アイシ×おお振り×セカコイ【お題:裏切り10題】

【番外編 吸血鬼たちのバレンタインデー】

「バレンタイン、デー?」
瀬那は2人の剣幕と耳慣れない言葉に、パチクリと瞬きする。
瀬那を囲むように左右に座る廉と律は、ずいっと瀬那に向かって身を乗り出した。

3人の吸血鬼、蛭魔妖一、阿部隆也、高野政宗。
瀬那と廉と律はその「伴侶」だ。
6人は高級ホテルのスィートルームで共同生活をしている。
寝室は3つあるから、プライバシーは保たれている。

吸血鬼たちは割り当てた寝室で過ごすことが多い。
だが「伴侶」たちは寝室とは別に共有エリアにしているリビングで過ごす方を好んだ。
そこでいつもガールズトークよろしくおしゃべりを楽しむ。
基本的に吸血鬼は人間よりも嫉妬深いから、愛する「伴侶」が他の人間と話すことを嫌う。
だがこの「伴侶」3人組の集いだけは別だった。
まるで少女のように愛らしい3人が顔を寄せて話している姿は絵になるからだ。

だが今日は主の吸血鬼たちは外出している。
だからいつものリビングには「伴侶」しかいない。
そして廉と律はそのタイミングを狙って、瀬那にあることを聞こうとしていた。

もうすぐ恋人たちのイベント、バレンタインデーがやって来る。
廉も律も主である阿部と高野に何かを贈りたいと思っていた。
だがここで考えてしまう。
吸血鬼の食事は、血だけなのだ。
チョコレートなど贈っても、口にすることなどない。

では何かプレゼントをと思っても、それもまた考えてしまう。
彼らの主たち-蛭魔も阿部も高野も金回りがいい。
みな株やらFXやらと資金運用に長けている上に、それを長年繰り返しているからだ。
豪華なスイートルームに滞在しても全然平気なほど金は持っている。
そして「伴侶」たちが何か買い物をする金も、全部そこから出ているのだ。
そんな金を使ってプレゼントを買うのは、何か本末転倒な気がするのだ。

だから廉と律は、頼もしい「伴侶」の先輩、瀬那に聞くことにしたのだ。
何しろ「伴侶」になったばかりの廉と律にとっては、初めてのバレンタインデー。
だが瀬那はもう何百年も蛭魔の「伴侶」だ。
主である吸血鬼にプレゼントをする場合、どうするべきなのかよく知っているだろう。

*****

「ばれん、たいんでー、って何?」
瀬那に逆に聞き返された廉と律は、思わず顔を見合わせる。
そして同時に思い至った。
この日本でバレンタインデーなどというイベントが定着したのは、いつだろう?
少なくても数百年も生きている瀬那にとっては、つい最近のこと。
瀬那がまだただの人間だった時には、まちがいなくなかった習慣だ。
知らなくても無理はない。

「女の子が、好きな、人に、チョコレート、贈って、愛の告白、するんだ!」
「元々はお菓子を作ってる会社の、販売戦略だったみたいだけど。」
廉と律は微笑しながら、瀬那にそう説明した。
瀬那よりも「伴侶」としての時間が短い廉と律は、教えてもらうことが多い。
自分たちが教えることができるのは、嬉しいことだった。

そしてさらに瀬那のために説明する。
チョコレートにこだわらず、別のプレゼントを贈る人もいること。
恋人までは行かない人に贈る義理チョコ。
同性間、特に女の子同士で贈り合ったりする友チョコ。
男性が女性に渡す逆チョコ。
瀬那は「へぇぇ」と感心しながら、2人の話を聞いていた。

「だったら僕たちも、何かしたいね。」
瀬那がそう言えば、3人で顔を見合わせて頷きあう。
こうなればもう3人の立場は対等だ。
どうしたら主である吸血鬼を喜ばせることができるのか。
誰が言うでもなく、知恵を出し合うことになった。

*****

「僕たちが持ってる一番喜んでもらえるものって、結局血だよね。」
瀬那は両隣に座る廉と律を交互に見ながらそう言った。
廉が「ウン」と、律が「確かに」と言いながら頷き、同意する。

「血を美味しくする方法ってないのかな?」
律がふと思いついたことを口にすると、廉が同意を示すように「ウンウン」と何度も首を縦に振る。
瀬那は「そうだなぁ」と声を上げながら、首をかしげた。
確かにいつもより美味い血をあげられるなら、この上ないプレゼントになる。

「そう言えば」
ふと思いついたように瀬那が口を開くと、廉も律もますます身を乗り出した。
やはり長く生きている瀬那が一番情報を持っている。

「生贄に選ばれた者は儀式の前に滝に打たれることになってた。神様が喜ぶからって。」
瀬那は思い出すような表情で、そう言った。
今より遥か昔、瀬那がまだ人間だった頃、吸血鬼だった蛭魔は守り神として祭られていた。
蛭魔はその魔力で村に豊作をもたらし、代償として村は蛭魔に生贄を捧げていたのだ。

「神様。蛭魔、さん、が?」
廉がおずおずと言うと、瀬那は苦笑した。
瀬那から見れば廉も律も現代っ子だ。
魔物を神と崇めていた時代の話など、想像もつかないのだろう。

「つまり蛭魔さん、いや吸血鬼はその方が喜ぶって事だよね。」
律が考え込むような表情でそう言うと、瀬那が「そうだと思う」と答える。
廉が「それ、じゃ!」と掛け声のように叫ぶと、3人は顔を見合わせて頷きあった。

*****

阿部隆也は「ハァァ?」と大声を上げた。
廉はその声にビクリと身体を震わせる。
そしてすぐに「ごめん、なさい」と俯いてしまった。
阿部は大きくため息をつくと、ホテルのバスタオルで廉の髪をガシガシと拭いた。

阿部は蛭魔や高野と共に、出かけていた。
彼らは定期的に魔物を監視する組織への近況報告を義務付けられている。
そして3人揃って戻ってきた時に、異変に気がついた。

廉も瀬那も律も寂しがり屋だ。
だからいつも主の吸血鬼たちが出かけている間は、リビングで一緒に過ごしている。
だが今日は違った。
リビングには誰もいない。
3人とも気配はあるから、どうやらそれぞれの寝室に引っ込んでしまっているようだ。

どうやら阿部だけではなく、蛭魔も高野も怪訝に思っているらしい。
とにかく阿部は自分と廉に割り当てられている部屋に入った。
廉の姿は見えなかったが、微かにシャワーの音がした。
この豪華なスィートルームは、寝室ごとにバスルームがついている。
吸血鬼たちはもちろん自分の部屋のバスルームを使っており、時にそこで不埒な行為に及ぶこともある。
廉はそのバスルームで、シャワーを浴びているようだった。

「廉、帰ったぞ。」
阿部は声をかけながら、ノックもせずに無造作にバスルームに足を踏み入れ、仰天した。
廉はシャワーを浴びながら、ガタガタと震えていたからだ。
慌てて手を伸ばしてみれば、廉が冷水を浴びていることはすぐわかった。

「このバカ!何してんだ!」
阿部はとにかく廉の身体を温めようと、湯の温度設定を上げようとした。
だが廉が「このまま、で、いい」と阿部の手を掴んで止める。
もう埒が明かない。
阿部は自分の服が濡れるのもかまわず、抵抗する廉をシャワーから引っ張り出した。
そしてなぜこんなことをしたのかという理由を聞き出し、呆然としたのだった。

バレンタインデーに、いつもより血が美味しくなるように。
そんな馬鹿げた理由のために、こんな真冬に滝の代わりに冷水シャワーを浴びたというのだ。
ありえない。馬鹿だ。
だがそれがかわいいと思ってしまう。
阿部のためならどんな苦しみも厭わない。
廉は阿部だけのかわいい「伴侶」なのだ。

「じゃあさっそく味見させて」
阿部はずぶ濡れになりながら震える廉の身体をタオルでていねいに拭くと、耳元でそう囁いた。
そして廉の返事も待たずに、廉を横抱きにしながらバスルームを出る。
冷えてしまった廉を自分の体温で温めて、その身体と血を堪能しよう。
阿部は廉にキスを仕掛けながら、ベットに押し倒した。

*****

「あんまり心配ばかりかけてくれるなよ。」
「すみません。。。」
高野はベットの中で、律の熱い身体を抱きしめていた。
髪を梳いたり、頬をつついたり、もうやりたい放題だ。
律はもう抵抗する気力も体力もなく、黙ってされるがままになっていた。

瀬那から「儀式の前に滝」の話を聞かされた律は、廉と同じように冷水シャワーを浴びた。
水はもう冷たいを通り越して、痛い。
だがかまわなかった。
こうして身を清めることで、いつもより血が美味しくなるならそれでいい。

律の不運は、高野は阿部と違って帰宅早々にバスルームに突入しなかったことだ。
高野は律がシャワーを終えたら、律の唇と血を味わうつもりだった。
だがいつまで経っても律が出てこないことを不審に思い、バスルームを覗いた。
そして冷たい水のシャワーを浴びながら倒れている律を発見したのだった。

「吸血鬼の『伴侶』って不老不死にはなるけど、体力が上がるわけじゃないんですね。」
律は恨めしそうにそう言った。
高野は「そうだな」と同意しながら、苦笑する。
冷水のシャワーを浴びた3人のうち、律だけが高熱を出して寝込んでしまったのだ。
どうやら「伴侶」たちの間に体力差があることは間違いないようだ。

「それにしてもバレンタインデーに水浴びって」
「言わないで下さい!」
呆れる高野に文句を言いながら、律はつらそうだ。
高野は子供をあやすように律の胸をポンポンと叩いた。

「もういいから寝ろ。早く休め。」
「何言ってるんですか。血を飲んでもらわないと。」
「その状態じゃ無理だろ?」
「こんなになるまで頑張ったんですよ!これで飲んでもらわなきゃ熱の出し損です!」
律はゼイゼイとつらそうに、だが勢い込んでいる。
高野はもう途方にくれるしかなかった。

まったく律はどうしてこうなんだろう?
残念なことに3人の「伴侶」たちの中では一番体力がないらしい。
それでいていつも危険なことに首を突っ込むのも律だ。
長く生きていて危機回避能力に長けている瀬那や、臆病で内気な廉は無意識のうちにトラブルを回避するのに。
高野はいつもヒヤヒヤしながら、律を見守っている。

それにしても子供みたいに無邪気で童顔なくせに、どうしてこんなに艶っぽいのだろう。
熱で紅潮した頬も、つらそうな荒い呼吸も、力が入らない手で弱々しくすがりつく身体も。
律の何もかもが高野を妖しく誘惑する。
ちゃんと眠らせて、体力を回復させてやらなくてはいけないのに。
律の血を飲み、その身体を心ゆくまで味わいたくてたまらない。

「バレンタインデーですから」
律が上目遣いに高野を見ながらそう言った瞬間、ついに高野の理性の糸が切れた。
当の律が誘っているのに、我慢などできない。
たっぷりと愛してやればいい。
その後律はきっとぐっすりと眠ることになるのだろうから。

*****

「もう20回目だぞ。」
蛭魔は呆れた表情で、瀬那を見た。
瀬那は「すみません」と小さく謝罪しながら、21回目の深いため息をついた。

冷水のシャワーを浴びた「伴侶」たちのうち、瀬那だけは何ともなかった。
瀬那がまだ人間だった頃、暖房器具はおろか電気もガスもなかった。
つまり真冬であろうと水で身体を清めることは当たり前だったのだ。
だから冷水のシャワーなどで身体を壊すことはない。
だが廉も律も熱いシャワーや風呂が当たり前であり、瀬那と同じようにはいかない。

どうやら「伴侶」は不老不死になっても、体力や身体能力などは人間の頃のままらしい。
実は蛭魔も阿部も高野もそのことに気がついたのは最近だった。
廉と律が「伴侶」になって初めて、瀬那との違いに気がついたというわけだ。
それでも元々スポーツ選手だった廉は、まだ体力もある方だ。
だが本好きの文学青年だった律は、どうしても体力的には劣っているようだ。

「僕のせいで律は熱を出しちゃったし、廉も具合悪いみたいですね。」
瀬那はすっかり落ち込んでしまい、ベットに腰掛けたまま俯いている。
蛭魔はその横に腰掛けると、瀬那の肩を抱き寄せて「まぁそうなるか」と答えた。

蛭魔も実は思い当たることがあった。
その昔、蛭魔がまだ神として崇められていた頃、確かに生贄に水浴びをさせろと言った覚えがある。
別にそれで血の味が変わるわけではない。
その頃は水道もなく、水ですら貴重品だった。
だから村人たちはどうせ生贄になる者たちに入浴などという贅沢をさせなかった。
そのせいで生贄としてやって来た者たちはみな独特の臭いを漂わせていたのだ。
蛭魔はその臭さに耐えかねて、せめて水浴びくらいしてきてくれと村人に依頼したのが始まりだった。
つまり蛭魔にも責任があるということだ。

「廉も律も身体が治ったら、みんなで旅行でも行くか。」
「え?」
「結局俺たちのせいで迷惑をかけたし、たまにはそういうのもいいだろ?」
「はい!」
「場所はお前が決めろ。そうしたら手配は俺がするから。」
「わかりました。」

旅行と聞いて、しょんぼりしていた瀬那の表情が一気に明るくなった。
正直言ってめんどくさい気持ちはあるが、瀬那が喜ぶならそれでいい。
廉と律も喜ぶだろうし、阿部も高野も満足することだろう。

「じゃあ約束の印に」
蛭魔は瀬那の両肩をそっと掴んでこちらを向かせると、唇を重ねた。
瀬那がウットリと目を閉じながら、唇をからめてくる。
バレンタインデーなのだから、いつもよりたっぷりと味わうことにしよう。
今頃は阿部と廉も、高野と律もたっぷりと愛し合っているはずだ。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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