アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【冬遊び/雪上ダイブ】

「これで基礎理論は完成だ。」
かつてこの世界を支配しようとしていた男は、きっぱりと断言した。

生き残った吸血鬼たちが滞在するホテルのスィートルーム。
そのリビングで3人の吸血鬼たちが、侃侃諤諤の議論を展開していた。
議題は飛行機の作り方だ。
ブレイトンサイクルだの、遠心圧縮だの、ディフューザーとタービンがどうしただの。
それを聞いている「伴侶」たちはもう訳がわからない。
最初はただただ退屈だったが、今はもう眠気がさしている。

「まぁこんな感じだよな。」
「もう1度、確認するのだよ。」
「必要ない。この俺が完成と言ったら、完成だ。」
口々にそんなことを言い合うのは、蛭魔、緑間、そして赤司だ。
彼らは本気で飛行機を作ろうと考えていたのだ。

赤司は蛭魔の作戦と吸血鬼たちの奮戦を前に、敗北した。
負けた以上は、命乞いなどせず、潔く殺されるまで。
覚悟を決めた赤司に、蛭魔は「テメーは俺の奴隷、決定な」と言い渡した。
呆気にとられたのは赤司だけではない。
他の吸血鬼もその「伴侶」たちも驚いたものの、結局は苦笑しながら頷いた。

何だかんだ言っても、個々で見た場合、一番能力が高いのは赤司なのだ。
それならば殺すよりも、こき使った方がいいというのが蛭魔の弁だ。
だが実際はそれだけではない。
王として君臨し、全ての魔物たちを飢えさせないようにしようと考えた最年長の吸血鬼。
殺してしまうには、あまりにも惜しい。

こうして赤司と降旗も、ホテル暮らしに加わった。
プライドの高い赤司にしてみれば、敗北した相手にみすみす生かされていることに屈辱もあるだろう。
だけど今、こうして生きているのはきっと「伴侶」の降旗のためだ。
一度は見捨てたけれど、やはり愛情はある。
だからかつての野望を捨て、穏やかに生きる道を選んだのだ。

そして今、吸血鬼の中でも頭脳派の3人は、飛行機を作ろうとしている。
目的は、海の向こうに行くためだ。
今のところ、日本脱出の方法はない。
魔力であ程度は飛ぶことができるけれど、距離的に国内がやっとなのだ。
いつか天変地異で日本が滅びるかもしれないし、それ以外にも不測の事態があるかもしれない。
だからこそ日本を出る方法を、今のうちに確立しておきたいのだ。

「それにしても飛行機作るって、すげーよな」
「何か、将来的にロケットも作るつもりらしいよ。地球が滅亡した時の用心だって」
「マジで!?」
3人の「伴侶」高尾と瀬那、降旗は主たちの行動にそうコメントした。
なんだかもう話が壮大過ぎて、頭がクラクラする。

「だけどやり遂げちゃいそう。」
瀬那は白熱の議論を展開する3人の吸血鬼を見ながら、そう言った。
そう、彼らはやると言ったら、やるのだ。
愛する「伴侶」と一緒に生きていくためだったら、何だってやってしまう。

「ここへ来て、宇宙旅行ってのもいいよな。」
高尾がそう言うと、3人の話は宇宙へと飛んだ。
まずは月だとか、いや火星だとか、いっそ太陽系をでてしまおうとか。
荒廃した世界で、このホテルの中だけは大きな夢が溢れている。

*****

「これじゃまだまだ、阿部にもかなわねーぜ?」
挑発するような青峰の口調に、火神は顔をしかめる。
そして阿部は「どういう意味だ、そりゃ!」と怒鳴り散らした。

蛭魔たちが飛行機の設計について、議論を交わしていた頃。
青峰、火神、阿部の3人は、屋上にいた。
目的は火神のトレーニングだ。
とにかく一番若い吸血鬼、火神は潜在能力こそ高いものの、経験が足りない。
赤司がこちら側についたって、まだ攻撃を仕掛けてくる者がいないとも限らないのだから。

トレーニング方法は至って簡単だ。
青峰ともう1人が、とにかくひたすら火神に攻撃を仕掛け、火神は応戦する。
つまり2対1での、実戦形式だ。
青峰と組むもう1人は、日替わりの交代制。
人を替えることによって、単調になりがちなトレーニングに変化が出る。
今日の担当は、阿部だった。

「相変わらず、やられ放題ですね。」
3人の実践を見守りながら、黒子は苦笑した。
黒子の主である火神は、2人がかりの攻撃に押され、まだ屋上に残る雪の上に盛大にダイブしていたのだ。
青峰の「伴侶」の桜井が「なんか、すみません」とペコペコと頭を下げる。
だが黒子は表情を変えることなく「もっとやっちゃっていいですよ」と答えた。

よかった。本当に。
廉は黒子と桜井のやり取りを見ながら、こっそりと笑った。
黒子が昔、青峰の「伴侶」だったことから、桜井が動揺していた時期があったからだ。
だが今はすっかり乗り越え、こうして黒子と楽しそうに喋っている。

「テメー、青峰。ちったぁ、手加減しやがれ!」
「かなりしてるぜ。お前、弱すぎ」
火神と青峰はそんなことを言い合いながら「気」をぶつけ合っている。
阿部は「真剣にやれよ」と注意しながら、青峰をフォローしていた。
青峰とやり合った後、火神の力が抜けた時を狙って、攻撃を仕掛けるのだ。

「火神、君、やっぱり、すご、い!」
廉は火神の動きを目で追いながら、感心していた。
前回彼らのトレーニングを見たのは、多分10日くらい前だと思う。
その時に比べたら、遥かに火神の実力が上がっている。
魔力が強くなっただけでなく、動きも敏捷だ。

もしかしたら今、ホテルにいる吸血鬼の中で一番強くなるかもしれない。
そんなことを考えた廉は、足元の雪をすぐって素早く握ると、火神の頭を狙って投げた。
すると雪玉は見事に、火神の後頭部にクリーンヒットする。
火神が「誰だよ!?」と怒りながらこちらを振り返り、廉とバッチリ目が合った。

「廉!?何で、お前なんだよ!?」
「奇襲!の、トレ、ニング!」
廉はそう断言すると、2投目の雪玉を投げる。
今度も見事に、火神の顔面に炸裂した。

「いいぞ、廉!お前、最高!」
雪まみれの火神を見て、青峰が腹を抱えて笑っている。
阿部も「まぁ確かに奇襲だな」と苦笑し、黒子と桜井は後に続こうと雪玉を作り始めた。
火神は「何でだよ」と情けない顔で、廉を見た。

だって阿部君より強くなるの、嫌だから。
廉は心の中だけでそう答えながら、3投目の雪玉を作り始めていた。

*****

「18人分って、大変じゃないっすか!」
黄瀬がそう叫ぶ声が、少しだけ上ずっている。
だが律は「でも楽しいでしょう?」と笑った。

頭脳派たちが飛行機の作り方を論じ、武闘派たちがトレーニングをしていた頃。
残りの面々は、ホテル内のショップに来ていた。
目的は新しい服の調達だ。
赤司との戦いで、吸血鬼たちの服はほぼ全員、かなり傷んでしまった。
魔力で修復することはできるが、それでは味気ない。
せっかくここで暮らすメンバーが増えたのだし、気分を変えたい。
それなら新しい服は、もってこいだろう。

「蛭魔さんにはこのシャツとジャケット、阿部さんはこっちかなぁ」
律はテキパキと、服を選んでいく。
氷室が「敦のサイズ、あるかなぁ」とショップの中を歩き回っている。
何しろ氷室の主、紫原は2メートルを超える巨体だ。
見立てる以前に、合うサイズがあるかどうか。

「ああ、多少合わなくても、魔力でサイズ調整してもらえれば」
律は氷室にそう告げると、氷室が「なるほど」と答える。
高野が「そんなことに魔力、使うのか?」と呆れている。
だけど実際、サイズが合わないのだから仕方がない。

「あ、これ、律君に似合うんじゃないか?」
氷室が店内に吊るされたジャケットを指さして、そう言った。
律が「どう思います?」と高野を見る。
高野は「お前は何でも似合うよ」と臆面もなく、断言した。
何となく生暖かい空気の中、18人分の服を選んでいく。

「でもさ、俺たちだけこんなことしてて、いいのかな?」
ふと思い出したように、そう言ったのは笠松だ。
確かに飛行機の設計をする蛭魔たちと、トレーニングをする火神たち。
どちらも不測の事態、つまりこのホテルを出なければならない場合を想定して、動いている。
それを考えると、ここでのんびりと服を選んでいていいのかという気になる。

「いいんじゃないかな。」
だが律はきっぱりとそう答えた。
少なくても今は、ここに吸血鬼とその「伴侶」たちが集まっている。
それならホテルライフを充実させるのだって、ありだと思う。
明日どうなるかわからないからこそ、今日を楽しむのだ。

選んだ18人分の服は、かなりの量になった。
巨体の紫原が「俺、持つよ」と言ってくれる。
服を見立てる間、1人だけ何も喋らなかったけど、退屈していたわけではないらしい。
それどころか、結局氷室が見立てた服を、早く着たがっているようにさえ見える。
こんな風に服を楽しむ余裕は、いつまででも持っていたいものだ。

「ほら、高野さんも持ってください。黄瀬さんも」
「俺と黄瀬だけ?お前らは?」
「か弱い『伴侶』に持たせる気ですか!?」
軽口を叩きながら、律たちはショップを出る。
そして全員が新しい服に着替えた姿を想像して、笑顔になった。

*****

「瀬那も廉も律も、走っちゃダメですよ!」
黒子はそう叫びと、3人は「は~い!」と声を揃えた。

新しいメンバーを加えて「伴侶」たちの日課の散歩が復活した。
ホテルのすぐ近くの公園まで言って、少し遊んで帰って来るだけ。
それでも気分転換にも、運動不足解消にもなる。
しかも「伴侶」の結束も深まるのだから、言うことなしだ。

目的地の公園は、見事なほど荒れ果てているのだが、雪で隠されている。
「伴侶」たちは、ベンチの雪を払って、その上に腰を下ろした。
だが今幼児退行状態の瀬那と廉と律は、雪の中を思いっきり走り回っている。
たまに勢い余って雪上ダイブなどしているが、すぐに起き上がって、また走っていた。

「結局、幼児退行の理由って、何なの?」
走り回る3人を見ながら、黒子にそう聞いてきたのは高尾だった。
他の「伴侶」たちも、ぜひ知りたいという言わんばかりに、黒子に集中する。
自分たちもいずれそうなるかもしれない。
そう思うと、知りたくなるのも無理はない。

「人間の脳の不思議としか、言いようがないです。」
黒子は正直にそう答えた。
はっきり言って、推測するしかないのだ。
何しろこれを発症したのは、今走り回っている3人と黒子だけなのだから。

人間の脳は30パーセントしか使っていないなんて言われている。
だから長く生きるうちに、残りの70パーセントに何かが起こっているのかもしれない。
もしくは身体だけは不老不死になっても、脳だけは寿命があり、それを越えたのかもしれない。

「それでも問題ないんじゃないですか?」
黒子はそう言って、笑った。
実際、問題はないのだ。
瀬那たちが幼児退行しても、周りの人間のことはちゃんと覚えている。
会話だってできるし、何よりも彼らをたっぷりの愛情で支える主もいるのだ。
だから普通に接すればいいのだし、大丈夫なのだと思う。
それを理解した「伴侶」たちも、納得したように笑った。
だが降旗1人だけが、浮かない表情のままだった。

「降旗君、どうしました?」
黒子が降旗にそう聞いた。
すると降旗が「俺、こんなに楽しくていいのかな」と告げる。
降旗はこの前の戦いで死んでしまった、赤司の配下の魔物たちのことでふさいでいた。

「俺が血を飲ませていれば、死んでなかったかも」
降旗は事あるごとにそれを繰り返している。
あの魔物たちは、降旗の血ではなく、赤司の「気」で命をつないでいた。
だから血を飲んでいる吸血鬼たちに比べたら、生命力が弱かったのだ。

「彼らはもっと早く死ぬはずだったんですよ。赤司君が生かさなければ」
黒子は静かにそう告げた。
そう、そもそも糧となる人間が激減したせいで、彼らは死に瀕していた。
赤司が余計なことをしなければ、とっくに死んでいたはずのものだのだ。

「気にしても仕方ないですよ。自然の節理ですから」
黒子がそう告げると、降旗は「そうだね」と答えた。
そう簡単に割り切れてはいない。
だけどくよくよしててもしかたがないことはわかっているから、気にしないしかない。

「瀬那、廉、律!そろそろ帰るよ~!」
黒子がそう叫ぶと、3人は元気よくこちらに走ってきた。
いろいろあったし、これからもきっといろいろある。
だがとにかく今は、穏やかなこの日常を楽しもうと思った。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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