アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【夏遊び/川原で】
「悪いな、黒子」
蛭魔は潜めた声でそう告げると、黒子の首筋に牙を立てた。
黒子は「いえ」と短く答えただけで、瀬那の寝息だけが聞こえていた。
蛭魔はもう長く、瀬那の血を飲んでいない。
理由は瀬那の身体の変調によるものだ。
精神に異常をきたし始めた頃から、瀬那は血を飲むと数日は起き上がれないようになった。
元々「伴侶」たちは、血を飲むと多少は身体がだるく、重くはなるらしい。
だが廉や律は多少顔色が悪くなる程度だし、一晩眠ればもう元気になっている。
瀬那だって、昔は血を飲んだ直後でも、平気で動き回っていたものだ。
だが今の瀬那は少し血を飲んだだけで、ぐったりしてしまう。
だから最近は、廉や律の血を分けてもらっていた。
でも問題が起きた。
正体不明の魔物の攻撃を受けたのだ。
そこで廉は怪我を負ったし、そもそも廉も律も魔物を相手にしたことで疲れていた。
さすがに今日は仕方がないと、蛭魔は空腹を堪えることにした。
そんなとき黒子が「僕でよかったら」と言い出したのだ。
黒子は実に聡く、人の視線などを見て、ある程度心を読んでしまうのだ。
蛭魔が血を欲していたのも、看破されていたらしい。
「本当にいいのか?」
蛭魔は黒子に聞き返した。
黒子は誰だかわからない主に、訳が分からないまま「伴侶」にされた。
それ以来、血を飲まれるようなことはなかったのだ。
だからこそその主より先に、蛭魔が飲んでもいいのかという気になる。
「かまいませんよ。家賃の代わりです。」
黒子は相変わらずの無表情でそう答えた。
そう、黒子はずっと夜は、蛭魔たちのベットルームで一緒に眠っている。
キングサイズのベットが2つあるので、蛭魔と瀬那で1つ、黒子がもう1つを使っているのだ。
蛭魔は血を飲むのをやめただけではなく、瀬那と情事もしていない。
だから蛭魔は瀬那が懐いている黒子を、寝室に入れたのだ。
「じゃあ遠慮なくもらう」
蛭魔がそう宣言すると、黒子が「どうぞ」と淡々と応じる。
瀬那はもうスヤスヤと寝息を立てている。
蛭魔はその瀬那を起こさないようにそっと黒子の肩を抱き寄せ、細い首筋に牙を立てたのだ。
あくまで最低限、空腹をまぎらわすぐらいの量をもらえればいい。
そう思っていた蛭魔だったが、気づくと無我夢中でその血を貪り飲んでいた。
黒子の血は、たいそう美味だったのだ。
律や廉の血だって美味いが、これは何かもう種類が違うとさえ思う。
蛭魔にとって、最高の美味はやはり「伴侶」である瀬那の血だが、黒子の血はまったく遜色がない。
トロリと舌に甘く、身体中に漲るように力が湧く。
「黒子?」
蛭魔が我に返ったのは、意識を失った黒子がくったりと倒れ込んできたからだ。
どうやら血を飲み過ぎてしまい、貧血を起こしたらしい。
蛭魔は慌てて黒子の身体を抱き上げると、そっとベットに横たえた。
ベットに入った蛭魔は、瀬那の寝息を聞きながら、ようやく我に返った。
そしてこれはいったいどう考えたらいいのかと思う。
蛭魔が空腹だったことを差し引いても、黒子の血は美味すぎた。
明らかに普通の「伴侶」とは違う、異質な血を持っている。
そうなると可能性は2つしかないのだ。
1つは黒子がかなり特殊な身体を持つ人間。
もう1つは黒子は人間ではないということだ。
*****
「かわ、かわ!」
瀬那が目の前を流れる川を指さして、そう叫んだ。
黒子が「そうだね。川だね」と静かに答えた。
律、廉、瀬那と黒子は、いつもとは違う散歩コースを辿った。
廉がそれを希望したからだ。
一昨日の夜、正体不明の魔物に襲われて、廉は怪我をした。
だから昨日は日課の散歩が中止だったのだ。
その分、今日はいつもより長い川縁のコースをしたのだった。
「綺麗ですね。」
黒子はキラキラと太陽の光を反射させる水面を見ながら、そう言った。
皮肉なことに人間がほとんどいなくなった後、川の水は格段に綺麗になった。
川を汚していたのは人間だという、まぎれもない証拠だ。
その代わりに川原は荒れ放題だ。
コンクリートで整備された部分は、ひび割れ、崩れてしまっている。
土の部分は、草や木が野放図に伸びまくっていた。
だからかつての川沿いの散歩とはかなりイメージが違う。
さながらジャングルを歩くような感覚だった。
ほとんど崩壊してしまった川原で、唯一朽ち果てそうなベンチが1つ残っている。
4人はそこに並んで、腰を下ろした。
放置されたワイルドな草木と、キラキラと美しい水面。
かつては見られなかった風景だが、これはこれで楽しい。
「笠松、君、たち、来れば、よかった、のに。」
廉が残念そうにそう告げる。
すると律が「ちょっと言い過ぎたからかな」と顔を曇らせた。
律派一昨晩、緑間と黄瀬に「伴侶」にちゃんと物事を教えていないと食ってかかったのだ。
廉が慌てて「そんな、こと、ない!」叫んだ。
すると瀬那が「れん、怒ってる?」と首を傾げる。
「怒って、ない。瀬那、ゴメン。」
廉が瀬那にそう告げると、律にも目で「気にするな」と合図する。
だが3人が和やかな雰囲気の中で、黒子が不意に「何かヤバそうです」と告げた。
先日の襲撃の前、黒子は「誰かに見られている」とその気配を言い当てたのだ。
だから黒子の勘は侮れない。
律と廉はポケットに手を入れると、ナイフを握った。
すると程なくして、伸びた草木をかき分けるガサガサという音が近づいてきた。
「あん?お前ら。人間か?」
草の中から顔を出したのは、大柄で妙に色の黒い青年だった。
イケメンと言えなくはないが、目付きが悪く、緑間や黄瀬にも劣らない強い魔力を放っている。
おそらく彼も「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人なのではなかろうか。
廉と律は主である吸血鬼に、念を送る。
ホテルから徒歩で15分程度の距離だし、すぐに来てくれるだろう。
とにかくそれまでは、持ちこたえなければ。
律と廉はポケットの中でナイフを握ったまま、身構えた。
だが黒子は青年を見上げると「こんにちは」と会釈する。
そして首を傾げると「どこかでお会いしましたっけ?」と聞いた。
*****
「結局、ここにいるのか?」
阿部が皮肉っぽくそう聞いた。
すると緑間がコホンと咳払いをし、黄瀬が「いちゃ悪いんすか?」と文句を言った。
律、廉、瀬那と黒子が川原で散歩を楽しんでいる頃、スィートルームではいつものお茶会だ。
蛭魔と阿部と高野、緑間と黄瀬、そして今日は笠松と高尾も加わっている。
コーヒーや紅茶、ジュースなど、全員が好きな物を飲んでいた。
「高尾がここが楽しいというのだよ。」
「笠松先輩も表情が明るくなったし。」
緑間は憮然と、黄瀬はあっけらかんとした表情だ。
先日「伴侶」が、正体不明の魔物に襲撃されたとき、彼らはここを出ることを考えた。
何よりも律に「ちゃんと戦い方を教えておけ」と言われたのは、カチンときたようだ。
だがそれを宥めたのは、彼らの「伴侶」たちだった。
笠松も高尾も、ただ守られているよりも戦いたいと思ったのだ。
律や廉が戦う姿を見て、心の底からそう思った。
それを頑固な主たちに滔々と訴えたのだ。
結局、可愛い「伴侶」のおねだりに、緑間と黄瀬は折れた。
「散歩、一緒に行けばよかったのに。」
高野が笠松と高尾にそう言った。
黒子が誘ったのだが、2人とも「今日はいい」とことわっていたのだ。
すると笠松が「何かきまずくて」と答える。
高野が「律が言ったことを気にしているなら、すまない」と告げる。
笠松は「そんな。俺たちが悪いんだから」と首を振った。
「明日から、また行きます。律さんにもあやまるし。」
「そうか。でもあやまらなくていい。ついでに『さん』付けもいらねーよ。」
高尾の言葉に、高野が答えた。
この先、友人ができるなんてことはほとんどない。
特に「伴侶」である人間は、圧倒的に数が少ないのだ。
それならばせっかく出会えた「伴侶」同士、気まずい思いをするより仲良くした方がいい。
そんな高野の配慮だった。
だが和やかな雰囲気が、唐突に終わった。
高野と阿部が急に表情を強張らせて、カップを置いたからだ。
どうやら「伴侶」たちから、思念が送られてきたらしい。
蛭魔が2人に「律と廉か?何だって?」と聞いた。
「何かまた魔物が現れたらしい。」
「律は多分『キセキ』の1人じゃないかって踏んだようだ。」
阿部と高野がそう告げて、おもむろに立ち上がる。
すると蛭魔が「俺も瀬那を迎えに行く」と席を立った。
緑間と黄瀬が「俺らも」と言い、笠松と高尾が「俺らも留守番は嫌だし」と告げた。
「仕方ねーな。全員で行くか。」
阿部がそう告げて、高野と2人で先に立って走り出した。
残りの面々もそれに続き、彼らはぞろぞろと川原に向かうことになった。
*****
「どこかでお会いしましたっけ?」
黒子は首を傾げながら、人相の悪いガングロ男を見上げた。
男は「あん?」と黒子を見返し「そういやどっかで見たような気が」と呟いた。
「え、もしかして、黒子君の主さん?」
2人のやり取りに、割って入ったのは律だ。
するとガングロ男は「ちげーよ」と、黒子が「違います」と答える。
廉ががっかりしたように「違う、のか」と肩を落とした。
すると瀬那が唐突に、ガングロ男の背後の木を指さして「誰かいる!」と叫んだ。
「え?他に誰かいるの?」
律は瀬那をガングロ男からかばうように立ちながら、背中越しに瀬那に問いかけた。
すると瀬那が「いるよ!」と答えて、また木を指さした。
ガングロ男は1つ舌打ちをすると「見つかったぞ」と、木に向かって叫んだ。
まだ得体のしれない相手が増えるのかと、律と廉は顔を見合わせて、緊張を高めたのだが。
「すみません。すみません。すみません!」
木の影から出て来たのは、可愛らしい顔の少年だった。
そして姿を現すなり、ペコペコと頭を下げる。
ガングロ男の不遜な態度に比べて、あまりにも腰が低い。
「ところで何か用事ですか?」
律と廉の緊張など物ともせず、黒子がガングロ男に声をかける。
するとガングロ男は「ああ、忘れてた!」と叫んだ。
どうやら本題を忘れそうになっていたようだ。
「お前ら、この辺で灰崎って吸血鬼、見なかった?」
「灰崎さん、ですか?」
「あんなヤツに『さん』なんざ付けなくていい。で、知ってるか?」
「ええと、もしかしてドレッドヘアの方ですか?」
黒子の言葉に、律と廉は「おとといの!」と叫ぶ。
あの突然現れて、襲ってきた吸血鬼。
そう言えば確かに、灰色の髪を編み込んで、ドレッドにしていた。
「そうそう、そいつ。俺の『伴侶』に手を出そうとしやがったんだ。」
「僕らも襲われかけました。」
「そうか。そいつ、あぶねーからシメてやろうと思って、捜してるんだ。」
「あ、もう、シメちゃいましたけど。僕じゃなくて、あっちの2人が。」
黒子は淡々と答えると、手で廉と律を指示した。
するとガングロ男は舌打ちをした。
どうやら自分の手で灰崎なる吸血鬼に制裁を加えたかったらしい。
だがすぐに廉と律を見て「すげーな、お前ら」と告げた。
「ところでお前ら、何者だ?」
「まずご自分から名乗ったらどうですか?」
「なかなか言うな、おい。」
ガングロ男相手に、黒子はあくまでも対等にやり合っている。
だがガングロ男は、気を悪くした様子はなく、むしろ楽しんでいるようだ。
だがガングロ男が答える前に、その正体がわかった。
高野と阿部、蛭魔、緑間と黄瀬、それに笠松と高尾までが、この場に現れたからだ。
そして黄瀬が「青峰っち!」と叫んだのだ。
つまりこの男が「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、青峰大輝だ。
律と廉は、黒子と青峰が2人とも「どこかで会った」と語っているのが、気になった。
そのことは高野、阿部、蛭魔にも伝えられ、彼らもまた首を傾げることになる。
知れば知るほどわからなくなる、黒子の素性。
いったい彼は何者なのだろう?
【続く】
「悪いな、黒子」
蛭魔は潜めた声でそう告げると、黒子の首筋に牙を立てた。
黒子は「いえ」と短く答えただけで、瀬那の寝息だけが聞こえていた。
蛭魔はもう長く、瀬那の血を飲んでいない。
理由は瀬那の身体の変調によるものだ。
精神に異常をきたし始めた頃から、瀬那は血を飲むと数日は起き上がれないようになった。
元々「伴侶」たちは、血を飲むと多少は身体がだるく、重くはなるらしい。
だが廉や律は多少顔色が悪くなる程度だし、一晩眠ればもう元気になっている。
瀬那だって、昔は血を飲んだ直後でも、平気で動き回っていたものだ。
だが今の瀬那は少し血を飲んだだけで、ぐったりしてしまう。
だから最近は、廉や律の血を分けてもらっていた。
でも問題が起きた。
正体不明の魔物の攻撃を受けたのだ。
そこで廉は怪我を負ったし、そもそも廉も律も魔物を相手にしたことで疲れていた。
さすがに今日は仕方がないと、蛭魔は空腹を堪えることにした。
そんなとき黒子が「僕でよかったら」と言い出したのだ。
黒子は実に聡く、人の視線などを見て、ある程度心を読んでしまうのだ。
蛭魔が血を欲していたのも、看破されていたらしい。
「本当にいいのか?」
蛭魔は黒子に聞き返した。
黒子は誰だかわからない主に、訳が分からないまま「伴侶」にされた。
それ以来、血を飲まれるようなことはなかったのだ。
だからこそその主より先に、蛭魔が飲んでもいいのかという気になる。
「かまいませんよ。家賃の代わりです。」
黒子は相変わらずの無表情でそう答えた。
そう、黒子はずっと夜は、蛭魔たちのベットルームで一緒に眠っている。
キングサイズのベットが2つあるので、蛭魔と瀬那で1つ、黒子がもう1つを使っているのだ。
蛭魔は血を飲むのをやめただけではなく、瀬那と情事もしていない。
だから蛭魔は瀬那が懐いている黒子を、寝室に入れたのだ。
「じゃあ遠慮なくもらう」
蛭魔がそう宣言すると、黒子が「どうぞ」と淡々と応じる。
瀬那はもうスヤスヤと寝息を立てている。
蛭魔はその瀬那を起こさないようにそっと黒子の肩を抱き寄せ、細い首筋に牙を立てたのだ。
あくまで最低限、空腹をまぎらわすぐらいの量をもらえればいい。
そう思っていた蛭魔だったが、気づくと無我夢中でその血を貪り飲んでいた。
黒子の血は、たいそう美味だったのだ。
律や廉の血だって美味いが、これは何かもう種類が違うとさえ思う。
蛭魔にとって、最高の美味はやはり「伴侶」である瀬那の血だが、黒子の血はまったく遜色がない。
トロリと舌に甘く、身体中に漲るように力が湧く。
「黒子?」
蛭魔が我に返ったのは、意識を失った黒子がくったりと倒れ込んできたからだ。
どうやら血を飲み過ぎてしまい、貧血を起こしたらしい。
蛭魔は慌てて黒子の身体を抱き上げると、そっとベットに横たえた。
ベットに入った蛭魔は、瀬那の寝息を聞きながら、ようやく我に返った。
そしてこれはいったいどう考えたらいいのかと思う。
蛭魔が空腹だったことを差し引いても、黒子の血は美味すぎた。
明らかに普通の「伴侶」とは違う、異質な血を持っている。
そうなると可能性は2つしかないのだ。
1つは黒子がかなり特殊な身体を持つ人間。
もう1つは黒子は人間ではないということだ。
*****
「かわ、かわ!」
瀬那が目の前を流れる川を指さして、そう叫んだ。
黒子が「そうだね。川だね」と静かに答えた。
律、廉、瀬那と黒子は、いつもとは違う散歩コースを辿った。
廉がそれを希望したからだ。
一昨日の夜、正体不明の魔物に襲われて、廉は怪我をした。
だから昨日は日課の散歩が中止だったのだ。
その分、今日はいつもより長い川縁のコースをしたのだった。
「綺麗ですね。」
黒子はキラキラと太陽の光を反射させる水面を見ながら、そう言った。
皮肉なことに人間がほとんどいなくなった後、川の水は格段に綺麗になった。
川を汚していたのは人間だという、まぎれもない証拠だ。
その代わりに川原は荒れ放題だ。
コンクリートで整備された部分は、ひび割れ、崩れてしまっている。
土の部分は、草や木が野放図に伸びまくっていた。
だからかつての川沿いの散歩とはかなりイメージが違う。
さながらジャングルを歩くような感覚だった。
ほとんど崩壊してしまった川原で、唯一朽ち果てそうなベンチが1つ残っている。
4人はそこに並んで、腰を下ろした。
放置されたワイルドな草木と、キラキラと美しい水面。
かつては見られなかった風景だが、これはこれで楽しい。
「笠松、君、たち、来れば、よかった、のに。」
廉が残念そうにそう告げる。
すると律が「ちょっと言い過ぎたからかな」と顔を曇らせた。
律派一昨晩、緑間と黄瀬に「伴侶」にちゃんと物事を教えていないと食ってかかったのだ。
廉が慌てて「そんな、こと、ない!」叫んだ。
すると瀬那が「れん、怒ってる?」と首を傾げる。
「怒って、ない。瀬那、ゴメン。」
廉が瀬那にそう告げると、律にも目で「気にするな」と合図する。
だが3人が和やかな雰囲気の中で、黒子が不意に「何かヤバそうです」と告げた。
先日の襲撃の前、黒子は「誰かに見られている」とその気配を言い当てたのだ。
だから黒子の勘は侮れない。
律と廉はポケットに手を入れると、ナイフを握った。
すると程なくして、伸びた草木をかき分けるガサガサという音が近づいてきた。
「あん?お前ら。人間か?」
草の中から顔を出したのは、大柄で妙に色の黒い青年だった。
イケメンと言えなくはないが、目付きが悪く、緑間や黄瀬にも劣らない強い魔力を放っている。
おそらく彼も「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人なのではなかろうか。
廉と律は主である吸血鬼に、念を送る。
ホテルから徒歩で15分程度の距離だし、すぐに来てくれるだろう。
とにかくそれまでは、持ちこたえなければ。
律と廉はポケットの中でナイフを握ったまま、身構えた。
だが黒子は青年を見上げると「こんにちは」と会釈する。
そして首を傾げると「どこかでお会いしましたっけ?」と聞いた。
*****
「結局、ここにいるのか?」
阿部が皮肉っぽくそう聞いた。
すると緑間がコホンと咳払いをし、黄瀬が「いちゃ悪いんすか?」と文句を言った。
律、廉、瀬那と黒子が川原で散歩を楽しんでいる頃、スィートルームではいつものお茶会だ。
蛭魔と阿部と高野、緑間と黄瀬、そして今日は笠松と高尾も加わっている。
コーヒーや紅茶、ジュースなど、全員が好きな物を飲んでいた。
「高尾がここが楽しいというのだよ。」
「笠松先輩も表情が明るくなったし。」
緑間は憮然と、黄瀬はあっけらかんとした表情だ。
先日「伴侶」が、正体不明の魔物に襲撃されたとき、彼らはここを出ることを考えた。
何よりも律に「ちゃんと戦い方を教えておけ」と言われたのは、カチンときたようだ。
だがそれを宥めたのは、彼らの「伴侶」たちだった。
笠松も高尾も、ただ守られているよりも戦いたいと思ったのだ。
律や廉が戦う姿を見て、心の底からそう思った。
それを頑固な主たちに滔々と訴えたのだ。
結局、可愛い「伴侶」のおねだりに、緑間と黄瀬は折れた。
「散歩、一緒に行けばよかったのに。」
高野が笠松と高尾にそう言った。
黒子が誘ったのだが、2人とも「今日はいい」とことわっていたのだ。
すると笠松が「何かきまずくて」と答える。
高野が「律が言ったことを気にしているなら、すまない」と告げる。
笠松は「そんな。俺たちが悪いんだから」と首を振った。
「明日から、また行きます。律さんにもあやまるし。」
「そうか。でもあやまらなくていい。ついでに『さん』付けもいらねーよ。」
高尾の言葉に、高野が答えた。
この先、友人ができるなんてことはほとんどない。
特に「伴侶」である人間は、圧倒的に数が少ないのだ。
それならばせっかく出会えた「伴侶」同士、気まずい思いをするより仲良くした方がいい。
そんな高野の配慮だった。
だが和やかな雰囲気が、唐突に終わった。
高野と阿部が急に表情を強張らせて、カップを置いたからだ。
どうやら「伴侶」たちから、思念が送られてきたらしい。
蛭魔が2人に「律と廉か?何だって?」と聞いた。
「何かまた魔物が現れたらしい。」
「律は多分『キセキ』の1人じゃないかって踏んだようだ。」
阿部と高野がそう告げて、おもむろに立ち上がる。
すると蛭魔が「俺も瀬那を迎えに行く」と席を立った。
緑間と黄瀬が「俺らも」と言い、笠松と高尾が「俺らも留守番は嫌だし」と告げた。
「仕方ねーな。全員で行くか。」
阿部がそう告げて、高野と2人で先に立って走り出した。
残りの面々もそれに続き、彼らはぞろぞろと川原に向かうことになった。
*****
「どこかでお会いしましたっけ?」
黒子は首を傾げながら、人相の悪いガングロ男を見上げた。
男は「あん?」と黒子を見返し「そういやどっかで見たような気が」と呟いた。
「え、もしかして、黒子君の主さん?」
2人のやり取りに、割って入ったのは律だ。
するとガングロ男は「ちげーよ」と、黒子が「違います」と答える。
廉ががっかりしたように「違う、のか」と肩を落とした。
すると瀬那が唐突に、ガングロ男の背後の木を指さして「誰かいる!」と叫んだ。
「え?他に誰かいるの?」
律は瀬那をガングロ男からかばうように立ちながら、背中越しに瀬那に問いかけた。
すると瀬那が「いるよ!」と答えて、また木を指さした。
ガングロ男は1つ舌打ちをすると「見つかったぞ」と、木に向かって叫んだ。
まだ得体のしれない相手が増えるのかと、律と廉は顔を見合わせて、緊張を高めたのだが。
「すみません。すみません。すみません!」
木の影から出て来たのは、可愛らしい顔の少年だった。
そして姿を現すなり、ペコペコと頭を下げる。
ガングロ男の不遜な態度に比べて、あまりにも腰が低い。
「ところで何か用事ですか?」
律と廉の緊張など物ともせず、黒子がガングロ男に声をかける。
するとガングロ男は「ああ、忘れてた!」と叫んだ。
どうやら本題を忘れそうになっていたようだ。
「お前ら、この辺で灰崎って吸血鬼、見なかった?」
「灰崎さん、ですか?」
「あんなヤツに『さん』なんざ付けなくていい。で、知ってるか?」
「ええと、もしかしてドレッドヘアの方ですか?」
黒子の言葉に、律と廉は「おとといの!」と叫ぶ。
あの突然現れて、襲ってきた吸血鬼。
そう言えば確かに、灰色の髪を編み込んで、ドレッドにしていた。
「そうそう、そいつ。俺の『伴侶』に手を出そうとしやがったんだ。」
「僕らも襲われかけました。」
「そうか。そいつ、あぶねーからシメてやろうと思って、捜してるんだ。」
「あ、もう、シメちゃいましたけど。僕じゃなくて、あっちの2人が。」
黒子は淡々と答えると、手で廉と律を指示した。
するとガングロ男は舌打ちをした。
どうやら自分の手で灰崎なる吸血鬼に制裁を加えたかったらしい。
だがすぐに廉と律を見て「すげーな、お前ら」と告げた。
「ところでお前ら、何者だ?」
「まずご自分から名乗ったらどうですか?」
「なかなか言うな、おい。」
ガングロ男相手に、黒子はあくまでも対等にやり合っている。
だがガングロ男は、気を悪くした様子はなく、むしろ楽しんでいるようだ。
だがガングロ男が答える前に、その正体がわかった。
高野と阿部、蛭魔、緑間と黄瀬、それに笠松と高尾までが、この場に現れたからだ。
そして黄瀬が「青峰っち!」と叫んだのだ。
つまりこの男が「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、青峰大輝だ。
律と廉は、黒子と青峰が2人とも「どこかで会った」と語っているのが、気になった。
そのことは高野、阿部、蛭魔にも伝えられ、彼らもまた首を傾げることになる。
知れば知るほどわからなくなる、黒子の素性。
いったい彼は何者なのだろう?
【続く】