アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【冬遊び/雪合戦】
「えい!」
廉が掛け声とともに、雪玉を投げる。
それは見事なコントロールで、瀬那の顔に命中した。
吸血鬼の「伴侶」たちは、滞在するホテルの屋上にいた。
数日前に降った雪はまだ残っており、雪遊びをしようということになったのだ。
雪玉を作って、投げ始めたのは廉だ。
まだ人間だった頃、野球選手だった廉は、未だに投げることが大好きなのだ。
廉の雪玉を顔面に食らった瀬那は「僕も!」と叫んで、雪玉を作って、投げる。
その雪玉は、律の顔に当たって、綺麗に弾けた。
現在、幼児退行中の3人は、きゃあきゃあとはしゃぎながら、雪玉をぶつけ合う。
笠松と高尾、氷室、桜井は苦笑しながら、それに加わったが、やってみると案外楽しい。
かくして「伴侶」たちの結構本気な雪合戦が、開始されたのだった。
「火神、テメー、しっかりしやがれ!」
同じ屋上の、少し離れた場所からは、怒声が飛んだ。
そこでは別の「雪合戦」が展開中。
参戦しているのは火神、そして「キセキ」と呼ばれる4人の吸血鬼だ。
遠目に見ている分には、こちらも雪合戦だ。
4人の吸血鬼が火神を取り囲み、代わる代わる白い球を投げつけている。
だがこちらはまったく違った。
「キセキ」の吸血鬼たちが投げているのは、彼らの魔力を帯びた「気」の球だ。
そして火神はその集中攻撃を受け、または躱しながら、自分もまた「気」の球を投げていた。
これは屋上に来ず、部屋に残っている黒子の発案によるものだった。
遠からずここに来るであろう赤司の、一番の目的は黒子だ。
誰よりも長く数奇な運命を生きたせいで、他の「伴侶」たちよりも格段に美味なる血を持っているからだ。
当然、黒子の主である火神を倒そうとするだろう。
だがその火神ときたら、とにかくいろいろと未熟なのだ。
「思いっきり鍛えてやってください。ただし死なない程度に。」
黒子はきっぱりとそう言い切った。
それは「キセキ」の吸血鬼たちにとっても、歓迎すべき事態だった。
赤司と戦うには、全員が鍛えておくに越したことはない。
なにより赤司の襲撃を待つばかりの日々、溜まったストレスの解消にもなる。
「黒子、まだ寝てるのかな?」
高野がそう問いかけると、阿部が「多分な」と答える。
阿部と高野は2つの雪合戦の中間地点で、見張りをしていた。
万が一火神たちの雪合戦の流れ弾が「伴侶」たちの方に飛んでしまったら、彼らを守るためだ。
「こんな訓練を思いつくって、黒子ってドSかもな。」
「だけど効果的だ。火神は着実に腕を上げてる。」
「そうだな。火神は経験さえ積めば『キセキ』とも対等に戦えそうだ。」
「それに黒子もああ見えて、頭は切れる。怖いコンビになるかもな。」
高野と阿部はそんなことを話しながら、2つの雪合戦を見ていた。
かわいい「伴侶」たちは、無邪気な姿を見る限り、まったく平和だ。
だが遠からず赤司が来ることはわかりきっている。
一番伸びしろがある火神を鍛えるのは、確かに効果的なのだ。
できることは全部やって、絶対に「伴侶」を守る。
そのことで吸血鬼たちは、一致団結していた。
*****
「大丈夫かよ?」
蛭魔は目を開けた黒子に、そう声をかける。
黒子は少々寝ぼけたような目をしながらも「大丈夫です」と答えた。
屋上で雪合戦が行なわれている時、蛭魔と黒子は部屋に残っていた。
ここ最近、黒子はずっとベットで眠ってばかりいる。
理由は簡単、自分自身の血をここにいる吸血鬼たちに飲ませているからだ。
赤司に狙われるほど、長く生きた黒子の血は美味だった。
それだけでなく、吸血鬼の魔力を高める作用もあるらしい。
だから毎日少しずつ、8人の吸血鬼に血を与えていたのだ。
「何でだよ!俺の『伴侶』だろ!?」
このことに文句を言ったのは、もちろん火神だ。
だが黒子は「未熟者が、何をえらそうに」と一刀両断した。
この2人の関係は、本当に面白い。
ここまで主が「伴侶」にやられっぱなしなのは見たことがない。
結局、黒子の血を全員が飲み、少しずつ魔力を高めている。
だがそのせいで、黒子は夜だけでなく昼間も寝てばかりだ。
蛭魔はそんな黒子を見ながら、何だかひどく申し訳ない気持ちになる。
当の黒子本人は「とにかく生き延びるため」と割り切っているようだが。
さすがに長く生きただけあって、肝が据わっている。
「何か飲むか?」
蛭魔はベットから上体を起こした黒子に、声をかける。
だが黒子はその言葉が聞こえていないのか、じっと黙ったまま1点を見ている。
蛭魔は「どうした?」と聞き返すが、黒子は「すみません。少し待ってください」と言うだけだ。
そして黒子は目を閉じると、何やらぶつぶつと口の中で呟いている。
まさかこれも長く生きた「伴侶」の症状か?
長い沈黙に蛭魔が困惑していると、黒子は目を開けて、しれっと「おはようございます」と言った。
相変わらずのマイペースっぷりに、蛭魔は苦笑する。
だが次の瞬間、黒子はとんでもないことを言い出した。
「もうすぐ赤司君が来ます。早ければ明日。遅くても明後日。」
「はぁ!?何でわかる!?」
「降旗君が教えてくれました。準備が整ったそうです。」
「降旗って、赤司の『伴侶』か」
「はい。念で会話してました。」
唐突な黒子の言葉に、蛭魔は絶句する。
だが今はいろいろ聞いている場合ではない。
とりあえず屋上で遊んでいるやつらは呼び戻して、体力を温存させなければ。
だが立ち上がろうとした蛭魔に、黒子は「1つ考えがあるんですか」と言い出した。
蛭魔は椅子に座り直すと「何だ?」と聞き、告げられた内容に絶句する。
「そんな非情なことができるのか?」
蛭魔は眉をひそめながら、そう聞いた。
だけど黒子は「生きのびるためなら」と答えた。
黒子の並大抵ではない覚悟に、蛭魔も「そうだな」と頷く。
全員で生き残るためなら、なりふり構っていられない。
*****
「それでは、行こうか」
赤司は尊大な態度で、そう告げた。
降旗は緊張を押し隠しながら「わかった」と答えた。
ついに赤司は決断した。
かつての首都、東京に潜伏する8人の吸血鬼と、その「伴侶」たち。
彼らを自分の支配下におくために、これから攻撃を仕掛けるのだ。
赤司に仕えている魔物は、かなり数が減った。
前は200名以上いたが、今は50名ほどしかいない。
先日、蛭魔たちの滞在するホテルを襲撃させたが、全員返り討ちにあったせいもある。
それに赤司が餌として捕獲していた人間たちが、減り始めたのもその理由だった。
赤司が「伴侶」にしたのは降旗だけで、その他の人間は捕獲して、歳を取らないように術をかけた。
でも何百年の時を経て、やはり1人、また1人と死んでいくのだ。
だからなるべく早い段階で、蛭魔たちの「伴侶」を手に入れる必要があった。
それにあの美味で魔力を高める血を持つ黒子だけは、自分だけのものにしたい。
「光樹、悪いが、君は残ってくれ。」
東京に向かう吸血鬼たちが、慌ただしく移動を開始する中、赤司は降旗にそう告げた。
当然一緒に行くつもりだった降旗は、思わず「は?」と声を上げる。
何かの冗談なのか、いやそんなことを言うような場面でもない。
降旗は「何でだよ!?」と聞き返した。
「君がずっとテツヤと念で会話していたのは、わかっていた。」
「・・・え?」
「向こうに行ったら、テツヤと一緒に動くつもりだっただろう」
「どうして、それを」
降旗は呆然と聞き返した。
黒子とは時折、念を飛ばして会話をした。
そして赤司が東京を襲撃するときには、再会を約束していた。
何としても、この戦いを止めさせたい。
自分に策があるから、協力してほしい。
黒子は降旗にそう告げていたのだ。
「やっぱりそうか。」
赤司の言葉に、降旗は自分がフェイクにかかったことに気付いた。
降旗と黒子が会話していると断言したのは単なる勘であり、降旗の反応を見るためだったのだ。
「1つ言っておく。テツヤが君と接触従っていたのは、人質にするためだ。」
「どういうこと?」
「僕に対抗する手段だろう。テツヤは君を切り札にするつもりだろう。」
「つまり俺を利用しようとしている?」
「その通りだ。貴重な『伴侶』の君を失うわけにはいかない。だから置いていく。」
赤司はそう言い捨てると、その姿が一瞬で消えた。
降旗を置いたまま、瞬間移動してしまったのだ。
1人で移動する手段を持たない降旗は、もうここに残るしかない。
それにしても、黒子は本当に自分を利用するつもりだったのだろうか?
友情を結べたし、一緒にこの戦いを止められると思ったのは間違いだったのか?
降旗は魔物たちが飛び立って、静まり返ってしまった家で、独り佇んでいた。
*****
「ここが彼らの住む場所か」
雪が残るホテルの屋上に、赤司は静かに降り立つ。
そこには数人の吸血鬼たちが、赤司たちを待ち構えていた。
赤司は軽い足取りで、屋上で待っていた吸血鬼たちに近づいた。
その数は5人。うち3人は知っている顔だ。
黄瀬涼太、緑間真太郎、そして紫原敦。
赤司も含めて「キセキ」と呼ばれていた者たちだ。
残りの2人のうちの1人は、蛭魔だろう。
逆立てた金色の髪と尖った耳、そしてピアス。
風貌も行動もやたらと派手な吸血鬼の噂は、何度も聞いている。
青峰大輝の姿は見えないが、きっとホテルの中で「伴侶」たちをガードしているのだろう。
その判断は懸命だと、赤司は秘かに唇を緩ませて、微笑する。
おそらく敵の中で、一番魔力が強いのが青峰なのだ。
これ以上、心強いガードはないだろう。
「やぁ、君が蛭魔かい?」
赤司はにこやかに、金髪の吸血鬼に近づく。
するとその男は「テメーが赤司か」とニヤリと笑う。
この男は、交渉相手としても申し分なさそうだ。
赤司は背後に控える京都から連れて来た魔物たちに「少し待て」と合図を送る。
総勢50名ほどの魔物たちは、静かにその指示に従った。
「できれば戦わずに済ませたい。『伴侶』たちを全部渡して、僕の配下にならないか?」
赤司は実に正直に、そう告げた。
だが蛭魔は「それはない」と首を振る。
そして年齢も魔力も格段に上の赤司を、臆することなく睨み上げた。
「戦いたくないのはこちらも一緒だ。とっとと帰りやがれ!」
蛭魔はまったく引く素振りもなく、威勢よく啖呵を切った。
赤司はそんな蛭魔の無礼な物言いに、怒ることもなかった。
むしろ愉快だと思う。
あの惨劇の日から、赤司と対等に渡り合う者など存在しなかったのだ。
久し振りにそんな相手と向かい合うことが、楽しくてたまらない。
「残念だな。君みたいな者にこそ、部下になって欲しいのだが。」
赤司はこれ見よがしにため息をつくと、旧知の仲の吸血鬼たちの方に向き直る。
そして目だけで「お前たちも同じか?」と問いかけた。
「赤司っちに、大事な笠松先輩は渡せないっすよ。」
「俺も、室ちんは渡さないし~」
「まったく同意だ。高尾は渡さないのだよ。」
黄瀬、紫原、緑間が口々に、蛭魔と同じ立場であることを強調する。
そして蛭魔の横に立つ阿部も、大きく頷いて見せた。
「まったく残念だ。」
赤司はおもむろに右手を上げると、配下の者たちに攻撃を命令しようとする。
だがまるでそれを遮るように、青い光の球が飛んできた。
球は蛭魔と赤司の間に割り込むように屋上に着地し、次第に大きくなる。
そして眩しいほどの光を放った後、破裂し、消滅した。
「赤司君、こんにちは。」
消えた球の中から現れた人物の1人が、丁寧に頭を下げる。
現れたのは手を背後で縛られている降旗と、その降旗に背後から腕を回して捕えている黒子だった。
そして2人を守るように、青峰と火神が立っている。
まさか、と赤司は悔しさで歯ぎしりをした。
黒子は赤司が降旗を連れて来ないことを見破っていた。
だから赤司とすれ違うようなタイミングで、主の瞬間移動能力を使って、京都に飛んだ。
そして降旗を捕獲したのだ。
「古典的ですが、人質を返して欲しければ、言うことを聞いて下さい。」
いつも通りの無表情のまま、黒子はきっぱりとそう言い切った。
降旗に友人のように近づき、捕えて人質にする。
あの蛭魔さえ非情と評した作戦を、黒子はまんまとやってのけた。
僕の裏をかくとは。
赤司は黒子の視線を真っ向から受け止め、睨み返した。
黒子が微かに口元を緩めたのは、黒子なりのドヤ顔だった。
【続く】
「えい!」
廉が掛け声とともに、雪玉を投げる。
それは見事なコントロールで、瀬那の顔に命中した。
吸血鬼の「伴侶」たちは、滞在するホテルの屋上にいた。
数日前に降った雪はまだ残っており、雪遊びをしようということになったのだ。
雪玉を作って、投げ始めたのは廉だ。
まだ人間だった頃、野球選手だった廉は、未だに投げることが大好きなのだ。
廉の雪玉を顔面に食らった瀬那は「僕も!」と叫んで、雪玉を作って、投げる。
その雪玉は、律の顔に当たって、綺麗に弾けた。
現在、幼児退行中の3人は、きゃあきゃあとはしゃぎながら、雪玉をぶつけ合う。
笠松と高尾、氷室、桜井は苦笑しながら、それに加わったが、やってみると案外楽しい。
かくして「伴侶」たちの結構本気な雪合戦が、開始されたのだった。
「火神、テメー、しっかりしやがれ!」
同じ屋上の、少し離れた場所からは、怒声が飛んだ。
そこでは別の「雪合戦」が展開中。
参戦しているのは火神、そして「キセキ」と呼ばれる4人の吸血鬼だ。
遠目に見ている分には、こちらも雪合戦だ。
4人の吸血鬼が火神を取り囲み、代わる代わる白い球を投げつけている。
だがこちらはまったく違った。
「キセキ」の吸血鬼たちが投げているのは、彼らの魔力を帯びた「気」の球だ。
そして火神はその集中攻撃を受け、または躱しながら、自分もまた「気」の球を投げていた。
これは屋上に来ず、部屋に残っている黒子の発案によるものだった。
遠からずここに来るであろう赤司の、一番の目的は黒子だ。
誰よりも長く数奇な運命を生きたせいで、他の「伴侶」たちよりも格段に美味なる血を持っているからだ。
当然、黒子の主である火神を倒そうとするだろう。
だがその火神ときたら、とにかくいろいろと未熟なのだ。
「思いっきり鍛えてやってください。ただし死なない程度に。」
黒子はきっぱりとそう言い切った。
それは「キセキ」の吸血鬼たちにとっても、歓迎すべき事態だった。
赤司と戦うには、全員が鍛えておくに越したことはない。
なにより赤司の襲撃を待つばかりの日々、溜まったストレスの解消にもなる。
「黒子、まだ寝てるのかな?」
高野がそう問いかけると、阿部が「多分な」と答える。
阿部と高野は2つの雪合戦の中間地点で、見張りをしていた。
万が一火神たちの雪合戦の流れ弾が「伴侶」たちの方に飛んでしまったら、彼らを守るためだ。
「こんな訓練を思いつくって、黒子ってドSかもな。」
「だけど効果的だ。火神は着実に腕を上げてる。」
「そうだな。火神は経験さえ積めば『キセキ』とも対等に戦えそうだ。」
「それに黒子もああ見えて、頭は切れる。怖いコンビになるかもな。」
高野と阿部はそんなことを話しながら、2つの雪合戦を見ていた。
かわいい「伴侶」たちは、無邪気な姿を見る限り、まったく平和だ。
だが遠からず赤司が来ることはわかりきっている。
一番伸びしろがある火神を鍛えるのは、確かに効果的なのだ。
できることは全部やって、絶対に「伴侶」を守る。
そのことで吸血鬼たちは、一致団結していた。
*****
「大丈夫かよ?」
蛭魔は目を開けた黒子に、そう声をかける。
黒子は少々寝ぼけたような目をしながらも「大丈夫です」と答えた。
屋上で雪合戦が行なわれている時、蛭魔と黒子は部屋に残っていた。
ここ最近、黒子はずっとベットで眠ってばかりいる。
理由は簡単、自分自身の血をここにいる吸血鬼たちに飲ませているからだ。
赤司に狙われるほど、長く生きた黒子の血は美味だった。
それだけでなく、吸血鬼の魔力を高める作用もあるらしい。
だから毎日少しずつ、8人の吸血鬼に血を与えていたのだ。
「何でだよ!俺の『伴侶』だろ!?」
このことに文句を言ったのは、もちろん火神だ。
だが黒子は「未熟者が、何をえらそうに」と一刀両断した。
この2人の関係は、本当に面白い。
ここまで主が「伴侶」にやられっぱなしなのは見たことがない。
結局、黒子の血を全員が飲み、少しずつ魔力を高めている。
だがそのせいで、黒子は夜だけでなく昼間も寝てばかりだ。
蛭魔はそんな黒子を見ながら、何だかひどく申し訳ない気持ちになる。
当の黒子本人は「とにかく生き延びるため」と割り切っているようだが。
さすがに長く生きただけあって、肝が据わっている。
「何か飲むか?」
蛭魔はベットから上体を起こした黒子に、声をかける。
だが黒子はその言葉が聞こえていないのか、じっと黙ったまま1点を見ている。
蛭魔は「どうした?」と聞き返すが、黒子は「すみません。少し待ってください」と言うだけだ。
そして黒子は目を閉じると、何やらぶつぶつと口の中で呟いている。
まさかこれも長く生きた「伴侶」の症状か?
長い沈黙に蛭魔が困惑していると、黒子は目を開けて、しれっと「おはようございます」と言った。
相変わらずのマイペースっぷりに、蛭魔は苦笑する。
だが次の瞬間、黒子はとんでもないことを言い出した。
「もうすぐ赤司君が来ます。早ければ明日。遅くても明後日。」
「はぁ!?何でわかる!?」
「降旗君が教えてくれました。準備が整ったそうです。」
「降旗って、赤司の『伴侶』か」
「はい。念で会話してました。」
唐突な黒子の言葉に、蛭魔は絶句する。
だが今はいろいろ聞いている場合ではない。
とりあえず屋上で遊んでいるやつらは呼び戻して、体力を温存させなければ。
だが立ち上がろうとした蛭魔に、黒子は「1つ考えがあるんですか」と言い出した。
蛭魔は椅子に座り直すと「何だ?」と聞き、告げられた内容に絶句する。
「そんな非情なことができるのか?」
蛭魔は眉をひそめながら、そう聞いた。
だけど黒子は「生きのびるためなら」と答えた。
黒子の並大抵ではない覚悟に、蛭魔も「そうだな」と頷く。
全員で生き残るためなら、なりふり構っていられない。
*****
「それでは、行こうか」
赤司は尊大な態度で、そう告げた。
降旗は緊張を押し隠しながら「わかった」と答えた。
ついに赤司は決断した。
かつての首都、東京に潜伏する8人の吸血鬼と、その「伴侶」たち。
彼らを自分の支配下におくために、これから攻撃を仕掛けるのだ。
赤司に仕えている魔物は、かなり数が減った。
前は200名以上いたが、今は50名ほどしかいない。
先日、蛭魔たちの滞在するホテルを襲撃させたが、全員返り討ちにあったせいもある。
それに赤司が餌として捕獲していた人間たちが、減り始めたのもその理由だった。
赤司が「伴侶」にしたのは降旗だけで、その他の人間は捕獲して、歳を取らないように術をかけた。
でも何百年の時を経て、やはり1人、また1人と死んでいくのだ。
だからなるべく早い段階で、蛭魔たちの「伴侶」を手に入れる必要があった。
それにあの美味で魔力を高める血を持つ黒子だけは、自分だけのものにしたい。
「光樹、悪いが、君は残ってくれ。」
東京に向かう吸血鬼たちが、慌ただしく移動を開始する中、赤司は降旗にそう告げた。
当然一緒に行くつもりだった降旗は、思わず「は?」と声を上げる。
何かの冗談なのか、いやそんなことを言うような場面でもない。
降旗は「何でだよ!?」と聞き返した。
「君がずっとテツヤと念で会話していたのは、わかっていた。」
「・・・え?」
「向こうに行ったら、テツヤと一緒に動くつもりだっただろう」
「どうして、それを」
降旗は呆然と聞き返した。
黒子とは時折、念を飛ばして会話をした。
そして赤司が東京を襲撃するときには、再会を約束していた。
何としても、この戦いを止めさせたい。
自分に策があるから、協力してほしい。
黒子は降旗にそう告げていたのだ。
「やっぱりそうか。」
赤司の言葉に、降旗は自分がフェイクにかかったことに気付いた。
降旗と黒子が会話していると断言したのは単なる勘であり、降旗の反応を見るためだったのだ。
「1つ言っておく。テツヤが君と接触従っていたのは、人質にするためだ。」
「どういうこと?」
「僕に対抗する手段だろう。テツヤは君を切り札にするつもりだろう。」
「つまり俺を利用しようとしている?」
「その通りだ。貴重な『伴侶』の君を失うわけにはいかない。だから置いていく。」
赤司はそう言い捨てると、その姿が一瞬で消えた。
降旗を置いたまま、瞬間移動してしまったのだ。
1人で移動する手段を持たない降旗は、もうここに残るしかない。
それにしても、黒子は本当に自分を利用するつもりだったのだろうか?
友情を結べたし、一緒にこの戦いを止められると思ったのは間違いだったのか?
降旗は魔物たちが飛び立って、静まり返ってしまった家で、独り佇んでいた。
*****
「ここが彼らの住む場所か」
雪が残るホテルの屋上に、赤司は静かに降り立つ。
そこには数人の吸血鬼たちが、赤司たちを待ち構えていた。
赤司は軽い足取りで、屋上で待っていた吸血鬼たちに近づいた。
その数は5人。うち3人は知っている顔だ。
黄瀬涼太、緑間真太郎、そして紫原敦。
赤司も含めて「キセキ」と呼ばれていた者たちだ。
残りの2人のうちの1人は、蛭魔だろう。
逆立てた金色の髪と尖った耳、そしてピアス。
風貌も行動もやたらと派手な吸血鬼の噂は、何度も聞いている。
青峰大輝の姿は見えないが、きっとホテルの中で「伴侶」たちをガードしているのだろう。
その判断は懸命だと、赤司は秘かに唇を緩ませて、微笑する。
おそらく敵の中で、一番魔力が強いのが青峰なのだ。
これ以上、心強いガードはないだろう。
「やぁ、君が蛭魔かい?」
赤司はにこやかに、金髪の吸血鬼に近づく。
するとその男は「テメーが赤司か」とニヤリと笑う。
この男は、交渉相手としても申し分なさそうだ。
赤司は背後に控える京都から連れて来た魔物たちに「少し待て」と合図を送る。
総勢50名ほどの魔物たちは、静かにその指示に従った。
「できれば戦わずに済ませたい。『伴侶』たちを全部渡して、僕の配下にならないか?」
赤司は実に正直に、そう告げた。
だが蛭魔は「それはない」と首を振る。
そして年齢も魔力も格段に上の赤司を、臆することなく睨み上げた。
「戦いたくないのはこちらも一緒だ。とっとと帰りやがれ!」
蛭魔はまったく引く素振りもなく、威勢よく啖呵を切った。
赤司はそんな蛭魔の無礼な物言いに、怒ることもなかった。
むしろ愉快だと思う。
あの惨劇の日から、赤司と対等に渡り合う者など存在しなかったのだ。
久し振りにそんな相手と向かい合うことが、楽しくてたまらない。
「残念だな。君みたいな者にこそ、部下になって欲しいのだが。」
赤司はこれ見よがしにため息をつくと、旧知の仲の吸血鬼たちの方に向き直る。
そして目だけで「お前たちも同じか?」と問いかけた。
「赤司っちに、大事な笠松先輩は渡せないっすよ。」
「俺も、室ちんは渡さないし~」
「まったく同意だ。高尾は渡さないのだよ。」
黄瀬、紫原、緑間が口々に、蛭魔と同じ立場であることを強調する。
そして蛭魔の横に立つ阿部も、大きく頷いて見せた。
「まったく残念だ。」
赤司はおもむろに右手を上げると、配下の者たちに攻撃を命令しようとする。
だがまるでそれを遮るように、青い光の球が飛んできた。
球は蛭魔と赤司の間に割り込むように屋上に着地し、次第に大きくなる。
そして眩しいほどの光を放った後、破裂し、消滅した。
「赤司君、こんにちは。」
消えた球の中から現れた人物の1人が、丁寧に頭を下げる。
現れたのは手を背後で縛られている降旗と、その降旗に背後から腕を回して捕えている黒子だった。
そして2人を守るように、青峰と火神が立っている。
まさか、と赤司は悔しさで歯ぎしりをした。
黒子は赤司が降旗を連れて来ないことを見破っていた。
だから赤司とすれ違うようなタイミングで、主の瞬間移動能力を使って、京都に飛んだ。
そして降旗を捕獲したのだ。
「古典的ですが、人質を返して欲しければ、言うことを聞いて下さい。」
いつも通りの無表情のまま、黒子はきっぱりとそう言い切った。
降旗に友人のように近づき、捕えて人質にする。
あの蛭魔さえ非情と評した作戦を、黒子はまんまとやってのけた。
僕の裏をかくとは。
赤司は黒子の視線を真っ向から受け止め、睨み返した。
黒子が微かに口元を緩めたのは、黒子なりのドヤ顔だった。
【続く】