アイシ×おお振り×セカコイ【お題:毒花(草)で10題】

【サルビア】

「肌も髪もすごく綺麗ですね。」
「服もすごく似合ってますよ。カッコいい!」
シャワーのように浴びせられる賞賛に、三橋はモジモジと身体を揺らした。
ピッチングを褒められることはたまにあるが、それさえ未だに慣れていないのだ。
服はともかく髪や肌など褒められても、どう反応していいのかわからない。

三橋はテレビ局にきていた。
スポーツニュースの特集のインタビューを収録するためだ。
生番組ではないので、時間に追われるようなことはない。
だが撮影用のスタジオという非日常的な空間で、物々しく大勢のスタッフに囲まれている。
三橋がどうにも落ち着かない気分になるのは、無理からぬことだ。

だが同行者の阿部ときたら、まったく不遜な態度だった。
スタジオの中央に置かれた木製の椅子にドッカリと座っている。
何かの関係者と間違えたらしいスタッフが、阿部に頭を下げながら通り過ぎていく。
しかもその中の2、3人とは会話が弾んだのか、少々長めに話し込んだりもしていた。
まったくどうしてあんなに堂々としていられるのか、教えて欲しいくらいだ。

先日カフェ「エメラルド」の前で、暴漢に襲われるという事件があった。
三橋的には何が何だかわからず、襲われたとか暴漢という意識はまったくない。
だが阿部とはそれ以来、行動を共にすることが多くなった。
距離を取っていたのが嘘のように、ほとんど毎日会っている。
どうやら阿部なりに心配してくれているようで、嬉しかった。

今日のテレビ収録も、当然という感じでついて来た。
しかもドライヤーとメイク道具一式を持参してだ。
そして三橋の髪を綺麗に整え、眉毛を整え、艶色のリップクリームまで塗られた。
ファンデーションは流石に勘弁してもらったが、あぶらとり紙で鼻や額の皮脂を丁寧に拭く。
そして律が見立てた服を着てカメラの前に立った三橋は「カッコイイ」を連発されていた。

「三橋君はやっぱりいずれはメジャーに行きたいと思う?」
「機会が、あれば。通用すると、いい、ですが」
インタビュアのスポーツジャーナリストの質問に、三橋は緊張しながら答えていった。
小さい頃は酷い吃音で、今でも言葉はすんなり出ない。
だから人と話すときは、とにかく短い言葉で気持ちを伝えるようにしている。
よく言葉足らずと怒られるが、インタビュー中で「あまり喋らないのがクールでいい」と言われた。
とにかく何をしても褒められてチヤホヤされることが、落ち着かなくて仕方がない。

「テープチェンジです!」
確かディレクターと名乗った男性スタッフが声を張り上げる。
どうやら休憩のようだ。
するとすぐに阿部が駆け寄ってきて、あぶらとり紙で皮脂を押さえ、髪にブラシを入れた。
慌てて「そんなにしなくても」と言ったが、阿部は「いいから」と手を動かすのを止めない。

「せっかくのテレビだろ?最高に綺麗にしてやるから」
阿部が耳元でそっと囁く。
三橋は赤らむ頬をさすりながら「お願い、します」と答えた。

*****

「今回はサルビアですよ。」
セナはそう言いながら、蛭魔にデザインを見せた。
蛭魔が「今回もいい出来だな」と笑顔を見せてくれる。
それだけでセナは幸せな気分になれるのだ。

今日は阿部が不在で、個室の中は2人きりだ。
何でも阿部は三橋がテレビ出演するので、付き添いのために店を休んだのだという。
蛭魔は阿部以外の人間に髪を頼む気はないようで、今回は爪だけの作業だった。

「阿部さんと三橋さん、いつの間にかいい雰囲気なんですよね。」
「きっとこの前の事件のせいだな。」
「え?何です?事件って。」
まずは蛭魔の爪から前回の絵を落とす。
その後は伸びた分の爪を削りながら、トリートメントを施す。
そんないつものお決まりの作業をしながら、セナは蛭魔との会話を楽しんだ。

「え?今度は三橋さんが襲われたんですか?」
「ああ。だか今回は警察には届けないそうだ。三橋廉は人気の野球選手だからな。」
「それって大丈夫なんですか?」

確かに警察に届け出て、マスコミ報道でもされればやっかいだ。
写真週刊誌に目隠し状態とはいえ掲載されてしまったセナには、身にしみてよくわかった。
ましてや人気の野球選手である三橋だったら、面倒さはセナの比ではないだろう。
だがそれを恐れて通報しなかったら、三橋が危険ではないのだろうか?

「そんなに強いんですか?三橋さんって」
「大丈夫だろう。自覚がないのに犯人を撃退したくらいだからな。」
「でも万一、犯人がまた襲ってきたら」
「多分三橋は巻き込まれただけだ。三橋狙いならこのビルの前で待ち伏せない。」
「なるほど」

冷静に説明されれば、その通りだ。
三橋は顔も職業もバレているわけで、わざわざここで襲う理由もない。
そもそも日本では顔を知らない人間はいないのではないかと思えるほどの有名人だ。
三橋を狙っているのなら、他の誰かを襲うなどありえない。

「やっぱり蛭魔さんには、赤い花が一番似合うかもしれませんね。」
セナは蛭魔の爪にサルビアの花を散りばめ終えたセナは、会心の笑みを見せた。
蛭魔はもうじき海外に行くし、ネイルサロンの中は雰囲気もよくない。
しかも勤め先のビルの前では、襲撃事件が頻発している。
正直言ってつらいことばかりだが、やはりこうして綺麗な爪を作り上げる作業は楽しいのだ。

絵を入れ終わった後の爪を乾かすまでの間、セナは次の予約がなければ蛭魔と話をしながら過ごす。
だけど今日はそれはできなかった。
店長のまもりが蛭魔と話があるので、施術後に時間を取ってほしいと言っていたからだ。
多分「毒花」シリーズの契約打ち切りの話だろう。

「では店長をお呼びします。」
セナは椅子から立ち上がると、一礼した。
蛭魔とまもりの話は気になるが、そんな素振りは見せずに営業スマイルを作る。
それがセナのプロ意識であり、誇りだった。

*****

「セナにはお店を辞めてもらうつもりです。」
セナと入れ替わりに現れたネイルサロン「デビルバッツ」の店長、姉崎まもりはそう切り出した。
だが蛭魔は表情を変えずに黙って聞いている。
無反応な蛭魔に、まもりは少し落胆しているように見えた。

「つきましては、今後蛭魔様の担当は私が引き継ぎたいと思いまして」
「問題外だ。」
蛭魔はまもりの言葉を遮った。
まったく聞くに堪えない。

「セナに頼めないのであれば、このサロンに来る理由はない。」
「でも『毒花』シリーズは、蛭魔様とセナの契約ではないんですよ。」
まもりは少しだけ唇の端をつり上げながら、そう言った。

蛭魔の爪の施術は、確かに蛭魔とサロンの契約だ。
「毒花」シリーズは蛭魔専用のデザインであり、他の客には提供しない。
その代わり蛭魔があちこちで活躍することが、ネイルサロン「デビルバッツ」の広告になる。
契約書にはその旨が書かれているだけだ。
そこにはセナの名前はなく、契約はあと1年ほど残っている。

なぜそうなったかという理由は簡単だ。
セナは自分の名前を入れることを恥ずかしがったのだ。
契約を交わした時には、こんなに険悪になるという事態は想定していなかった。
厄介なことに「毒花」シリーズの所有権も、サロンに帰属することになっている。
わかっていれば何が何でもネイルアーティストにセナを指名する文章も入れていただろう。

「そもそもセナを辞めさせる理由は?」
「他のスタッフの間にセナへの反感が高まっているからです。」
「反感?嫉妬の間違いだろう。セナと同じレベルの技術を持った者はいないからな。」
「そんなことありません!」
「セナが仕上げた爪は綺麗なだけじゃない。細かい指先の動きでもスムーズなんだ。」

それはマジシャンという仕事を生業にする蛭魔の心からの実感だった。
セナの前に別のネイルアーティストに任せたこともある。
だがセナに頼むようになって、今までの担当者たちの腕の未熟さを思い知った。
長く伸ばした爪でも、緻密な作業を難なくこなすことができる。
蛭魔だけでなく、三橋廉や榛名元希もきっと同じ感想を持っているだろう。
このサロンでは指先で勝負する職業の者は、全員セナの担当だ。

「そもそもデザインが盗まれたのは、店長が管理責任を果たしていないからだ。」
「それは、そうかもしれませんが。。。」
「しかもそれを利用して嫉妬を正しいことに置き換えるとは。まったく浅ましいな。」
「そんな!」
蛭魔の言葉に、まもりは怒りで顔を紅潮させている。
おそらく自分でも気づいていなかった心の奥底の感情を指摘されて、動揺しているのだろう。

「俺はセナ以外のネイルアーティストには絶対に爪を触らせない。」
「でも契約が。。。」
「その通り。理不尽な契約があるのは事実だ。そこで提案がある。」

蛭魔は事務的に淡々と話を進めた。
まもりが自分に恋心を抱いていることも気がついている。
恋敵のセナを排除して、自分が担当になるのも計略だったのだろう。
だがさすがにそこまで指摘するのは止めておいた。
優しさではなく、セナを守るためだ。
これから何が起こるかはわからないが、まだ切り札は持っていた方がいい。

*****

「阿部さんってホモって噂、本当なの?」
いつも指名してくれる若い女性客が、いきなりそう聞いてきた。
他の客もスタッフも驚き、ヘアサロン「らーぜ」の店内は一気に静まり返った。

「へぇ。そんな噂があるの?」
阿部はすっ呆けてそう聞き返した。
もちろん自分の恋愛が妙にねじれた噂話にはなっているのは知っている。
何しろ先日の水谷との口論は店内まで響き渡っていたというし、原因はそれだろう。

「ホモっていうのかな?好きになった人がたまたま男だったんだ。」
「へぇぇ。今まで好きになった人って全部男?」
「いや。初恋からずっと女の人。だから俺も驚いてるんだ。」
「何かすご~い!ちなみに私、BL大好きなの!」

BLとは何なのか、阿部にはわからなかった。
彼女は確か女子大生だったと思う。
最近の女子大生は、通っているヘアサロンのスタッフの恋愛など気にするほど暇なのだろうか。
だがとにかくここまで面と向かって聞いてきた者はいない。
あまりにもあっけらかんとしている彼女に、阿部はもういっそ清々しい気分だ。

「もっと聞きたい!」
「でもまだ付き合ってないんだ。」
「え~?そうなの~?」
「だからもう少し見守っててよ。」

阿部は残念そうな女子大生にそう言った。
だがすぐに「そう言えば、最近学校でね」とすぐに話題を変えてくれた。
阿部はホッとしたが、表面上は普通の顔で「何?」と聞き返す。
そもそもいかに年下とはいえ、客とタメ口で会話するのはどうにも性に合わない。
さらに触れられたくない話題を軽く口にするのは、勇気が必要だった。

水谷にホモ呼ばわりされた件から、阿部は考え方を変えた。
本気で三橋と付き合うのなら、周囲からの中傷でいちいち傷ついていてはダメだ。
笑い飛ばせるくらい気持ちを強く持たなくてはいけない。
だから聞かれれば、男を愛していることを否定しない。
スタッフたちから向けられる微妙な視線ももう気にならない。

それに阿部は三橋とテレビ局に行った時に思いついたことがあった。
番組スタッフの何人かと話をして、情報収集もした。
その時には漠然とした思いだったが、徐々に心の中で具体的な形になりつつある。
必要な準備が整ったら、ヘアサロン「らーぜ」は辞めるつもりだ。
だから今さら店の同僚たちに何を思われても関係ない。

「じゃあね。阿部さん!恋がかなったら絶対に教えてね!」
カラーリングとパーマとカットを終えた女子大生は、元気に手を振りながら帰っていく。
誰もが彼女のように同性愛に寛容だといいのに、と阿部は苦笑をもらした。

*****

「え、俺?」
律は思いも寄らない申し出に驚き、声が裏返ってしまった。
コホンと1つ咳払いをして、呼吸を整える。
すると途方もない申し出が、何だか妙にしっくりはまるような気がした。

律はカフェ「エメラルド」で、待ち合わせ相手が来るのを待っていた。
なし崩しのように「エメラルド」の会員になってしまったが、1人で来店する時はもっぱら夜だ。
昼時だと、とにかく美味しくない上にボッたくる。
会員だと頼めば昼でも別メニューを出してくれるが、それはそれで他の客に申し訳ない気がするのだ。

だが今日は久しぶりに昼に来店していた。
だから今日はコーヒー以外は口にしない。
ちなみに待ち合わせの相手はこのビルの上で働いており、その休憩時間に会う予定だった。

「呼び出した上に、お待たせしてすみません。」
「いえ。どうせ暇ですから」
店に現れたのは、ヘアサロン「らーぜ」のスタッフ、阿部隆也だ。
彼はカフェ「エメラルド」で時々顔を合わせているし、暴漢から助けてもらったこともある恩人でもある。
律は笑顔で応じながら、内心は不思議でならなかった。
いくら考えても、さほど親しくない阿部に呼び出される理由が思いつかないのだ。

「三橋さんの服をコーディネイトしたの、小野寺さんだそうですね。」
「え?はい。」
「あれ、すごく三橋さんに似合ってた。テレビ局でもめちゃくちゃ評判がよかったんですよ。」
「それはよかったです」
「しかも三橋さん本人の好みもちゃんと反映されてて、本人も喜んでいたし」
「は、はぁ」

律は阿部の意図がわからず、ますます困惑していた。
お互いに連絡先など知らないので、わざわざ高野経由で呼び出されたのだ。
まさか三橋の服のコーディネイトを褒めるために呼んだわけでもないだろうに。

「実は俺、会社を作ろうと思ってるんです。ヘアスタイルやファッションをコーディネイトする会社」
「それって芸能人相手ですか?」
「いえ、限定しません。学生さんや会社員もあり、若い人も年配の人もありです。」
「はぁ」
「お客さんに似合う服や髪を客観的にコーディネイトしてあげるんです。もちろん予算に応じて」

何だか面白そうな話に、律は興味を持った。
確かに道を歩いていると、全然似合わない服を着ている人は少なくない。
もしくはシンプルで無難なもので安全にまとめていて、個性が全然感じられない服装も多い。
髪や服で自分らしいオリジナリティを出せれば、きっと幸せな気分になれるだろう。

「そこで小野寺さんをスカウトしたいんです。」
「え、俺?」
律は思いも寄らない申し出に驚き、声が裏返ってしまった。
コホンと1つ咳払いをして、呼吸を整える。
すると途方もない申し出が、何だか妙にしっくりはまるような気がした。

「それは面白そうですね。」
「細かいところはまだまだなんで、どんどん案を出していただけると嬉しいんですが」
律が乗り気であることはすぐに阿部には伝わったようだ。
2人の会話は弾み、阿部が仕事に戻る時間にはすっかり意気投合していた。

きっと世の中はそんなに甘くない。
だけど今まで決して平穏ではない人生だったのだから、こんなに楽しい仕事がご褒美でもいいのではないか。
律は仕事に戻る阿部の背中を見送りながら、律はそう思った。

*****

「まったく、こっちに寄りつきやしない!」
カウンターで酒をあおりながら、高野は文句を言った。

バータイムになった「エメラルド」ではちょっとした異変が起こっていた。
いつもはカウンター席でスタッフや顔見知りの客と会話を楽しむ阿部と律。
その2人が奥のテーブル席で話し込んでいる。
テーブル席にはタブレット端末が置かれており、それを操作しながら盛り上がっているようだ。

とにかく高野としては、律と全然話せないのが面白くなかった。
会社を立ち上げるんだか何だか知らないが、ここは貸会議室ではないのだ。
さっさと切り上げて、こちらに来ればいいと思う。
もちろん阿部はどうでもよく、律限定ではあるが。
高野の隣で飲んでいた蛭魔が「フフン」と笑った。

「気になるなら、会話に入ったらどうだ?」
「せっかくやる気になってるのに、水をさすのもかわいそうだろ」
「オトコゴコロは複雑だな」
蛭魔が愉快そうに、高野を茶化す。
高野としては面白くないこと、この上なかった。

「事件、まだ解決しないんだな」
蛭魔が不意に真面目な表情になって、そう言った。
高野は「ああ」と短く相槌を打つと、また酒を口に運ぶ。
かわいい想い人がいる身としては、どうしても心配なのだ。
一刻も早く事件が解決して欲しいと思う。

「犯人は誰でもよくて襲ってるんだと思うか?」
高野は蛭魔にそう聞いた。
最初に律が襲われたことで、高野は事件を見誤ってしまっている気がする。
聡い蛭魔がどういう風に考えているのか、知りたくなった。

「無差別ってことはないだろう。だったら女を襲ってるはずだ。」
蛭魔はそう答えると、氷をカラリと鳴らしながら、残り少ないグラスの中身を口に流し込んだ。
そしてカウンターの中の羽鳥と目を合わせて頷くと、グラスを押しやった。
もう1杯、同じものをと言う合図だ。

確かに腕力が弱い女性を襲った方が、抵抗される可能性は低いだろう。
この辺りはオシャレな街というイメージがあり、通行人だけ取っても女性の方が多いのだ。
つまり犯人は意図的に男を選んでいる。

「つまり何かを基準に選んでいるわけだ。律。千秋。それに三橋投手」
高野もグラスの酒を飲み干し、羽鳥に目で合図する。
だが今度は羽鳥が眉を寄せて、難色を示した。
律がずっと阿部と話し込んでいるせいで、今夜の高野はハイペースで飲んでいるからだ。

「もう1杯、くれよ」
高野が羽鳥にそう声をかけると、蛭魔がまた「フフン」と声を出して笑った。
オーナーがバーテンダーに「お願い」しているのが面白いのだろう。
羽鳥は苦笑しながら、酒を作り始めた。

*****

「俺と小野寺さんと三橋さんの共通点、ずっと考えてたんですよ。」
高野と蛭魔の会話に口を挟んだのは、千秋だった。
夜も更け、もう残っている客は蛭魔と阿部と律だけだ。
しかも未だに会社設立について話し込む阿部と律からはほとんどオーダーがない。
ウェイターの千秋は暇なのだ。

「でも思いついたのは、身長くらいでした。。。」
わざわざ会話に割り込んだものの、大したオチがない。
千秋は決まり悪そうに笑った。
高野はさして気のない様子で「身長?」と聞き返す。

「ええ。俺は168センチ。小野寺さんもほぼ同じくらい。三橋さんは多分170ちょいでしょ?」
「男にしては小柄だな。だがそれだけでは」
確かに共通点ではあるが、何か違う気がする。
高野は否定したが、蛭魔は「いや」と遮った。

「当たってるかもしれない。犯人は身体つきで被害者を選んでたとしたら?」
「身体つき?」
「そうだ。3人ともほぼ同じ体型の男。襲われたのは全部深夜。この辺りは街灯も少ない。」
「つまり狙う人物と同じ体型のヤツを間違えて襲ったとか?」

蛭魔の推理は一見論理的だが、無理があるような気がする。
ナイフで襲うほど憎い相手の顔を間違えるなんてありえないのではなかろうか。
それとも犯人は身体つきだけ限定して、無差別に襲ってたのか?
いや、ますますそれはありえないだろう。

「犯人はさ、狙った相手の身体つきは知ってたけど、顔は知らなかったんじゃない?」
黙り込んでしまった高野と蛭魔に、また千秋が割り込んできた。
そんなわけあるか、と否定しようとした高野は「あ!」と声を上げた。
思いついてしまった1つの可能性。
だがそれならば説明がつく。
このビルの前で、似たような体型の青年ばかりが襲われる理由。

「なぁ蛭魔。もしかして」
高野が自分の推理を口にしようとした瞬間、蛭魔が勢いよく立ち上がった。
どうやら千秋の言葉から、蛭魔も高野と同じことを思いついたようだ。

「もしそれが当たっているなら、犯人の狙いはセナだ。」
蛭魔が怒りで震える唇で、そう呟いた。
羽鳥と千秋は訳がわからないという表情で、顔を見合わせている。
高野は嫌な予感に顔をしかめながら、蛭魔の指先に咲くサルビアの花を見ていた。

【続く】
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