アイシ×おお振り×セカコイ【お題:毒花(草)で10題】

【鈴蘭】

「いらっしゃいませ!」
元気いっぱいの声に迎えられて、三橋廉はビクリと身体を震わせた。
明るく広い店内で、店員も客も若い女性があふれていた。
テーブルや椅子も淡い色合いで、置かれている小物も可愛らしいものばかりだ。
それに何かの甘い、アロマのような香りがする。
どう見ても男である三橋は浮いており、本気でそのまま帰ろうかと思った。

「お待ちしてました。三橋様ですね。」
すっかり雰囲気に飲まれてしまい、入口で立ち往生していた三橋に女性店員が歩み寄ってきた。
女性店員はそして奥の扉を手で指し示して「個室で承ります」とにこやかに言った。
そして案内してくれるようで、先に立って歩き出す。
どうやら女の子たちとは別の部屋でやってくれるようだと、三橋はそっと胸を撫で下ろした。

「三橋様がご来店されました。」
女性店員は扉をノックすると、中に向かって声をかけた。
中から若い男の声で「どうぞ、お入りいただいて下さい」と返事があった。
三橋が扉を開けてくれた女性店員の横をすり抜けるように、室内に入る。
すると女性店員は「飲み物をお持ちします」と言って、室内に入らずに扉を閉めた。

そこも個室とはいえ、庶民的なワンルームマンションほどの広さがある。
だが衝立で4つに区切られており、それぞれの中の様子は見えない。
先程の部屋はオープンスペースで店員と客の様子がよく見えるのとは正反対だ。

「こんにちは。三橋様の担当をさせていただきます。小早川です。」
先程応対してくれた声の主である青年が、区切られたスペースの1つから出て来た。
そしてすぐにポケットから名刺を取り出して渡してくれる。
ネイルサロン「デビルバッツ」小早川セナ。
可愛らしいデザインの名刺には、そう書かれていた。

「どうぞ。こちらへ。」
男性店員、セナの案内に従って、三橋は区切られたスペースの1つに入った。
その途中で見るとはなしに見てしまった。
今までセナがいたスペースには2人の青年がいる。
1人が椅子に座っており、もう1人がその後ろで何か作業をしている。
多分客である椅子に座っている方の青年は、三橋でも名前を知っている有名人だ。

*****

「ええと3日前かな?榛名様のネイルケアをやらせていただいたんですよ。」
セナは三橋の手を取り、三橋の爪の状態をチェックしながらそう言った。
三橋はセナのやわらかい笑顔を見ながら、ホッとしていた。
人見知りが激しい三橋だったが、セナが相手だとあまり緊張しないですみそうだ。

三橋廉は野球選手だ。
高校を卒業してドラフトでプロ野球の球団に所属している。
ポジションは投手だ。
速球派ではなく、多彩な変化球が武器だ。
練習や試合のたびに爪が傷んでしまうのが、三橋の悩みの種だった。

そんな三橋にアドバイスをくれたのは、同じ球団の先輩投手、榛名元希だった。
いつも自分の爪のケアを頼んでいるネイルアーティストを紹介してくれるという。
それがこのネイルサロン「デビルバッツ」の小早川セナだ。
セナは選手の爪の状態を見るだけで、どういう風に力がかかるのかを見極められるという。
そしてそれに合うように、爪の形を作り上げてくれるのだ。
榛名も「あの人に頼んだら、嘘みたいにボールが馴染むぜ」と言っていた。

「だいたいわかりました。では右手の爪は形を整えて、ベースコートを塗りましょう。」
「マニキュア、ですか?色は、ちょっと。。。」
「いえ保護剤です。爪に栄養を与えて、表面を整える効果があります。無色透明ですよ。」
セナは自分の爪を「こんな感じです」と三橋の目の前にかざした。
ネイルアーティストのセナの爪は、意外にもマニキュアによる着色はなくシンプルだった。
ただ甘皮はきちんと処理され、形も綺麗に整えられている。

「じゃあ始めます。楽にしててくださいね。何なら眠っちゃっててもかまいませんよ。」
セナは笑顔でそう言うと、やすりを手に取る。
さすがにいきなり寝るのは気が引ける。
三橋は「お、お願いします」と、セナに商売道具の右手を預けた。

「隣の、お客さん、テレビ。出てる、人ですよね?」
ふと思い出した三橋はそう言った。
セナは「はい。僕のお得意様です」と笑顔でそう答えた。

「え?じゃあ、今は?」
先程の客はまだこの部屋から出ていない。
セナが三橋の爪を施術しているなら、その客は今はどうしているのか。
まさか三橋のせいで作業を中断して、待たせてしまっているのだろうか?
三橋の不安そうな表情を見て、セナは「大丈夫ですよ」と言った。

「今はヘアカラーとカットをやってますから。」
「ヘア?髪の毛?」
「ええ。うちは下の階のヘアサロンと提携してるので。ヘアとネイルが同時にできるんです。」
「それ、楽ですね。俺も、そろそろ、髪切らないと。。。」
「じゃあ美容師呼びます?誰か空いてると思いますから。」

三橋は庶民的な1000円均一のチェーン店を利用していた。
とくに髪型にこだわりはない。
だが一応三橋も野球選手-有名人であり、店で他の客にジロジロ見られることがあるのがつらい。
こんな個室で切ってもらえて、しかも爪の手入れと同時にできれば楽だ。

「お願い、します。」
頼んでしまってから、三橋は急に不安になった。
ちゃんとしたヘアサロンでカットなんか頼んだら、いったい料金はいくらかかるんだろう?

*****

「あの客、野球選手だな」
三橋がセナに爪を施術されながら居眠りを始めた頃、衝立で仕切られたスペースの客がそう言った。
ハサミを動かしていた美容師は「そうですかね?」と曖昧に答えた。
美容師も後から入ってきた客があの三橋投手だと気付いている。
だが客のプライバシーに関する話は、口にしないのだ。

三橋が「テレビに出てる人」と評したこの客、蛭魔妖一は奇術師、いわゆるマジシャンだ。
活躍の場は海外でのショーが多い。
1年の半分は日本を離れている。
それでも本拠地を日本に置いているのは、ネイルアーティストであるセナとの契約のためだ。

蛭魔はカッパーフィールドやセロなどのような大掛かりなマジックはしない。
少人数の客と近い距離でトランプや小道具を使って行なう、いわゆるクロースアップマジックだ。
テクニックと話術が勝負となる。
客は当然、常に蛭魔の指先に注目する。
爪の先まできっちりと手入れをするのは、蛭魔のプロ意識だ。

しかも蛭魔はちゃっかりとこの爪で、商売をしている。
セナが手入れをして、爪という小さなキャンバスに美しい図柄を描く。
時折日本のテレビにも出演する蛭魔のネイルアートは、若い女性を中心に注目されていた。
もちろんそれがネイルサロン「デビルバッツ」で描かれたことは公表されている。
そのおかげで「デビルバッツ」は大繁盛だ。
代わりに蛭魔の爪の施術料金は、無料になっている。
それがセナと蛭魔の契約だった。

どういう図柄にするかは、もちろん蛭魔とセナが相談して決める。
セナは花をモチーフにしたいと言った。
蛭魔の秀麗な顔や、細くて長い指が映えるからと。
蛭魔にしてみると、花など自分のガラじゃないと思う。
だがセナは頑として譲らない。
諦めた蛭魔はせめて自分らしくと、毒性がある花にしてほしいと言った。
ただ美しいだけではないという蛭魔の自己主張だ。

先程セナが仕上げた蛭魔の爪に描かれているのは、鈴蘭だ。
黒く塗られた爪の上に、何輪もの白い鈴蘭が鮮やかに咲き誇っている。
鈴蘭は美しいが、葉にも花や根にも毒性があるのだ。

「蛭魔様、シャンプー台の方へお願いします。」
咲いたばかりの鈴蘭に見蕩れていた蛭魔は、美容師に声をかけられて我に返った。
この個室はネイルサロンとヘアサロンの共有スペースなので、シャンプー台も設置されていた。
蛭魔は無言で頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
また爪が完全に乾いていないので、席の移動は慎重にしなくてはいけない。

蛭魔はシャンプー台へと移動しながら、接客するセナの姿をチラリと盗み見た。
年齢の割りには童顔でかわいらしいセナは、鈴蘭の花よりも愛らしい。
蛭魔はほんの少しだけ頬を緩ませると、シャンプー台に座った。

*****

「阿部君、三橋様がカットをご希望なんだけど。誰か空いてます?」
セナが、蛭魔の髪にドライヤーをかけていた美容師の青年に声をかける。
美容師は「もう少しで蛭魔様が終わりますんで、俺がしますよ」と答えた。

阿部隆也は、ヘアサロン「らーぜ」の美容師だ。
セナのネイルサロン「デビルバッツ」と並んで、ヘアサロン「らーぜ」も人気店だ。
阿部はその中でも指名数もまずまず、評価も良好だった。

マジシャンの蛭魔妖一は、阿部にとっても上客だった。
蛭魔は爪を傷めないように、入浴の時も髪は洗わない。
だから日本にいるときは、毎日シャンプーのために通うのだ。
しかもシャンプーだけなら、新人でもいいのだが絶対に阿部を指名する。
これは腕を評価しているからではないと、阿部は思っている。
蛭魔は気分屋なので、無闇に話しかけてこられるのが嫌なのだ。
阿部が気に入られたのは、単に店で一番無口だからだろう。

鮮やかな金色に染めて、しかもそれを逆立てるという独特のヘアスタイル。
それは蛭魔の確固たる希望だった。
だがこれをキープするのは、案外大変だった。
これをすると、どうしても髪は傷むのだ。
いつも鮮やかな色合いと、艶やかな質感を保つのには本当に苦労する。
慎重にカラーリング剤を選び、トリートメントなどのダメージケアも念入りにしなくてはいけない。
蛭魔はテレビやショーなど人前に出る職業なのだから、少しでも隙がないようにしたい。

「では蛭魔様、お疲れ様でした。」
蛭魔の施術が終わった阿部は、頭を下げた。
他の客だったらスタンドミラーを合わせ鏡にして、バックスタイルを見せる。
だが蛭魔はそういうのさえめんどくさがるのだ。
信頼してもらっているのか、どうでもいいのか。
蛭魔は「お疲れ」と短く答えると、さっさと立ち上がった。
個室の客はレジまで見送ることになっているが、蛭魔はそういう大げさなのも嫌うのだ。

「またな」
蛭魔がセナに一声かけると、出口に向かう。
阿部は蛭魔とセナはお互いに好意を持っていることまでは気付いている。
だが2人の関係がどこまで進んでいるのかは知らない。

「お待たせしました。ヘアサロン『らーぜ』の阿部です。」
蛭魔が出て行ったのを確認した阿部は、新しい客に声をかけた。
阿部も学生時代は野球をしていたし、野球好きだから知っている。
ただ今絶好調のプロ野球選手、三橋廉投手だ。

「よ、よろしく、お願いします。」
おずおずと頭を下げる三橋に、阿部はドキりとした。
テレビで見る限りマウンドではいつも笑顔、どんなピンチでも動じないように見える。
だが今の三橋はたかが髪を切るだけのことで緊張しているようで、子供のように頼りない表情だ。

このギャップは、かわいいかも。
阿部はそんな心の内を押し隠して「よろしくお願いします」と笑顔を作った。

*****

「私も小早川セナさんに、やってもらいたいの!」
若い女性の客が、受付で文句を言っている。
蛭魔と三橋の爪の施術を終えて個室を出たセナは、思わぬ騒ぎに顔をしかめた。

若い女性客は、テレビで見る顔だ。
最近人気が出てきて、ドラマやバラエティ番組で見かける女性タレント。
名前は小日向杏だったか。
そういえば今日の予約名簿にそんな名前があった気がする。

「杏ちゃん、お店にも都合があるんだからワガママを言ってはダメだよ。」
女性タレントの横にはスーツ姿の青年が立っていて、彼女を宥めていた。
こちらも綺麗な顔立ちで、小柄だがスラリとした体型。
いかにもタレントという風情の青年だ。

「申し訳ございません。小早川はもう予約でいっぱいなので、新しいお客様は担当できないんです。」
受付では店長の姉崎まもりが、困ったようにそう答えている。
まもりもまたセナと同様、優秀なネイルアーティストだ。
だがやはりあの蛭魔妖一の爪を手がけているという宣伝効果は絶大だった。
客はとにかく「小早川セナ」を指名したがるのだ。

ネイルサロン「デビルバッツ」では、基本的には最初に施術をした店員がずっとその客を担当する。
その方が客の爪の状態の変化を的確にチェックできるからだ。
そしてセナはもう新規の客を受け付けないようにと、店側に頼んでいる。
榛名や三橋のように、用途に合わせて形を整えケアするだけならいい。
だが精緻な図柄を希望する場合、単に時間だけでなく集中力も必要となる。

それにセナにはこれ以上顧客を増やしたくない個人的な理由もあった。
全身全霊をこめて爪を美しく飾るのは、蛭魔だけにしたい。
そんな自分勝手な理由だ。

「申し訳ござません。僕は今、万全の状態ではないので担当できないんです。」
セナは女性客、小日向杏の前にすっと進み出ると、深々と頭を下げた。
せっかく指名してもらったのだから、せめて自分であやまりたい。
杏は「え~?」と口を尖らせている。
横に立っていた杏の連れの青年が「そんな。こちらこそ」と慌てた様子だ。

「でもこの姉崎も腕は確かです。っていうか僕の先輩であり、師ですから。」
セナが取り成すようにそう言って、杏はようやく納得したようだ。
まもりが「どうぞ、個室の方へ」と案内すると、杏はその後について行った。

「杏ちゃん、終わったら知らせて。迎えに来るから。」
連れの青年が杏の背中にそう声をかける。
そして店内を見回すと「お騒がせして申し訳ありません」と一礼すると、店を出て行った。

タレントと見まがうほど美しいこの青年は、杏のマネージャーだ。
セナがそれを知って驚くのは、閉店後のスタッフミーティングの場だった。

*****

「なんであんなにワガママかな」
小日向杏のマネージャーである青年は、ネイルサロンを出た後ブツブツと文句を言いながら歩いていた。

小野寺律は大手芸能プロダクション「丸川プロ」でマネージャーをしている。
担当しているのは現在人気急上昇中の女性タレント、小日向杏だ。
杏はいつも自由奔放、と言えば聞こえはいいが、律に言わせればワガママ娘だ。
こうしていつもつき合わせれて、頭を下げるのが律の仕事だった。

今日だってそうだ。
マジシャンの蛭魔妖一とテレビ番組で共演した。
その美しい爪に魅せられて、彼と同じネイルサロンに行くと言い出したのだ。
予約の時に、蛭魔の担当のネイルアーティストは担当できないと言われていた。
それでも同じレベルの腕前のネイルアーティストが担当すると言われて、納得していたはずだ。
それなのに来店したとたんに「小早川セナさんにやってもらいたい!」などと言い出した。

杏に限らず10代半ば、またはそれ以前から芸能活動をしている者には多い傾向だ。
大人になって分別を学んでいく時期に、芸能活動で学校を休みがちになる。
社会性を学べない上に、まわりの大人たちは人気者だからとチヤホヤするのだ。
それでも杏はまだ学力は低くないから、マシな方なのかもしれない。
かわいい顔をした女性タレントが汚い言葉をつかったり、小学生程度の学力もなかったりする。
それを「おバカタレント」などとまたもてはやすのだから、世も末だ。

「おなか、減ったなぁ」
律はポツリと呟いた。
今日は朝から杏のスケジュールが押していて、律は食事をする暇もなかった。
杏自身は空き時間にテレビ局の弁当を食べているが、律はその間も局の関係者に売り込みをかけていた。
せっかくだから杏がネイルサロンにいる間に、食事をしようと思い立った。

このビルは2階がヘアサロンで、3階はネイルサロン。
そして1階はどうやらカフェのようだ。
店構えはなんともオシャレで値段も高そうだが、店を捜すのも面倒だし。
律はカフェに入ると、何も考えずにフードメニューの一番上を指差して「これ」とオーダーした。
チキンのソテーとサラダ、そしてピラフがワンプレートに乗っているものだ。

「ん?」
運ばれてきた料理を口に運んだ律は、思わず顔を顰めた。
食べられないほど不味くはないのだが、決して美味くもない。
チキンは焼きすぎなのか身が固い上に、かかっているソースは味が濃すぎる。
ピラフは味がないのに妙に油っぽいし、サラダの野菜はしんなりと元気がない。
ワンコインなどと銘打たれた安価な店ならともかく、これはコーヒー付きで2000円だ。

律は店内を見回した。
夜はバーになるのかカウンターがあり、その内側にいる店員と目が合った。
モデルとかホストと言っても通用しそうな、長身で黒髪の美青年だ。
文句を言おうかと思ったが、やめた。
今日はまだ仕事もあるのだし、いちいち気にしてもいられない。

今日はまだ仕事もあるが、食事する時間が取れるかどうかわからない。
律は諦めて目の前の料理を勢いで平らげた。
食後に出て来たコーヒーだけは、驚くほどに美味かった。
今後杏とネイルサロンに来ても、絶対にここで食事はしないことにしよう。
でもコーヒーだけなら、悪くないかもしれない。

杏から「ネイルが終わった」と本文より絵文字のほうが多いメールが来た。
会計をするために伝票を持ってレジに向かう。
だがレジで伝票を受け取ったレジの店員は、その伝票を律の目の前でビリビリと破いてしまった。
先程の黒髪のイケメン店員だ。

「次は美味いもん食わせてやるから。また来い。」
イケメン店員はそう言って、ニヤりと笑った。
律は訳もわからないまま店を出た。
結局金を払わなかったことに気づいたのは、随分後だった。

*****

「次は美味いもん食わせてやるから。また来い。」
黒髪のカフェ店員は、どこか呆然としているその客にそう言ってやった。

高野政宗はカフェ「エメラルド」を開業しており、調理を担当している。
今風にカッコよく言えば、オーナーシェフと言うのかもしれない。
だが高野自身は、ただの店員だと思っている。
一応フランスやイギリスで、料理修業の経験もある。
だがここでの仕事は本当に料理の腕など関係ない。

この近辺はブランドショップやブティックなど、いわゆるオシャレな店が多い。
またこのカフェの上層階には、人気のネイルサロンとヘアサロン。
当然このカフェにもそういう店の常連が多く出入りする。
高野の目にはそんな客たちは、ひどく凡庸に見えた。
着ている服もメイクも、みなどこかで見たような感じがする。
流行に敏感なことは、つまり個性がないことなのだろうか。

このカフェの料理はほとんどが他店で購入した出来合いの商品だ。
例えば律が注文したチキンソテープレートは、チキンが近所のスーパーで売ってる198円のレトルトパック。
ピラフは市販の冷凍食品で398円のものを、半分だけ使っている。
サラダの野菜は、前日に閉店間際の近所の青果店で売れ残った野菜を激安で仕入れている。
つまり1人前分のサラダはほとんど0円に近い。
これとコーヒーで2000円なのだから、何とも暴利だ。
だがほとんどの客は何も気付かずに、普通に食べて料金を払っている。
しかもこんな店であるのに、常連がいたりするのだ。

高野はこの店に来る客を、ほとんど馬鹿にしている。
もちろん態度はていねいで、高野目当ての女性客までいるほどだ。
だがこんな料理を美味いと言って食べている女性に、高野は何の魅力も感じない。

だが今日、店に現れた青年は違った。
初めての客だが、料理を口に運んだ瞬間に顔をしかめたのだ。
何か言いたげにこちらを見たが、黙って水で料理を流し込んだ。
なのに食後のコーヒーだけは美味そうに味わっていた。
料理は最悪だが、コーヒーだけは高野のこだわりのブレンドなのだ。

久々に味がわかる客が来た。
高野は愉快な気分だった。
他の店員たちは、こうやって客を試すことを「悪趣味」と苦笑する。
だがたまにこうやって見抜く客がいるから、おもしろい。

「次は美味いもん食わせてやるから。また来い。」
高野はレジでその客の伝票を破り捨てると、ニヤりと笑った。
間近で向き合って初めて、その客がすごく綺麗な容姿を顔をしていることに気がついた。

【続く】
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