アイシ×おお振り×セカコイ【お題:セフィロト(生命の樹)10題+α】
【ケテルの輝き】
「阿部です。こちらが蛭魔、こっちは高野。」
阿部隆也は左右の男を手で示して、会釈をする。
阿部の右隣に座るのは、同僚の高野政宗。
そして左が所長であり上司の蛭魔妖一。
3人とも、表向きは探偵事務所という看板を掲げる「らーぜ」の調査員だ。
この4階建てのビルは所長である蛭魔の持ち物だった。
3階が「らーぜ」の事務所になっている。
2階は「エメラルド」という別の事務所。
「らーぜ」が身上調査やトラブルの解決など硬派な依頼をこなす、
対する「エメラルド」は、いわゆる「なんでも屋」だ。
家の掃除だとか、いなくなった猫の捜索だとか、細々としたトラブルを扱う。
2つは一応違う事務所という形を取っているが、所長は同じ蛭魔だ。
蛭魔は実にわがままな男で、仕事をするのに妙な美意識を持っている。
つまり「猫を捜して」とか「障子を張り替えて」という依頼はしたくないのだ。
だが地道にこなせば、金にはなる。
だからもう1つ事務所を作って人を雇い、そういう仕事を回すようにした。
1階はバーになっており、これまた蛭魔の経営だ。
仕事がないときに酒を飲む場所が欲しくて、作った店だった。
こちらはかろうじて赤字にならない程度の儲けしかないが、かまわない。
そして4階は蛭魔たちの住居になっていた。
蛭魔たちは、1階のバーにいた。
昼間の営業していない時間帯、客席で向かい合うのは3人の女性だった。
彼女たちは「お願いがあります」と、真剣な表情で告げた。
バーを訪ねて来たので、最初はアルバイト志願かと思った。
もしそうならば、雇うことはないだろう。
さほど流行っておらず、儲けもほとんどない店で、これ以上の人件費は出せない。
だが彼女たちの「お願い」は、意外なものだった。
*****
「小早川です。私が長女の律、次女の瀬那と三女の廉です。」
阿部からみると対角の、高野の正面に座る人物が名乗る。
真ん中の蛭魔の正面に座るのが瀬那、阿部の正面に座るのが廉ということだ。
3人とも女性にしては長身だが、阿部や蛭魔から見れば小さくて華奢だ。
律と名乗る女は、クセのない茶色の髪を長く伸ばした印象的な美人。
妹の2人はフワリとしたクセのあるセミロングヘアで、美人というよりは可愛らしい。
共通しているのは、3人とも20代前半くらいだろう。
そして意志が強そうな大き目の瞳とミニスカートから伸びる細い足。
「昼の間、1階のお店をお借りしたいんです。」
長女の律が、静かに本題を切り出した。
1階のバーは夜だけの営業で、昼間は閉めている。
その閉めている間の店舗を借りて、カフェをやりたい。
それが三姉妹の「お願い」だった。
「手持ちの資金が少ないので。営業しているお店ならお借りできるものも多いし。」
律は真剣な表情を少しだけ緩ませて、恥ずかしそうにそう告げた。
確かにグラスやカップ、皿などを共有すれば、費用はかなり安く済む。
許可申請の手続きも、一からするよりかなり楽なはずだ。
「カフェ、ですか。」
阿部は静かに蛭魔を見た。
高野もじっと蛭魔に視線を送っている。
このビルのオーナーは蛭魔であり、決定権は当然彼にある。
だから阿部も高野も蛭魔の反応をうかがったのだ。
だが蛭魔は何かを考えてくる様子で答えない。
「具体的なこととか決めてる?店の名前とか」
沈黙を埋めるように、高野が口を開いた。
すると瀬那が小さく「アイシールド」と呟く。
その言葉に、ずっと無関心な様子の蛭魔が不愉快そうに眉を寄せた。
「アイシールドって、あの泥棒の?」
すかさず阿部が聞き返す。
三姉妹は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑った。
*****
アイシールドは、現在世間を騒がせている窃盗犯だ。
数日ほど前、銀座の画廊に何者かが押し入り、絵を一枚盗んでいった。
その犯人は絵の代わりに、メッセージカードを残していた。
そのカードに書かれた署名が、アイシールドだ。
防犯カメラやセキュリティシステムをすり抜けた華麗な手口。
そしてアイシールドと名乗った犯人からの犯行声明。
まるで漫画のような事件に、マスコミはこぞって事件を大きく取り上げていた。
「ちょっとした冗談です。美人三姉妹が実は怪盗って、そんな漫画あるでしょう?」
律が笑顔で説明すると、2人の妹が大きく頷いている。
だが高野が「キャッツアイかよ」と吐き捨てた。
思いがけない強い口調に、三姉妹が驚いた表情になる。
「盗まれた絵のこと、ご存知ですか?」
阿部が慌てて、取り成すように口を挟んだ。
律が困ったように「確か、変わった名前の」と曖昧に答える。
「ケテルの輝き。作者は蛭魔幽也。蛭魔の父親です。」
「え?それは。。。失礼しました。不謹慎でした。」
律が慌てて頭を下げると、妹2人も慌てて従う。
思いがけない事実に、三姉妹はすっかり困惑した表情だ。
だがその微妙な空気を破ったのは、ずっと沈黙していた蛭魔だった。
「昼の間、店を貸す件、了解した。」
「ありがとうございます。ではお家賃は。。。」
「売り上げの1割。」
「え?」
律は思わず聞き返した。
売り上げの1割という契約はあまりにも安く、かつ不確定だ。
場合によっては、ほとんど蛭魔への実入りがない。
だが蛭魔は「それでいい」とダメ押しをした。
「儲けようとは思ってない。遊ばせておくよりいいからな。」
蛭魔は表情を変えることなく、そう付け加えた。
三姉妹は立ち上がると、深々と頭を下げた。
結局カフェの名前はバーと同じ「デビルバッツ」にすることになった。
*****
「美人三姉妹、ね。」
三姉妹が帰った後、4階に上がった蛭魔は苦笑した。
ここには4つの部屋と、共同の風呂とトイレがついている。
蛭魔、阿部、高野の3人が1部屋ずつ使い、残りの部屋は共有のリビングにしていた。
「らーぜ」と「エメラルド」の残りの従業員は、通いだ。
「それにしても、蛭魔の前でアイシールドと言ったのは偶然なのか?」
共有リビングのソファに腰かけた3人は、さっそく話し始める。
最初に問題を口にしたのは、高野だった。
蛭魔の父親の絵を盗んだ犯人の名前を、カフェの名前にしようとする。
それを偶然と片づけていいのだろうか。
「でもアイシールドって、今や日本中で知らないヤツはいないだろ?」
阿部が首を傾げながら、意見を述べる。
連日マスコミが、ルパンだキャッツアイだと騒ぎ立てている。
その名前を拝借しようと考えてもおかしくない。
つまり偶然ともそうでないとも言い切れない状況だ。
「俺たちは尻尾を掴まれるようなヘマはしない。そうだろ?」
蛭魔は不敵な笑みを見せた。
阿部と高野も「まぁな」と顔を見合わせて、頷いた。
実は彼らには「らーぜ」と「エメラルド」以外の裏の顔がある。
だが昼の間、1階に見ず知らずの三姉妹を入れたところで、見破られない自信はある。
「逆に利用してやる。メシやコーヒーが美味けりゃ儲けもんだ。従業員価格で飲み食いしてやる。」
そのための1割だからな、と蛭魔は容赦なく言い放った。
破格の賃貸契約には、抜け目ない計算があったようだ。
「それよりあいつら、もっとわかりやすい嘘をついてただろう?」
蛭魔が試すように、阿部と高野を見る。
お前たちにはわかるかと、蛭魔は挑発しているのだ。
阿部と高野にも、蛭魔の言いたいことはよくわかっている。
「三姉妹だなんて、笑わせるよな。」
高野がそう呟き、阿部が大きく頷く。
探偵事務所「らーぜ」の調査員の目は節穴ではない。
律も瀬那も廉もメイクをして、ミニスカート姿だった。
だが間違いなく3人とも男だ。
*****
「あーつーいぃ!」
部屋に帰り着くなり、三姉妹は服を脱ぎ捨てると、ウィッグをむしり取った。
暑苦しいウィッグと身体を締め付けるボディスーツを脱ぐ。
叫びたくなるほどの解放感に、3人とも笑顔になった。
「山岸荘」は蛭魔たちの探偵事務所から徒歩5分の場所にある。
今時よく取り壊されないと感心したくなるような、古い木造アパート。
2階の角部屋、この六畳一間のアパートが3人の住まいだ。
ウィッグを外すと、3人とも本来のショートカットになる。
このウィッグは、すっぽりと被るカツラではなく付け毛だ。
生え際に装着して、自分の髪になじませる
至近距離で見られてもバレないように、わざわざ自分の髪で作った特注品だった。
「どうにか、成功、だね!」
廉が元気よく声を上げた。
吃音気味で作り声が苦手な廉は、蛭魔たちと話している間、ついに口を開かなかった。
その反動からか、無意味に声が大きい。
「うん。まずは成功って言えるかな。」
同意したのは瀬那だ。
正直言って、いきなり店を貸せと申し出て、すんなり了解してもらえるとは思わなかった。
もっとも断わられた時には、また別の作戦を実行するだけだが。
「油断しない!彼らは我々を見極めるために、わざと話に乗ったんだよ。」
律は浮かれる2人を戒めるように、冷静だった。
怪しいからこそ、あえて近くに置いておく。
彼らならそれくらいのことを、考えるだろう。
「どこ、まで、気がついた、かな?」
「最低でも僕らが男だってことは、気づいていて欲しいな」
廉が悪戯っぽく笑い、瀬那もまた笑顔で答える。
本来の姿-男に戻ると、どうしてもはしゃいでしまうのだ。
「そうだね。そのくらいは気づいててくれないとつまらないね。」
1人気を引き締めていた律も、ようやく笑顔になった。
まだまだ先は長い。
ずっと張りつめていたら疲れてしまう。
最初の1歩を踏み出した今日くらい、はしゃいでいてもいいだろう。
【続く】
「阿部です。こちらが蛭魔、こっちは高野。」
阿部隆也は左右の男を手で示して、会釈をする。
阿部の右隣に座るのは、同僚の高野政宗。
そして左が所長であり上司の蛭魔妖一。
3人とも、表向きは探偵事務所という看板を掲げる「らーぜ」の調査員だ。
この4階建てのビルは所長である蛭魔の持ち物だった。
3階が「らーぜ」の事務所になっている。
2階は「エメラルド」という別の事務所。
「らーぜ」が身上調査やトラブルの解決など硬派な依頼をこなす、
対する「エメラルド」は、いわゆる「なんでも屋」だ。
家の掃除だとか、いなくなった猫の捜索だとか、細々としたトラブルを扱う。
2つは一応違う事務所という形を取っているが、所長は同じ蛭魔だ。
蛭魔は実にわがままな男で、仕事をするのに妙な美意識を持っている。
つまり「猫を捜して」とか「障子を張り替えて」という依頼はしたくないのだ。
だが地道にこなせば、金にはなる。
だからもう1つ事務所を作って人を雇い、そういう仕事を回すようにした。
1階はバーになっており、これまた蛭魔の経営だ。
仕事がないときに酒を飲む場所が欲しくて、作った店だった。
こちらはかろうじて赤字にならない程度の儲けしかないが、かまわない。
そして4階は蛭魔たちの住居になっていた。
蛭魔たちは、1階のバーにいた。
昼間の営業していない時間帯、客席で向かい合うのは3人の女性だった。
彼女たちは「お願いがあります」と、真剣な表情で告げた。
バーを訪ねて来たので、最初はアルバイト志願かと思った。
もしそうならば、雇うことはないだろう。
さほど流行っておらず、儲けもほとんどない店で、これ以上の人件費は出せない。
だが彼女たちの「お願い」は、意外なものだった。
*****
「小早川です。私が長女の律、次女の瀬那と三女の廉です。」
阿部からみると対角の、高野の正面に座る人物が名乗る。
真ん中の蛭魔の正面に座るのが瀬那、阿部の正面に座るのが廉ということだ。
3人とも女性にしては長身だが、阿部や蛭魔から見れば小さくて華奢だ。
律と名乗る女は、クセのない茶色の髪を長く伸ばした印象的な美人。
妹の2人はフワリとしたクセのあるセミロングヘアで、美人というよりは可愛らしい。
共通しているのは、3人とも20代前半くらいだろう。
そして意志が強そうな大き目の瞳とミニスカートから伸びる細い足。
「昼の間、1階のお店をお借りしたいんです。」
長女の律が、静かに本題を切り出した。
1階のバーは夜だけの営業で、昼間は閉めている。
その閉めている間の店舗を借りて、カフェをやりたい。
それが三姉妹の「お願い」だった。
「手持ちの資金が少ないので。営業しているお店ならお借りできるものも多いし。」
律は真剣な表情を少しだけ緩ませて、恥ずかしそうにそう告げた。
確かにグラスやカップ、皿などを共有すれば、費用はかなり安く済む。
許可申請の手続きも、一からするよりかなり楽なはずだ。
「カフェ、ですか。」
阿部は静かに蛭魔を見た。
高野もじっと蛭魔に視線を送っている。
このビルのオーナーは蛭魔であり、決定権は当然彼にある。
だから阿部も高野も蛭魔の反応をうかがったのだ。
だが蛭魔は何かを考えてくる様子で答えない。
「具体的なこととか決めてる?店の名前とか」
沈黙を埋めるように、高野が口を開いた。
すると瀬那が小さく「アイシールド」と呟く。
その言葉に、ずっと無関心な様子の蛭魔が不愉快そうに眉を寄せた。
「アイシールドって、あの泥棒の?」
すかさず阿部が聞き返す。
三姉妹は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑った。
*****
アイシールドは、現在世間を騒がせている窃盗犯だ。
数日ほど前、銀座の画廊に何者かが押し入り、絵を一枚盗んでいった。
その犯人は絵の代わりに、メッセージカードを残していた。
そのカードに書かれた署名が、アイシールドだ。
防犯カメラやセキュリティシステムをすり抜けた華麗な手口。
そしてアイシールドと名乗った犯人からの犯行声明。
まるで漫画のような事件に、マスコミはこぞって事件を大きく取り上げていた。
「ちょっとした冗談です。美人三姉妹が実は怪盗って、そんな漫画あるでしょう?」
律が笑顔で説明すると、2人の妹が大きく頷いている。
だが高野が「キャッツアイかよ」と吐き捨てた。
思いがけない強い口調に、三姉妹が驚いた表情になる。
「盗まれた絵のこと、ご存知ですか?」
阿部が慌てて、取り成すように口を挟んだ。
律が困ったように「確か、変わった名前の」と曖昧に答える。
「ケテルの輝き。作者は蛭魔幽也。蛭魔の父親です。」
「え?それは。。。失礼しました。不謹慎でした。」
律が慌てて頭を下げると、妹2人も慌てて従う。
思いがけない事実に、三姉妹はすっかり困惑した表情だ。
だがその微妙な空気を破ったのは、ずっと沈黙していた蛭魔だった。
「昼の間、店を貸す件、了解した。」
「ありがとうございます。ではお家賃は。。。」
「売り上げの1割。」
「え?」
律は思わず聞き返した。
売り上げの1割という契約はあまりにも安く、かつ不確定だ。
場合によっては、ほとんど蛭魔への実入りがない。
だが蛭魔は「それでいい」とダメ押しをした。
「儲けようとは思ってない。遊ばせておくよりいいからな。」
蛭魔は表情を変えることなく、そう付け加えた。
三姉妹は立ち上がると、深々と頭を下げた。
結局カフェの名前はバーと同じ「デビルバッツ」にすることになった。
*****
「美人三姉妹、ね。」
三姉妹が帰った後、4階に上がった蛭魔は苦笑した。
ここには4つの部屋と、共同の風呂とトイレがついている。
蛭魔、阿部、高野の3人が1部屋ずつ使い、残りの部屋は共有のリビングにしていた。
「らーぜ」と「エメラルド」の残りの従業員は、通いだ。
「それにしても、蛭魔の前でアイシールドと言ったのは偶然なのか?」
共有リビングのソファに腰かけた3人は、さっそく話し始める。
最初に問題を口にしたのは、高野だった。
蛭魔の父親の絵を盗んだ犯人の名前を、カフェの名前にしようとする。
それを偶然と片づけていいのだろうか。
「でもアイシールドって、今や日本中で知らないヤツはいないだろ?」
阿部が首を傾げながら、意見を述べる。
連日マスコミが、ルパンだキャッツアイだと騒ぎ立てている。
その名前を拝借しようと考えてもおかしくない。
つまり偶然ともそうでないとも言い切れない状況だ。
「俺たちは尻尾を掴まれるようなヘマはしない。そうだろ?」
蛭魔は不敵な笑みを見せた。
阿部と高野も「まぁな」と顔を見合わせて、頷いた。
実は彼らには「らーぜ」と「エメラルド」以外の裏の顔がある。
だが昼の間、1階に見ず知らずの三姉妹を入れたところで、見破られない自信はある。
「逆に利用してやる。メシやコーヒーが美味けりゃ儲けもんだ。従業員価格で飲み食いしてやる。」
そのための1割だからな、と蛭魔は容赦なく言い放った。
破格の賃貸契約には、抜け目ない計算があったようだ。
「それよりあいつら、もっとわかりやすい嘘をついてただろう?」
蛭魔が試すように、阿部と高野を見る。
お前たちにはわかるかと、蛭魔は挑発しているのだ。
阿部と高野にも、蛭魔の言いたいことはよくわかっている。
「三姉妹だなんて、笑わせるよな。」
高野がそう呟き、阿部が大きく頷く。
探偵事務所「らーぜ」の調査員の目は節穴ではない。
律も瀬那も廉もメイクをして、ミニスカート姿だった。
だが間違いなく3人とも男だ。
*****
「あーつーいぃ!」
部屋に帰り着くなり、三姉妹は服を脱ぎ捨てると、ウィッグをむしり取った。
暑苦しいウィッグと身体を締め付けるボディスーツを脱ぐ。
叫びたくなるほどの解放感に、3人とも笑顔になった。
「山岸荘」は蛭魔たちの探偵事務所から徒歩5分の場所にある。
今時よく取り壊されないと感心したくなるような、古い木造アパート。
2階の角部屋、この六畳一間のアパートが3人の住まいだ。
ウィッグを外すと、3人とも本来のショートカットになる。
このウィッグは、すっぽりと被るカツラではなく付け毛だ。
生え際に装着して、自分の髪になじませる
至近距離で見られてもバレないように、わざわざ自分の髪で作った特注品だった。
「どうにか、成功、だね!」
廉が元気よく声を上げた。
吃音気味で作り声が苦手な廉は、蛭魔たちと話している間、ついに口を開かなかった。
その反動からか、無意味に声が大きい。
「うん。まずは成功って言えるかな。」
同意したのは瀬那だ。
正直言って、いきなり店を貸せと申し出て、すんなり了解してもらえるとは思わなかった。
もっとも断わられた時には、また別の作戦を実行するだけだが。
「油断しない!彼らは我々を見極めるために、わざと話に乗ったんだよ。」
律は浮かれる2人を戒めるように、冷静だった。
怪しいからこそ、あえて近くに置いておく。
彼らならそれくらいのことを、考えるだろう。
「どこ、まで、気がついた、かな?」
「最低でも僕らが男だってことは、気づいていて欲しいな」
廉が悪戯っぽく笑い、瀬那もまた笑顔で答える。
本来の姿-男に戻ると、どうしてもはしゃいでしまうのだ。
「そうだね。そのくらいは気づいててくれないとつまらないね。」
1人気を引き締めていた律も、ようやく笑顔になった。
まだまだ先は長い。
ずっと張りつめていたら疲れてしまう。
最初の1歩を踏み出した今日くらい、はしゃいでいてもいいだろう。
【続く】
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