アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【秋遊び/どんぐり】
「くろこ!どんぐり、拾った!」
瀬那ははしゃぎながら、道端に落ちている小さなものを拾い集める。
黒子はその元気さに少々疲れながらも「見せてください」と手を差し伸べた。
黒子と瀬那は何日も歩き続けた。
地図もない状況で、ほとんど勘まかせの旅だ。
だが何も根拠はないけれど、目的的の場所にかなり近づいていると思う。
瀬那は例によって、たまにしっかりするものの、概ね幼児になってしまう。
それでも「帰る」などとは言い出さず、ひたすら黒子と一緒に歩いていた。
「不思議ですね。」
黒子は瀬那が手のひらにパラパラと落としてくれたどんぐりを見ながら、そう思う。
日本中、生態系は完全に変化して、子供の頃に見慣れた植物などもうないのだ。
だが瀬那が黒子に渡してくれたのは、確かにどんぐりだった。
それに周りの木々や草花も昔のもので、それなりに手入れがされているように見える。
おそらくは誰かの強大な魔力で。
「それにしても蛭魔さんは、何をしてるんでしょうね?」
黒子は瀬那にどんぐりを返しながら、そう言った。
ここに来る途中に、紫原と氷室に会った。
そのときに伝言も頼んだし、黒子たちの目的地もわかっているはずだ。
黒子だけならまだしも、少なくても瀬那を迎えに来るのではないかと思ったのだ。
何しろ向こうは車があるのだから、追いつくのは簡単なはずなのに。
「まぁ、なるようになります。」
黒子は自分にそう言い聞かせるように、また歩き出す。
まだまだどんぐりを集めたいらしい瀬那は、恨みがましい目で黒子を見た。
だが魔を強く感じるこの場所で、長居はしたくない。
黒子は「もう行きましょう」と瀬那を促した。
そうしてしばらく歩いたところで、黒子は足を止めた。
そこだけ惨劇など微塵も感じさせない、かつての京都を思わせるような街並みが広がっていたのだ。
おかしい。ここだけこんなに無傷なんて。
それに確かに以前来たときには、こんな場所はなかった。
あのどんぐりといい、誰かがこの場所を「復元」したのだ。
先程のどんぐりと同じように、強い魔力を使って。
するとその街並みの中の1軒の家から、少年が出て来た。
まるでちょっと買い物にでも行くような、気楽な足取りだ。
彼は魔物か、もしくは誰かの「伴侶」か?
とりあえず話を聞いてみようと、黒子は瀬那の手を引きながら、その少年に近づく。
だが「すみません」と声をかける前に「あれ?」と声を上げてしまった。
「もしかして降旗君、ですか?」
降旗と呼ばれた少年は黒子と瀬那の姿を見つけた時点で、驚き、固まった。
そして近寄って来る黒子たちを見て、明らかに怯えたような表情になっていた。
だが声を掛けられた瞬間「へ?」と間の抜けた声を上げて、まじまじと黒子を見た。
「黒子テツヤです。高校で同じクラスだったと思うんですが。」
黒子がそう告げると、降旗は「あ!」と叫ぶ。
人間だった頃から影が薄く、忘れられがちだった黒子だが、どうやら覚えてもらっていたようだ。
もし瀬那が元の状態に戻っていたら、奇妙な場面だと思っただろう。
高校のクラスメートがこの状況下で再会するなど、なかなか劇的だ。
だが2人の顔には、まったく笑顔がない。
元々ほとんど感情を表に出さない黒子はともかく、この降旗という少年は顔が強張っていた。
「赤司に会ってくれ。」
降旗はむずかしい表情のまま、そう告げた。
赤司とは赤司征十郎。
5人の「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の最後にして、最強の魔力を持つ男だ。
黒子のかつてのクラスメイト、降旗光樹はその「伴侶」だった。
*****
ホテルにまた新たな住人が増えた。
「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、紫原敦とその「伴侶」の氷室辰也だ。
彼らもまた久しぶりに味わう文明社会に喜びながら、スィートルームのお茶会に加わった。
「俺ら、逃げて来たんだよね~」
紫原が甘いカフェオレに頬を緩ませながら、そう言った。
2メートル超のデカイ図体のわりに、口調が何とも緩い。
だからのほほんと「逃げて来た」などと言われても、聞いている方は実感がわかないのだ。
「赤司は魔物を全て自分の配下にして、新たな世界を作ろうとしているんだ。」
このままじゃ埒が明かないと思ったのか、氷室が横から口を挟む。
どうやらこのコンビは「伴侶」の方が説明はうまいようだ。
全員が露骨に紫原から氷室に視線を移した。
「魔物って言ったって、どれだけ残ってるんだ?」
全員を代表するように、口を開いたのは蛭魔だった。
そう、誰もが考えたことなのだ。
魔物は基本的に生き物を糧としており、その多くは人間だ。
だが人間はおろか動物はほぼ絶滅しており、植物だってもはや別物に変化している。
だから動物や植物の「気」を食らう魔物も、食人鬼や「伴侶」を持たない吸血鬼はほとんど死んだ。
「だから生き残っている人間を、全部捕えるつもりなのさ。」
氷室の言葉に、全員が絶句した。
それが赤司という吸血鬼が、この世界を統治しようとするやり方だった。
まずは糧である人間、つまり『伴侶』たちを1人残らず捕獲し、自分の管理下に置く。
そうすれば生き残った魔物たちは、赤司に従わざるを得なくなるのだ。
なにしろ食料がなければ、飢えて死ぬしかないのだから。
「俺たちはここ100年くらい、赤司と行動を共にしていた。だけど」
「赤ちん、室ちんを差し出せなんて言い出してさ~」
説明する氷室はあくまで冷静で、紫原はあくまでのほほんとしている。
だが彼らは必死で逃げ延びたのだ。
そして取りあえずかつての首都、東京を目指した。
ここは「伴侶」を持つ吸血鬼が残っている可能性が高いからだ。
強大な力を持つ赤司を相手に、共に戦う味方が欲しかったのだ。
「ちょっと待ってください。じゃあ瀬那と黒子君は!」
そう叫んでしまったのは、律だ。
吸血鬼の「伴侶」を全員捕獲しようとする赤司の元に、2人は向かっている。
ずっと冷静だった氷室が沈痛な声で「散々、止めたんだけどね」と答えた。
黒子たちは赤司の居場所、紫原たちはこのホテルの場所。
彼らはそれぞれ必要な情報を交換して、別れたのだ。
「蛭魔っち、黒子っちたちを止めましょう!」
「そうだ。車、あんだろ?飛ばせば追いつける!」
身を乗り出したのは、黄瀬と青峰だった。
ほかの者たちも同意するように、蛭魔を見る。
赤司の野望には、確認するまでもなく全員が反対だった。
それに黒子には何か考えがあるのだろうが、赤司と相対するのは危険すぎる。
戦う、そして黒子と瀬那を連れ戻す。
その1点に置いて、全員は即座に意思を統一させたのだが。
「すぐは無理だ。」
蛭魔は呻くようにそう告げた。
この状況下では、車は簡単に動かせないのだ。
車は何台かあるが、京都に向かうにはそれなりの燃料が必要だ。
ガソリン車も電気自動車も、ホテル内にはガソリンや電気を生成するプラントがある。
だが常に満タンにしておくと、ガソリンも電池も劣化するのだ。
だからいざというときのために、燃料は空の状態にしていた。
「使えねぇな」
青峰が容赦なく毒づき、黄瀬、緑間、紫原が同意するように頷く。
蛭魔は憮然としながら「うるせぇよ」と言い放った。
*****
「これはまた普通の家、ですね。」
黒子は通された日本家屋を見ながら、ごく自然な感想を述べた。
降旗に案内されたのは、いかにも京都らしい純和風の家だった。
大きさも黒子が人間だった頃に、両親と住んでいた家と同じくらいだ。
単純に意外だと思う。
少し前に見た黄瀬や緑間の結界の中の屋敷は、とにかく豪邸だったからだ。
それに比べて、ここは本当に黒子が思う庶民の家だった。
「お邪魔しまーす!」
観察する黒子を尻目に、瀬那が元気よく室内に飛び込んだ。
黒子は慌てて「瀬那君、お行儀良くして!」と叫ぶ。
すると室内から、和服姿の男が現れた。
男は降旗に「お帰り、光樹」と告げ、黒子には「お行儀は気にしなくていい」と笑った。
そして黒子と瀬那は、畳敷きの居間に通された。
「君が赤司君ですか?」
黒子は男にそう問いかけながら、答えは聞くまでもないと思った。
ごく自然に正座した姿は美しいだけでなく、凛とした威圧感がある。
座卓を挟んで向かい合うだけで、こちらの気力が奪われるようだ。
「久し振りだね、テツヤ。と言っても、君は覚えていないか」
赤司は黒子の問いに頷くと、まるで知り合いのようにそんなことを言った。
黒子は一瞬、ついに自分の主に巡り合ったのかと思った。
だがすぐに違うと思い直す。特に根拠はないが、わかるのだ。
そもそも降旗が赤司の「伴侶」なのだから、黒子は違うに決まっている。
「聞きたいことがあって、来たんですが」
「答えられることなら」
「僕の主は誰で、今どこにいるんですか?」
赤司と実際に話をし始めて、黒子も思い出したことがある。
黒子がケガで朦朧とした状態のまま、誰かの「伴侶」にされた。
その誰かは赤司ではない。
だがその場面に、赤司はいたのだ。
あのとき朦朧とした意識の中で「キセキ」という言葉を聞いた。
男性にしては少し高くよく通るその声は、間違いなくこの赤司のものだったと思う。
「君の主が誰だろうと関係ないよ。もうすぐ全ての『伴侶』の主が僕になる。」
「そんなことができると思ってるんですか?」
「もちろんだ。」
「・・・もしかして東京で僕たちを襲撃したのは」
「そう。僕が命令した。全員、返り討ちにされたようだが。」
「なぜ、そんなことを」
「最近『伴侶』を持たない魔物たちの行動は目に余る。それを鎮圧するためだ。」
まさに天帝。
黒子は赤司の威圧感に怯みそうになる自分を、懸命に奮い立たせていた。
赤司の野望は、紫原と氷室から聞いている。
この世界の安定を考えれば、正しいことなのかもしれない。
だが黒子はそれに従うつもりはなかった。
全ての「伴侶」が赤司のものになり、不特定の魔物たちの糧にされる。
そんなことは絶対に認められない。
「僕の主は誰なんですか?」
黒子はもう1度、そう聞いた。
赤司は黒子の目をじっと見据えたまま、何も喋らなかった。
だが黒子は部屋を見渡し、そのヒントになるものを見つけることができた。
*****
「黒子」
その男は、もう何度口にしたかわからない名を口にした。
彼はあの惨劇の日、無理矢理「伴侶」にした少年の名だった。
男は普通の人間ではなく、吸血鬼だった。
だがごく普通に人間社会に溶け込み、高校生として学校に通っていた。
今までは普通の人間と同じように成長してきたが、もう少しで成長は止まる。
おそらく高校を卒業すれば、今までの友人たちとは逢えなくなるだろう。
だからこそ、高校生活の1日1日を大事に過ごそうと思っていた。
そんな中、クラスメイトの少年の1人が気になるようになった。
少年の名は黒子テツヤ。
教室にいるときには、何だかひどく影が薄く、いるかいないかわからない。
男がそんな黒子に注意するようになったのは、匂いだった。
教室でふと隣を通るだけで、香しい匂いがする。
それは体臭ではなく、魔物を惹きつける、極上の血の匂いだ。
男は積極的に、黒子に話しかけるようになった。
幸いにも教室で、席は近かった。
朝の「おはよう」から始まって、喋る機会はたくさんあった。
そのうちに学校帰り、一緒にファーストフード店に行く仲になった。
黒子は一見、無口で無表情、何を考えているかわからない少年だった。
たが話してみると、案外気さくで、面白い。
何よりも優しかった。
男は勉強は得意ではなく、成績は壊滅的に悪かった。
そんな男を心配して、勉強を教えてくれようとしたのだ。
男にしてみれば、この高校生活はあくまで仮初めであり、成績なんてどうでもよかった。
だが黒子が「留年しちゃいますよ」と世話を焼いてくれるのが嬉しかった。
吸血鬼の中には、人間を「伴侶」にする者も多いと聞く。
だから男は何度も黒子を「伴侶」にする夢を見た。
妄想の中で、何度も黒子の血を味わった。
だが実際にそれをするつもりはなかった。
自分と共に長い時間を生きることが、黒子の幸せになるとは思えない。
黒子には普通の人間として、楽しい人生を全うしてほしかった。
だがあの惨劇が起きた。
世界中を巻き込んだ戦争、そして日本全土を襲った空爆。
高校も爆撃を受け大破し、多くの生徒が目の前で死んだ。
男は幸いにもかすり傷で済んだ。
人間ならば死んでしまうような致命傷でも、吸血鬼は治ってしまう。
それでも動けなくなるような怪我を負わなかったことは、不幸中の幸いだ。
そして必死に黒子を捜し、瀕死の重傷で倒れているのを見つけたのだ。
何も考えなかった。
このまま死なせたくないと思った。
だからその場で黒子を「伴侶」にした。
このまま2人で生きて行こうと決めた瞬間、赤司が現れたのだ。
「キセキ」と呼ばれた吸血鬼の圧倒的な力の前に、男は敗れた。
それからずっと赤司の魔力で封印された部屋に、幽閉されている。
そこはさながら牢だった。
窓は1つだけ、はめ殺しの鉄格子、ドアは粗末な木の扉だ。
簡単に壊せそうな部屋から、男は出られない。
だからこうして黒子を想いながら、無為な時間を過ごしている。
ふとコツンと何かが床に落ちる音がした。
鉄格子の隙間から、何かが転がってきたのだ。
男はそれを拾い上げて、苦笑する。
それは部屋の外にある木から落ちた小さなどんぐりだった。
どんぐりごときが簡単に舞い込めるのに、俺が出入りできないなんて。
「黒子」
男はまたその名を口にした。
その男、火神大我こそ、黒子が探し求める主だ。
【続く】
「くろこ!どんぐり、拾った!」
瀬那ははしゃぎながら、道端に落ちている小さなものを拾い集める。
黒子はその元気さに少々疲れながらも「見せてください」と手を差し伸べた。
黒子と瀬那は何日も歩き続けた。
地図もない状況で、ほとんど勘まかせの旅だ。
だが何も根拠はないけれど、目的的の場所にかなり近づいていると思う。
瀬那は例によって、たまにしっかりするものの、概ね幼児になってしまう。
それでも「帰る」などとは言い出さず、ひたすら黒子と一緒に歩いていた。
「不思議ですね。」
黒子は瀬那が手のひらにパラパラと落としてくれたどんぐりを見ながら、そう思う。
日本中、生態系は完全に変化して、子供の頃に見慣れた植物などもうないのだ。
だが瀬那が黒子に渡してくれたのは、確かにどんぐりだった。
それに周りの木々や草花も昔のもので、それなりに手入れがされているように見える。
おそらくは誰かの強大な魔力で。
「それにしても蛭魔さんは、何をしてるんでしょうね?」
黒子は瀬那にどんぐりを返しながら、そう言った。
ここに来る途中に、紫原と氷室に会った。
そのときに伝言も頼んだし、黒子たちの目的地もわかっているはずだ。
黒子だけならまだしも、少なくても瀬那を迎えに来るのではないかと思ったのだ。
何しろ向こうは車があるのだから、追いつくのは簡単なはずなのに。
「まぁ、なるようになります。」
黒子は自分にそう言い聞かせるように、また歩き出す。
まだまだどんぐりを集めたいらしい瀬那は、恨みがましい目で黒子を見た。
だが魔を強く感じるこの場所で、長居はしたくない。
黒子は「もう行きましょう」と瀬那を促した。
そうしてしばらく歩いたところで、黒子は足を止めた。
そこだけ惨劇など微塵も感じさせない、かつての京都を思わせるような街並みが広がっていたのだ。
おかしい。ここだけこんなに無傷なんて。
それに確かに以前来たときには、こんな場所はなかった。
あのどんぐりといい、誰かがこの場所を「復元」したのだ。
先程のどんぐりと同じように、強い魔力を使って。
するとその街並みの中の1軒の家から、少年が出て来た。
まるでちょっと買い物にでも行くような、気楽な足取りだ。
彼は魔物か、もしくは誰かの「伴侶」か?
とりあえず話を聞いてみようと、黒子は瀬那の手を引きながら、その少年に近づく。
だが「すみません」と声をかける前に「あれ?」と声を上げてしまった。
「もしかして降旗君、ですか?」
降旗と呼ばれた少年は黒子と瀬那の姿を見つけた時点で、驚き、固まった。
そして近寄って来る黒子たちを見て、明らかに怯えたような表情になっていた。
だが声を掛けられた瞬間「へ?」と間の抜けた声を上げて、まじまじと黒子を見た。
「黒子テツヤです。高校で同じクラスだったと思うんですが。」
黒子がそう告げると、降旗は「あ!」と叫ぶ。
人間だった頃から影が薄く、忘れられがちだった黒子だが、どうやら覚えてもらっていたようだ。
もし瀬那が元の状態に戻っていたら、奇妙な場面だと思っただろう。
高校のクラスメートがこの状況下で再会するなど、なかなか劇的だ。
だが2人の顔には、まったく笑顔がない。
元々ほとんど感情を表に出さない黒子はともかく、この降旗という少年は顔が強張っていた。
「赤司に会ってくれ。」
降旗はむずかしい表情のまま、そう告げた。
赤司とは赤司征十郎。
5人の「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の最後にして、最強の魔力を持つ男だ。
黒子のかつてのクラスメイト、降旗光樹はその「伴侶」だった。
*****
ホテルにまた新たな住人が増えた。
「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、紫原敦とその「伴侶」の氷室辰也だ。
彼らもまた久しぶりに味わう文明社会に喜びながら、スィートルームのお茶会に加わった。
「俺ら、逃げて来たんだよね~」
紫原が甘いカフェオレに頬を緩ませながら、そう言った。
2メートル超のデカイ図体のわりに、口調が何とも緩い。
だからのほほんと「逃げて来た」などと言われても、聞いている方は実感がわかないのだ。
「赤司は魔物を全て自分の配下にして、新たな世界を作ろうとしているんだ。」
このままじゃ埒が明かないと思ったのか、氷室が横から口を挟む。
どうやらこのコンビは「伴侶」の方が説明はうまいようだ。
全員が露骨に紫原から氷室に視線を移した。
「魔物って言ったって、どれだけ残ってるんだ?」
全員を代表するように、口を開いたのは蛭魔だった。
そう、誰もが考えたことなのだ。
魔物は基本的に生き物を糧としており、その多くは人間だ。
だが人間はおろか動物はほぼ絶滅しており、植物だってもはや別物に変化している。
だから動物や植物の「気」を食らう魔物も、食人鬼や「伴侶」を持たない吸血鬼はほとんど死んだ。
「だから生き残っている人間を、全部捕えるつもりなのさ。」
氷室の言葉に、全員が絶句した。
それが赤司という吸血鬼が、この世界を統治しようとするやり方だった。
まずは糧である人間、つまり『伴侶』たちを1人残らず捕獲し、自分の管理下に置く。
そうすれば生き残った魔物たちは、赤司に従わざるを得なくなるのだ。
なにしろ食料がなければ、飢えて死ぬしかないのだから。
「俺たちはここ100年くらい、赤司と行動を共にしていた。だけど」
「赤ちん、室ちんを差し出せなんて言い出してさ~」
説明する氷室はあくまで冷静で、紫原はあくまでのほほんとしている。
だが彼らは必死で逃げ延びたのだ。
そして取りあえずかつての首都、東京を目指した。
ここは「伴侶」を持つ吸血鬼が残っている可能性が高いからだ。
強大な力を持つ赤司を相手に、共に戦う味方が欲しかったのだ。
「ちょっと待ってください。じゃあ瀬那と黒子君は!」
そう叫んでしまったのは、律だ。
吸血鬼の「伴侶」を全員捕獲しようとする赤司の元に、2人は向かっている。
ずっと冷静だった氷室が沈痛な声で「散々、止めたんだけどね」と答えた。
黒子たちは赤司の居場所、紫原たちはこのホテルの場所。
彼らはそれぞれ必要な情報を交換して、別れたのだ。
「蛭魔っち、黒子っちたちを止めましょう!」
「そうだ。車、あんだろ?飛ばせば追いつける!」
身を乗り出したのは、黄瀬と青峰だった。
ほかの者たちも同意するように、蛭魔を見る。
赤司の野望には、確認するまでもなく全員が反対だった。
それに黒子には何か考えがあるのだろうが、赤司と相対するのは危険すぎる。
戦う、そして黒子と瀬那を連れ戻す。
その1点に置いて、全員は即座に意思を統一させたのだが。
「すぐは無理だ。」
蛭魔は呻くようにそう告げた。
この状況下では、車は簡単に動かせないのだ。
車は何台かあるが、京都に向かうにはそれなりの燃料が必要だ。
ガソリン車も電気自動車も、ホテル内にはガソリンや電気を生成するプラントがある。
だが常に満タンにしておくと、ガソリンも電池も劣化するのだ。
だからいざというときのために、燃料は空の状態にしていた。
「使えねぇな」
青峰が容赦なく毒づき、黄瀬、緑間、紫原が同意するように頷く。
蛭魔は憮然としながら「うるせぇよ」と言い放った。
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「これはまた普通の家、ですね。」
黒子は通された日本家屋を見ながら、ごく自然な感想を述べた。
降旗に案内されたのは、いかにも京都らしい純和風の家だった。
大きさも黒子が人間だった頃に、両親と住んでいた家と同じくらいだ。
単純に意外だと思う。
少し前に見た黄瀬や緑間の結界の中の屋敷は、とにかく豪邸だったからだ。
それに比べて、ここは本当に黒子が思う庶民の家だった。
「お邪魔しまーす!」
観察する黒子を尻目に、瀬那が元気よく室内に飛び込んだ。
黒子は慌てて「瀬那君、お行儀良くして!」と叫ぶ。
すると室内から、和服姿の男が現れた。
男は降旗に「お帰り、光樹」と告げ、黒子には「お行儀は気にしなくていい」と笑った。
そして黒子と瀬那は、畳敷きの居間に通された。
「君が赤司君ですか?」
黒子は男にそう問いかけながら、答えは聞くまでもないと思った。
ごく自然に正座した姿は美しいだけでなく、凛とした威圧感がある。
座卓を挟んで向かい合うだけで、こちらの気力が奪われるようだ。
「久し振りだね、テツヤ。と言っても、君は覚えていないか」
赤司は黒子の問いに頷くと、まるで知り合いのようにそんなことを言った。
黒子は一瞬、ついに自分の主に巡り合ったのかと思った。
だがすぐに違うと思い直す。特に根拠はないが、わかるのだ。
そもそも降旗が赤司の「伴侶」なのだから、黒子は違うに決まっている。
「聞きたいことがあって、来たんですが」
「答えられることなら」
「僕の主は誰で、今どこにいるんですか?」
赤司と実際に話をし始めて、黒子も思い出したことがある。
黒子がケガで朦朧とした状態のまま、誰かの「伴侶」にされた。
その誰かは赤司ではない。
だがその場面に、赤司はいたのだ。
あのとき朦朧とした意識の中で「キセキ」という言葉を聞いた。
男性にしては少し高くよく通るその声は、間違いなくこの赤司のものだったと思う。
「君の主が誰だろうと関係ないよ。もうすぐ全ての『伴侶』の主が僕になる。」
「そんなことができると思ってるんですか?」
「もちろんだ。」
「・・・もしかして東京で僕たちを襲撃したのは」
「そう。僕が命令した。全員、返り討ちにされたようだが。」
「なぜ、そんなことを」
「最近『伴侶』を持たない魔物たちの行動は目に余る。それを鎮圧するためだ。」
まさに天帝。
黒子は赤司の威圧感に怯みそうになる自分を、懸命に奮い立たせていた。
赤司の野望は、紫原と氷室から聞いている。
この世界の安定を考えれば、正しいことなのかもしれない。
だが黒子はそれに従うつもりはなかった。
全ての「伴侶」が赤司のものになり、不特定の魔物たちの糧にされる。
そんなことは絶対に認められない。
「僕の主は誰なんですか?」
黒子はもう1度、そう聞いた。
赤司は黒子の目をじっと見据えたまま、何も喋らなかった。
だが黒子は部屋を見渡し、そのヒントになるものを見つけることができた。
*****
「黒子」
その男は、もう何度口にしたかわからない名を口にした。
彼はあの惨劇の日、無理矢理「伴侶」にした少年の名だった。
男は普通の人間ではなく、吸血鬼だった。
だがごく普通に人間社会に溶け込み、高校生として学校に通っていた。
今までは普通の人間と同じように成長してきたが、もう少しで成長は止まる。
おそらく高校を卒業すれば、今までの友人たちとは逢えなくなるだろう。
だからこそ、高校生活の1日1日を大事に過ごそうと思っていた。
そんな中、クラスメイトの少年の1人が気になるようになった。
少年の名は黒子テツヤ。
教室にいるときには、何だかひどく影が薄く、いるかいないかわからない。
男がそんな黒子に注意するようになったのは、匂いだった。
教室でふと隣を通るだけで、香しい匂いがする。
それは体臭ではなく、魔物を惹きつける、極上の血の匂いだ。
男は積極的に、黒子に話しかけるようになった。
幸いにも教室で、席は近かった。
朝の「おはよう」から始まって、喋る機会はたくさんあった。
そのうちに学校帰り、一緒にファーストフード店に行く仲になった。
黒子は一見、無口で無表情、何を考えているかわからない少年だった。
たが話してみると、案外気さくで、面白い。
何よりも優しかった。
男は勉強は得意ではなく、成績は壊滅的に悪かった。
そんな男を心配して、勉強を教えてくれようとしたのだ。
男にしてみれば、この高校生活はあくまで仮初めであり、成績なんてどうでもよかった。
だが黒子が「留年しちゃいますよ」と世話を焼いてくれるのが嬉しかった。
吸血鬼の中には、人間を「伴侶」にする者も多いと聞く。
だから男は何度も黒子を「伴侶」にする夢を見た。
妄想の中で、何度も黒子の血を味わった。
だが実際にそれをするつもりはなかった。
自分と共に長い時間を生きることが、黒子の幸せになるとは思えない。
黒子には普通の人間として、楽しい人生を全うしてほしかった。
だがあの惨劇が起きた。
世界中を巻き込んだ戦争、そして日本全土を襲った空爆。
高校も爆撃を受け大破し、多くの生徒が目の前で死んだ。
男は幸いにもかすり傷で済んだ。
人間ならば死んでしまうような致命傷でも、吸血鬼は治ってしまう。
それでも動けなくなるような怪我を負わなかったことは、不幸中の幸いだ。
そして必死に黒子を捜し、瀕死の重傷で倒れているのを見つけたのだ。
何も考えなかった。
このまま死なせたくないと思った。
だからその場で黒子を「伴侶」にした。
このまま2人で生きて行こうと決めた瞬間、赤司が現れたのだ。
「キセキ」と呼ばれた吸血鬼の圧倒的な力の前に、男は敗れた。
それからずっと赤司の魔力で封印された部屋に、幽閉されている。
そこはさながら牢だった。
窓は1つだけ、はめ殺しの鉄格子、ドアは粗末な木の扉だ。
簡単に壊せそうな部屋から、男は出られない。
だからこうして黒子を想いながら、無為な時間を過ごしている。
ふとコツンと何かが床に落ちる音がした。
鉄格子の隙間から、何かが転がってきたのだ。
男はそれを拾い上げて、苦笑する。
それは部屋の外にある木から落ちた小さなどんぐりだった。
どんぐりごときが簡単に舞い込めるのに、俺が出入りできないなんて。
「黒子」
男はまたその名を口にした。
その男、火神大我こそ、黒子が探し求める主だ。
【続く】