アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【夏遊び/星空観察】

「きれい!きれい!!」
瀬那が空を指さしながら、はしゃいだ声を上げる。
笠松が「そうだな、綺麗だな」と言いながら、瀬那の髪をくしゃくしゃとなでた。

総勢6名になった吸血鬼の「伴侶」たちは、ホテルの屋上のヘリポートにいた。
先日、ホテルのショップで買った花火で遊んだ場所だ。
だが今日の目的は、星空観察。
先日来たときに、星が綺麗に見えることに気付いたのだ。
崩壊したこの世界で「伴侶」たちは、貪欲に娯楽を見つけていた。

今は使われていない食堂から、人数分の椅子を持ち出した。
温かい飲み物を入れたポットやカップも、持ってきている。
彼らは特に水分を摂らなくても、死んだりするようなことはない。
だが人間だった頃の習慣で、お茶やコーヒーなどの嗜好品を楽しむ。

「皮肉なもんだよな。人間がいない方が、星が綺麗に見えるんだから。」
ふとそんな言葉を口にしたのは、一番新しくこのメンバーに加わった高尾。
「キセキ」と呼ばれる吸血鬼の1人、緑間の「伴侶」だ。
その言葉に全員は「まぁね」「そうだね」と頷く。
街はすっかり破壊されたので、視界を遮る高い建物がない。
それに電飾を駆使した夜景、いわゆるイルミネーションはもう見られない。
そして産業が消滅したせいで、大気の汚染もなくなった。
だから今、こうして見上げる夜空は、この上なく美しい。

「黒子、君、どうか、した?」
黒子にそっと近寄り、声をかけたのは廉だった。
全員が笑顔で、美しい星空観察を楽しんでいる。
だが黒子だけが空を見上げることをせずに、じっと椅子に座っている。
それはいつもの無表情ではなく、どこか緊張して固くなっているように見えた。

「誰かに見られているような気がするんです。」
黒子がそう答えると、廉は「え?え?」と辺りをキョロキョロ見回す。
だが廉には何も見えないし、感じ取れなかった。

「すみません。きっと気のせいです。」
困ったようにオロオロする廉に、黒子が静かに謝る。
だが廉が答える前に、いきなり風が吹いた。
今までほとんど風がなかったのに、突然の突風に全員が「何だ?」「どうした?」と驚く。
そして風が止むと「伴侶」たちの前に、1人の男が姿を現した。

「気のせいじゃねーよ。」
男は黒子に向かって、そう言った。
禍々しい邪気を放つその男は、もちろん何かの魔物だろう。
ベロリと舌なめずりをすると、黒子に手を伸ばした。
人間を捕食するつもりであることは、明白だ。

「やめ、ろ!触る、な!」
廉が咄嗟に、黒子に伸ばされた手を払いのけた。
そして律も廉に駆け寄り、2人で背中で黒子をかばうように立った。

*****

「黒子の『伴侶』が『キセキ』なのだとしたら、青峰ではないかと思うのだよ。」
緑間は右手で眼鏡の位置を直しながら、そう言った。
黄瀬が「あ~、なんかっぽいっすね~」と間の抜けた口調で同意した。

かわいい「伴侶」たちが星空観察に出ている間、吸血鬼たちも集まっていた。
最上階、蛭魔たちが滞在するスィートルームのリビング。
彼らは血のように赤いワインを飲んでいた。
吸血鬼は人間の血さえ飲んでいれば、死ぬことはない。
だが嗜好品として、酒を楽しむこともある。
大量に飲んでも軽いホロ酔い程度で、ベロベロになることはない。

「それにしてもまぁ、よくも同じような状況で『伴侶』になったんだな。」
ワインのつまみ代わりに、蛭魔たちは黄瀬と緑間の話を聞いた。
黒子に関して、彼らはまったく情報を持っていなかった。
だから聞くのはもっぱら、今の「伴侶」とのなれ初めの話だ。

あの惨劇の日、笠松も高尾も黒子も高校生だった。
3人とも学校こそ違うが、同じように高校で授業を受けていた。
世界は戦争に向かっていると報道はされていたが、きっと実感はなかっただろう。
だからあの惨劇の日、一瞬で瓦礫と化した校舎を見上げながら、呆然としたに違いない。
そんなとき、後に主となる吸血鬼に声をかけられたのだ。

「すみません。いきなり。失礼します!」
黄瀬の話によると、黄瀬はそう叫んで、呆然とする笠松に駆け寄った。
そしてポケットからナイフを取り出し、自分の手首を切ったのだと言う。
さらにその傷口を笠松の口に押し付け、強引に血を飲ませた。
笠松は後になって、それが吸血鬼が「伴侶」を迎える儀式と知ったが、もう遅い。
半ばだまし討ちで、笠松は黄瀬の「伴侶」となり、こうして長い時間を生きている。

「何だ、そりゃ。いくら非常時でもひでーな。」
その話を聞くなり、高野が呆れた声を上げ、蛭魔と阿部も頷く。
黄瀬が「いいじゃないっすか、別に」と口を尖らせている。
緑間がバツの悪そうな表情をしているのは、きっと黄瀬と同じような感じなのだろう。

「お前たちの『伴侶』には、感謝している。高尾はここへ来てから楽しそうだ。」
「あ、それは笠松先輩も同じなんで、ありがたいっす。」
緑間が言いにくそうに、黄瀬は明るく、感謝の言葉を告げた。
そう、あの惨劇の日に、笠松も高尾もきっと家族も友人も失った。
何百年も主と2人だけで、生きてきたのだろう。
だから今、こうして大人数でわいわい騒いでいるのは、楽しいらしい。

「勘違いするな。お前たちの『伴侶』に感謝している。お前たちではないのだよ。」
緑間は「伴侶」という言葉にアクセントを置いて、そう言った。
吸血鬼たちはその言葉に唇を緩めるが、それは一瞬のことだった。
唐突に禍々しい邪気と激しい動揺を感じたからだ。

「屋上に行くぞ。」
蛭魔がそう告げて立ち上がると、全員が後に続いた。
すぐ上にいる「伴侶」たちに危機が迫っているのを、主たちは的確に理解していた。

*****

「瀬那を連れて、部屋に戻れ!」
屋上ヘリポートに謎の男が出没したのを見て、律は笠松たちにそう叫んだ。
そして律と廉はナイフを手に、男と対峙したのだった。

「つれねーな。俺は血を少し分けてほしいだけだ。もう何十年も血を吸ってねーからな。」
男は軽い口調で、そう言った。
だが男が放つ凶暴な邪気は、少しも口調と合っていない。

「お前は吸血鬼なのか?」
律がナイフの刃先を男に向けながら、そう言った。
正直、男の正体が何だって関係ない。
意味のない質問は時間稼ぎだ。
この邪気は主たちも感じているはずだから、すぐに駆けつけてくるだろう。

「気が強いのは嫌いじゃねーな。」
男は相変わらず気安い口調でそう言いながら、距離を1歩詰める。
それだけで律と廉は、邪気の圧力を感じた。
しっかりと足を踏ん張らなければ、膝を付きそうだ。
だが負けられない。とにかく時間を稼ぐことだ。
護身用として持たされているナイフには、主の魔力が込められている。
これで少しの間だけ、何とか持ちこたえなければならない。

「なぁ、血を少し飲んだら、帰ってくれるのか?」
横から男と律たちのやり取りに割って入ったのは、笠松だった。
律に部屋に戻れと言われたが、2人を置いていくなどできなかったのだ。

笠松は、魔物と直接対峙したことはない。
「キセキ」と呼ばれる伝説の吸血鬼に、常に守られてきたからだ。
だがこの男の邪気が強力であること、そして律と廉の分が悪いこともわかった。
それならば無理に戦うより、宥めた方がいいと思ったのだ。

「俺もそれがいいと思う。何なら俺の血を分けるよ。」
高尾が笠松に同意し、男の前に進み出る。
笠松が「俺も」とそれに続いた。
律と廉は一瞬、瀬那が1人になってしまったことに焦る。
だがすぐにそれを察知した黒子が、瀬那に駆け寄ったので、ほっと安堵する。

その一瞬が、命とりだった。
男は律と廉を突き飛ばすと、笠松と高尾に飛びかかった。
もちろん血を少し飲むためではなく、食らい尽くすためだ。

「やめ、ろ!」
その瞬間、廉はもう1つ、主から持たされているアイテムを取り出した。
野球のボールだ。これにも阿部の魔力が封じてある。
人間だった頃、野球の投手をしていた廉にとって、もっとも扱いやすい武器なのだ。
廉はそれを握ると、思い切り振りかぶって、男の背中に投げつける。
思いもよらない不意打ちに、男は「ぎゃああ!」と声を上げた。

「ふざけるなぁぁ!」
男は廉の方に向き直ると、怒りにまかせて襲い掛かってくる。
律がその背後に回り「ふざけてるのはお前だ!」と叫ぶと、その首筋にナイフを突き立てた。

*****

「ったく、とんだ星空観察だな」
阿部がブツブツと文句を言いながら、廉の肩に手を当てて、念を送り込む。
廉は「ご、めん、なさ、い」とあやまった。

主の吸血鬼たちがかけつけたとき、全ては終わっていた。
あの魔物の男は、廉と律の手によって、葬られていたのだ。
だが完全に無傷とはいかなかった。
廉にボールをぶつけられた男は逆上し、廉に襲い掛かってきたからだ。
かろうじて律が男を仕留めたが、廉は魔物の爪と牙で傷を負わされてしまった。
そこでとにかくスィートルームのリビングに戻り、主に手当てしてもらうことになった。

「大した、ケガ、じゃない。」
廉は申し訳なさそうにしている笠松と高尾に、そう言った。
事実、軽い怪我だった。
少々出血したが、阿部が送ってくれる魔力で傷はあっという間にふさがった。
だが笠松と高尾のショックの度合いは、尋常ではなかった。
今まで過保護なまでにしっかりと主に守られてきた2人は、魔物に襲われたことがなかったのだ。

「やはりこんな連中と一緒にいたのが、間違いなのだよ!」
鼻息荒くそう言い放ったのは、緑間だ。
元々最初に接触した時に、有無を言わさず攻撃をしてきた男は不機嫌この上ない。
よほど「伴侶」が危険な目に合ったのが、気に入らないのだろう。
黄瀬もまた、むずかしい顔をして、考え込んでいる。
2人とも、元の家に戻ることを考えているのだろう。

「別に出ていくなら止めねーぞ。だけど『伴侶』にはちゃんと戦い方を教えとけ。」
廉の手当てを終えた阿部が、緑間と黄瀬にそう言った。
緑間と黄瀬が「何?」「はぁ?」と反応する。
その表情は聞き捨てならないと言わんばかりだ。

「そもそも敵対する魔物と取引しようなんて無理なんだ。そんなことも教えてないの?」
今度は律がそう言った。
律や廉は瀬那ほどではないが、笠松や高尾に比べたら、いろいろな経験をしている。
魔物と相対したことだって、一度や二度じゃない。
その経験で知っているのだ。
魔物がこと「食料」に関して、絶対に妥協などしない。
だから笠松が無防備に「俺の血をやる」なんて言い出したときには「バカ」と舌打ちしたくなった。

「必要ない。これからは俺が目を離すことなく見張るのだよ。」
「片時も休みなく?永遠に?」
緑間の宣言に、阿部は冷やかに茶々を入れた。
思わずムッとし、阿部を睨んだ緑間だったが、何も言い返さない。
いや、言い返せないのだ。
これからまだ何百年、ことによれば何千年も生きていくのだ。
そんな長い時間、一瞬も気を抜かずに「伴侶」を見守り続けるのは、不可能だ。

「今日はもう休んだ方がいい。」
蛭魔がその場を収めるように、そう告げた。
とにかく笠松と高尾をさっさと休ませてやった方がいい。
出ていく云々の話は、明日でもいいだろう。
緑間と黄瀬が頷くと「伴侶」の肩を抱きながら、自分たちの部屋に戻って行った。

蛭魔は緑間たちが出ていくのを見送ると、ずっと黙っている黒子に目を移した。
今回誰も気づかなかった魔物の襲撃を、黒子だけは予感していたような節がある。
きっと本人でさえ、その理由はわからないのだろう。
だがそれが黒子の主を見つける大きな手掛かりになるのかもしれない。

【続く】
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