った。
*****
「成功したそうだ。」
蛭魔はスマートフォンの通話を切りながら、そう告げた。
律は「そりゃよかった」と皮肉っぽく応じた。
今回出たのは、桐嶋と横澤と羽鳥だ。
蛭魔がここにいながらセキュリティシステムを落とす。
そこで桐嶋と横澤が盗みに入る役。
羽鳥は車の運転役だ。
その羽鳥から連絡が入ったのだった。
彼らは横浜のギャラリーから、絵を盗むことに成功した。
と言っても、今回も持ち出したのはフレームだ。
そしてメッセージカードを残して、立ち去って来た。
いままでの怪盗アイシールドとまったく同じことだ。
「とりあえずお前ら、夜はどうするんだ。」
不意に口を開いたのは阿部だった。
瀬那と廉が「あ」と声を上げる。
山岸荘は壁をぶち抜いてしまったし、そもそも「敵」にバレている。
もう住める状態ではないだろう。
つまり律たちは、今晩のベットさえ困る状況だった。
「とりあえずホテルかな」
「もったいない。ここに住めばいいだろ?」
蛭魔の言葉に、律は「はぁぁ?」と声を荒げた。
1階は店舗で、2、3階は事務所。
この4階の4部屋は1つが共有スペースで、残りの3つは蛭魔、阿部、高野の部屋だ。
とても3人が泊まれる場所などないだろうに。
そもそも協定を結んだばかりなのに、ちょっと距離が近くなりすぎる。
「俺たちの部屋に泊めてやる。律は高野の部屋、廉は阿部の部屋、で、瀬那は俺の部屋。」
「本気で言ってるのか?」
律と瀬那と廉は、呆然と顔を見合わせた。
蛭魔も高野と阿部もニンマリと邪悪な笑みを見せている。
「すげー嫌な予感がする。」
律の言葉に、瀬那も廉もうんうんと頷く。
だが嫌な予感の中に少しだけ甘い疼きを感じるのは、否定できなかった。
【続く】