アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【冬遊び/ゆきだるま】
おかしい。こんなことが。
戦況はかなり押しているにも関わらず、赤司は妙な胸騒ぎに焦っていた。
一口に「キセキ」の吸血鬼と言っても、赤司と他の4人では格が違う。
これは赤司だけでなく、他の4人やそれ以外の吸血鬼たちが持つ共通認識だ。
元々生まれ持った魔力や資質が大きいだけではない。
赤司はとにかく長く生きた。
次に年長なのは緑間だが、それでも200歳以上年が離れている。
その分、能力は鍛えられ、磨かれたのだ。
それなのに今、火神なんていう若輩者に押されている。
年齢で言えば、ゆうに2000歳くらいは離れているはずだ。
それにあの惨劇の日に戦った時には、赤司は苦も無くねじ伏せていた。
それから何百年も、結界に幽閉していたのだ。
能力を高めることなんて、できなかったはずだ。
だが今の火神は別人だった。
前のときには、攻撃を受けても全然効かなかった。
だけど今は、放たれる「気」をまともに受けたら、ダメージを受けそうだ。
それにこちらの攻撃も、思ったほど効いていない。
ほとんどかわされているが、たまに当たっても致命傷を与えられないのだ。
今はまだ優勢だが、瞬殺するつもりだった赤司は焦っていた。
火神もまた、戸惑っていた。
はっきり言って、赤司と勝負になるかどうか、自信はなかったからだ。
それなのに、今は何とか戦えている。
互角の勝負とまではいかないが、とりあえず負けていない。
「絶対に、赤司を倒せ」
それが作戦担当の蛭魔から、火神に言い渡された指示だった。
火神にすれば、願ったりかなったりだ。
あの日、火神は赤司に睨まれただけで、終わった。
目から放たれた魔を含んだ殺気に吹っ飛ばされたのだ。
赤司にふれるどころか、攻撃もできないまま数秒で負けた。
決して忘れることのできない屈辱に、リベンジの機会が与えられたのだから。
「赤司とやるなら、鍛えてやるぜ」
作戦が伝えられた後、火神にそう言ったのは青峰だった。
そして「キセキ」と呼ばれた吸血鬼たちが、毎日のように相手をしてくれた。
その結果は、徹底的な敗北。
誰とやっても、ついに1回も勝てなかった。
赤司はこの4人より強いのだと思うと、さすがに弱気になる。
「俺は勝てると思うか?」
弱気になった火神は、黒子にそう聞いた。
黒子はあっさりと「わかりません」と言った。
そして「負けたら、死ぬだけです」とも。
優しくない黒子のアドバイス(?)に、火神は吹っ切れた。
負けたら死ぬだけ。
勝てるかどうかじゃなくて、勝てなければ未来はないのだ。
「負けられねーんだよ、俺は!」
火神はそう叫ぶと、目から魔力が火花となって、バチバチと音を立てた。
赤司がそれに驚いている間に、右手に「気」を集めながら、一気に赤司に駆け寄る。
そしてボールを叩き込むアスリートのように、勢いよく「気」を放った。
それは赤司に命中し、一気に爆発する。
「やったか!?」
火神は舞い上がる赤い煙の向こうをうかがう。
赤司は足元をふらつかせながらも、立ち上がった。
その表情からは、もういつもの余裕は消えていた。
*****
「バニラシェイクをもう1杯、お願いします。」
黒子はロボット従業員に、そう言った。
そして何でもない顔で「降旗君はどうします?」と付け加えた。
降旗と黒子は、ホテルの3階にいた。
ここはかつて結婚披露宴やパーティなどで使われていた大きなホール。
赤司と火神はここで戦っており、黒子と降旗は片隅の椅子に腰かけて、それを観戦(?)していた。
黒子は好物だというバニラシェイクを、チビチビと舐めるように飲んでいる。
降旗もコーラを頼んでみたが、全然喉を通らなかった。
「それにしても、黒子は落ち着いてるね。」
降旗はロボット従業員から、バニラシェイクのおかわりを受け取る黒子にそう言った。
黒子は「そうですか?」と首を傾げている。
どうやら本人に自覚はないらしいが、黒子はこの状況下で信じられないくらい冷静だ。
さっきもそうだ。
蛭魔たちの居室であるスィートルームに赤司が乗り込んできたときのことだ。
赤司は殺気を放ち、火神も闘志をむき出しにする。
すると黒子が冷静に「場所を変えましょう」と言ったのだ。
「下に広い場所があるので、そこに行きましょう。」
「は!?」
まるで散歩にでも誘うような口調で、黒子はそう告げた。
降旗と火神だけでなく、さすがの赤司まで驚き、一瞬黙る。
だが黒子は平然と「ここを壊したら、蛭魔さんたちに申し訳ないので」と言った。
そして「ついて来て下さい」と言って、スタスタと歩き出す。
そんなわけで、この3階のホールで、戦うことになったのだ。
黒子はじっと赤司と火神の戦いを見つめている。
どちらを応援するでもなく、手に汗握っているわけでもない。
椅子に座ったまま、身じろぎもせず、静かな表情も変わらない。
この戦いの結末を、しっかりと見極めようとしているように見える。
「赤司が負けたら、その『伴侶』の俺は死ぬのかな?」
「はい。多分。」
「じゃあ火神が死んだら、黒子は?」
「死にません。僕は特異体質の『伴侶』らしいので」
だから冷静なのかと、降旗はため息をついた。
実は降旗は、先程から少し動悸が激しく、息が苦しいのだ。
おそらく少しずつ、赤司は押されている。
だから「伴侶」の降旗も、身体に負担を感じているのだ。
そうしているうちにも、2人の戦いは激しさを増していく。
そして2人がほぼ同時に放った「気」が、2人の中間地点で激しく衝突した。
まるで爆発のように、部屋中が赤い光に照らされる。
降旗も黒子も思わず眩しさに目を閉じる。
そして再び目を開けた瞬間、降旗は信じられないものを見た。
火神はその場に倒れてしまい、懸命に起き上がろうとしていた。
そして赤司は倒れるまではいかないものの、その場に膝をついていたのだ。
火神の方が深いダメージを受けており、まだ赤司の方が全然優位だ。
だが何百年も一緒にいたが、降旗は戦いで赤司が膝をつくなんて、見たこともない。
「そろそろですね。」
黒子が静かにそう告げた。
降旗はその言葉に、思わずつばを飲み込み、背中を震わせていた。
*****
やりやがったな、火神。
蛭魔はこの状況から、なにが起きているのかを正確に理解していた。
屋上で襲ってくる魔物たちは、急速に数を減らしつつあった。
理由は簡単、火神と戦う赤司がダメージを受けたからにほかならない。
赤司の配下の吸血鬼たちは、人間の血を飲んで生き延びているのではない。
赤司の魔力によって、生かされているのだ。
だから赤司自体が弱れば、配下の者たちも力を失うことになる。
それは赤司も分かっていたはずだ。
それでも赤司の元に、人間は降旗しかいない。
大事な「伴侶」の血は、おいそれとやれなかったのだろう。
屋上はもう勝負が決していると言えた。
幼児退行してしまった瀬那と廉と律は、ゆきだるまを作って遊んでいる。
他の「伴侶」たちもそれに便乗し「どっちが大きいのを作るか勝負!」とはしゃでいた。
高野と阿部はその「伴侶」たちを守るように立っている。
残った魔物の相手は「キセキ」の4人だ。
完全に戦意を失い、惰性で襲い掛かってくる敵を、容赦なく薙ぎ払う。
そうしてますます敵の数は減っていったのだ。
「なんかさぁ、戦意喪失したヤツは殺さなくてもよくねぇ?」
ゆきだるまを作りながらも戦況を見ていた高尾が、そう言った。
だが蛭魔は「生かしておいたら危険だ」と首を振った。
吸血鬼の論理は、人間とは微妙に違う。
赤司の配下である魔物を生かせば、いつかこちらにまた牙を向けてくるかもしれない。
自分と「伴侶」が生き延びるために、不安要素は残してはならないのだ。
「どうして赤司に火神をぶつけたんだ?」
ゆきだるまの身体を叩いて固めながら、蛭魔にそう聞いたのは笠松だ。
最強の吸血鬼、赤司にぶつけるが、一番若く、魔力も発展途上の火神。
それは何だかリスクが大きすぎるような気がしたのだ。
どうやら赤司を弱らせることには成功したようだが、もっと強い者を選んだ方が確実だろう。
「それはきっと吸血鬼のプライド、じゃないかな?」
雪玉を転がして、ゆきだるまの頭を作ろうとしている氷室が、そう言った。
そしてまるで答え合わせをするように、蛭魔を見る。
蛭魔は唇の両端を上げてニンマリと笑うことで、それを肯定した。
そう、それはまさに吸血鬼のプライドだ。
火神はかつて赤司に負けて、長い間結界に監禁されることになった。
それは耐え難い屈辱なのだ。
だから今回、蛭魔は火神に、赤司との再戦をマッチアップしてやったのだ。
ようやく黒子と2人で、一緒に生きて行こうとしている火神へのご祝儀のようなものだ。
負けっぱなしでは生きていけないのは、吸血鬼のプライドであり、魔物の性だ。
「蛭魔さ~ん!くろこが、そろそろだって!」
不意にゆきだるまに石で目を入れていた瀬那が、そう叫んだ。
火神と赤司の戦いに、エンディングが迫っている。
それを黒子は念を送って、瀬那に知らせてきたのだ。
そうすることで蛭魔にも伝わる。
「俺たちも降りるぞ!3階のパーティホールだ!」
蛭魔がそう叫ぶと「キセキ」の吸血鬼たちは、真剣な表情に変わる。
そして一気に残った魔物たちを、片づけてしまった。
どうやら暇つぶしを兼ねて、チンタラやっていたらしい。
「じゃあ行くぞ」
蛭魔が先に立って歩くと、全員がゾロゾロとそれに続いた。
ラストシーンはやはり全員で迎えなければならない。
*****
「これで、終わりだ!」
赤司は怒りの形相で、そう叫んだ。
もはや自力で立つことさえ危ない状況の火神は、絶体絶命だった。
「終わりなのは、お前だよ」
その時、静かな声が割って入った。
現れたのは蛭魔、そしてその後からゾロゾロと吸血鬼や「伴侶」たちが入ってきた。
降旗が「どういうこと!?」と声を上げて、黒子を見た。
「見ての通りです。赤司君はこれで終わりです。」
「だって、火神には勝ってるじゃないか!」
「ええ。火神君との勝負は赤司君の勝ち。だけどそれで終わりじゃありません。」
「え?」
「火神君は赤司君の力を削った。そしてこちらにはまだこんなに戦える吸血鬼がいます。」
それが蛭魔の立てた作戦だった。
火神のプライドは尊重したけれど、全員の運命を預けるほど甘くはない。
最初に戦わせて、赤司の体力を削らせる。
そして総力戦で倒すのだ。
そのために吸血鬼たちは、火神を鍛えたのだ。
黒子にこだわる赤司は、まんまと作戦に引っかかってくれた。
「火神、よくやった。」
蛭魔は壁にもたれて、ズルズルと座り込んでしまった火神にそう告げた。
火神は憮然とした顔で「全然やってねーよ」と答える。
自分の手で赤司を倒せないことが、残念でならないようだ。
「赤司、もうお前に勝ち目はない。」
蛭魔は静かにそう宣言した。
勝負はあまりにもあっけなく終わってしまったのだ。
赤司はしばらく蛭魔を睨みつけていたが、やがて諦めたように目を閉じた。
赤司の最大の誤算は、自分を過信し、他の吸血鬼たちの力を見誤ったことだ。
長く1人でいたせいで、知らなかったのだろう。
かつて「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の中で、圧倒的な力を誇った赤司。
今だってその力は強大であり、1対1なら誰にも負けないだろう。
だが離れている数百年の間に、他の吸血鬼たちは強くなった。
赤司との差もかなり縮まっていたのだ。
特に「伴侶」を持つ者は、強くならなければと必死だったのだ。
だから全員でかかれば倒せるほどに、力の差は縮まっていた。
しかも他の魔物に魔力を分けたり、京都を紅葉風景にしたり、無駄に魔力を使った。
「さっさと殺すがいい。」
赤司は潔くそう言った。
長く生きた赤司は、最後に命乞いする魔物を山ほど見ている。
だからこそ自分の最後は、みっともなくないようにと心に決めていたのだ。
「赤司」
降旗は静かに赤司に近寄ると、ごく自然に寄り添った。
赤司が死ぬならば、一緒に逝く。
それが降旗なりの「伴侶」の潔さだ。
こういう瞬間が来たときにどうするのか、ぼんやりとしか考えたことはない。
だが今は、もう覚悟は決まっている。
「それじゃ、遠慮なく」
蛭魔は右手に大きなナイフを持ち、それを振り上げた。
これを振り下ろせば、2人は死ぬ。
吸血鬼も「伴侶」たちも、固唾を飲んで、これから起こることを見届けようとしていた。
【続く】
おかしい。こんなことが。
戦況はかなり押しているにも関わらず、赤司は妙な胸騒ぎに焦っていた。
一口に「キセキ」の吸血鬼と言っても、赤司と他の4人では格が違う。
これは赤司だけでなく、他の4人やそれ以外の吸血鬼たちが持つ共通認識だ。
元々生まれ持った魔力や資質が大きいだけではない。
赤司はとにかく長く生きた。
次に年長なのは緑間だが、それでも200歳以上年が離れている。
その分、能力は鍛えられ、磨かれたのだ。
それなのに今、火神なんていう若輩者に押されている。
年齢で言えば、ゆうに2000歳くらいは離れているはずだ。
それにあの惨劇の日に戦った時には、赤司は苦も無くねじ伏せていた。
それから何百年も、結界に幽閉していたのだ。
能力を高めることなんて、できなかったはずだ。
だが今の火神は別人だった。
前のときには、攻撃を受けても全然効かなかった。
だけど今は、放たれる「気」をまともに受けたら、ダメージを受けそうだ。
それにこちらの攻撃も、思ったほど効いていない。
ほとんどかわされているが、たまに当たっても致命傷を与えられないのだ。
今はまだ優勢だが、瞬殺するつもりだった赤司は焦っていた。
火神もまた、戸惑っていた。
はっきり言って、赤司と勝負になるかどうか、自信はなかったからだ。
それなのに、今は何とか戦えている。
互角の勝負とまではいかないが、とりあえず負けていない。
「絶対に、赤司を倒せ」
それが作戦担当の蛭魔から、火神に言い渡された指示だった。
火神にすれば、願ったりかなったりだ。
あの日、火神は赤司に睨まれただけで、終わった。
目から放たれた魔を含んだ殺気に吹っ飛ばされたのだ。
赤司にふれるどころか、攻撃もできないまま数秒で負けた。
決して忘れることのできない屈辱に、リベンジの機会が与えられたのだから。
「赤司とやるなら、鍛えてやるぜ」
作戦が伝えられた後、火神にそう言ったのは青峰だった。
そして「キセキ」と呼ばれた吸血鬼たちが、毎日のように相手をしてくれた。
その結果は、徹底的な敗北。
誰とやっても、ついに1回も勝てなかった。
赤司はこの4人より強いのだと思うと、さすがに弱気になる。
「俺は勝てると思うか?」
弱気になった火神は、黒子にそう聞いた。
黒子はあっさりと「わかりません」と言った。
そして「負けたら、死ぬだけです」とも。
優しくない黒子のアドバイス(?)に、火神は吹っ切れた。
負けたら死ぬだけ。
勝てるかどうかじゃなくて、勝てなければ未来はないのだ。
「負けられねーんだよ、俺は!」
火神はそう叫ぶと、目から魔力が火花となって、バチバチと音を立てた。
赤司がそれに驚いている間に、右手に「気」を集めながら、一気に赤司に駆け寄る。
そしてボールを叩き込むアスリートのように、勢いよく「気」を放った。
それは赤司に命中し、一気に爆発する。
「やったか!?」
火神は舞い上がる赤い煙の向こうをうかがう。
赤司は足元をふらつかせながらも、立ち上がった。
その表情からは、もういつもの余裕は消えていた。
*****
「バニラシェイクをもう1杯、お願いします。」
黒子はロボット従業員に、そう言った。
そして何でもない顔で「降旗君はどうします?」と付け加えた。
降旗と黒子は、ホテルの3階にいた。
ここはかつて結婚披露宴やパーティなどで使われていた大きなホール。
赤司と火神はここで戦っており、黒子と降旗は片隅の椅子に腰かけて、それを観戦(?)していた。
黒子は好物だというバニラシェイクを、チビチビと舐めるように飲んでいる。
降旗もコーラを頼んでみたが、全然喉を通らなかった。
「それにしても、黒子は落ち着いてるね。」
降旗はロボット従業員から、バニラシェイクのおかわりを受け取る黒子にそう言った。
黒子は「そうですか?」と首を傾げている。
どうやら本人に自覚はないらしいが、黒子はこの状況下で信じられないくらい冷静だ。
さっきもそうだ。
蛭魔たちの居室であるスィートルームに赤司が乗り込んできたときのことだ。
赤司は殺気を放ち、火神も闘志をむき出しにする。
すると黒子が冷静に「場所を変えましょう」と言ったのだ。
「下に広い場所があるので、そこに行きましょう。」
「は!?」
まるで散歩にでも誘うような口調で、黒子はそう告げた。
降旗と火神だけでなく、さすがの赤司まで驚き、一瞬黙る。
だが黒子は平然と「ここを壊したら、蛭魔さんたちに申し訳ないので」と言った。
そして「ついて来て下さい」と言って、スタスタと歩き出す。
そんなわけで、この3階のホールで、戦うことになったのだ。
黒子はじっと赤司と火神の戦いを見つめている。
どちらを応援するでもなく、手に汗握っているわけでもない。
椅子に座ったまま、身じろぎもせず、静かな表情も変わらない。
この戦いの結末を、しっかりと見極めようとしているように見える。
「赤司が負けたら、その『伴侶』の俺は死ぬのかな?」
「はい。多分。」
「じゃあ火神が死んだら、黒子は?」
「死にません。僕は特異体質の『伴侶』らしいので」
だから冷静なのかと、降旗はため息をついた。
実は降旗は、先程から少し動悸が激しく、息が苦しいのだ。
おそらく少しずつ、赤司は押されている。
だから「伴侶」の降旗も、身体に負担を感じているのだ。
そうしているうちにも、2人の戦いは激しさを増していく。
そして2人がほぼ同時に放った「気」が、2人の中間地点で激しく衝突した。
まるで爆発のように、部屋中が赤い光に照らされる。
降旗も黒子も思わず眩しさに目を閉じる。
そして再び目を開けた瞬間、降旗は信じられないものを見た。
火神はその場に倒れてしまい、懸命に起き上がろうとしていた。
そして赤司は倒れるまではいかないものの、その場に膝をついていたのだ。
火神の方が深いダメージを受けており、まだ赤司の方が全然優位だ。
だが何百年も一緒にいたが、降旗は戦いで赤司が膝をつくなんて、見たこともない。
「そろそろですね。」
黒子が静かにそう告げた。
降旗はその言葉に、思わずつばを飲み込み、背中を震わせていた。
*****
やりやがったな、火神。
蛭魔はこの状況から、なにが起きているのかを正確に理解していた。
屋上で襲ってくる魔物たちは、急速に数を減らしつつあった。
理由は簡単、火神と戦う赤司がダメージを受けたからにほかならない。
赤司の配下の吸血鬼たちは、人間の血を飲んで生き延びているのではない。
赤司の魔力によって、生かされているのだ。
だから赤司自体が弱れば、配下の者たちも力を失うことになる。
それは赤司も分かっていたはずだ。
それでも赤司の元に、人間は降旗しかいない。
大事な「伴侶」の血は、おいそれとやれなかったのだろう。
屋上はもう勝負が決していると言えた。
幼児退行してしまった瀬那と廉と律は、ゆきだるまを作って遊んでいる。
他の「伴侶」たちもそれに便乗し「どっちが大きいのを作るか勝負!」とはしゃでいた。
高野と阿部はその「伴侶」たちを守るように立っている。
残った魔物の相手は「キセキ」の4人だ。
完全に戦意を失い、惰性で襲い掛かってくる敵を、容赦なく薙ぎ払う。
そうしてますます敵の数は減っていったのだ。
「なんかさぁ、戦意喪失したヤツは殺さなくてもよくねぇ?」
ゆきだるまを作りながらも戦況を見ていた高尾が、そう言った。
だが蛭魔は「生かしておいたら危険だ」と首を振った。
吸血鬼の論理は、人間とは微妙に違う。
赤司の配下である魔物を生かせば、いつかこちらにまた牙を向けてくるかもしれない。
自分と「伴侶」が生き延びるために、不安要素は残してはならないのだ。
「どうして赤司に火神をぶつけたんだ?」
ゆきだるまの身体を叩いて固めながら、蛭魔にそう聞いたのは笠松だ。
最強の吸血鬼、赤司にぶつけるが、一番若く、魔力も発展途上の火神。
それは何だかリスクが大きすぎるような気がしたのだ。
どうやら赤司を弱らせることには成功したようだが、もっと強い者を選んだ方が確実だろう。
「それはきっと吸血鬼のプライド、じゃないかな?」
雪玉を転がして、ゆきだるまの頭を作ろうとしている氷室が、そう言った。
そしてまるで答え合わせをするように、蛭魔を見る。
蛭魔は唇の両端を上げてニンマリと笑うことで、それを肯定した。
そう、それはまさに吸血鬼のプライドだ。
火神はかつて赤司に負けて、長い間結界に監禁されることになった。
それは耐え難い屈辱なのだ。
だから今回、蛭魔は火神に、赤司との再戦をマッチアップしてやったのだ。
ようやく黒子と2人で、一緒に生きて行こうとしている火神へのご祝儀のようなものだ。
負けっぱなしでは生きていけないのは、吸血鬼のプライドであり、魔物の性だ。
「蛭魔さ~ん!くろこが、そろそろだって!」
不意にゆきだるまに石で目を入れていた瀬那が、そう叫んだ。
火神と赤司の戦いに、エンディングが迫っている。
それを黒子は念を送って、瀬那に知らせてきたのだ。
そうすることで蛭魔にも伝わる。
「俺たちも降りるぞ!3階のパーティホールだ!」
蛭魔がそう叫ぶと「キセキ」の吸血鬼たちは、真剣な表情に変わる。
そして一気に残った魔物たちを、片づけてしまった。
どうやら暇つぶしを兼ねて、チンタラやっていたらしい。
「じゃあ行くぞ」
蛭魔が先に立って歩くと、全員がゾロゾロとそれに続いた。
ラストシーンはやはり全員で迎えなければならない。
*****
「これで、終わりだ!」
赤司は怒りの形相で、そう叫んだ。
もはや自力で立つことさえ危ない状況の火神は、絶体絶命だった。
「終わりなのは、お前だよ」
その時、静かな声が割って入った。
現れたのは蛭魔、そしてその後からゾロゾロと吸血鬼や「伴侶」たちが入ってきた。
降旗が「どういうこと!?」と声を上げて、黒子を見た。
「見ての通りです。赤司君はこれで終わりです。」
「だって、火神には勝ってるじゃないか!」
「ええ。火神君との勝負は赤司君の勝ち。だけどそれで終わりじゃありません。」
「え?」
「火神君は赤司君の力を削った。そしてこちらにはまだこんなに戦える吸血鬼がいます。」
それが蛭魔の立てた作戦だった。
火神のプライドは尊重したけれど、全員の運命を預けるほど甘くはない。
最初に戦わせて、赤司の体力を削らせる。
そして総力戦で倒すのだ。
そのために吸血鬼たちは、火神を鍛えたのだ。
黒子にこだわる赤司は、まんまと作戦に引っかかってくれた。
「火神、よくやった。」
蛭魔は壁にもたれて、ズルズルと座り込んでしまった火神にそう告げた。
火神は憮然とした顔で「全然やってねーよ」と答える。
自分の手で赤司を倒せないことが、残念でならないようだ。
「赤司、もうお前に勝ち目はない。」
蛭魔は静かにそう宣言した。
勝負はあまりにもあっけなく終わってしまったのだ。
赤司はしばらく蛭魔を睨みつけていたが、やがて諦めたように目を閉じた。
赤司の最大の誤算は、自分を過信し、他の吸血鬼たちの力を見誤ったことだ。
長く1人でいたせいで、知らなかったのだろう。
かつて「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の中で、圧倒的な力を誇った赤司。
今だってその力は強大であり、1対1なら誰にも負けないだろう。
だが離れている数百年の間に、他の吸血鬼たちは強くなった。
赤司との差もかなり縮まっていたのだ。
特に「伴侶」を持つ者は、強くならなければと必死だったのだ。
だから全員でかかれば倒せるほどに、力の差は縮まっていた。
しかも他の魔物に魔力を分けたり、京都を紅葉風景にしたり、無駄に魔力を使った。
「さっさと殺すがいい。」
赤司は潔くそう言った。
長く生きた赤司は、最後に命乞いする魔物を山ほど見ている。
だからこそ自分の最後は、みっともなくないようにと心に決めていたのだ。
「赤司」
降旗は静かに赤司に近寄ると、ごく自然に寄り添った。
赤司が死ぬならば、一緒に逝く。
それが降旗なりの「伴侶」の潔さだ。
こういう瞬間が来たときにどうするのか、ぼんやりとしか考えたことはない。
だが今は、もう覚悟は決まっている。
「それじゃ、遠慮なく」
蛭魔は右手に大きなナイフを持ち、それを振り上げた。
これを振り下ろせば、2人は死ぬ。
吸血鬼も「伴侶」たちも、固唾を飲んで、これから起こることを見届けようとしていた。
【続く】