アイシ×おお振り×セカコイ【お題:裏切り10題】
【信じたくない信じられない】
「完全にやられた」
蛭魔が忌々しそうに、そう言った。
阿部が唇を噛みしめながら、高野が怒りに拳を震わせながら、頷いた。
高野の「食事」のために、部屋に向かった瀬那と廉がいつまでも戻らない。
痺れを切らした蛭魔が高野に電話をする。
そして2人が高野の部屋に現れていないことを知った。
焦った蛭魔と阿部は、高野のマンションのエントランスに飛び込んだ。
蛭魔たちはマンション内をくまなく調べた。
吸血鬼は「伴侶」の気配を感じ取ることが出来る。
瀬那と廉はマンション内にいないことはすぐわかった。
残されたかすかな気配を感じ取れたのは2階だった。
そして2階の部屋の1つ、空室の部屋の鍵がこじ開けられていたことに気付く。
踏み込んだその部屋はすでに無人だったが、窓の鍵は開いていた。
信じたくない、信じられない。
蛭魔と阿部は、最悪の結論に行き着かざるを得なかった。
瀬那と廉が拉致された。
周到に計画された上で、裏を書かれたのだ。
*****
一方連絡を受けて心配になった高野は、部屋を飛び出した。
エレベーターを呼び、乗り込んだところで、不審に思う。
そこに落ちていたのは何通かの郵便物、ダイレクトメールだった。
宛名はすべて「小野寺律」だ。
律はいつも帰宅したときに、郵便受の中身を無造作にカバンに放り込んでいた。
それが落ちたものだろう。
高野はエレベーターからそれらを拾い上げて、律の部屋へと向かった。
だがドアのレンズからは明かりも見えず、ドアフォンにも応答がない。
まだ帰宅していないことは明らかだった。
高野と会社を出た時間はさほど変わらないはずなのに、帰宅していないのはおかしい。
帰宅していないのに、郵便受の中身が取り出されているのはもっとおかしい。
ひとまず蛭魔たちと合流し、瀬那と廉の気配を追って2階に向かう。
そこで今度は驚愕することになる。
2階のエレベーター前のスペースに、また律宛の郵便物が落ちていたのだ。
つまり律も2階にいたということになる。
そこから考えられる結論はただ1つ。
律も瀬那や廉と一緒に拉致された可能性が高いということだ。
信じたくない、信じられない。
巻き込みなかったから、別れを決意したのに。
高野はただ呆然とするしかなかった。
*****
「本当にやられた」
阿部が低く唸るような声でそう言った。
蛭魔も高野も無言で頷く。
リムジンに移動した3人は、自分たちの失態を悔やんでいた。
高野の部屋に瀬那たちだけで行かせたのは、明らかな失態だ。
蛭魔たちも高野の部屋について行くか、高野をリムジンまで呼べばよかった。
だが蛭魔も阿部も、自分の目の前で「伴侶」の血が啜られるのを見たくなかった。
オートロックのマンションだし、入口も非常口も表通りからよく見える。
だからすっかり油断していた。
敵は2階の空き部屋を使って、窓から瀬那たちを運び出したのだ。
そちらは裏通りで、リムジンからは見えない。
おそらくは先日、廉を襲った者たちの仕業なのだろう。
高野はさらに別の後悔もしていた。
仕事が終わる時間に、瀬那たちに来てくれるように頼んでいた。
だが律もほぼ同時刻に帰宅することはわかっていた。
瀬那たちと顔を合わせてしまう可能性があることなど、予想できたはずだ。
「律が政宗の好きなヤツだって、本当にバレてないのか?」
阿部の問いに、高野は首を振る。
律本人がバラさない限り、誰も知らないはずだ。
その律は高野が律から離れようとしていることに気付き、受け入れようとしていた。
*****
「とにかくさっさと3人を取り戻さねーとな。」
蛭魔の言葉に、阿部が黙って頷いた。
蛭魔の自信たっぷりな言葉と阿部の不敵な表情に、高野は思わず目を瞠った。
「俺は瀬那が何度連れ去られても取り返した。今回も同じだ。」
「ヒントはいくつもある。ヤツらの手口を検証すればいい。」
高野の表情を読んだ蛭魔と阿部が、静かにそう言った。
こんなに鮮やかに「伴侶」を連れ去られてしまったのに、蛭魔も阿部ももう冷静だ。
そんな2人の様子を高野は頼もしいと思う。
蛭魔も阿部も、高野の2倍も長く生きる吸血鬼なのだ。
もう年齢を数えなくなって久しいから、普段はあまり気にしていない。
だがこんなときには、この2人の友人が頼りになるのだと思い知る。
「とにかく最優先は律だな。早く救出しないと。」
阿部の言葉に、蛭魔も頷いた。
そのことで高野にもようやく冷静さが戻ってきた。
瀬那も廉も「伴侶」であるし、使い道があるから連れ去られたのだ。
そうそう殺されることもないし、そもそも死なない身体の持ち主だ。
だが律は違う。普通の人間なのだ。
そのことは蛭魔も阿部もきちんと理解して、次の手を考えている。
まずは取り返す。
そして大事な相手を連れ去ったヤツらにはきっちりと報復する。
3人の吸血鬼は頷き合うと、その作戦を論議し始めた。
*****
『蛭魔さん』
瀬那は懸命に心の中で呼びかけ続けた。
すでに数百年も「伴侶」である瀬那には、少しだけ普通の人間にはない能力がある。
離れていても、念じるだけで主である蛭魔と会話できるのだ。
もちろん万能ではない。
距離が離れたり、障害物があったりすると無理な場合もある。
今回もいくら呼び続けても、蛭魔から答えが返ってくることはなかった。
瀬那たちは、埃っぽくてガランとした部屋にいた。
窓はなく、光源は天井からぶら下がる裸電球だけなので薄暗い。
部屋の端には梯子のような鉄階段がある。
だから瀬那は、ここは古いビルの地下室のような場所なのだろうと思った。
瀬那の声が蛭魔に届かないのも、地下だからだと思えば納得できる。
瀬那も廉も律も、後手に縛られた上に足も縛られて、床に転がされていた。
目を覚ましているのは瀬那だけで、廉も律もまだ眠っている。
無理もないことだ。
廉はまだ「伴侶」になったばかりで、身体も慣れていない。
律は連日の仕事で疲れがたまっている。
だから薬で眠らされてしまった3人のうち、瀬那が最初に目を覚ましたのだ。
*****
「起きてるのはお前だけのようだな?」
不意に顔に強い光が当てられて、瀬那は眩しさに顔を背けた。
自分たちを拉致した犯人グループの1人だろう。
顔を確認したいが、あまりにも強い光にそちらを見ることが出来ない。
「小早川瀬那。それからこっちが三橋廉だな?」
当てられた強い光がすっと移動する。
その光に床に倒れている廉が映し出された。
こちらを向いているのに、強い光にも目を閉じたままだ。
そのことから廉がまだ眠っているのだとわかる。
「ではこいつは誰だ?」
そしてまた光が移動し、映し出されたのは壁の方を向いて倒れている律の後ろ姿だった。
顔は見えないが、まったく反応がないことからまだ意識がないと思われる。
そして再び光が瀬那に戻った。
「彼はあのマンションに住んでいる人です。偶然同じエレベーターに乗っただけです。」
瀬那は咄嗟にそう答えた。
蛭魔が思っていることを、瀬那も考えている。
瀬那も廉も「伴侶」であり、死なない身体を持っているが、律は違うのだ。
高野の大事な想い人である律を、何としても守らなくてはならない。
*****
「こいつの携帯の着信履歴に、高野政宗の名前がある。それでも偶然だと?」
「・・・高野さんと同じ会社で、偶然同じマンションに住んでいると聞いてます。」
「高野政宗が『伴侶』にしようとしている人間ではないのか?」
「違います!」
「まぁいい。調べればわかることだ。」
声の主が不愉快な笑い声をあげる。
動揺している表情を見せてはダメだ。
瀬那は思い切り、光の中の浮かぶこの声の主の輪郭を睨みつけた。
「あなたは誰ですか?僕たちをどうするつもりですか?」
「吸血鬼の『伴侶』は高く売れる。それだけだ。我々の素性などどうでもいい。」
「では彼は帰らせて下さい。彼は『伴侶』じゃない。無関係の普通の人間です。」
「高野政宗の関係者なら、無関係ではないだろう。」
「どうして吸血鬼の存在を知ってるんですか?」
瀬那は懸命に言葉を続け、男との会話を続けた。
それは今までの蛭魔の教えによるところが大きい。
拉致された場合は、とにかく相手の情報を得ること。
そして相手がどういう性格なのかを見極めること。
うまくすれば逃走できる。
それが無理なら極力少ないダメージでやり過ごすこと。
必ず助けに行くから、体力を温存しながら待てと。
だが今はそれだけではない。
律を絶対に守る。そして出来れば廉も。
そうしながら自由になるチャンスを待つのだ。
*****
信じたくない、信じられない。
律はじっと動かずに、瀬那と男の話を聞いていた。
律が意識を取り戻したのは、光を当てられたときだった。
だが壁の方を向いていたから、目を開けたところも見られずにすんだ。
そのまま光が瀬那に戻ったから、瀬那も男も律が起きていることに気がつかない。
そしてそのままじっと動かずに、事の成り行きを聞いていたのだ。
高野政宗が「伴侶」にしようとしている人間ではないのか?
男はそう言った。
そして吸血鬼の「伴侶」は高く売れる、とも。
そこから行き着く結論はただ1つしかない。
吸血鬼とその「伴侶」。
そんな馬鹿な話があるものかと思う。
だがこの小早川瀬那という青年も、もう1人の三橋廉という青年も「伴侶」だという。
そして高野もまた吸血鬼であるのだと。
大好きで愛している人が、人間でなかった。
そんなこと、信じたくない信じられない。
そして吸血鬼などという非現実的な存在。
いったいどう受け止めればいいのかわからない。
これからどうなってしまうのだろう。
律はじっと壁を向いたまま、身じろぎもしなかった。
【続く】
「完全にやられた」
蛭魔が忌々しそうに、そう言った。
阿部が唇を噛みしめながら、高野が怒りに拳を震わせながら、頷いた。
高野の「食事」のために、部屋に向かった瀬那と廉がいつまでも戻らない。
痺れを切らした蛭魔が高野に電話をする。
そして2人が高野の部屋に現れていないことを知った。
焦った蛭魔と阿部は、高野のマンションのエントランスに飛び込んだ。
蛭魔たちはマンション内をくまなく調べた。
吸血鬼は「伴侶」の気配を感じ取ることが出来る。
瀬那と廉はマンション内にいないことはすぐわかった。
残されたかすかな気配を感じ取れたのは2階だった。
そして2階の部屋の1つ、空室の部屋の鍵がこじ開けられていたことに気付く。
踏み込んだその部屋はすでに無人だったが、窓の鍵は開いていた。
信じたくない、信じられない。
蛭魔と阿部は、最悪の結論に行き着かざるを得なかった。
瀬那と廉が拉致された。
周到に計画された上で、裏を書かれたのだ。
*****
一方連絡を受けて心配になった高野は、部屋を飛び出した。
エレベーターを呼び、乗り込んだところで、不審に思う。
そこに落ちていたのは何通かの郵便物、ダイレクトメールだった。
宛名はすべて「小野寺律」だ。
律はいつも帰宅したときに、郵便受の中身を無造作にカバンに放り込んでいた。
それが落ちたものだろう。
高野はエレベーターからそれらを拾い上げて、律の部屋へと向かった。
だがドアのレンズからは明かりも見えず、ドアフォンにも応答がない。
まだ帰宅していないことは明らかだった。
高野と会社を出た時間はさほど変わらないはずなのに、帰宅していないのはおかしい。
帰宅していないのに、郵便受の中身が取り出されているのはもっとおかしい。
ひとまず蛭魔たちと合流し、瀬那と廉の気配を追って2階に向かう。
そこで今度は驚愕することになる。
2階のエレベーター前のスペースに、また律宛の郵便物が落ちていたのだ。
つまり律も2階にいたということになる。
そこから考えられる結論はただ1つ。
律も瀬那や廉と一緒に拉致された可能性が高いということだ。
信じたくない、信じられない。
巻き込みなかったから、別れを決意したのに。
高野はただ呆然とするしかなかった。
*****
「本当にやられた」
阿部が低く唸るような声でそう言った。
蛭魔も高野も無言で頷く。
リムジンに移動した3人は、自分たちの失態を悔やんでいた。
高野の部屋に瀬那たちだけで行かせたのは、明らかな失態だ。
蛭魔たちも高野の部屋について行くか、高野をリムジンまで呼べばよかった。
だが蛭魔も阿部も、自分の目の前で「伴侶」の血が啜られるのを見たくなかった。
オートロックのマンションだし、入口も非常口も表通りからよく見える。
だからすっかり油断していた。
敵は2階の空き部屋を使って、窓から瀬那たちを運び出したのだ。
そちらは裏通りで、リムジンからは見えない。
おそらくは先日、廉を襲った者たちの仕業なのだろう。
高野はさらに別の後悔もしていた。
仕事が終わる時間に、瀬那たちに来てくれるように頼んでいた。
だが律もほぼ同時刻に帰宅することはわかっていた。
瀬那たちと顔を合わせてしまう可能性があることなど、予想できたはずだ。
「律が政宗の好きなヤツだって、本当にバレてないのか?」
阿部の問いに、高野は首を振る。
律本人がバラさない限り、誰も知らないはずだ。
その律は高野が律から離れようとしていることに気付き、受け入れようとしていた。
*****
「とにかくさっさと3人を取り戻さねーとな。」
蛭魔の言葉に、阿部が黙って頷いた。
蛭魔の自信たっぷりな言葉と阿部の不敵な表情に、高野は思わず目を瞠った。
「俺は瀬那が何度連れ去られても取り返した。今回も同じだ。」
「ヒントはいくつもある。ヤツらの手口を検証すればいい。」
高野の表情を読んだ蛭魔と阿部が、静かにそう言った。
こんなに鮮やかに「伴侶」を連れ去られてしまったのに、蛭魔も阿部ももう冷静だ。
そんな2人の様子を高野は頼もしいと思う。
蛭魔も阿部も、高野の2倍も長く生きる吸血鬼なのだ。
もう年齢を数えなくなって久しいから、普段はあまり気にしていない。
だがこんなときには、この2人の友人が頼りになるのだと思い知る。
「とにかく最優先は律だな。早く救出しないと。」
阿部の言葉に、蛭魔も頷いた。
そのことで高野にもようやく冷静さが戻ってきた。
瀬那も廉も「伴侶」であるし、使い道があるから連れ去られたのだ。
そうそう殺されることもないし、そもそも死なない身体の持ち主だ。
だが律は違う。普通の人間なのだ。
そのことは蛭魔も阿部もきちんと理解して、次の手を考えている。
まずは取り返す。
そして大事な相手を連れ去ったヤツらにはきっちりと報復する。
3人の吸血鬼は頷き合うと、その作戦を論議し始めた。
*****
『蛭魔さん』
瀬那は懸命に心の中で呼びかけ続けた。
すでに数百年も「伴侶」である瀬那には、少しだけ普通の人間にはない能力がある。
離れていても、念じるだけで主である蛭魔と会話できるのだ。
もちろん万能ではない。
距離が離れたり、障害物があったりすると無理な場合もある。
今回もいくら呼び続けても、蛭魔から答えが返ってくることはなかった。
瀬那たちは、埃っぽくてガランとした部屋にいた。
窓はなく、光源は天井からぶら下がる裸電球だけなので薄暗い。
部屋の端には梯子のような鉄階段がある。
だから瀬那は、ここは古いビルの地下室のような場所なのだろうと思った。
瀬那の声が蛭魔に届かないのも、地下だからだと思えば納得できる。
瀬那も廉も律も、後手に縛られた上に足も縛られて、床に転がされていた。
目を覚ましているのは瀬那だけで、廉も律もまだ眠っている。
無理もないことだ。
廉はまだ「伴侶」になったばかりで、身体も慣れていない。
律は連日の仕事で疲れがたまっている。
だから薬で眠らされてしまった3人のうち、瀬那が最初に目を覚ましたのだ。
*****
「起きてるのはお前だけのようだな?」
不意に顔に強い光が当てられて、瀬那は眩しさに顔を背けた。
自分たちを拉致した犯人グループの1人だろう。
顔を確認したいが、あまりにも強い光にそちらを見ることが出来ない。
「小早川瀬那。それからこっちが三橋廉だな?」
当てられた強い光がすっと移動する。
その光に床に倒れている廉が映し出された。
こちらを向いているのに、強い光にも目を閉じたままだ。
そのことから廉がまだ眠っているのだとわかる。
「ではこいつは誰だ?」
そしてまた光が移動し、映し出されたのは壁の方を向いて倒れている律の後ろ姿だった。
顔は見えないが、まったく反応がないことからまだ意識がないと思われる。
そして再び光が瀬那に戻った。
「彼はあのマンションに住んでいる人です。偶然同じエレベーターに乗っただけです。」
瀬那は咄嗟にそう答えた。
蛭魔が思っていることを、瀬那も考えている。
瀬那も廉も「伴侶」であり、死なない身体を持っているが、律は違うのだ。
高野の大事な想い人である律を、何としても守らなくてはならない。
*****
「こいつの携帯の着信履歴に、高野政宗の名前がある。それでも偶然だと?」
「・・・高野さんと同じ会社で、偶然同じマンションに住んでいると聞いてます。」
「高野政宗が『伴侶』にしようとしている人間ではないのか?」
「違います!」
「まぁいい。調べればわかることだ。」
声の主が不愉快な笑い声をあげる。
動揺している表情を見せてはダメだ。
瀬那は思い切り、光の中の浮かぶこの声の主の輪郭を睨みつけた。
「あなたは誰ですか?僕たちをどうするつもりですか?」
「吸血鬼の『伴侶』は高く売れる。それだけだ。我々の素性などどうでもいい。」
「では彼は帰らせて下さい。彼は『伴侶』じゃない。無関係の普通の人間です。」
「高野政宗の関係者なら、無関係ではないだろう。」
「どうして吸血鬼の存在を知ってるんですか?」
瀬那は懸命に言葉を続け、男との会話を続けた。
それは今までの蛭魔の教えによるところが大きい。
拉致された場合は、とにかく相手の情報を得ること。
そして相手がどういう性格なのかを見極めること。
うまくすれば逃走できる。
それが無理なら極力少ないダメージでやり過ごすこと。
必ず助けに行くから、体力を温存しながら待てと。
だが今はそれだけではない。
律を絶対に守る。そして出来れば廉も。
そうしながら自由になるチャンスを待つのだ。
*****
信じたくない、信じられない。
律はじっと動かずに、瀬那と男の話を聞いていた。
律が意識を取り戻したのは、光を当てられたときだった。
だが壁の方を向いていたから、目を開けたところも見られずにすんだ。
そのまま光が瀬那に戻ったから、瀬那も男も律が起きていることに気がつかない。
そしてそのままじっと動かずに、事の成り行きを聞いていたのだ。
高野政宗が「伴侶」にしようとしている人間ではないのか?
男はそう言った。
そして吸血鬼の「伴侶」は高く売れる、とも。
そこから行き着く結論はただ1つしかない。
吸血鬼とその「伴侶」。
そんな馬鹿な話があるものかと思う。
だがこの小早川瀬那という青年も、もう1人の三橋廉という青年も「伴侶」だという。
そして高野もまた吸血鬼であるのだと。
大好きで愛している人が、人間でなかった。
そんなこと、信じたくない信じられない。
そして吸血鬼などという非現実的な存在。
いったいどう受け止めればいいのかわからない。
これからどうなってしまうのだろう。
律はじっと壁を向いたまま、身じろぎもしなかった。
【続く】