アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【春遊び/お花見】
「もしかしてガソリンで走る車ですか!?」
いつも感情のない声で喋る黒子が、珍しく興奮した声を上げた。
惨劇の後、廃墟と化した東京。
ここにいるのは3人の吸血鬼とその「伴侶」合わせて6人だけと思っていた。
だがここに気配をまったく持たない少年、黒子が現れる。
そしてそれだけではないと言い出したのは、瀬那だった。
「まく」の向こうにいる!
精神が幼児に対抗してしまった瀬那は、端的な言葉でそう告げたのだ。
もしかしたら、それが黒子の主かもしれない。
それにそうでないとしても、確かめないわけにはいかないだろう。
正体不明の者が近くにいるという状況はまずい。
もしも敵だとしたら、いつ寝首をかかれるかわからないからだ。
「車を出すか」
蛭魔がそう決めて、ホテルの駐車場へと向かう。
ここにはたまに移動に使うための車を何台か置いている。
今回使うのは、全員が乗れるワゴン車だ。
「もしかしてガソリンで走る車ですか!?」
いつも感情のない声で喋る黒子が、珍しく興奮した声を上げた。
黒子が人間として生きていた時代には、ガソリン車に乗るのはレトロカー好きのマニアだけだ。
太陽光で効率よく走る環境に優しいソーラーカーが主流だった。
「ソーラーもあるけど、全員が乗れるのはこれしか残ってねーんだよ。」
蛭魔は憮然とした表情で、そう言った。
だが黒子は聞いているのかいないのか「ガソリン車かぁ」と感嘆している。
律が「何だかジェネレーションギャップを感じる」とボヤき、廉がコクコクと頷いた。
「じゃあ瀬那。その『まく』のところまで、道案内してくれ。」
蛭魔が運転席でハンドルを握ると、助手席の瀬那が「はぁい」と返事をする。
そして中段に阿部と高野、後部座席には律と黒子と廉が並んだ。
律と廉が主と一緒に座らなかったのは、黒子を気遣ったからだ。
主のいない黒子の前で、主とベタベタするのは悪いような気がしたのだ。
「じゃあ、車出すぞ。」
蛭魔が後ろの座席を振り返ると、エンジンをかける。
そして滑らかな運転で、車は発進した。
黒子だけが「ガソリン車、ほんとに動くんだ」と驚いている。
「まぁメンテはしてるからね。」
律が黒子にそう説明する。
そう、その辺り、3人の主は抜かりがないのだ。
今はあのホテルに落ち着いているが、いつ何が起こるかわからない。
いざというとき、移動のために車は重要な手段。
だから時々動かして、不具合があれば魔力を使って修理するのだ。
「しばらくドライブだ。楽にしとけ」
蛭魔はそう言うと、軽快にアクセルを踏み込む。
社内は久しぶりの遠出を楽しむ雰囲気と、緊張が微妙に混ざり合っている。
なぜなら彼らは久しぶりに、他の魔物と対面しようとしていたからだ。
*****
「ソメイヨシノ、ですよね。」
黒子は満開の桜を見上げて、そう言った。
律が「そうだと思う」と答えて、廉が「きれい、だけど」と呟いた。
「止まって!ここ!」
1時間ほど瀬那の誘導でドライブした。
そしてとある場所の前に来ると、大きな声を上げて、そこを指差す。
蛭魔は車を停車させると、サイドブレーキを引いて、エンジンを切った。
一同は「うわ」「何だ?これ」と声をあげながら、車を降りる。
そこは異様な光景だった。
広い敷地を目隠しするように、そびえ立つ桜並木が満開に咲き誇っている。
これがかつての東京の4月であるなら、実にのどかで美しい光景だ。
だが実際は、かなり不気味だった。
何しろ周辺の建物はすべて崩壊し、瓦礫の山と化している。
その中でこの一角だけ、まるで何事もなかったように無傷なのだ。
そもそも今はまだ冬の終わり、ときどき暖かい日はあるが、桜が咲くような気候じゃない。
もっと言うなら、植物の生態系は今やもうメチャクチャだ。
おそらく桜など、もうとっくに絶滅している。
とにかく違和感がこの上なく満載された光景だった。
「ソメイヨシノ、ですよね。」
黒子は満開の桜を見上げて、そう言った。
律が「そうだと思う」と答えて、廉が「きれい、だけど」と呟いた。
そう、綺麗だけど、不自然だ。
桜並木は大きな楕円を描いて、敷地を囲っている。
そしてその中には、大きな日本家屋が建っている。
「とりあえず行ってみるか。」
蛭魔がそう告げると、全員が頷く。
まずは瀬那がきゃあきゃあと笑いながら、敷地内に入った。
その瀬那に手を引かれて、黒子も一歩足を踏み出す。
廉がその後に続き、さらに律が「瀬那、走っちゃだめだよ」と言いながら入った。
だがここまでだった。
蛭魔は足を踏み入れようとしたが、思わず「熱っ!」と叫んで、飛び退いた。
先に桜並木に入った「伴侶」たちは、不思議そうに振り返る。
続いて阿部が、そして高野も入ろうとしたが、結果は蛭魔と同じだった。
電流のような「幕」が張られていて、吸血鬼たちが入ろうとすると、バチッと火花が散る。
そして熱を伴う激痛が、侵入を拒むのだ。
どうやら魔物の侵入を阻む結界が張られているらしい。
ちなみに「伴侶」たちは何ともないし、主たちが通ろうとしたとき飛び散った火花さえ見えない。
「やっぱりここには誰かいるんだな。」
「そして俺たちは、歓迎されていないようだ。」
阿部と高野がそう告げて、蛭魔を見た。
すでに結界に入ってしまった「伴侶」たちも足を止めて、振り返る。
最年長の吸血鬼は、全員からの信頼が厚い。
こういうときどうするかは、蛭魔の判断にまかせることになっているのだ。
「仕方ねーな。」
蛭魔は不愉快そうに眉を寄せると、決断する。
全員がその指示に頷き、行動に移した。
*****
「なんでこんなところでお花見になるかな。」
蛭魔がウンザリした口調で、桜を見上げる。
すると黒子が冷ややかに「それはこっちのセリフです」と言い返した。
吸血鬼たちを通さない桜の結界。
この場合、方法は3つだ。
その1は、何が何でも結界を破って、全員で入る。
その2は、結界を通れる「伴侶」だけで、入る。
そして最後は、このまま諦めて引き上げる。
その3は論外だ。
何も解決せず、脅威だけが残ることになる。
しかも「伴侶」たちがすでに入ってしまったことで、相手に気付かれた可能性もある。
ここで背中を向けるわけにはいかなかった。
できればその1を選びたいのだが、これもまた難しかった。
結界はかなり強力で、そう簡単に破れそうにないからだ。
蛭魔と阿部と高野が全力で挑めば、うまくすればできるかもしれない。
だがその場合、3人ともかなり消耗するのは必至だ。
結局、とった作戦はその2だった。
律と廉が2人で、結界の中の屋敷に向かう。
瀬那は現在の精神状態では、いざというとき身を守れるかどうか怪しい。
それに「伴侶」が全員、結界の主と戦い、死ぬようなことになったら、蛭魔たちも終わりだ。
嫌な話ではあるが、エサになる人間を残しておかなければ、吸血鬼は滅びてしまう。
本来なら黒子も一緒に行かせようと思った。
元々は黒子の主を捜すのが目的なのだから、行かせるべきだっただろう。
だけど黒子にすっかりなついてしまった瀬那が、黒子と離れるのを嫌がったのだ。
両手でしっかりと黒子の右手を握って「くろこ、行かないで」と目に涙をためている。
全員で「黒子はすぐ戻るから」と言い聞かせても、効果なしだ。
かくして黒子も無念の留守番組になったのだった。
「なんでこんなところでお花見になるかな。」
蛭魔がウンザリした口調で、桜を見上げる。
すると黒子が冷ややかに「それはこっちのセリフです」と言い返した。
結局、律と廉を送り出してしまうと、もうすることがない。
もちろん気を抜いてリラックスすることはないが、張り詰め過ぎても仕方ない。
「本当にすみません。僕のせいで」
黒子は高野と阿部に頭を下げた。
何しろ中に突入したのは、彼らの「伴侶」たちなのだから。
高野も阿部も「気にするな」「お前のせいじゃない」などと言ってくれるが、やはり気が咎める。
「さくら~!」
瀬那だけが楽しそうに、舞い散る花びらに手を伸ばしながら、花見を満喫している。
こうして吸血鬼たちは、何とも落ち着かない時間を過ごすことになったのだ。
*****
「今、頃、みんな、お花見、かな?」
廉がそう告げると、律が「そうだね」と笑う。
2人ともひどく緊張しているので、雑談で少しでもリラックスしようとしていた。
律と廉はゆっくりと桜並木の内側を進んでいた。
目指すのは、中に建っている純和風の家屋だ。
敷地内は手入れの行き届いた日本庭園と言う感じだった。
普通にこれを維持するには、かなり手入れをしなければならないだろう。
「きっと、魔力、で、綺麗に、してる。」
廉はポツリとそう呟いた。
この庭は手ずから整えているのではなく、魔力で美化しているのだろうという意味だ。
律も「そうだね」と頷いたが、あまりいい情報じゃない。
この結界の主が、強力な魔力の持ち主であるとわかっただけだ。
程なくして2人は、日本家屋の前に辿り着いた。
律と廉は顔を見合わせると、持っている銃とナイフがすぐ出せるか、確認する。
相手が強い魔物なら意味はないかもしれないが、ないよりはマシだ。
少なくても心理的にはかなり落ち着く。
「じゃあ、行くよ。」
律が声をかけると、引き戸に手をかける。
それは簡単に音もなく開いた。
そこには和風の玄関があり、長い板張りの廊下が繋がっている。
律はそのまま入ろうとするが、廉が「不法、侵入、だ!」と口を挟む。
そう、確かに勝手に敷地内に入り、家の中にまで入ろうとしている。
不法侵入と言えなくもない。
「そうだね。一応、挨拶しようか。」
律がそう言うと、廉がコクコクと首を縦に振った。
そこで「せーの」と小さく掛け声をかけた後、2人で「ごめんください!」と声を張った。
「はい~!どちらさま~?」
意外にものほほんとした答えが返ってきて、律と廉は顔を見合わせた。
そして数秒の間の後、奥の部屋から長身の美青年が出て来た。
「いらっしゃい!お客さんなんてもう何百年振りだろう。テンション上がるっす!」
黄色い髪と黄色い瞳、美しいが何ともチャラい感じの青年に、律も黒子も困惑する。
だが青年はお構いなしに「どうぞ。上がってお茶でもどうっすか?」と笑顔で誘うのだ。
そして青年が奥に向かって「お茶、お願いしまっす!」と叫ぶ。
すると別の男の声で「わかった!」と返事が聞こえた。
だけど油断はできない。
何とも軽い感じのこの青年からは、ビシビシと圧迫するような魔力を感じるからだ。
律と廉は「お邪魔します」と靴を脱ぎ、黄色い青年の案内に従って、廊下を進む。
表面上はあくまでも友好的だが、律も廉も少しも緊張を解すことができなかった。
【続く】
「もしかしてガソリンで走る車ですか!?」
いつも感情のない声で喋る黒子が、珍しく興奮した声を上げた。
惨劇の後、廃墟と化した東京。
ここにいるのは3人の吸血鬼とその「伴侶」合わせて6人だけと思っていた。
だがここに気配をまったく持たない少年、黒子が現れる。
そしてそれだけではないと言い出したのは、瀬那だった。
「まく」の向こうにいる!
精神が幼児に対抗してしまった瀬那は、端的な言葉でそう告げたのだ。
もしかしたら、それが黒子の主かもしれない。
それにそうでないとしても、確かめないわけにはいかないだろう。
正体不明の者が近くにいるという状況はまずい。
もしも敵だとしたら、いつ寝首をかかれるかわからないからだ。
「車を出すか」
蛭魔がそう決めて、ホテルの駐車場へと向かう。
ここにはたまに移動に使うための車を何台か置いている。
今回使うのは、全員が乗れるワゴン車だ。
「もしかしてガソリンで走る車ですか!?」
いつも感情のない声で喋る黒子が、珍しく興奮した声を上げた。
黒子が人間として生きていた時代には、ガソリン車に乗るのはレトロカー好きのマニアだけだ。
太陽光で効率よく走る環境に優しいソーラーカーが主流だった。
「ソーラーもあるけど、全員が乗れるのはこれしか残ってねーんだよ。」
蛭魔は憮然とした表情で、そう言った。
だが黒子は聞いているのかいないのか「ガソリン車かぁ」と感嘆している。
律が「何だかジェネレーションギャップを感じる」とボヤき、廉がコクコクと頷いた。
「じゃあ瀬那。その『まく』のところまで、道案内してくれ。」
蛭魔が運転席でハンドルを握ると、助手席の瀬那が「はぁい」と返事をする。
そして中段に阿部と高野、後部座席には律と黒子と廉が並んだ。
律と廉が主と一緒に座らなかったのは、黒子を気遣ったからだ。
主のいない黒子の前で、主とベタベタするのは悪いような気がしたのだ。
「じゃあ、車出すぞ。」
蛭魔が後ろの座席を振り返ると、エンジンをかける。
そして滑らかな運転で、車は発進した。
黒子だけが「ガソリン車、ほんとに動くんだ」と驚いている。
「まぁメンテはしてるからね。」
律が黒子にそう説明する。
そう、その辺り、3人の主は抜かりがないのだ。
今はあのホテルに落ち着いているが、いつ何が起こるかわからない。
いざというとき、移動のために車は重要な手段。
だから時々動かして、不具合があれば魔力を使って修理するのだ。
「しばらくドライブだ。楽にしとけ」
蛭魔はそう言うと、軽快にアクセルを踏み込む。
社内は久しぶりの遠出を楽しむ雰囲気と、緊張が微妙に混ざり合っている。
なぜなら彼らは久しぶりに、他の魔物と対面しようとしていたからだ。
*****
「ソメイヨシノ、ですよね。」
黒子は満開の桜を見上げて、そう言った。
律が「そうだと思う」と答えて、廉が「きれい、だけど」と呟いた。
「止まって!ここ!」
1時間ほど瀬那の誘導でドライブした。
そしてとある場所の前に来ると、大きな声を上げて、そこを指差す。
蛭魔は車を停車させると、サイドブレーキを引いて、エンジンを切った。
一同は「うわ」「何だ?これ」と声をあげながら、車を降りる。
そこは異様な光景だった。
広い敷地を目隠しするように、そびえ立つ桜並木が満開に咲き誇っている。
これがかつての東京の4月であるなら、実にのどかで美しい光景だ。
だが実際は、かなり不気味だった。
何しろ周辺の建物はすべて崩壊し、瓦礫の山と化している。
その中でこの一角だけ、まるで何事もなかったように無傷なのだ。
そもそも今はまだ冬の終わり、ときどき暖かい日はあるが、桜が咲くような気候じゃない。
もっと言うなら、植物の生態系は今やもうメチャクチャだ。
おそらく桜など、もうとっくに絶滅している。
とにかく違和感がこの上なく満載された光景だった。
「ソメイヨシノ、ですよね。」
黒子は満開の桜を見上げて、そう言った。
律が「そうだと思う」と答えて、廉が「きれい、だけど」と呟いた。
そう、綺麗だけど、不自然だ。
桜並木は大きな楕円を描いて、敷地を囲っている。
そしてその中には、大きな日本家屋が建っている。
「とりあえず行ってみるか。」
蛭魔がそう告げると、全員が頷く。
まずは瀬那がきゃあきゃあと笑いながら、敷地内に入った。
その瀬那に手を引かれて、黒子も一歩足を踏み出す。
廉がその後に続き、さらに律が「瀬那、走っちゃだめだよ」と言いながら入った。
だがここまでだった。
蛭魔は足を踏み入れようとしたが、思わず「熱っ!」と叫んで、飛び退いた。
先に桜並木に入った「伴侶」たちは、不思議そうに振り返る。
続いて阿部が、そして高野も入ろうとしたが、結果は蛭魔と同じだった。
電流のような「幕」が張られていて、吸血鬼たちが入ろうとすると、バチッと火花が散る。
そして熱を伴う激痛が、侵入を拒むのだ。
どうやら魔物の侵入を阻む結界が張られているらしい。
ちなみに「伴侶」たちは何ともないし、主たちが通ろうとしたとき飛び散った火花さえ見えない。
「やっぱりここには誰かいるんだな。」
「そして俺たちは、歓迎されていないようだ。」
阿部と高野がそう告げて、蛭魔を見た。
すでに結界に入ってしまった「伴侶」たちも足を止めて、振り返る。
最年長の吸血鬼は、全員からの信頼が厚い。
こういうときどうするかは、蛭魔の判断にまかせることになっているのだ。
「仕方ねーな。」
蛭魔は不愉快そうに眉を寄せると、決断する。
全員がその指示に頷き、行動に移した。
*****
「なんでこんなところでお花見になるかな。」
蛭魔がウンザリした口調で、桜を見上げる。
すると黒子が冷ややかに「それはこっちのセリフです」と言い返した。
吸血鬼たちを通さない桜の結界。
この場合、方法は3つだ。
その1は、何が何でも結界を破って、全員で入る。
その2は、結界を通れる「伴侶」だけで、入る。
そして最後は、このまま諦めて引き上げる。
その3は論外だ。
何も解決せず、脅威だけが残ることになる。
しかも「伴侶」たちがすでに入ってしまったことで、相手に気付かれた可能性もある。
ここで背中を向けるわけにはいかなかった。
できればその1を選びたいのだが、これもまた難しかった。
結界はかなり強力で、そう簡単に破れそうにないからだ。
蛭魔と阿部と高野が全力で挑めば、うまくすればできるかもしれない。
だがその場合、3人ともかなり消耗するのは必至だ。
結局、とった作戦はその2だった。
律と廉が2人で、結界の中の屋敷に向かう。
瀬那は現在の精神状態では、いざというとき身を守れるかどうか怪しい。
それに「伴侶」が全員、結界の主と戦い、死ぬようなことになったら、蛭魔たちも終わりだ。
嫌な話ではあるが、エサになる人間を残しておかなければ、吸血鬼は滅びてしまう。
本来なら黒子も一緒に行かせようと思った。
元々は黒子の主を捜すのが目的なのだから、行かせるべきだっただろう。
だけど黒子にすっかりなついてしまった瀬那が、黒子と離れるのを嫌がったのだ。
両手でしっかりと黒子の右手を握って「くろこ、行かないで」と目に涙をためている。
全員で「黒子はすぐ戻るから」と言い聞かせても、効果なしだ。
かくして黒子も無念の留守番組になったのだった。
「なんでこんなところでお花見になるかな。」
蛭魔がウンザリした口調で、桜を見上げる。
すると黒子が冷ややかに「それはこっちのセリフです」と言い返した。
結局、律と廉を送り出してしまうと、もうすることがない。
もちろん気を抜いてリラックスすることはないが、張り詰め過ぎても仕方ない。
「本当にすみません。僕のせいで」
黒子は高野と阿部に頭を下げた。
何しろ中に突入したのは、彼らの「伴侶」たちなのだから。
高野も阿部も「気にするな」「お前のせいじゃない」などと言ってくれるが、やはり気が咎める。
「さくら~!」
瀬那だけが楽しそうに、舞い散る花びらに手を伸ばしながら、花見を満喫している。
こうして吸血鬼たちは、何とも落ち着かない時間を過ごすことになったのだ。
*****
「今、頃、みんな、お花見、かな?」
廉がそう告げると、律が「そうだね」と笑う。
2人ともひどく緊張しているので、雑談で少しでもリラックスしようとしていた。
律と廉はゆっくりと桜並木の内側を進んでいた。
目指すのは、中に建っている純和風の家屋だ。
敷地内は手入れの行き届いた日本庭園と言う感じだった。
普通にこれを維持するには、かなり手入れをしなければならないだろう。
「きっと、魔力、で、綺麗に、してる。」
廉はポツリとそう呟いた。
この庭は手ずから整えているのではなく、魔力で美化しているのだろうという意味だ。
律も「そうだね」と頷いたが、あまりいい情報じゃない。
この結界の主が、強力な魔力の持ち主であるとわかっただけだ。
程なくして2人は、日本家屋の前に辿り着いた。
律と廉は顔を見合わせると、持っている銃とナイフがすぐ出せるか、確認する。
相手が強い魔物なら意味はないかもしれないが、ないよりはマシだ。
少なくても心理的にはかなり落ち着く。
「じゃあ、行くよ。」
律が声をかけると、引き戸に手をかける。
それは簡単に音もなく開いた。
そこには和風の玄関があり、長い板張りの廊下が繋がっている。
律はそのまま入ろうとするが、廉が「不法、侵入、だ!」と口を挟む。
そう、確かに勝手に敷地内に入り、家の中にまで入ろうとしている。
不法侵入と言えなくもない。
「そうだね。一応、挨拶しようか。」
律がそう言うと、廉がコクコクと首を縦に振った。
そこで「せーの」と小さく掛け声をかけた後、2人で「ごめんください!」と声を張った。
「はい~!どちらさま~?」
意外にものほほんとした答えが返ってきて、律と廉は顔を見合わせた。
そして数秒の間の後、奥の部屋から長身の美青年が出て来た。
「いらっしゃい!お客さんなんてもう何百年振りだろう。テンション上がるっす!」
黄色い髪と黄色い瞳、美しいが何ともチャラい感じの青年に、律も黒子も困惑する。
だが青年はお構いなしに「どうぞ。上がってお茶でもどうっすか?」と笑顔で誘うのだ。
そして青年が奥に向かって「お茶、お願いしまっす!」と叫ぶ。
すると別の男の声で「わかった!」と返事が聞こえた。
だけど油断はできない。
何とも軽い感じのこの青年からは、ビシビシと圧迫するような魔力を感じるからだ。
律と廉は「お邪魔します」と靴を脱ぎ、黄色い青年の案内に従って、廊下を進む。
表面上はあくまでも友好的だが、律も廉も少しも緊張を解すことができなかった。
【続く】