アイシ×おお振り×セカコイ【お題:裏切り10題】
【罪悪感と嫌悪感】
この世の地獄って本当にあるんだ。
三橋廉は、ぼんやりとそんなことを思った。
瀬那や律と共に捕らえられていた場所から、廉は1人だけここへ連れてこられた。
部屋だけ見れば、かなりマシだ。
埃っぽくもなく、普通に暮らせる部屋だと思う。
明るい照明もあり、カーペットが敷かれ、ベットもある。
廉は床の上ではなく、そのベットの上に寝かされていた。
だが廉は、切実にここから出たいと思う。
その理由は、あまりにも理不尽な待遇のせいだった。
廉は今着ている物を全て剥ぎ取られて、ベットに転がされている。
腕は相変わらず細い紐状の鎖で、後手に縛られている。
足は縛られていないが、そのかわりに首輪を付けられていた。
首輪には太いチェーンが付けられていて、ベットの足につながれている。
つまり廉はベットに拘束されているのだった。
そして地獄のような時間を過ごしている。
この部屋に入れ替わり立ち替わりに現れる男たちは、廉の身体を蹂躙する。
時には1人で、時には2人、または数人。
そして激しく、あるいは執拗にねちっこく。
男娼として売られて、客を取らされているのだ。
それを理解するまでに、さほど時間はかからなかった。
*****
隆也、さん。
目を閉じて、思い浮かぶのは主である阿部の顔だった。
彼のためだけに生きていこうと思った、最愛の吸血鬼。
阿部のところに帰りたいと、切に思う。
だけど帰れたとしても、居場所はあるのだろうか?
名前も知らないたくさんの男たちに、身体を自由にされてしまった。
逢いたい気持ちと同じだけの罪悪感と嫌悪感。
汚された身体で彼のところへ戻るくらいなら、死んでしまいたいとさえ思う。
だけど吸血鬼の「伴侶」である廉は、死ぬこともできない。
不特定多数の男の相手をさせられている今も、その現実を思い知らされる。
なぜなら手荒くあつかわれて、怪我を負わされても、すぐに治ってしまうのだ。
激しく揺すぶられても、1、2時間でも眠れば、疲れも取れてしまう。
無限に続く知らない相手との情事。
こんな苦痛が、こんな地獄がこの世にあるなんて。
いつまで正気でいられるのか、廉にはもう自信がなかった。
瀬那は無事だろうか?律は?
廉は懸命にそちらの方へ考えを向けた。
このまま自分のことばかり考えていたら、つらいだけだからだ。
瀬那は言っていた。
自力で脱出できないなら、とにかく主を信じて待つのだと。
身体は大丈夫だから、この折れそうな心を何とかまぎらわすしかない。
またバタンとドアが開く音がした。次の客だ。
廉はギュッと目を閉じて、身を硬くした。
*****
「確認した。場所は滝井の部下の仲沢が主催する秘密倶楽部。ここの地下室。」
男はそう言って、阿部に1枚の紙片を取り出した。
下手くそな字で書かれていたのは、とある住所。
一見して普通の住宅のような住所だ。
リムジンの後部座席の真ん中に、蛭魔がどっかりと腰を下ろしていた。
その両側には、阿部と高野。
3人に向かい合うように座っているこの男もまた吸血鬼だった。
彼の名前は榛名元希。
見た目こそ蛭魔たちとはあまり変わらないが、年齢は蛭魔の十分の一ほどだ。
それでも50歳は越えており、人間と比較すればやはり外見とのギャップは大きい。
「お前!その秘密倶楽部に、自分で行ったのか?」
「平気だって。幹部ならともかく下っ端は俺の顔なんて知らないし。」
無謀な行動に呆れる阿部にも、榛名は涼しい顔だ。
一番年下のクセに一番態度が大きいこの吸血鬼は、本当に怖いもの知らずだった。
「んで、廉っていうコはここにいたよ。残りの2人はいなかった。」
思わず握った拳を強く握り締めてしまった阿部の肩を、蛭魔がポンと叩く。
焦ってはダメだという戒めだ。
「連れ出そうと思ったんだけどさ。鍵付きのチェーンでつながれてて無理だった。」
「いや充分だ。悪かったな。」
「廉って隆也の『伴侶』なんだろ?早く助けてやれよ。」
阿部は努めて押さえた口調で礼を言うと、榛名が不敵な表情で笑う。
そして挨拶もなく、リムジンから降りていった。
*****
阿部が滝井朋也という男と関わりを持ったのは、30年ほど前だ。
当時の滝井は美丞会という組の若手だった。
今はもうすっかり老人になっている彼は、すでに自分の組を持っている。
滝井組は美丞会系の組織の中でも、その勢力はナンバーワンだ。
阿部が滝井とかかわるきっかけとなったのが、榛名元希だった。
滝井はさらにその20年前に、まだ生まれたばかりの榛名を連れ去ったのだ。
理由は「伴侶」をたくさん作り出すことだ。
榛名の血を採取し、見目形が美しい少年少女を誘拐し、その血を飲ませる。
そうやって大量生産した「伴侶」で商売をするのだ。
榛名は滝井に所有されてはいたが、監禁などはされていなかった。
時々時間制限はあるが、外出を許される。
だがそれを不自由だと思うことはなかった。
物心ついたころにはもう滝井ら組の者たちの中で生きることが当たり前だったからだ。
滝井たちが誘拐してきた少年や少女の血を飲み、彼らに自分の血を与える。
それが「食事」だと教えられ、疑ったことなどなかった。
自分が普通の人間とかけ離れた生活をしていることはわかっていた。
だが血を飲むという自分の特異な体質を考えれば、仕方がない。
そういう風に彼らの庇護がなければ、生きられないと思っていた。
*****
あるとき街中で偶然すれ違ったのが、阿部隆也だった。
人間にはわからなくても、魔の者たちは向かい合うだけでそれがわかる。
においとか気配などで、感じ取ることが出来るのだ。
ましてや同属である吸血鬼であるなら、なおさら。
都会の雑踏、多くの人間が行き交う中で、阿部と榛名はお互いに相手の正体を理解した。
世間のことを何も知らない榛名は、ただ単に同じ吸血鬼の存在に驚いただけだ。
だが阿部はすぐに疑問を持った。
少なくても今、都内に潜伏する吸血鬼は蛭魔、高野、その他には数名だけだ。
数が少ない同属だからこそ、情報は把握している。
要するに狭い世界なのだ。
認識していない吸血鬼がいるなど、ありえない。
阿部は、滝井たちの目を盗んで何度も榛名と接触した。
そして榛名が何者であるか、そしてその背景にある組織の存在を知った。
阿部は何度も、根気よく榛名を説得した。
今の榛名の生き方が異常であること、そして犯罪に手を貸しているのだということを。
最初榛名は阿部の言葉に反発して、対立もした。
だが粘り強く説得するうちに、ついに榛名も折れたのだ。
榛名は阿部の力を借りて、組からの脱走を果たしたのだ。
最悪の場合、蛭魔たちの手を借りて組を急襲することも考えていた阿部もホッとした。
それからさらに月日も流れ、榛名の魔力も強くなった。
滝井たちの追っ手が現れても、今の榛名を捕らえることはできないだろう。
*****
「行くぞ」
蛭魔が声をかけると、高野は無言で頷いた。
阿部は小さく「頼む」と応じて、3人は立ち上がった。
蛭魔の手にはマシンガン、高野の手には銃が握られていた。
阿部が持っているのは、大型のボルトカッターだ。
深夜、蛭魔と阿部と高野はリムジンを降りた。
そして足早に、榛名が突き止めた秘密倶楽部へと向かう。
わざと少し離れた場所で降りたのは、もちろん廉を捕らえている者たちに気付かれないためだ。
きっかり10分後に、武蔵がリムジンを秘密倶楽部の前につける手筈になっている。
救出劇は短時間で終わらせるつもりだった。
問題の住所は敷地が広く、いわゆる資産家の豪邸のような佇まいだった。
有名な警備会社のステッカーが貼られていて、防犯カメラもある。
蛭魔はそれらをチラリと一瞥すると「ダミーだな」と断言した。
その通り、これ見よがしに設置されているセキュリティは全てニセモノだった。
秘密倶楽部という性質上カメラなど置けないし、警備会社などとは関われないだろう。
「よし、行くぞ!」
蛭魔がそう言うと、いきなり持っていたマシンガンを構えた。
ものの2、3秒の掃射で、門扉があっさりと破壊される。
3人はそのまま秘密倶楽部の敷地内へと、踏み込んだ。
*****
建物の玄関扉も門扉と同じ方法で破壊し、中に踏み込んだ。
さすがに2度もマシンガンをぶっ放せば、中の者たちも気付く。
秘密倶楽部の従業員と思われる黒服や、組関係の者と思われる目つきの鋭い男たちが飛び出してきた。
中には銃を持っている者もいる。
やはり非合法な秘密倶楽部なのだと確信するには充分だった。
「地下室はどこだ!」
蛭魔がマシンガンを掃射しながら、叫んだ。
一応人間には当たらないように注意はしている。
だが最悪の場合、殺してしまってもいい。
彼らはそういう相手を敵に回したのだ。
「コイツらが滝井組長の言っていたヤツらか?」
「どうしてここを突き止めたんだ!」
男たちの間から動揺の声が上がる。
そして背後からドンと大きく重い音が響いた。
混乱する男の1人が、発砲したのだ。
「ムダだ!」
銃弾は高野の背中に命中したのに、当の高野は倒れない。
発砲した男を睨みつけると、男が「ヒィ」と声を上げた。
確かに弾が命中し、服に穴すら開いているのに平然としている男が理解できないのだろう。
それに何百年も生きている吸血鬼たちは、それなりに何度も危機を経験している。
醸し出す迫力は、いかに組関係とはいえ普通の人間には負けない。
高野が「地下室はどこだ?」と男に聞くと、男は震える手で1つの扉を指差した。
*****
「さっさと片付けるぞ!」
蛭魔がそう叫ぶと、阿部と高野がすっと蛭魔に歩み寄った。
3人が三角形を描くように背中合わせの状態になる。
そして目を閉じると「忘れろ」と強く念じた。
3人の念は強い魔力になり、この屋敷内に一気に放たれた。
屋敷内の男たちは、次々に倒れていく。
意識を取り戻したときには、蛭魔たちのことも、廉のことも忘れているだろう。
「ここか!」
阿部が先程男が指差した扉の重厚な取っ手に手をかけた。
だが鍵が掛かっていて、押しても引いても動かない。
「隆也、どけ!」
高野が銃を構えると、狙いを定めた。
蛭魔のマシンガンでは、中にいる廉が怪我をする可能性もある。
高野はそして一発で鍵を撃ち抜くと、ドアは音もなく静かに開いた。
高野は阿部を振り返ると、無言で横に退き、場所を譲った。
阿部は高野に「サンキュ」と短く礼を言うと、先に中に入る。
扉のすぐ先が階段になっており、階下には明かりが灯っている。
そこが榛名が言っていた地下室なのだろう。
阿部が一気に階段を駆け降りた。
高野と蛭魔もその後に続き、階段を降りていく。
*****
「廉!」
階段を降りた阿部は、その光景に言葉を失った。
廉は悪趣味な円形の大きなベットの上に転がされていた。
そして廉の両側には、2人の男が倒れていた。
2人ともぶよぶよと太った中年の男で、全裸だ。
きっと廉を買った客なのだろう。
先程阿部たちが放った「忘れろ」という念のせいで、彼らも意識を失ったのだろう。
廉もまた何も身にまとわない裸に首輪だけをかけられていた。
そして後手に縛られている。
廉は入ってきた阿部たちの姿を見つけると、大きな目からポロポロと涙をこぼした。
「廉、助けに来た。遅くなって悪かった。」
阿部はそう言いながら、ボルトカッターで廉の首輪から伸びるチェーンを切った。
後ろ手を拘束するチェーンも同様に切る。
そしてジャケットを脱ぎ、廉の身体に着せ掛けると思い切り抱きしめた。
「俺は、もう、隆也さんに、大事に、してもらう、価値なんか、ない。」
廉がしゃくりあげながら、懸命に阿部の腕から逃れようとする。
だが阿部は回した腕に力を込めて、離さなかった。
自分にまつわる因縁で、大事な「伴侶」を傷つけてしまった。
阿部は廉への罪悪感と自分への嫌悪感でいっぱいだった。
でも今は立ち止まっている暇はない。
瀬那と律は未だに連れ去られたままなのだから。
【続く】
この世の地獄って本当にあるんだ。
三橋廉は、ぼんやりとそんなことを思った。
瀬那や律と共に捕らえられていた場所から、廉は1人だけここへ連れてこられた。
部屋だけ見れば、かなりマシだ。
埃っぽくもなく、普通に暮らせる部屋だと思う。
明るい照明もあり、カーペットが敷かれ、ベットもある。
廉は床の上ではなく、そのベットの上に寝かされていた。
だが廉は、切実にここから出たいと思う。
その理由は、あまりにも理不尽な待遇のせいだった。
廉は今着ている物を全て剥ぎ取られて、ベットに転がされている。
腕は相変わらず細い紐状の鎖で、後手に縛られている。
足は縛られていないが、そのかわりに首輪を付けられていた。
首輪には太いチェーンが付けられていて、ベットの足につながれている。
つまり廉はベットに拘束されているのだった。
そして地獄のような時間を過ごしている。
この部屋に入れ替わり立ち替わりに現れる男たちは、廉の身体を蹂躙する。
時には1人で、時には2人、または数人。
そして激しく、あるいは執拗にねちっこく。
男娼として売られて、客を取らされているのだ。
それを理解するまでに、さほど時間はかからなかった。
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隆也、さん。
目を閉じて、思い浮かぶのは主である阿部の顔だった。
彼のためだけに生きていこうと思った、最愛の吸血鬼。
阿部のところに帰りたいと、切に思う。
だけど帰れたとしても、居場所はあるのだろうか?
名前も知らないたくさんの男たちに、身体を自由にされてしまった。
逢いたい気持ちと同じだけの罪悪感と嫌悪感。
汚された身体で彼のところへ戻るくらいなら、死んでしまいたいとさえ思う。
だけど吸血鬼の「伴侶」である廉は、死ぬこともできない。
不特定多数の男の相手をさせられている今も、その現実を思い知らされる。
なぜなら手荒くあつかわれて、怪我を負わされても、すぐに治ってしまうのだ。
激しく揺すぶられても、1、2時間でも眠れば、疲れも取れてしまう。
無限に続く知らない相手との情事。
こんな苦痛が、こんな地獄がこの世にあるなんて。
いつまで正気でいられるのか、廉にはもう自信がなかった。
瀬那は無事だろうか?律は?
廉は懸命にそちらの方へ考えを向けた。
このまま自分のことばかり考えていたら、つらいだけだからだ。
瀬那は言っていた。
自力で脱出できないなら、とにかく主を信じて待つのだと。
身体は大丈夫だから、この折れそうな心を何とかまぎらわすしかない。
またバタンとドアが開く音がした。次の客だ。
廉はギュッと目を閉じて、身を硬くした。
*****
「確認した。場所は滝井の部下の仲沢が主催する秘密倶楽部。ここの地下室。」
男はそう言って、阿部に1枚の紙片を取り出した。
下手くそな字で書かれていたのは、とある住所。
一見して普通の住宅のような住所だ。
リムジンの後部座席の真ん中に、蛭魔がどっかりと腰を下ろしていた。
その両側には、阿部と高野。
3人に向かい合うように座っているこの男もまた吸血鬼だった。
彼の名前は榛名元希。
見た目こそ蛭魔たちとはあまり変わらないが、年齢は蛭魔の十分の一ほどだ。
それでも50歳は越えており、人間と比較すればやはり外見とのギャップは大きい。
「お前!その秘密倶楽部に、自分で行ったのか?」
「平気だって。幹部ならともかく下っ端は俺の顔なんて知らないし。」
無謀な行動に呆れる阿部にも、榛名は涼しい顔だ。
一番年下のクセに一番態度が大きいこの吸血鬼は、本当に怖いもの知らずだった。
「んで、廉っていうコはここにいたよ。残りの2人はいなかった。」
思わず握った拳を強く握り締めてしまった阿部の肩を、蛭魔がポンと叩く。
焦ってはダメだという戒めだ。
「連れ出そうと思ったんだけどさ。鍵付きのチェーンでつながれてて無理だった。」
「いや充分だ。悪かったな。」
「廉って隆也の『伴侶』なんだろ?早く助けてやれよ。」
阿部は努めて押さえた口調で礼を言うと、榛名が不敵な表情で笑う。
そして挨拶もなく、リムジンから降りていった。
*****
阿部が滝井朋也という男と関わりを持ったのは、30年ほど前だ。
当時の滝井は美丞会という組の若手だった。
今はもうすっかり老人になっている彼は、すでに自分の組を持っている。
滝井組は美丞会系の組織の中でも、その勢力はナンバーワンだ。
阿部が滝井とかかわるきっかけとなったのが、榛名元希だった。
滝井はさらにその20年前に、まだ生まれたばかりの榛名を連れ去ったのだ。
理由は「伴侶」をたくさん作り出すことだ。
榛名の血を採取し、見目形が美しい少年少女を誘拐し、その血を飲ませる。
そうやって大量生産した「伴侶」で商売をするのだ。
榛名は滝井に所有されてはいたが、監禁などはされていなかった。
時々時間制限はあるが、外出を許される。
だがそれを不自由だと思うことはなかった。
物心ついたころにはもう滝井ら組の者たちの中で生きることが当たり前だったからだ。
滝井たちが誘拐してきた少年や少女の血を飲み、彼らに自分の血を与える。
それが「食事」だと教えられ、疑ったことなどなかった。
自分が普通の人間とかけ離れた生活をしていることはわかっていた。
だが血を飲むという自分の特異な体質を考えれば、仕方がない。
そういう風に彼らの庇護がなければ、生きられないと思っていた。
*****
あるとき街中で偶然すれ違ったのが、阿部隆也だった。
人間にはわからなくても、魔の者たちは向かい合うだけでそれがわかる。
においとか気配などで、感じ取ることが出来るのだ。
ましてや同属である吸血鬼であるなら、なおさら。
都会の雑踏、多くの人間が行き交う中で、阿部と榛名はお互いに相手の正体を理解した。
世間のことを何も知らない榛名は、ただ単に同じ吸血鬼の存在に驚いただけだ。
だが阿部はすぐに疑問を持った。
少なくても今、都内に潜伏する吸血鬼は蛭魔、高野、その他には数名だけだ。
数が少ない同属だからこそ、情報は把握している。
要するに狭い世界なのだ。
認識していない吸血鬼がいるなど、ありえない。
阿部は、滝井たちの目を盗んで何度も榛名と接触した。
そして榛名が何者であるか、そしてその背景にある組織の存在を知った。
阿部は何度も、根気よく榛名を説得した。
今の榛名の生き方が異常であること、そして犯罪に手を貸しているのだということを。
最初榛名は阿部の言葉に反発して、対立もした。
だが粘り強く説得するうちに、ついに榛名も折れたのだ。
榛名は阿部の力を借りて、組からの脱走を果たしたのだ。
最悪の場合、蛭魔たちの手を借りて組を急襲することも考えていた阿部もホッとした。
それからさらに月日も流れ、榛名の魔力も強くなった。
滝井たちの追っ手が現れても、今の榛名を捕らえることはできないだろう。
*****
「行くぞ」
蛭魔が声をかけると、高野は無言で頷いた。
阿部は小さく「頼む」と応じて、3人は立ち上がった。
蛭魔の手にはマシンガン、高野の手には銃が握られていた。
阿部が持っているのは、大型のボルトカッターだ。
深夜、蛭魔と阿部と高野はリムジンを降りた。
そして足早に、榛名が突き止めた秘密倶楽部へと向かう。
わざと少し離れた場所で降りたのは、もちろん廉を捕らえている者たちに気付かれないためだ。
きっかり10分後に、武蔵がリムジンを秘密倶楽部の前につける手筈になっている。
救出劇は短時間で終わらせるつもりだった。
問題の住所は敷地が広く、いわゆる資産家の豪邸のような佇まいだった。
有名な警備会社のステッカーが貼られていて、防犯カメラもある。
蛭魔はそれらをチラリと一瞥すると「ダミーだな」と断言した。
その通り、これ見よがしに設置されているセキュリティは全てニセモノだった。
秘密倶楽部という性質上カメラなど置けないし、警備会社などとは関われないだろう。
「よし、行くぞ!」
蛭魔がそう言うと、いきなり持っていたマシンガンを構えた。
ものの2、3秒の掃射で、門扉があっさりと破壊される。
3人はそのまま秘密倶楽部の敷地内へと、踏み込んだ。
*****
建物の玄関扉も門扉と同じ方法で破壊し、中に踏み込んだ。
さすがに2度もマシンガンをぶっ放せば、中の者たちも気付く。
秘密倶楽部の従業員と思われる黒服や、組関係の者と思われる目つきの鋭い男たちが飛び出してきた。
中には銃を持っている者もいる。
やはり非合法な秘密倶楽部なのだと確信するには充分だった。
「地下室はどこだ!」
蛭魔がマシンガンを掃射しながら、叫んだ。
一応人間には当たらないように注意はしている。
だが最悪の場合、殺してしまってもいい。
彼らはそういう相手を敵に回したのだ。
「コイツらが滝井組長の言っていたヤツらか?」
「どうしてここを突き止めたんだ!」
男たちの間から動揺の声が上がる。
そして背後からドンと大きく重い音が響いた。
混乱する男の1人が、発砲したのだ。
「ムダだ!」
銃弾は高野の背中に命中したのに、当の高野は倒れない。
発砲した男を睨みつけると、男が「ヒィ」と声を上げた。
確かに弾が命中し、服に穴すら開いているのに平然としている男が理解できないのだろう。
それに何百年も生きている吸血鬼たちは、それなりに何度も危機を経験している。
醸し出す迫力は、いかに組関係とはいえ普通の人間には負けない。
高野が「地下室はどこだ?」と男に聞くと、男は震える手で1つの扉を指差した。
*****
「さっさと片付けるぞ!」
蛭魔がそう叫ぶと、阿部と高野がすっと蛭魔に歩み寄った。
3人が三角形を描くように背中合わせの状態になる。
そして目を閉じると「忘れろ」と強く念じた。
3人の念は強い魔力になり、この屋敷内に一気に放たれた。
屋敷内の男たちは、次々に倒れていく。
意識を取り戻したときには、蛭魔たちのことも、廉のことも忘れているだろう。
「ここか!」
阿部が先程男が指差した扉の重厚な取っ手に手をかけた。
だが鍵が掛かっていて、押しても引いても動かない。
「隆也、どけ!」
高野が銃を構えると、狙いを定めた。
蛭魔のマシンガンでは、中にいる廉が怪我をする可能性もある。
高野はそして一発で鍵を撃ち抜くと、ドアは音もなく静かに開いた。
高野は阿部を振り返ると、無言で横に退き、場所を譲った。
阿部は高野に「サンキュ」と短く礼を言うと、先に中に入る。
扉のすぐ先が階段になっており、階下には明かりが灯っている。
そこが榛名が言っていた地下室なのだろう。
阿部が一気に階段を駆け降りた。
高野と蛭魔もその後に続き、階段を降りていく。
*****
「廉!」
階段を降りた阿部は、その光景に言葉を失った。
廉は悪趣味な円形の大きなベットの上に転がされていた。
そして廉の両側には、2人の男が倒れていた。
2人ともぶよぶよと太った中年の男で、全裸だ。
きっと廉を買った客なのだろう。
先程阿部たちが放った「忘れろ」という念のせいで、彼らも意識を失ったのだろう。
廉もまた何も身にまとわない裸に首輪だけをかけられていた。
そして後手に縛られている。
廉は入ってきた阿部たちの姿を見つけると、大きな目からポロポロと涙をこぼした。
「廉、助けに来た。遅くなって悪かった。」
阿部はそう言いながら、ボルトカッターで廉の首輪から伸びるチェーンを切った。
後ろ手を拘束するチェーンも同様に切る。
そしてジャケットを脱ぎ、廉の身体に着せ掛けると思い切り抱きしめた。
「俺は、もう、隆也さんに、大事に、してもらう、価値なんか、ない。」
廉がしゃくりあげながら、懸命に阿部の腕から逃れようとする。
だが阿部は回した腕に力を込めて、離さなかった。
自分にまつわる因縁で、大事な「伴侶」を傷つけてしまった。
阿部は廉への罪悪感と自分への嫌悪感でいっぱいだった。
でも今は立ち止まっている暇はない。
瀬那と律は未だに連れ去られたままなのだから。
【続く】