アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【夏遊び/虫取り】

「虫!虫!」
瀬那が飛び交う虫を追いかけて、元気よく走り回っている。
新しく散歩のメンバーに加わった少年が「瀬那君、元気ですねぇ」と苦笑した。

蛭魔たちが滞在するホテルの住民が、さらに増えた。
「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、青峰大輝とその「伴侶」の桜井良だ。
青峰はそもそも灰崎という吸血鬼を追って、ここへ来た。
だが少しの差で、律と廉が撃退した後だったのだ。
青峰は「何だよ」と文句を言いながら、そのまま空いている部屋に居着いてしまったのだ。

かくして日課である「伴侶」たちの散歩は、総勢7名ですることになった。
笠松と高尾が戻り、桜井も加わったからだ。
もう何年も律と廉と瀬那、3人だけだったのに。
一気に人数が倍以上に増え、賑やかな雰囲気になった。

瀬那は新しく加わった桜井にも、よく懐いた。
今日は天候のせいか、かつては公園の花壇だった荒れ果てた緑の間を、小さな虫が飛び交っている。
それを見た瀬那は、元気よくはしゃいでそれを追いかけていた。
面倒見のいい笠松が、瀬那と一緒に虫を追いかけて遊んでいる。
残りの5人は、朽ちかけたベンチに腰を下ろして、それを眺めていた。
足の速い瀬那は蛇行する虫たちに追いつき、手のひらで包むようにして虫を捕まえている。
だが笠松は上手くできずに勢いよく転んで、一同を笑わせていた。

「律君や廉君たちも、子供の頃、虫取りってしたの?」
笑いすぎて目に涙を浮かべながら、高尾がそう聞く。
すると律が「そんな世代じゃないよ」と答えて、廉もコクコクと頷いた。
律や廉の幼少期は、20世紀から21世紀に変わろうとしていた頃だ。
その頃、東京都心で育った子供はもう虫取りなんかしていなかった。

「瀬那、は、して、たと、思う。」
「そうだね。何しろ電気もガスもない時代から生きてるから。」
律と廉の説明に、高尾と桜井が「マジか」「すごい!」と声を上げる。
その会話に、瀬那と笠松のはしゃぐ声が重なった。
殺伐とした世界でも、こうして笑いながら生きていられるのは、幸せなことだ。

だが黒子だけがジッと黙ったまま、彼らの会話に加わらなかった。
元々表情も乏しく、口数も少ない。
それでもこの日の黒子の態度は不自然だった。
明らかに心ここにあらずという感じで、考え事をしているのだ。

もちろん全員がそれに気付いている。
廉は何度も黒子に声をかけようとして、結局それができずに口ごもってしまっていた。
見かねた律が廉と目を合わせて、静かに首を振った。
ほっといてやれという合図だ。

「黒子!虫、取れたよ!」
無邪気な瀬那だけが、両方の手のひらで包んだままの虫を得意気に差し出す。
すると黒子はようやく「すごいですね」と笑顔を見せた。
褒められて喜んだ瀬那が手を離すと、小さな虫が数匹、空へと飛んでいく。
そんな黒子の横顔を見て、桜井がひっそりとため息をついた。

*****

「へぇぇ、コーヒーがあるのか。」
青峰は驚きながら、ガブリとコーヒーを飲んだ。
久し振りの嗜好品だが、ゆっくり楽しむという感覚はないようだ。

「伴侶」たちのお散歩が恒例なら、その間の主たちのコーヒータイムも恒例だ。
お散歩組同様、元々3人だったのが今では6人、人数は倍になった。
だがこちらははしゃいだ雰囲気にはならない。
何しろ彼らには、愛する「伴侶」を守るという固い決意がある。
それにまだ蛭魔たちは「キセキ」の吸血鬼たちを完全に信じてはいなかった。

「青峰っちがここにいる理由は、黒子っちですか?」
一番新しい参加者に質問を振ったのは、黄瀬だ。
唐突の問いだが、青峰は怯むことなく「それもある」と答えた。
青峰は黒子にどこかで会ったことがあるのだが、思い出せないと言う。
それは黒子も同様で、2人で顔を見合わせて、首を傾げていた。

「だけどお前の『伴侶』は気にしていたのだよ。」
さらりと口を挟んだのは、緑間だった。
確かにその通りだ。
青峰と黒子が顔を見合わせている間、青峰の『伴侶』の桜井の顔は青ざめていたのだ。
明らかに2人の間にある何だか親密な雰囲気に、嫉妬していた。

「テツとはそういうんじゃねーんだけどな。」
「青峰っち!何でいきなりテツなんて呼ぶんです?」
「前、そう呼んでた気がするんだよ。ていうか、黄瀬、うるせぇ!」
「そんな呼び方をしていたら、ますます誤解するのだよ」
何百年ぶりに会ったらしい「キセキ」の3人は、違和感なく会話している。
それは結束が固いのか、気を使わない仲なのか。

「まぁ確かに最初は食料確保だったけど。今はちげーし。」
青峰が不機嫌に顔を背けながら、そう言った。
どうやら照れているようだが、蛭魔は思わず「なるほど」と呟いていた。

どうやら長く特定の「伴侶」を持っていなかった「キセキ」の面々。
だが彼らは、あの惨劇の日の直後に「伴侶」を作った。
その最大の理由は、確実な食料を手元に置くことだったのだ。
何しろ血を飲めなければ、吸血鬼は死んでしまう。
人間が死に絶える前に、「伴侶」として血を確保するのだ。
世界を破滅に導くほどの戦争で、確実に生き抜くためにはそれしかなかった。

だが青峰の「今は違う」もまた本当なのだろう。
何百年も一緒に生きていて、情がわかないはずがない。
吸血鬼たちは優しい目で「伴侶」を見ているし「伴侶」たちも幸せそうだ。

蛭魔と阿部と高野は、顔を見合わせて頷いた。
別に彼らと「伴侶」のなれ初めに、口を挟む必要はない。
それより先に、やらなければならないことがある。

*****

「帰りましょう!」
黒子は立ち上がると、強い口調でそう告げた。
談笑していた「伴侶」たちは、訳が分からず「何で?」と聞き返した。

虫取りに疲れた瀬那は、笠松の膝を枕にして寝てしまった。
相変わらず黒子は黙り込んだまま。
そして残りの「伴侶」たちは、瀬那を起こさないように声を落として会話をしていた。
だが黒子が急に帰ろうと言い出したのだ。
立ち上がったその勢いで、眠っていた瀬那も目を覚まして、目を瞬かせている。

「何かがこっちに来ます。危険です!」
黒子の叫びに、全員が慌てて立ち上がる。
先日の灰崎の襲撃も、黒子は直前に予知している。
だから黒子が「来る」と言ったら、間違いなく来るのだ。

黒子以外の全員が、主に思念を送った。
彼らはすぐに駆けつけてきてくれるだろう。
それまでの間、何とか逃げなくてはならない。

「黒子君、瀬那と桜井君を頼む!」
律がそう叫ぶと、ポケットからナイフを取り出した。
廉は野球のボールを取り出し、周辺を警戒する。
笠松と高尾も、それに倣った。
先日の灰崎の襲撃以降、彼らも主の念を込めたナイフを持たされている。
戦うのは、この4人だ。

程なくして、数人の男がこちらに走って来るのが見えた。
姿が見えれば、律たちにもわかる。
全員強い魔力を持つ、手強い相手だ。
そして彼らの殺気は、間違いなくこちらに向けられていた。

「黒子君、先に行け!」
律が叫ぶと、黒子は瀬那の手を引いて、ホテルに向かって走り出した。
そして桜井がその後に続く。
律たちは黒子たちの前に立ちはだかる形で、襲撃者と向き合った。

「誰、も、通さ、ない!」
廉はそう叫ぶと、野球のボールを取り出した。
少し距離のある相手でも倒せる、必殺のアイテムだ。
だが正面の敵の頭に見事命中するかに見えたボールは、あと数センチのところでピタリと止まる。
そしてそのまま地面に落ちた。
どうやら念でボールを止めたようだ。
廉はすぐにまた「通さ、ない!」と叫んで、ナイフを取り出して構えた。

だが律と廉はかろうじて1人ずつ敵を足止めしたが、笠松と高尾には無理だった。
あっさりと突き飛ばされて、地面に転がされてしまう。
そして敵は笠松たちに見向きもせず、黒子たちを追いかけていく。

「桜井君!瀬那君と先に行って下さい!」
黒子はそう叫んで、瀬那の身体を桜井に押し付けると、身体を反転させた。
律と廉が足止めした以外の魔物たちが、一気に黒子に襲い掛かる。
そして魔物の爪が振り下ろされ、黒子は首から血を流しながら、崩れるように倒れた。

*****

「大丈夫か、テツ!」
青峰の声に、倒れてぐったりと目を閉じた黒子がかすかに反応する。
そんな2人を見ていた桜井は、こんな状況なのに激しく嫉妬した。

襲ってきた魔物たちのうち2人は、律と廉が倒した。
だが残りの襲撃を止められず、黒子たちを狙って、襲い掛かってきた。
主の吸血鬼たちが駆け付けたときに、ちょうど瀬那と桜井をかばった黒子が倒れたところだった。
青峰は嵐のような勢いでその場に割って入り、残りの敵を瞬殺した。
黒子の傷は致命傷ではないものの、かなり深い。
急いでホテルに戻り、手当てが施されたのだが。

吸血鬼の「伴侶」は、少々のケガでは死なない。
だがやはり傷を負えば痛いし、出血すれば弱る。
回復させる一番の手段は、主が念を送ることだ。
だが問題は、黒子の主が誰だかわからない。
とりあえずリビングのソファに寝かせて、蛭魔が念を送ってみたが、傷はふさがらなかった。

「俺がやってみる」
すかさず申し出たのは、青峰だった。
黒子の傷に手のひらを当てて、念を送り込む。
すると驚くことに、すぐに出血が止まり、傷がふさがり始めたのだ。

「すみません。ありがとうございます。」
ヨロヨロとソファに身体を起こした黒子は、相変わらずの無表情でそう言った。
青峰は「まだ寝とけ」と、照れくさそうに答える。
黒子は一瞬チラリと、嫉妬と不安で唇を震わせている桜井を見た。
誰もがそれに気付いているが、誰も触れない。
もちろん黒子も何も言わずに、すぐに視線を逸らした。

「まだ少し貧血っぽいので、少し寝てもいいですか?」
黒子は蛭魔にそう聞いた。
普段黒子が寝ているのは、蛭魔たちの部屋なので、一応確認を取ったのだろう。
蛭魔は「瀬那を守ってくれて感謝してる。ゆっくり休め」と告げる。
黒子は一同に「お騒がせしました」と頭を下げ、ベットルームに消えた。

「なぁ青峰。本当に黒子ってお前の『伴侶』じゃねーのか?」
蛭魔が誰もが思っている疑問を口にした。
その途端、桜井が青ざめた顔を引きつらせ、スィートルームには緊張が走る。
だが青峰はきっぱりと「違う」と答えた。
そして桜井を真っ直ぐに見て「俺の『伴侶』はあいつだから」と断言する。
その途端、どこかホッとしたような雰囲気になった。

「でも何かしら、繋がりはあるんだよなぁ。」
「青峰、本当に思い出さないのかよ?」
阿部と高野が立て続けに聞くが、青峰は「わかんねぇ」と首を振った。
そして「気持ち悪すぎて、俺の方が教えてもらいたいぐらいだ」と呻いた。

「1つ気になることがあります。今日の敵のことです。」
微妙な空気を破るように、静かに会話に加わったのは、律だ。
高野が「どうした?」と聞き返す。
前回といい、今回といい、律と廉の活躍は頼もしい。
だが高野と阿部にしてみると「伴侶」が1人で戦うのは愉快ではない。

「今回はあの灰崎って人とは違います。多分最初から、俺たちを狙ってた。」
律がきっぱりと断言すると、主たちは思わず眉を寄せる。
前回の灰崎は、たまたま人間を見かけたから食らいに来たという感じだった。
だが今回はわざわざ襲撃しに来たという感じなのだ。
律がそれを告げると、主たちはむずかしい顔で考え込んだ。
おそらく律の勘は当たっている。
それはつまり明確に対立する敵が出現したということなのだ。

そしてその夜、事件は起きた。
朝になって、それを知った一同は、驚愕することになる。
だが今は全員が、嵐の前の静かな時間を過ごしていた。

【続く】
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