アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【秋遊び/お月見】

「月が綺麗ですね」
黒子は格子のはまった窓越しに空を見上げて、そう言った。
瀬那もそれに倣いながら「本当だね」と笑った。

黒子と瀬那は現在、囚われの身だった。
最初はあくまでも客人扱いで、赤司や降旗と話をしていた。
だが話が黒子の主に及び、降旗を襲撃したところで形勢が変わった。
大事な「伴侶」に手荒なことをされた赤司が怒り、魔力による術で拘束されたのだ。
そこで意識を失ってしまい、気づけばどこだかわからない部屋に監禁されている。

「動けますか?瀬那君」
黒子は瀬那に声をかけた。
実はかなり前に気が付いていたのだが、赤司の術のせいでピクリとも動けなかった。
しばらく横になっているうちに、ようやく今身体を起こすことができるのだ。

「うん。大丈夫。赤司さんの術はけっこう効いたね。」
瀬那も苦笑しながら、身体を起こした。
そこで2人は顔を見合わせると、そっと近づいた。
この部屋の扉の外に、魔物の気配がしたからだ。
おそらく黒子と瀬那が逃亡しないようにという見張りがいるのだろう。
だからここから先の会話を聞かれないように、近づいたのだ。
ヒソヒソ声で話せば、聞き取られずにすむ。
もちろん見張りの魔物が、人間並みの聴力であればだが。

「赤司君が魔物をいっぱい従えていることは、我々にとって有利です。」
「結界、張れないからね。」
「待っていれば、蛭魔さんたちが迎えに来てくれるとは思いますが」
「それを待っているほど、僕たちはヤワじゃないし。」

黒子と瀬那は顔を寄せ合いながら、顔を見合わせて笑う。
そう、赤司は強大な力で多くの魔物たちを従えている。
だから黄瀬や緑間のように、自分たちのテリトリーに結界を張れないのだ。
そんなことをすれば、配下の魔物たちが赤司に近寄れないからだ。
だがそれは両刃の剣でもある。
結界がなければ敵対する吸血鬼、つまり蛭魔たちも近づきやすくなる。

だが蛭魔たちを待たずに、黒子は動くつもりだった。
今閉じ込められている場所は、やはり京都風の和風家屋だった。
普通でないのは、窓に風情のない鉄の格子がはめられていること。
これはそう簡単には壊せないだろう。
つまり窓からの脱出はかなり難しいということだ。

だが勝算がないわけではない。
窓から見える風景から、ここは最初に連れられて行った赤司の家の近くだとわかる。
つまり黒子の主も、すぐ近くにいるということだ。

「それじゃ、行きましょうか」
黒子はさして気負いもない口調でそう告げると、ゆっくりと立ち上がる。
瀬那も頷き「終わったら、お月見でもしよう」と微笑した。

*****

「触るなぁぁ!」
律は思い切りそう叫ぶと、とにかく手当たり次第にナイフを振るう。
とにかくここにいる者たちを、全員無事に守り切らなければならないのだ。

蛭魔たちのアジトであるホテルは、凄まじい数の魔物の襲撃を受けていた。
京都に向かうことばかり考えていた吸血鬼とその「伴侶」たちは、完全に意表を突かれた。
最上階は魔物たちで溢れかえっている。
早くに気付ければ、結界を張って侵入を防げたかもしれない。
だがこうなってはもう結界どころではなかった。

この状況下で、律が唯一よかったと思えること。。
それは「キセキ」と呼ばれる吸血鬼たちの本気の戦いを見られたことに尽きる。
黄瀬、緑間、紫原はとにかく強かった。
とにかく数多い魔物の中から、特に魔力が強い者を一瞬で見分けて無力化している。
少しでも「伴侶」たちの危険を少なくするためだろう。
しかも一撃で倒す破壊力も圧巻だ。
その迫力は、吸血鬼の中でもかなり強い部類に入る高野が小物に見えるほどだった。

それでもとにかく数が多い。
律は壁際で他の「伴侶」たちを背中にかばいながら、向かってくる敵を倒し続けた。
もちろん律だって弱くはないが、吸血鬼には及ばない。
それでも何とか魔物を倒せるのは、強い魔物は主たちが撃退してくれていること。
そしておそらく魔物たちは「伴侶」は殺さずに捕えろと命令されているからだ。
律は不幸中の幸いに感謝しながら、ナイフを振るい続けた。

どうにかこうにか戦い続け、どれくらいの時間が経ったのか。
律がふと辺りを見回すと、魔物の数は最初の半分くらいに減っていた。
あと半分、どうにか乗り切れば。
そう思ったのが、まずかった。油断したのだ。
真横から襲い掛かってきた魔物の牙が、律の肩口をざっくりと切り裂いたのだ。

「律、大丈夫か!?」
すぐに異変に気付いた高野が、こちらに来てくれようとする。
だが多くの魔物に阻まれて、近づけなかった。
ダメだ、自力で何とかしなければ。
律は倒れそうになる膝に懸命に力を入れるが、身体がフラつく。
すると高尾が「残りは俺たちがやる!」と叫び、律の前に出た。
氷室がそれに続き、笠松がついに倒れてしまった律を守るように立っている。
その笠松が「あとはまかせろ」と言ってくれるのを聞きながら、律は意識を失った。

「大丈夫か?律」
ようやく魔物を全部倒した後、高野は律に駆け寄った。
そしてゆっくりと抱き起されて、律は目を開ける。
寝起きでぼんやりとした瞳が、ゆっくりと高野に焦点を合わせた。
高野を取り囲むようにしていた吸血鬼と「伴侶」たちは、ホッと胸を撫で下ろす。
だが次の律の言葉で、一同は凍り付いた。

「だぁれ?」
律は不思議そうに高野を見上げて、そう言った。
まるで幼い子供のような表情と口調。
それはまさに幼児退行してしまった瀬那のようだ。

まさか、律まで。
高野は律の身体を引き寄せると、力任せに抱きしめた。
他の者たちはかける言葉もなく、そんな2人を見つめていた。

*****

そうか、あのときの。
何気なく空を見上げていた青峰は、唐突にある出来事を思い出していた。

蛭魔の車に乗った6人は、京都を目指していた。
それは決して快適なドライブではなかった。
少し走っては車を降りて、障害物を取り除いたり、崩落した道を魔力で修復する。
とにかくなかなか進めないので、ストレスが溜まる。
それでも後続の高野たちに比べれば、順調と言えるだろう。

「ったく、夜になっちまったじゃねーか」
相変わらず文句を言うのは、助手席の青峰だ。
最初はいちいち答えていた蛭魔も、もう慣れてしまって答えない。
だが後部座席の阿部が「静かにしろ」と言って、自分の隣を指さした。
廉と桜井がお互いにもたれかかるようにしながら、眠っている。
起こさないようにという阿部の配慮に、さすがの青峰も口を閉ざした。

こうなってしまうと暇だ。
青峰はぼんやりと窓の外を見る。
かつて繁栄した人間の街は、見る影もなく荒れ果てている。
だが空だけは変わらない。
ポッカリとした満月が浮かび、青峰たちを照らしている。
それを見た青峰が思わず「あ!」と声をあげた。

それは何千年も昔のことだ。
かつて青峰は、そして他の「キセキ」の吸血鬼たちも何人かの「伴侶」を持った。
吸血鬼の「伴侶」は主の愛情によって、不良不死になる。
裏を返せば、主の愛情が冷めてしまうと、死んでしまうのだ。
だがあの頃の青峰は、それを何とも思っていなかった。
そもそも「伴侶」にしてやらなければ、人間の命は数十年で終わるのだ。
それを何百年も生かしてやったのだから、むしろ感謝されるべきだろう。
そんな傲慢な考えのもとに、次々と何人もの「伴侶」を持った。
自分だけの「伴侶」にしておけば、腹が減ったとき、いつでも血が飲める。
愛情ではなく、食欲を優先させた愚行だった。

思い出したのは、そんな「伴侶」の1人。
あれは確か流行り病で、少年の村の者は残らず死んでしまった。
そして最後の1人でほとんど虫の息、死にかけていた少年を「伴侶」にしたのだ。
そのときも確かこんな月が出ていた。
そして「伴侶」にした後も、少年は月が満ちるたびに黙って空を見上げていたと思う。
青峰が「何をしてる?」と聞くと、いつも「ただのお月見です」と答えた。
でもきっと月を見るたびに、亡くなった者たちを忍んでいたのだと思う。
結局笑顔を見ることがなかった、あの少年の名前は確か。

「テツ。あいつはあのテツか」
青峰は思わずそう呟いていた。
蛭魔と阿部はいったい何事かと、無言のまま目だけで青峰に問う。
青峰は「やっと思い出した」と言いながら、蛭魔の方に向き直った。

「テツは俺の『伴侶』だった。間違いなく蛭魔より年上だ。」
青峰がそう告げると、蛭魔が「マジか」と驚きの声を上げた。
その後しばらくの間、誰も口を開かず、2人の「伴侶」の寝息だけが車内に響いていた。

*****

「ごめんなさい!」
瀬那はそう叫ぶと、相手の鳩尾を力任せに蹴り上げる。
そして黒子が背後から、手にした椅子を思い切り振り下ろした。

「何か、騙したみたいで気が引けます。」
黒子はその場に倒れてしまった見張りの魔物を見下ろしながら、ため息をつく。
だが瀬那は「みたい、じゃなくて騙したんだよ」と苦笑した。
そう、騙したのだ。
瀬那が見張りに「血を飲ませてあげる」と甘い言葉をかけたのだ。
人間が圧倒的に少ないこの状況で、魔物たちは慢性的に飢えている。
まんまと甘言に引っかかり、鍵を開けた見張りは、瀬那に飛び掛かってきた。
それを瀬那が蹴り上げ、黒子が部屋にあった椅子で殴り倒したのだ。

「じゃあ、行きましょう。」
黒子は静かにそう告げると、椅子を持ったまま監禁されていた部屋を出る。
瀬那も「了解」と答えて、黒子に続いた。
目指すは降旗が視線を送ったあの小屋。
黒子の主が閉じ込められているはずだ。
部屋を出てみると、この家の構造がよくわかった。
最初に連れられて行った家同様、純和風のこじんまりした家。
そして赤司たちの家の隣だった。

幸いなことに、他の魔物に出くわすことはなかった。
見張りを1人置いたことで、赤司は安心しているのだろう。
か弱い「伴侶」には何もできないとでも思っているのかもしれない。
黒子と瀬那は顔を見合わせて頷き合うと、監禁されていた家を出る。
そして玄関から見ると裏側に当たる小屋に向かった。

「これならなんとかなりそうですね。」
小屋の前まで来ると、黒子は満足げにそう呟いた。
その小屋は元々粗末な上に、かなり傷んでいる。
扉は椅子の一撃で、簡単に破れそうだ。
そのかわりに物音で赤司たちに気付かれてしまう可能性は高い。

「瀬那君だけ逃げてもいいですよ?」
「今さら何を言ってるの?」
2人は顔を見合わせると、微笑する。
逃げるつもりなどない。
とにかく今は強気に攻めるだけだ。

「じゃあ行きます!」
黒子はそう叫ぶと、勢いよく扉に椅子を振り下ろした。
ドアがバキンと大きな音と共に、あっさりと外れた。
その途端「何だ」「どうした!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
黒子と瀬那は迷うことなく、小屋の中に駆け込んだ。

「お前。。。黒子?」
小屋の中にいたのは、赤みがかった髪の大男だった。
驚いた表情のまま、ピタリと固まっている。
監禁されてやつれているようだが、昔の面影を残している。
黒子もまたその男の顔を見て、驚き、絶句する。
だがすぐに「お久しぶりです。火神君」と冷静な声で挨拶した。

【続く】
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