アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【春遊び/つくしんぼ発見】

「あ、つくしんぼ!」
瀬那は無邪気に、かつては花壇であったであろう草むらに手を伸ばす。
黒子は感心したように「これがつくしですか」と、瀬那が指さした植物に顔を寄せた。

吸血鬼とその「伴侶」3組が暮らすホテルに、黒子が合流して数日。
律と廉にとっては、ありがたい日々が続いていた。
それは、瀬那の相手をしてくれることだ。
幼子のように、無邪気に意味のない言葉を繰り返す瀬那の話を聞いている。
もちろん律たちだってやっていたが、これが案外きついことだったのだ。

もちろん律も廉も、今の瀬那のことも好きだ。
だが元々「伴侶」としてのキャリアも長く、頼もしい兄貴分だった。
その瀬那がこんな風に変わってしまったことは、悲しく切ない。
でも黒子はその頃の瀬那を知らない。
だから今のままの瀬那を抵抗なく受け入れて、相手をしてくれるのだ。

「俺たちが人間だった頃、もう都内でつくしなんか、なかったよ。」
草むらにべったりと座り込む瀬那と黒子に、律がそう声をかける。
瀬那はそれを聞いて、何を思ったのか「つくしんぼ!」と叫んで、手を伸ばした。
「瀬那君、摘むなら1つだけにしましょう。植物だって生きてるんですよ。」
黒子がそう言うと、瀬那は「はぁい」と答えて、つくしと思しき草を1つだけ摘み取った。

「黒子、君。ずっと、一緒だと、いい、のに。」
廉は律にだけ聞こえるように、そっと告げた。
律も小さな声で「そうだね」と頷く。
黒子は顔も知らない自分の「伴侶」を捜していると言う。
そして今はこうして律たちと一緒にいるが、遠からず出ていくつもりのようだ。

だけどたった1人で、黒子は寂しくないのだろうか。
今まで何人かの魔物に会ったようだけど、一緒にいようとはしていない。
あの惨劇の日から、何百年も顔も知らない主を捜しているなんて、悲しすぎる。
それにもう少なくても、蛭魔たちが察知できる範囲内、つまり東京都内くらいの範囲に魔物はいない。
つまり黒子が主と再会するには、かなり長い旅をしなければならないだろう。

「それでも逢いたい、よね。」
律はポツリとそう呟いた。
ずっとここにいればいいとは思うけど、それが無理であることもわかっていた。
血によって契約された主と「伴侶」はお互いに惹き合い、求め合う。
律も廉も、そのことを、自分の身を持って思い知っているからだ。

*****

「ったく、どうするか」
蛭魔が難しい顔で考えている。
高野が「何とかしてやりたいが」と呟くと、阿部が「そうだな」と頷いた。

3人の吸血鬼は、スィートルームのリビングで向かい合っていた。
そして先程ロボット従業員が持って来たコーヒーを飲んでいる。
彼らの「伴侶」たちは、日課の散歩に出かけていた。
これは主に瀬那のためだ。
精神が幼児退行しているなら、運動能力だって衰えていく可能性がある。
そして律や廉だって、瀬那と同じようになる可能性はある。
だから毎日1時間程度の散歩を、欠かさないようにしていた。

「それにしても『キセキ』とは。懐かしい名前を聞いたもんだな。」
蛭魔はいつになく感慨深い表情だ。
「キセキ」は蛭魔たちよりはるかに年長の吸血鬼たちのことだ。

吸血鬼は血さえ飲み続ければ、基本的には不死だ。
だが絶対というわけではない。
首を切り落とされたり、全身を焼かれたり、もしくは食料である血をずっと口にしないなど。
色々な理由で、命を落とした吸血鬼だって、少なくない。
そんな中で、人類に文明が誕生した頃から生き続けている吸血鬼たちが5人いる。
彼らのことを他の吸血鬼たちは「キセキ」と呼ぶのだ。

「会ったこと、あるか?」
阿部が一番年長である蛭魔にそう聞いた。
高野も興味深そうに、身を乗り出している。
阿部も高野も「キセキ」の噂は聞いていても、会ったことはなかったからだ。
彼らが物心つくころには、すでに「キセキ」は伝説とか神話と言われる存在になっていた。

「何回かある。もう何千年前だか思い出せねぇけど」
蛭魔が答えると、阿部は「やっぱり実在すんのか」と苦笑する。
高野が「確か5人いるんだよな?」と聞くと、蛭魔が「ああ」と頷く。

「その中の誰かが、黒子の主か?」
「でも確か5人とも『伴侶』はいると聞いた気がする。」
阿部の疑問に、蛭魔が答えた。
だがその話の信憑性は低い。
何しろ何千年も前の、しかも噂程度の伝聞なのだから。

「どっちにしろ、会わせてやりたい気はするが」
「むずかしそうだ。」
阿部のの言葉を、高野が引き取った。
おそらく黒子の主は、この日本のどこかにはいる。
だが東京都内には気配を感じなり。
だとすると、捜すのは困難だ。
もう飛行機も鉄道も運行していない今、移動する術もないのだ。

「でも黒子は捜す気なんだろうな。」
蛭魔はそう呟くと、ため息をついた。
それは「伴侶」の本能。
生きている限り、主を捜さずにはいられないのだ。

*****

「そろそろ帰るよ、瀬那。」
律が声をかけると、瀬那は「もう、ちょっと」と駄々をこねる。
だが黒子が「瀬那君、帰りましょう」と告げると、素直に歩き出した。

「黒子君、すっかり瀬那に好かれたね。」
「光栄です。」
そろそろ戻ろうと「伴侶」たちは歩き始めた。
瀬那は先程見つけたつくしと思しき植物を1本、しっかりと左手に握っている。
そして右手は黒子とつないでいた。

「瀬那は俺たちの兄貴分だったんだ。今の姿からは想像できないだろうけど。」
律は黒子にとも、独り言ともつかない口調で、そう言った。
黒子は「そうですか」と短く答える。
よくも悪くも全て受け入れる。
それが黒子の持ち味なのだと、律も廉も理解し始めていた。

「やはり長く生きたせいなんですか?」
黒子がポツリとそう問うと、廉が「多分、違う」と答えた。
瀬那だけがこんな風になった理由。
それは同じ「伴侶」の廉と律には、思うところがあった。

「蛭魔、さん。だと、思う。」
廉は首を振ると、寂しそうに笑う。
主の吸血鬼たちは、瀬那のこの状態を年齢のせいだと思っている。
だけど廉と律は違うと思っていた。
それは「伴侶」の勘のようなものだ。

廉、律、瀬那の主の吸血鬼たちは、年齢と共に少しずつ魔力が強くなっていく。
それに伴い、廉も律も、血を吸われる回数も増え、1回の消耗も増していった。
特にそれが顕著だったのが、蛭魔と瀬那なのだ。
あの惨劇の日の後、特に「気」の力が増大したのは、蛭魔だった。
3組で行動した時、リーダー的な立ち位置だった蛭魔は全員を守ろうという使命感を持っていた。
そのせいで、蛭魔の魔力は阿部、高野に比べて、飛躍的に増したのだ。
そして蛭魔が魔力を増すにつれて、瀬那の身体には負担がかかり続けた。

「でも蛭魔さんたちには、内緒だよ?」
律が念を押しようにそう告げると、黒子は「はい」と答えた。
これは「伴侶」たちだけの秘密。
主の吸血鬼たちには、絶対に言わない。
それを告げれば、彼らはきっと悲しむだろうから。

「僕も早く、主に逢いたくなりました。」
黒子がポツリと、そう告げる。
廉と律は顔を見合わせると、ため息をついた。
黒子はもうすぐ行ってしまう。
それを想像するだけで、寂しい気分になっていた。

*****

「とりあえず、手がかりになるかもしれない。」
蛭魔はプリントアウトした5枚の紙片を、黒子の前に並べた。
黒子はそれを見ながら「ありがとうございます」と告げた。

散歩から戻った「伴侶」たちは、一緒にスィートルームのリビングで寛いでいた。
もちろん主である吸血鬼たちもいる。
5枚の紙片に書かれているのは「キセキ」と呼ばれる吸血鬼たちの素性だ。
あの惨劇でかろうじて破損せずに残った蛭魔のノートパソコンに残ったデータだった。
それをホテルのプリンターを使って、印刷したものだ。

「ったく、この期に及んで、紙に印刷することになるとはな。」
蛭魔の悪態に、黒子は「すみません」と頭を下げる。
少なくてもあの惨劇前は、新聞も書籍などもすべて電子版が主流だ。
紙媒体のものを読む者たちは「マニア」と呼ばれた。

「赤司征十郎。緑間真太郎。紫原敦。青峰大輝。黄瀬涼太。」
黒子は5人の吸血鬼たちの名を読み上げながら、データに目を通していく。
この中の誰かが「伴侶」かもしれない。
そう思っているせいか、黒子の表情はかすかに緊張しているようだ。

「ありがとうございます。助かります。」
黒子はそう告げると、5枚の紙片を重ねた。
そして「明日、ここを出ます」と告げたのだった。
そのことに誰もが残念だと思った瞬間、それを率直に態度に現したのは瀬那だった。

「黒子、行っちゃ、ダメ!」
「・・・瀬那君。ごめんなさい。でももうこの周辺には誰もいないそうだから」
「いるよ?」
瀬那が小首を傾げながら、そう言った。
その意味がわからず、黒子は思わず蛭魔を見た。
だが蛭魔も意味がわからず、首を横に振ってそれを示す。

「瀬那君。それはこの近くにここにいる人たち以外の誰かがいるってことですか?」
「うん。『まく』の向こうにいる!」
黒子の問いかけに、瀬那はそう答えた。
まく。意味不明の言葉に、全員が困惑するのだが。

「『まく』って、もしかして結界か?」
蛭魔は思わずそう口走っていた。
『まく』とは見えない幕、つまり誰かが意図的に張った結界。
誰かが意図的に結界を張り、近くにいながら「気」を隠しているという可能性だ。

「瀬那。そいつらの居場所、わかるのか?」
蛭魔がそう問いかけると、瀬那はコクンと首を縦に振った。
精神が幼児退行した瀬那の戯言か、はたまた開花した新たな異能なのか。
それは行って確かめるしかなさそうだ。

「どうでもいいことだが、先に言っておく。瀬那、これはつくしじゃないぞ。」
蛭魔は瀬那が散歩から持ち帰った植物を指さして、そう言った。
すると「伴侶」たちが「え?」「違うんですか?」と声を上げる。

「つくしはもう絶滅してる。そもそも植物は放射能の影響で生態系がぐちゃぐちゃだ。」
そう、ほとんどの植物は形を変えてしまっているのだ。
瀬那が慣れ親しんだつくしは、もうとっくになくなっていた。
律と廉は顔を見合わせて「そうだったね」と苦笑する。

「瀬那君がつくしだと思ってるなら、つくしでいいんじゃないですか?」
黒子だけが、悟ったようにそう言った。
名もない植物は、瀬那の手の中でその存在を主張するように揺れていた。

【続く】
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