アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【夏遊び/水中ダイブ】
「はぁぁ?何だ、それ!」
蛭魔の言葉に全員が唖然とし、どうしていいかわからずに固まった。
ホテル住まいの吸血鬼とその「伴侶」たちは、夜の12時頃就寝し、朝の7時に起床する。
吸血鬼は元々、朝起きて、夜に寝るという習慣はない。
だが彼らの愛しい「伴侶」たちが、そういう生活を好んだ。
だからそれに合わせているだけの話だ。
起床した彼らは、蛭魔たちのスィートルームのリビングに集合する。
そしてコーヒーやお茶を飲んだり、お喋りを楽しんだりするのだ。
その後は自由行動だが、午後になると「伴侶」たちは日課の散歩に出る。
そしてその間、主の吸血鬼たちは再びコーヒータイムだ。
これがこのホテルでの穏やかな日常になっていた。
だが今朝は違った。
まず蛭魔の顔があり得ないほど引きつっていたからだ。
他の者たちは当然「どうしたんだ?」と聞く。
そこで蛭魔から、予想もつかない事実を告げられたのだ。
「いなくなった」
そう言われて、初めて全員がこの場に揃っていない者がいないことに気付く。
いないのは瀬那と黒子だ。
瀬那は幼児退行が始まったのと同時に、睡眠時間が格段に増えた。
だからだいたいこの時間は眠っているので、別にいないのは不思議ではない。
そして黒子は影が薄いので、いても気づかないことが多いのだ。
「黒子、いないのか?」
「・・・瀬那も、だ。」
高野の問いに、蛭魔が答える。
一瞬の間の後、ほぼ全員が驚愕する。
「はぁぁ?何だ、それ!」
蛭魔の言葉に全員が唖然とし、どうしていいかわからずに固まった。
「ちょっと2人で散歩とか、そういうんじゃないんですか?」
律が取り成すように、口を挟む。
だが蛭魔は首を振って、1枚の紙片を掲げた。
手書き文字で素っ気なく「今までありがとうございました。黒子」とだけ書かれている。
黒子が出て行った。
それはさほど意外ではなかった。
元々黒子は自分の主を捜していたのだし、ここに長くいるつもりもないようだったから。
だが瀬那も一緒にいなくなる理由は見当もつかない。
そのとき、滅多にならない部屋のドアチャイムが、軽快な電子音を奏でた。
我に返った一同は、瀬那か黒子、もしくは2人とも戻ってきたものと思った。
そして戸口の一番近くにいた廉が、ドアに向かう。
だがそこに現れたのは、予想外の2人だった。
*****
「僕、蛭魔さんに殺されそうな気がします。」
黒子は感情のこもらない声で、そう言った。
瀬那は冷静に「大丈夫ですよ」と答えた。
黒子は滞在していたホテルを後にして、西へ向かっていた。
あそこにいた時間なんて、本当に短い。
何百年も主を捜して1人で彷徨った黒子にとって、瞬き程度のものだ。
だが親切にしてもらったことは嬉しかったし、一緒に過ごした時間は楽しかった。
そんな場所を後にしたのは、黒子なりに思うことがあったからだ。
これ以上、あそこにいたら迷惑がかかる。
だがそれを正直に打ち明ければ、優しい彼らは黒子を引き留めるかもしれない。
それならばと夜、こっそり抜け出したつもりだったのだが。
ゆっくりと歩いているうちに、夜が明けた。
そうなってから、黒子はようやく気付いたのだ。
何と、瀬那が黒子を追って、ついてきてしまったことに。
滅多なことでは動じない黒子も、さすがにこれには驚いた。
当然「帰りましょう」と何度も説得したが、瀬那は頑として「一緒に行く」と言い張った。
かくして仕方なく、黒子は瀬那と一緒に歩いている。
ある意味、瀬那の判断は正しい。
なぜなら昨日襲ってきた魔物たちは、明らかに黒子と瀬那を狙っていたからだ。
律と廉に阻まれて倒された者以外は全て、全員黒子と瀬那に襲いかかってきた。
律たちは気付いていないようだが、黒子にはそれがわかった。
おそらく瀬那もそれを理解していて、黒子と一緒に来たのだろう。
ではなぜ黒子と瀬那を襲ってきたのか。
肝心なその理由を、黒子は知らない。
だけど何となく予感があるのだ。
これから行く先で、それが明らかになるだろう。
そして黒子が長いこと探し求めていた主にも、そこで再会できると。
だがただ1つの心配は、ついてきてしまった瀬那のことだ。
黒子1人なら、最悪どんなことが起ころうと、自分の責任と割り切れる。
だが瀬那が危険になった場合、黒子1人で守れる自信がないのだ。
律たちのように主の念がこもった武器など、持っていない。
こと格闘になったら、まったく勝てる気がしなかった。
「僕、蛭魔さんに殺されそうな気がします。」
黒子は感情のこもらない声で、そう言った。
瀬那は冷静に「大丈夫ですよ」と答えた。
そのやり取りに、黒子は首を傾げてしまう。
黒子の知っている瀬那は、幼児にまで精神が退行してしまっていた。
律たちは年上でしっかり者の瀬那を覚えているから、こんな瀬那を見るのがつらいと言った。
だけど黒子は素直な子供のような瀬那が好きだった。
親戚の子供と遊んでいるようで、ほっこりと心が温かくなる。
だけど今、黒子についてきた瀬那は違った。
小さな子供のような言動は消えて、ごく普通の青年のように会話している。
きっとこれが律と廉が言っていた本来の瀬那なのだろう。
だけどどうして瀬那がこんな風に変わったのか。
これまたさっぱりわからない。
「魔物が襲ってきて危なくなったら、川に飛び込みましょう。」
黒子は諦めて、そう言った。
瀬那が「だから川沿いの道を進んでるんだ」と納得の声を上げる。
その通りだった。
この先、飢えた魔物に遭遇する可能性は決して低くない。
だから万が一の場合は、川に飛び込んで逃げようと思っていた。
それで逃げ切れるかどうかは定かではないが、何もしないよりはいい。
結局黒子と瀬那は、寄り添うように並んで、川沿いの道を進んだ。
すると前方から、2人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
そのうちの1人は、何だかひどく身体が大きい。
とはいえ小さい方の男も、黒子と瀬那よりも大きそうだ。
「これはいきなり水中ダイブかもしれませんね。」
黒子はため息をつきながら、そう告げた。
荒廃し、人類がほとんど死滅した世界には、平和な通行人など存在しない。
ほぼ100%の割合で、魔物に違いないのだ。
「まぁ進むしかないでしょう。」
瀬那は開き直ったようにそう言って、笑った。
黒子も「はい」と同意し、前方から来る2人組に接近した。
*****
瀬那と黒子が失踪し、混乱するスィートルーム。
だがその最中にドアチャイムが鳴り響いた。
そして入ってきたのは、やたらと大柄な男と、泣きぼくろが印象的な美形の男だ。
彼らはスィートルームに勢揃いした面々を見回すと「たくさん、いるなぁ」と驚いている。
「あれ、紫原っち!?」
思わず頓狂な声を上げたのは、黄瀬だ。
スィートルームに入ってきた男は、蛭魔たちにとっては初対面の男。
だが「キセキ」と呼ばれた吸血鬼たちには、見覚えのある人物だった。
「久しぶり、黄瀬ちん。峰ちんとミドちんも。」
紫原と呼ばれた大柄な男が、おっとりとした口調でそう言った。
この男こそ「キセキ」と呼ばれた吸血鬼、4人目の男、紫原敦。
そして隣の男が紫原の「伴侶」だ。
「やぁ。敦の『伴侶』の氷室辰也です。」
男はそう挨拶すると、優雅な仕草で頭を下げる。
美形の男がこんな動作をすると、憎らしいほど絵になる。
だが誰もそれを口にするどころか、挨拶を返すことさえしなかった。
今は誰も瀬那と黒子のことで手一杯、気持ちに余裕がないのだ。
「何しに来やがったんだ?」
不機嫌さ丸出しで、紫原にからんだのは青峰だ。
黒子とは何かの縁があるらしい彼は、他の者より黒子のことが気にかかっているらしい。
だが紫原はそんな青峰の態度をまるで意に介していないようだ。
飄々とした表情のまま「説明は室ちんがするから」と言った。
どうやらかなりのめんどくさがりのようだ。
「ここに来た理由を話す前に伝言があるんだ。黒子君って子から」
説明を丸投げされた氷室が、おもむろに口を開く。
だがその瞬間、一同に緊張が走った。
まさか突然の来訪者から、黒子の名が出るとは。
「瀬那君は必ず送り届けるので少しだけお待ちください。そう伝えてほしいって。」
「やっぱり一緒にいるのかよ!」
思わず身を乗り出して、氷室に詰め寄ったのは瀬那の主、蛭魔だった。
怒りでギリッと歯を噛みしめ、きつく拳を握っている。
その様子を見た氷室が「それ、違うよ」と言った。
「黒子君は俺たちに瀬那君を預けようとした。だが瀬那君がそれを拒否した。」
「元々黒ちんは1人で行くつもりだったのに、瀬那ちんが勝手について行ったみたいだよ。」
氷室の言葉を、説明をまかせたはずの紫原が補足した。
意外な事実に、蛭魔は怒りを押し込めて、黙り込んだ。
他の者たちも、どういうことがわからず、誰も言葉を発しない。
紫原が「黒ちん」だの「瀬那ちん」だのと妙な呼び名をしていることも、スルーだ。
「ええと。。。本題に入ってもいいかな?」
あまりの沈黙に、氷室は気まずそうにそう言った。
ようやく我に返った蛭魔は「聞こう。座ってくれ」と2人をうながした。
そして全員がそれに呼応するように、ソファに腰を下ろす。
かつては6人だけで過ごしており、ガランとしていたスィートルームのリビング。
だけど今日はほぼ満席状態だ。
「コーヒーでも飲むか?」
蛭魔が氷室と紫原にそう告げると、2人は「コーヒーがあるの?」と破顔した。
この辺りのリアクションは、彼らも他の「キセキ」のメンバーと同じようだ。
*****
「瀬那君は体力があるんですね。」
「黒子君がなさ過ぎるんだと思うけど。」
瀬那と黒子は軽口をかわしながら、元気に歩き続けた。
「それにしても、紫原君、大きかったですね。」
「うん、身長は2メートル以上かな。」
2人は先程遭遇した吸血鬼のことを思い出し、くすくすと笑った。
巨体の魔物が現れた時には、本当に驚いたのだ。
そして即座に水中ダイブを覚悟した。
川の水は冷たいだろうし、何よりも放射能で汚染されている。
一応死なない身体ではあるが、やはりできれば避けたい。
だが巨体の男は瀬那たちを見るなり「ちょっと、いい~?」と声をかけて来た。
一緒にいた泣きぼくろの美人が「ゴメンね。教えてほしいことがあって」と言い添える。
そして彼らが「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人と、その「伴侶」と知ったのだ。
彼らは他の「キセキ」の吸血鬼の居場所を知りたがっていた。
だからあのホテルのことを教えて、ついでに伝言を頼んだのだ。
「紫原君たちと一緒にホテルに戻ってください。」
黒子は瀬那にそう言った。
だが瀬那は「それは嫌です」と断固拒否だ。
あまりの頑なさについに黒子が折れた。
そして紫原たちからこちらも情報をもらって、目的地を明確にした。
「それはそうと瀬那君、普段は演技していたんですか?」
黒子は唐突にそう聞いた。
瀬那は「演技じゃないよ」と苦笑する。
幼児退行してしまうのは、決して演技ではない。
あの瞬間、瀬那の意識は本当に小さな子供になってしまうのだ。
だが時々こうしてまともな状態に戻る。
今の瀬那は生まれてから今までの記憶も、幼児退行しているときの記憶もちゃんとある。
「多分、黒子君と僕は同じなんだと思う。」
「それに関しては、同感です。」
「それを確かめるために、黒子君は行くんだよね。だから僕も行く。」
「・・・蛭魔さんが追いかけてくるような気がします。」
そう、瀬那も黒子も、自分たちは他の「伴侶」と違うのだと感じている。
どこがどう違うのか、なぜ違うのか。
それを確かめるために行くのだ。
蛭魔たちと一緒にいたって、いずれはわかることなのだとは思う。
だけどこれ以上迷惑をかけたくないと出奔した黒子に、瀬那は乗ったのだ。
そして目指すは、かつて京都とよばれていた場所。
「キセキ」と呼ばれた吸血鬼の最後の1人、赤司のところだ。
黒子は何となく本能で、そちらの方角に自分の主がいるような気がして、進んでいた。
だが紫原から赤司の情報を聞いて、そこを目指すことにした。
「赤司さんが黒子君の主だといいね」
瀬那は心の底から、そう言った。
黒子は「さぁ、どうでしょう」と相変わらず淡々と答える。
だが黒子の主のヒントは「キセキ」なのだから、もう赤司しか手掛かりがない。
「瀬那君は体力があるんですね。」
「黒子君がなさ過ぎるんだと思うけど。」
瀬那と黒子は軽口をかわしながら、元気に歩き続けた。
まだまだ目的地までは遠く、気が抜けない。
【続く】
「はぁぁ?何だ、それ!」
蛭魔の言葉に全員が唖然とし、どうしていいかわからずに固まった。
ホテル住まいの吸血鬼とその「伴侶」たちは、夜の12時頃就寝し、朝の7時に起床する。
吸血鬼は元々、朝起きて、夜に寝るという習慣はない。
だが彼らの愛しい「伴侶」たちが、そういう生活を好んだ。
だからそれに合わせているだけの話だ。
起床した彼らは、蛭魔たちのスィートルームのリビングに集合する。
そしてコーヒーやお茶を飲んだり、お喋りを楽しんだりするのだ。
その後は自由行動だが、午後になると「伴侶」たちは日課の散歩に出る。
そしてその間、主の吸血鬼たちは再びコーヒータイムだ。
これがこのホテルでの穏やかな日常になっていた。
だが今朝は違った。
まず蛭魔の顔があり得ないほど引きつっていたからだ。
他の者たちは当然「どうしたんだ?」と聞く。
そこで蛭魔から、予想もつかない事実を告げられたのだ。
「いなくなった」
そう言われて、初めて全員がこの場に揃っていない者がいないことに気付く。
いないのは瀬那と黒子だ。
瀬那は幼児退行が始まったのと同時に、睡眠時間が格段に増えた。
だからだいたいこの時間は眠っているので、別にいないのは不思議ではない。
そして黒子は影が薄いので、いても気づかないことが多いのだ。
「黒子、いないのか?」
「・・・瀬那も、だ。」
高野の問いに、蛭魔が答える。
一瞬の間の後、ほぼ全員が驚愕する。
「はぁぁ?何だ、それ!」
蛭魔の言葉に全員が唖然とし、どうしていいかわからずに固まった。
「ちょっと2人で散歩とか、そういうんじゃないんですか?」
律が取り成すように、口を挟む。
だが蛭魔は首を振って、1枚の紙片を掲げた。
手書き文字で素っ気なく「今までありがとうございました。黒子」とだけ書かれている。
黒子が出て行った。
それはさほど意外ではなかった。
元々黒子は自分の主を捜していたのだし、ここに長くいるつもりもないようだったから。
だが瀬那も一緒にいなくなる理由は見当もつかない。
そのとき、滅多にならない部屋のドアチャイムが、軽快な電子音を奏でた。
我に返った一同は、瀬那か黒子、もしくは2人とも戻ってきたものと思った。
そして戸口の一番近くにいた廉が、ドアに向かう。
だがそこに現れたのは、予想外の2人だった。
*****
「僕、蛭魔さんに殺されそうな気がします。」
黒子は感情のこもらない声で、そう言った。
瀬那は冷静に「大丈夫ですよ」と答えた。
黒子は滞在していたホテルを後にして、西へ向かっていた。
あそこにいた時間なんて、本当に短い。
何百年も主を捜して1人で彷徨った黒子にとって、瞬き程度のものだ。
だが親切にしてもらったことは嬉しかったし、一緒に過ごした時間は楽しかった。
そんな場所を後にしたのは、黒子なりに思うことがあったからだ。
これ以上、あそこにいたら迷惑がかかる。
だがそれを正直に打ち明ければ、優しい彼らは黒子を引き留めるかもしれない。
それならばと夜、こっそり抜け出したつもりだったのだが。
ゆっくりと歩いているうちに、夜が明けた。
そうなってから、黒子はようやく気付いたのだ。
何と、瀬那が黒子を追って、ついてきてしまったことに。
滅多なことでは動じない黒子も、さすがにこれには驚いた。
当然「帰りましょう」と何度も説得したが、瀬那は頑として「一緒に行く」と言い張った。
かくして仕方なく、黒子は瀬那と一緒に歩いている。
ある意味、瀬那の判断は正しい。
なぜなら昨日襲ってきた魔物たちは、明らかに黒子と瀬那を狙っていたからだ。
律と廉に阻まれて倒された者以外は全て、全員黒子と瀬那に襲いかかってきた。
律たちは気付いていないようだが、黒子にはそれがわかった。
おそらく瀬那もそれを理解していて、黒子と一緒に来たのだろう。
ではなぜ黒子と瀬那を襲ってきたのか。
肝心なその理由を、黒子は知らない。
だけど何となく予感があるのだ。
これから行く先で、それが明らかになるだろう。
そして黒子が長いこと探し求めていた主にも、そこで再会できると。
だがただ1つの心配は、ついてきてしまった瀬那のことだ。
黒子1人なら、最悪どんなことが起ころうと、自分の責任と割り切れる。
だが瀬那が危険になった場合、黒子1人で守れる自信がないのだ。
律たちのように主の念がこもった武器など、持っていない。
こと格闘になったら、まったく勝てる気がしなかった。
「僕、蛭魔さんに殺されそうな気がします。」
黒子は感情のこもらない声で、そう言った。
瀬那は冷静に「大丈夫ですよ」と答えた。
そのやり取りに、黒子は首を傾げてしまう。
黒子の知っている瀬那は、幼児にまで精神が退行してしまっていた。
律たちは年上でしっかり者の瀬那を覚えているから、こんな瀬那を見るのがつらいと言った。
だけど黒子は素直な子供のような瀬那が好きだった。
親戚の子供と遊んでいるようで、ほっこりと心が温かくなる。
だけど今、黒子についてきた瀬那は違った。
小さな子供のような言動は消えて、ごく普通の青年のように会話している。
きっとこれが律と廉が言っていた本来の瀬那なのだろう。
だけどどうして瀬那がこんな風に変わったのか。
これまたさっぱりわからない。
「魔物が襲ってきて危なくなったら、川に飛び込みましょう。」
黒子は諦めて、そう言った。
瀬那が「だから川沿いの道を進んでるんだ」と納得の声を上げる。
その通りだった。
この先、飢えた魔物に遭遇する可能性は決して低くない。
だから万が一の場合は、川に飛び込んで逃げようと思っていた。
それで逃げ切れるかどうかは定かではないが、何もしないよりはいい。
結局黒子と瀬那は、寄り添うように並んで、川沿いの道を進んだ。
すると前方から、2人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
そのうちの1人は、何だかひどく身体が大きい。
とはいえ小さい方の男も、黒子と瀬那よりも大きそうだ。
「これはいきなり水中ダイブかもしれませんね。」
黒子はため息をつきながら、そう告げた。
荒廃し、人類がほとんど死滅した世界には、平和な通行人など存在しない。
ほぼ100%の割合で、魔物に違いないのだ。
「まぁ進むしかないでしょう。」
瀬那は開き直ったようにそう言って、笑った。
黒子も「はい」と同意し、前方から来る2人組に接近した。
*****
瀬那と黒子が失踪し、混乱するスィートルーム。
だがその最中にドアチャイムが鳴り響いた。
そして入ってきたのは、やたらと大柄な男と、泣きぼくろが印象的な美形の男だ。
彼らはスィートルームに勢揃いした面々を見回すと「たくさん、いるなぁ」と驚いている。
「あれ、紫原っち!?」
思わず頓狂な声を上げたのは、黄瀬だ。
スィートルームに入ってきた男は、蛭魔たちにとっては初対面の男。
だが「キセキ」と呼ばれた吸血鬼たちには、見覚えのある人物だった。
「久しぶり、黄瀬ちん。峰ちんとミドちんも。」
紫原と呼ばれた大柄な男が、おっとりとした口調でそう言った。
この男こそ「キセキ」と呼ばれた吸血鬼、4人目の男、紫原敦。
そして隣の男が紫原の「伴侶」だ。
「やぁ。敦の『伴侶』の氷室辰也です。」
男はそう挨拶すると、優雅な仕草で頭を下げる。
美形の男がこんな動作をすると、憎らしいほど絵になる。
だが誰もそれを口にするどころか、挨拶を返すことさえしなかった。
今は誰も瀬那と黒子のことで手一杯、気持ちに余裕がないのだ。
「何しに来やがったんだ?」
不機嫌さ丸出しで、紫原にからんだのは青峰だ。
黒子とは何かの縁があるらしい彼は、他の者より黒子のことが気にかかっているらしい。
だが紫原はそんな青峰の態度をまるで意に介していないようだ。
飄々とした表情のまま「説明は室ちんがするから」と言った。
どうやらかなりのめんどくさがりのようだ。
「ここに来た理由を話す前に伝言があるんだ。黒子君って子から」
説明を丸投げされた氷室が、おもむろに口を開く。
だがその瞬間、一同に緊張が走った。
まさか突然の来訪者から、黒子の名が出るとは。
「瀬那君は必ず送り届けるので少しだけお待ちください。そう伝えてほしいって。」
「やっぱり一緒にいるのかよ!」
思わず身を乗り出して、氷室に詰め寄ったのは瀬那の主、蛭魔だった。
怒りでギリッと歯を噛みしめ、きつく拳を握っている。
その様子を見た氷室が「それ、違うよ」と言った。
「黒子君は俺たちに瀬那君を預けようとした。だが瀬那君がそれを拒否した。」
「元々黒ちんは1人で行くつもりだったのに、瀬那ちんが勝手について行ったみたいだよ。」
氷室の言葉を、説明をまかせたはずの紫原が補足した。
意外な事実に、蛭魔は怒りを押し込めて、黙り込んだ。
他の者たちも、どういうことがわからず、誰も言葉を発しない。
紫原が「黒ちん」だの「瀬那ちん」だのと妙な呼び名をしていることも、スルーだ。
「ええと。。。本題に入ってもいいかな?」
あまりの沈黙に、氷室は気まずそうにそう言った。
ようやく我に返った蛭魔は「聞こう。座ってくれ」と2人をうながした。
そして全員がそれに呼応するように、ソファに腰を下ろす。
かつては6人だけで過ごしており、ガランとしていたスィートルームのリビング。
だけど今日はほぼ満席状態だ。
「コーヒーでも飲むか?」
蛭魔が氷室と紫原にそう告げると、2人は「コーヒーがあるの?」と破顔した。
この辺りのリアクションは、彼らも他の「キセキ」のメンバーと同じようだ。
*****
「瀬那君は体力があるんですね。」
「黒子君がなさ過ぎるんだと思うけど。」
瀬那と黒子は軽口をかわしながら、元気に歩き続けた。
「それにしても、紫原君、大きかったですね。」
「うん、身長は2メートル以上かな。」
2人は先程遭遇した吸血鬼のことを思い出し、くすくすと笑った。
巨体の魔物が現れた時には、本当に驚いたのだ。
そして即座に水中ダイブを覚悟した。
川の水は冷たいだろうし、何よりも放射能で汚染されている。
一応死なない身体ではあるが、やはりできれば避けたい。
だが巨体の男は瀬那たちを見るなり「ちょっと、いい~?」と声をかけて来た。
一緒にいた泣きぼくろの美人が「ゴメンね。教えてほしいことがあって」と言い添える。
そして彼らが「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人と、その「伴侶」と知ったのだ。
彼らは他の「キセキ」の吸血鬼の居場所を知りたがっていた。
だからあのホテルのことを教えて、ついでに伝言を頼んだのだ。
「紫原君たちと一緒にホテルに戻ってください。」
黒子は瀬那にそう言った。
だが瀬那は「それは嫌です」と断固拒否だ。
あまりの頑なさについに黒子が折れた。
そして紫原たちからこちらも情報をもらって、目的地を明確にした。
「それはそうと瀬那君、普段は演技していたんですか?」
黒子は唐突にそう聞いた。
瀬那は「演技じゃないよ」と苦笑する。
幼児退行してしまうのは、決して演技ではない。
あの瞬間、瀬那の意識は本当に小さな子供になってしまうのだ。
だが時々こうしてまともな状態に戻る。
今の瀬那は生まれてから今までの記憶も、幼児退行しているときの記憶もちゃんとある。
「多分、黒子君と僕は同じなんだと思う。」
「それに関しては、同感です。」
「それを確かめるために、黒子君は行くんだよね。だから僕も行く。」
「・・・蛭魔さんが追いかけてくるような気がします。」
そう、瀬那も黒子も、自分たちは他の「伴侶」と違うのだと感じている。
どこがどう違うのか、なぜ違うのか。
それを確かめるために行くのだ。
蛭魔たちと一緒にいたって、いずれはわかることなのだとは思う。
だけどこれ以上迷惑をかけたくないと出奔した黒子に、瀬那は乗ったのだ。
そして目指すは、かつて京都とよばれていた場所。
「キセキ」と呼ばれた吸血鬼の最後の1人、赤司のところだ。
黒子は何となく本能で、そちらの方角に自分の主がいるような気がして、進んでいた。
だが紫原から赤司の情報を聞いて、そこを目指すことにした。
「赤司さんが黒子君の主だといいね」
瀬那は心の底から、そう言った。
黒子は「さぁ、どうでしょう」と相変わらず淡々と答える。
だが黒子の主のヒントは「キセキ」なのだから、もう赤司しか手掛かりがない。
「瀬那君は体力があるんですね。」
「黒子君がなさ過ぎるんだと思うけど。」
瀬那と黒子は軽口をかわしながら、元気に歩き続けた。
まだまだ目的地までは遠く、気が抜けない。
【続く】